チョコぱい好きでしょっ
「タクミ、明日どんなチョコ食べたい?」
「どんなって。チョコならなんでもいいよ~」
2016年2月13日――バレンタインデー前日、都内某所の某マンション。結婚を前提に交際を続けているカップルがその一室にて同棲しており、ふたりとも非常に仲が良かった。男のほうはとあるゲーム会社に務める新進気鋭のプロデューサー、前髪がキッパリ分かれた長髪と甘いマスクがチャームポイントだ。
女のほうは平凡なOLで、こちらは茶髪を束ねていてツリ目がチャームポイント。同僚曰く『メガネをかけるとよりかわいさが映える』のだという。ベッドの中で就寝前のキスを交わしながら男女はチョコのリクエストや仕事について話を進めていく。
「俺明日は夜まで仕事だから、焦らなくてもいいよ。お店で買ってきてくれたヤツでもいい」
「そんなのもったいないよ。私明日はお休み取ったから作ってみる」
「マジ? ユウカの手作りチョコなんて久しぶりだ、作ってくれるってんなら期待して仕事するわ」
「うふふ~」
と、ピロートークを繰り広げながらもふたりは就寝。明日も頑張るためのエネルギーを充填する――。
なお、タクミの手がけるゲームはJRPGを彷彿させる要素がてんこ盛りの大人気ソーシャルゲーム。現在彼はバレンタイン・イベントの次に開かれる予定の大型イベントを手がけており、決して手を抜けない状況。ユウカはここ一番の大仕事を終わらせたばかりなので、チョコレート探しにもチョコレート作りにも没頭できる。少し大変かもしれないがガス抜きにはもってこいというわけだ。
――翌朝、バレンタインデー当日。簡単な朝食を食べ終え、歯磨きや洗顔にパジャマからスーツや普段着への着替えなど身支度を済ませると、ユウカはタクミを見送った。
「んじゃ、行ってきまーす」
「はーい」
タクミが玄関から出たのを確認したユウカは、チョコレート作りを始める前に参考文献を開く。先日帰宅してから、いや、それ以前からずっと読み込んでいたので重要と判断したページにはすべて付箋を貼っていた。
「ああは言ったけど作るの久しぶりだしぃ。少し変わった感じにしようかな。でもあんまりヘンな方向に行っちゃうと拒否られるかもしんないし、迷っちゃうなあ」
ちゃんとしたレシピ本だけでなく女性向けの少し官能なレシピ本にも手を伸ばし、閲覧。少し奇をてらったレシピがいくつか載せられていたが、それらにするか王道的なもので行くか、ユウカは困り顔をしながら選びかねていた。それなら考えるより作るべきでは――と、気持ちを切り替えた矢先。スマホから着信音が聴こえてきた。今流行りのアイドルの曲とともに。
「もしもしナルミ?」
「ユウカちゃん、今おヒマ~? ヒマだったらわたくしとランチしない?」
「これからチョコ作ろうと思ってたんだけど」
「まだ時間あるでしょ? どういうチョコ作りたいかミーティングしましょ~よ」
ユウカへ対してセクシーで艶のある声色で親しげに話してきたのは彼女の親友のナルミだ。常に己の外見と内面を磨き、やらない後悔よりやる後悔というモットーを持つ欲望に忠実な女。そうユウカからは認識されていた。なお職業はファッションデザイナー。
「……オッケー。何時にどこに行ったらいい?」
「11時に『エスペランサ』で待ち合わせよ~。有休は取ってらしたかしら?」
「うん。てか昨日言ってよね」
「そうだったわ。ごめんごめ~ん」
「もうっ」
余裕があるとはいえ限られた時間を割いてでもナルミとランチをしようか、しばし考えたユウカだが、やはり臨機応変に対応しようと誘いを受けることにした。待ち合わせ場所は『エスペランサ』。現在の時刻は午前9時を過ぎたところ。
「よーし、ナルミに相談すれば大丈夫だっ」
――そうして午前11時、喫茶『エスペランサ』。エスペランサへはマンションから出てさほどかからず、徒歩で15分程度。前もって余裕をもってマンションを出ていたため、付近の百貨店内の書店などで時間調整を行っていた。百貨店のほうはエスペランサ前から横断歩道を渡る必要があったものの5分もかからないのでちょうどよかった。
インテリアにこだわった店内、窓際の席に手事前に持ってきていた本でも読みながら待っていると、件のナルミがやってきた。その容姿は、長く豊かな金髪を1束にまとめており、切れ長の瞳は吸い込まれそうなほどに麗しく、唇はうるおい、透き通るような肌。全体的に控えめだが出るところが出ているタイプのユウカと比べると全体的にグラマラスな肢体の持ち主で、そのバストは豊満だった。
服装は、黒いファーコートに白いタートルネックのセーター。下はジーンズで足にはセレクトショップでこだわり抜いたブーツ。その他は各種アクセサリーを少々。フェミニンかつボディラインを強調するコーデだ。
何度も会っているとはいえ、相変わらずなセクシーさにユウカはハトが豆鉄砲を食らった顔でナルミに視線が釘付けだ。異性を惹きつけるどころか同性まで夢中にさせるあたり、魔性の女といっても過言ではあるまい。
「お待たせ。それじゃなに飲もっか?」
「テキトーでいいよ。それより、どんなチョコレート作ろうかな」
「え~。いきなり本題入っちゃうの?」
「わかったよ、注文するわよ」
ナルミが来て開口一番にチョコレートに関する相談を持ちかけたユウカだったが、あっさり折れてメニューを自分とナルミの両方に見えるように開いた。注文するとなればふたりとも即決で、アメリカンコーヒーとブラックコーヒーとなった。砂糖とミルクをどれほど入れるかはお好みだ。
「――で、ユウカはどんなチョコレートが作りたいの?」
「お店で売ってたやつでもいいよ、って一応タクミからは言われたんだけどね。やっぱ作りたいよね」
「材料あるの?」
「もうそろえてある」
「ふーん。わたくしもね、あの人のために早速こしらえておいたのよね」
(はやっ! てか、やっぱナルミはデカいな。おっぱいなんか私の顔より大きいもんね……)
チョコレート製作状況について話し合う中、ユウカは苦い顔をしながらナルミのバストを気にする。しかもナルミがたくし上げているように腕組みをしているせいで余計に気になってしまう。
「ただ、今年はシンプルで王道で勝負してるわね。ヘタに変化球投げるよりはストレートにシンプルに行ったほうがフジオさんも喜ぶかなって思ったの」
「王道? やっぱし安定の王道がいいのかなあ」
「変化球で行くつもりだったの?」
「まあね」
「んっん~、そんなユウカには……」
さりげなく交際中の男性――フジオの名前を出して、砂糖とミルクたっぷりのブラックコーヒーでも飲みながら、ナルミはユウカのためにどんな助言を授けるべきかをしばし考えた。その間にアメリカンコーヒーを飲んでいたユウカだが、ナルミは比較的早くに考えをまとめてコーヒーカップをコースターに置いた。
余談だが、フジオはボサボサと大きく逆立てた長髪に鋭い瞳で身長は190cmにも及ぶという威圧的かつ変わった出で立ちをしていたが、スポーツ万能で頭脳も明晰で、寡黙で不器用ながらも周囲から慕われている美青年だという――。
「女の武器を最大限活かすっていうのはどうかしら?」
「や、やだー! そういうのクリスマスのときヤり尽くしたし!」
「タクミさん結構えっちじゃない。むしろそうしたほうが悦ばれるかもよ~?」
「けどぉ……」
「ま、人それぞれだしユウカの好きにしてみたらいいと思うわよ」
「私の好きなように、かあ」
――少し下品な話題も混じったが、何はともあれいいアドバイスをもらえたユウカはエスペランサを発ち、ナルミと別れてマンションへ帰宅。エプロン姿に着替えるとチョコレート作りに材料と器具、レシピ本をそろえて台所へ――行こうとしたが思いとどまってソファーでレシピ本を読みふけった。時刻は14時を過ぎて17時へ。ただ読むだけでなくテレビ番組の視聴も含めた経過だ。
「ヘタに変化球投げるよりはストレートにシンプルに……そうだったよねナルミ?」
一般向けのレシピ本、女性向けの官能なレシピ本。独りごちたユウカは後者の特集記事に載っていたあるひとつのレシピに興味を示した。
「ねえナルミ、こうも言ってたよね。『女の武器を最大限活かすっていうのはどうかしら?』って――」
――これだ。これで決まりだ! 決心がついたのか、目を輝かせて笑うユウカはさっそくそのレシピの実践を試みた。
「ただいまー。あれ……、ユウカ? ユウカは?」
そして、22時。タクミは帰宅し、ユウカも仕込みは既に終わっていた。ゲーム内の大型イベントのシナリオやテキストをほかのスタッフたちと一緒に考えに考え抜いて疲れたのか、タクミは大きくあくびをする。リビングに入った彼は、台所にユウカがチョコレートを作っていた痕跡と、ユウカがいないことを確認し戸惑う。その顔には不安が現れていた。
「ユウカー!?」
「おかえりー、私いまベッドだけど」
「ゆ、ユウカ? も、もうベッドに?」
「先にシャワーでもして来たら? それまで待ってるよー」
「お、おう、うん……チョコは?」
「いいからシャワーだ!」
「す、スンマセン!」
ユウカは先にベッドルームにいた。不安に覆い尽されそうだったタクミの顔から不安は消え、溜飲が下がった彼はスーツを脱いできちんと畳み、ワイシャツと下着は洗濯カゴに入れて、パジャマを持ってシャワーを浴びに向かう。すぐにシャワーを終わらせた彼は当然のごとくベッドルームに直行。
「ユウカ、お待たせ――――ッ!?」
ノリノリでベッドルームに突入したそのとき、タクミの笑顔は瞬く間に崩れ去って何とも言えないコミカルなマヌケ面と化してしまった。無理もない、なぜなら、そこで待っていたユウカの姿は裸体に自らチョコがけを行ったものだったからだ。具体的に言うと胸の局部にチョコレートをかけていた――!
「なん……だと……!?」
「チョコぱい好きでしょ?」
「は、ハハハハ……す、好きに決まってるじゃんよ。もう大好きッ!! チョコぱい食べたいッ!!」
「それじゃあ理性なんて捨ててチョコ食べにおいで♪」
刺激的で衝撃的で煽情的なユウカの姿と彼女が愛情と欲望を込めて作った『チョコぱい』を見たタクミは理性を自ら吹っ飛ばして、ジャンピングしながらベッドへ飛び込み――紅潮しているユウカの胸にかけられたチョコレートを舌でなめとった。ゆっくりと味わい、本能を覚醒させ興奮する。
本能が覚醒したのはユウカも同じで彼女も、恍惚の表情を浮かべてタクミにチョコぱいをなめさせ、もっと積極的にさせようと腕を彼の背中まで伸ばしてもっと近付けさせた。チョコレートのみならずその下のぷっくりとした乳首も一緒になめさせた――!
「まったくユウカはエロいなあ!」
「タクミこそチョコぱいおいしそうに食べちゃってさ!」
――その後、タクミとユウカの絆はますます深まってついに結婚。元気のいい男の子と女の子がふたりの間に生まれ、ナルミとフジオの間にもひとり娘が生まれたという。
赤っ恥を晒す覚悟で書きました。反省はしている。後悔はしていない。