わかりました、お約束ってヤツです
アークウェルドの説明によるとサンサーラは三次元の現実世界として誕生して千年は過ぎているらしい。
地球のようにビッグバンが起こって…ではなく、イエス・キリストが誕生して…から千年ということらしく、凛がプレイしていたセーブデータから千年程経っているので、今居るサンサーラは凛が知っている時代よりも遥か未来だということだ。
千年も経っていると地図も随分様変わりしていそうだが、大陸の形までは変わっていないだろうと考え、大陸の南方にあるゲームのスタート地点、初心者の街『コルテアル』を目指していた。
コルテアルはギルド支部が措かれているそこそこ大きな街だ。凛はそこでギルド登録して身を立てようと考えていた。
アイテムボックスの中にクォーツ硬貨(サンサーラのお金)も入っていたのだが、さすがに千年も前の硬貨が流通しているか怪しいところである。
頼れるものもない状態では変に見られて目立つようなことは避けたい。
幸い、アークウェルドが言っていた『加護』が戦闘や魔法行使についてのセミオート機能のようなものだと気が付いた。
武器・格闘戦闘では戦う意思を持ち、相手に対峙することで戦い方の補助が受けられる。要するにどう動けば良いかがなんとなくわかり、少しだけ身体が勝手に動くのだ。
今はどうにも違和感があるが、数をこなせば自然に身体が動くようになるだろう。
魔法の方は随分と安易に発動出来るようで、唱詠はあまり関係ないようだった。
試しに水をイメージしてみると目の前に拳大の水が出現したので、動かせるのかなぁ、と思っていると考えたように右へ左へ動いてくれた。
中二病患って良かったと思ったのはこの瞬間をおいて他にない。
まあこれでギルドの中でもなんとかやっていけるだろうと思う。
魔法に慣れておこうと掌サイズの魔法を行使しながら歩いていると、何か違和感のようなものを感じて立ち止まった。
「………?」
嫌な予感…とは少し違う気がするが…なんと言っていいか、非常に表現に困る感覚だ。第六感というのが一番近いかもしれない。
注意深く周りの森を見回すと二時の方向に意識が惹き付けられた。
「何か、いる…?」
視界には緑しか映らないが、確信めいたものを感じる。嫌な感じはしない。
ただ、何故か急がなければいけない気がした。
凛は一瞬の迷いもなく地面を蹴り、惹かれる方へと走り出す。
先程までそれなりに歩き易かった道を外れ、腰程の高さまで生い茂る森を掻き分けて進む。目に映るのは草ばかりであるが、不思議とこの道で間違いない、と確信があった。
しばらく進むと周りの草の高さが下がり、少し開けた場所に出る。そこにボロボロの黒い塊が落ちていた。
「人!?」
大きな黒いボロ布の塊かと思ったが、それに手と足、ダークグレーの頭が生えていた。俯せで倒れているようで顔は確認できないが、パッと見た体格からどうやら男性のようである。
こんな森の中に何で…と考えるまでもなく実に分かりやすく、倒れている付近には大きな血溜まりが出来ていた。
随分と気配が薄い…出血量から見て灯火が消えかかっているのは明らかだ。
凛は男に駆け寄って血溜まりの上に躊躇なく膝を着くと、彼の身体を覆っている黒い外套を手早く、しかし慎重に剥ぎ取った。
「うっ…!」
あまりに悲惨な状態に凛は思わず声を漏らして、口元に手を当てて込み上げて来るものを何とか押し止めた。
男の右肩から左脇腹にかけて大きな裂傷があり、完全に肉が裂けて白い骨が晒されている。
胸囲に装備していたであろう金属製の胸当てが無惨にも砕け、その下に着ていた…恐らく元は白かったであろう服が余すことなく鮮血に染まっているのを見ると、その傷の深さがお分かりいただけるだろうか…。
致命傷なのは素人目でも明らかなこの背中の傷だが、よく見ると右腕・右脚も本来曲がるはずのない場所で折れ曲がっていた。
助からない…と言える程重傷だ。むしろ今僅かでも息がある方が奇跡だと言っていいだろう。
「ーーーでもっ!サンサーラでなら!!」
そう、この世界には凛からすれば奇跡とも言えるチカラがある。
まだ試してはいないが、不思議とやれる気がする。
凛はグッと奥歯を噛み締めて、血の止まり掛かった男の傷口に両手を翳した。
「どうか、お願いっーーーーー」