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《壱》氷と彼岸花

 ――雪が降り積もった地面には、彼岸花が咲いているように赤が映えていた。

 そこに立っていた彼女は、静かに白い息を吐き、咲いた彼岸花達を無表情で見下ろす。

 彼女の後ろに大きな鉈を降り下ろそうとしている男が立っていたが、今は悔しそうな顔をし、また雪に彼岸花のように赤い血を咲かせ始めていた。


 スマホのバイブ音が鳴る。

 彼女がそれをポケットから取り出す。

 これだけの動作でも地面に這いつくばった男はビクリと怯むのだから滑稽だ。


「はいはい。え、何、逃がしたの?私があいつの相手すんの?えー、どうしよっかなー。じゃあ……五万はほしいなぁ。くれる?やった。じゃあ今から向かうね。ん、ばいばい」


 赤い目をした彼女だけの声が路地裏に響く。

 彼女はしゃがみ、それは楽しそうに、そして嫌味を含んだかのように男に微笑む。そして言った。


「もっと楽しみたかったけど、君とはもうお別れだ」


 ――彼女が、嫌な音と共に、足下でまた彼岸花を咲かせた。


  ◆


「はー、寒い」


 飛行機が離陸して、また空に飛んでいくのを彼は見送る。首に巻いたマフラーが冷たい風でバタバタとうるさくたなびいた。

 空港をくるんと背に、雪で白く染まってる道路の向こうに、遠いからかゴマ粒ぐらいの大きさの街が目に映る。


「ついに来たぞ……!《()(くに)》!」


 両手を空に伸ばしキラキラと輝かせるその金色の目は、彼がどれほど嬉しいかを物語っていた。人さえ近くにいなかったら、両手だけでは収まらずその場で跳び跳ねていただろう。

彼にとって、ずっと行ってみたかった場所なのだ、ここは。


 彼の名は神野(ジンノ) (レイ)

 半分好奇心と、訳があり《和ノ国》に来国したようだ。訳については彼が話さないと恐らく誰にも分からないだろう。


「っと、バスバス」


 思い出したように近くのバス停に駆け寄る。走ったときにできた氷のように冷たい風が、レイを通り抜ける。

 時刻表を確認し、間に合うことが分かったレイは時間が来るまで、寒空の下待つことにした。


「あと15分か。キツいな……寒いよー」


 彼の癖なのか、待ってる間に得意の復習でもしてようかな、と頭の中でひたすら《和ノ国》の復習らしきことをしていた。

 奇妙な癖だ。


 《和ノ国》という国は着物や和食などの《和ノ国》ならではの文化などがある。

 もともとは日本という国だったこの国は、とある政策により、ある時代まで町並みを巻き戻した。

 江戸という時代まで。


 灯りは提灯を模した物だったり、瓦屋根の家が多く存在していたりと、その国独特の物もあった。

 ……とは言え、今《和ノ国》に残っているのは雰囲気だけの物が多いのが分かる。スマホを弄りながら街中を歩く人が多く、先ほどのように飛行機だって飛んでいる。


 ――ただ、ここが他の国とは絶対的に違う部分。

 それは、<表>と<裏>の二つに別れていること。

 彼は詳しくは知らないようだが、知っている限り頭のなかで軽くまとめていた。


 簡潔に言ってしまうと<表>は<裏>と比べて、安全。逆に言うと<裏>は極めて危険と言える。


 <表>は警察が厳しく取り締まってることもあるのか、滅多に事件が起きない。

 <裏>は重要危険人物がいる。

 つまり、殺人鬼などのことを指す。

 ここまでは他の国でもギャングなどの輩がいる場所を裏の世界なんて呼ぶことはあるが、ここが《和ノ国》では違う。

 そんな重要危険人物がいるのにも関わらず、警察ですら<裏>に一度入ったら戻れないと言われているのだ。


 それはなぜか。

 <裏>に住む彼らが異能力者だから。

 政策が変わったのも、これが理由のひとつだ。

 彼らからしたら「それだけ」の話だ。


 しかし、それに対して国が各地に特殊部隊を作った。その本部がこれから彼が行く街にある。

 あくまでネット情報のものだが、この国に住むのだったら知っておくべき情報だ。

 嘘か本当かは本人が確認すれば良い話だ。


「――おおっ、来た来た~!」


 脳内解説したかいがあったよ。

と、なぜか自慢気に心の中で呟く彼。

 彼の言う通りバスが来た。寒さのせいか、バスの後ろから白い煙が出てるのを見たレイは、真似するように自分も白い息をわざと大きく吐いた。


 「紫燐街 門前行き」と筆で書かれた方向幕のバスに、レイはキャリーバッグ片手に乗る。

 そう、彼はこれから紫燐街(しりんがい)に住む。


 プシューと空気の抜けるようなバス独特の音がしたと同時にドアが閉まる。

 ふと、背後にあるドアの窓を見ると、とある腕章を付けた一人の男がこのバスに走ってきているのが分かった。

(乗り遅れ……?)

 しかし、その男はバスに乗ろうとはせず、代わりにレイに何かを叫んでいた。もちろん、聞こえるはずもなくそのままバスは発車してしまった。


「――チィッ、マズいことになった…!」


 当たり前だが、男はバスに追いつけないと分かっており、誰かに電話を繋げた。

何回も鳴らないうちに、相手が出た。

「すまん逃がした!あっ、でも行き先は分かってる!場所を教えるから先回りしてくれ。……はぁっ!?分かった分かった!払うから!払うからお前も行けよ!」


 電話相手の言動に何やら焦った後、男は電話を切った。そしてまたどこかへ走り去っていく。


  ◇


「…………」


(おかしい。いくらなんでもこれは……)

 と、レイがそう思うのも無理はない。理由はいたって簡単だ。


(人が居なさすぎる)

 どこの席を見ても、人が座っていない。つまりこのバスにはレイと運転手の二人のみ。雪が降っているとは言えど、これほど人がいないと逆に怪しく感じられる。

(さっきのあの人はバスを追いかけてたはず。だけど乗ろうとする素振りは見せなかったし……、あと何か叫んでた。あれは――僕に対して?表情から察するに……もしかして、ホントにもしかしてだけど)


――もしかして僕、なーんかヤバいバスに乗っちゃった?


 いや、待てよ。と彼は考える。

 僕が乗っているこのバスは普通のバスじゃないか、何を怖がると言うんだ。

 そうやって彼は心の中のちょっとした恐怖を、頬に冷や汗を流しながら笑い飛ばす。


 だが、笑い飛ばしたそれは一瞬で戻ってきた。


「……えー、次は~紫燐街門前ぇ~紫燐街門前でございます。お降りの方はブザーを押してください」


 それでも何か怪しいと、ブザーを押そうとしたレイが席から立ち一歩通路に出た瞬間、やけに静かな声が、マイクを通して車内全体に響く。

 まるで、「逃がさない」とでも言うかのように。

 そしてそれを本能的にも教えるかのように、車内は一秒もかからず凍りついた。

 何かの比喩ではなく、冗談でもなく、『文字通り』そのまま凍りついた。


「……っ?!なんだ……これ……」


 足が動かない。

 いや、違う、ということは頭の片隅で分かった。動かないことは確かだが、正確にはそれに「固定」されていた。

 それも氷で。


 レイは車内の透き通る氷達を見て、不覚にも「綺麗だ」なんて思っていた。

 ただそれも見とれたのは一瞬だけ。

 視線を足から外すとバス全体が氷で覆われているのがレイの目に飛び込んだ。異常な事に彼の頭は追い付いていかない。

 そしてそれを嘲笑うかのように、急激に車内の温度が下がっていく。


 次のアナウンスが流れる。

「次はぁ~紫燐街門前ぇ~紫燐街門前ぇ~…………と、言いたいところですが」


 キ、と急にバスを停めて運転士が後ろ、つまりレイの方向にだらんと首を回す。

 レイの足元ではパキパキと氷が上へ上へと迫ってきている。まるで氷自体に意思があるかのように。


「その前にお客様の命を取るのが先でしたね。あぁ、面倒くさいことこの上無いですが上のお兄さん方の為ですし、頑張りましょうかね」

「……命……って」

「あなたの命です」


 切り捨てるように淡々と言う運転士の手に握られ、金属特有の光を出しているナイフが視界に入り別の何かの寒さを感じる。


「そのままの意味ですよ。あなたのようなものを『オークション』に出せば1000…いや、少なくとも億はいくんですかね?」

「……オークション?」


 レイが聞き返すと運転士は「あぁ、そうか、お客様は知らないのでしたね」とわざとらしく首をカクンと落とすように右に傾げた。


「どうせ商品になるんです。この際特別にお教えしましょう」


 腰にまで上っていた氷がピタリと止まる。運転士が疲れたかのような溜め息が白く吐かれた。レイは、彼の手が微かに震えているのが目に入る。

(…………寒いのか?)


「オークションとは、お客様が知っている単語ではないでしょう。いえ、内容は同じなのですが、売るものが違うだけですので。――そう、例えばお客様のような珍しいものをね」


 話している間、ナイフを空中に放って回しては受け止めるを繰り返していた運転士の長く伸びた前髪から覗く凍てついたような目が、レイを捉える。

 見据えられた彼は目を離せずに震えていた。それが氷の寒さ故なのか、恐怖で震えている故なのかは本人にしか分からないだろう。


「オークション?僕が!?僕はただの人間ですっ、なのに何で……珍しくもなんともないじゃないですか!」

「何で?お客様はご自分が何者なのかぐらいお分かりでしょう?」


 そんなの知らない、僕はただの人間だ。

 そう訴えるように目の前の運転士を見る。

 仮に、この氷がレイを束縛していなかったのなら彼はもうここには居ないだろう。それぐらい逃げたしたい衝動に駆られていた。と同時にもっと聞かなくてはならないことが増えていた。


「……おや?その目は、知らない?ならこれも教えてあげましょう。お客様は――」


 その時だ。

 彼ら二人の目の前にガラスが飛び散ったのは。

とりあえずここまで読んでくれた方もチラッと覗いてくれた方も閲覧していただきありがとうございます。


こんな拙い文章かつ初投稿ですので冷めかけたお風呂のお湯みたいな感じで生暖かく見守ってくれたら幸いです。


2016/11/28 誤字訂正

2016/12/4 改稿

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