嗚呼、だから中二病は完治しているんです…
ちょっと長い…?
凛は現在非常に打ちひしがれていた。
地面に手と膝を着き、どこぞの顔文字ポーズをとる日が来ようとは夢にも思っていなかった。
中二病を完治させてしまっていたせいで、異世界トリップに気付くのが遅れてしまったのが悔やまれる。
「あぁ、そうよ、あの妖精に髪の毛引っこ抜かれたときに気付くべきだったっ!!」
ーーー痛って言ったじゃないか、私!!
「転移座標の設定が曖昧だったので、精霊や妖精にお見掛け次第報告するように申し付けていたのだが…」
くぅっ、と過去を悔やんでいる凛の叫びに男、アークウェルドは捕捉説明を加えてくれる。
「報告してきたのは下位の妖精であった故、恐らく魔力が足りず母上の潤沢な魔力をお借りして私に声を届けたのであろうな」
「魔力っ…!」
凛はファンタジー用語に反応して変わらぬ体勢のまま、ガバッと顔を上げた。
黒曜の瞳が何やら輝いて見える。
「それはあれよね!こう、魔法とか魔術をぶっ放す為の…!」
「概念まで同じかは判りかねるが、母上が思ってらっしゃるのと相違はないであろう。で、そろそろ今後についてご説明申し上げたいのだが…?」
そう言われてそういえば異世界トリップについて何も聞いていないことに気付いた凛は、急いで姿勢を正して立ち上がった。
「先に申し上げた通り、母上は神楽が創り上げたサンサーラに居られる。ご存知のようにサンサーラはゲームの世界ではあるが、間違いなく現実の世界であるとご理解いただきたい」
「ちょっと待って、何でゲームが現実になるの?神楽が創った…言うなればお伽噺のようなものでしょう?空想は決して現実にはならないわ」
凛が信じられない、とでも言いたげな顔で否定するとアークウェルドは少し困った様子で口を開く。
「確かに初めは唯の空想だったのだが、神楽が肉体を亡くし、その魂が神格化されたことで空想は多次元世界の一つとして存在を許されたのです」
「神格化って…神様になったってこと?」
アークウェルドは一つ頷いて言葉を続ける。
説明は長々と続いたが、要約するとこうだ。
神楽が創ったゲームは神楽が亡くなって、その魂の高潔さや何やらが数多いる神々の目に留まり、魂を神格化…つまりは神楽という新たな神が誕生したことで、こちらも多次元世界の一つになった。
その管理運営のために、ゲームデータの一つであったアークウェルドに生命を与えてそれを任せることにした。
生命を吹き込む際に神楽と凛の魂の情報…遺伝子のようなものを使ったので、アークウェルドはある意味本当に二人の子だという。
サンサーラが誕生して千年程過ぎた頃ー神楽が亡くなったのは二ヶ月前だが、世界毎に時間の流れが違うらしいー神楽を神格化させた神から連絡があった。
ーーー来栖凛が天命を迎えようとしている…と。
それを聞いた神楽は一も二もなく、凛をサンサーラに呼び寄せる準備を進めた。
どうやら生前、病弱な神楽の世話ばかりをさせていたことを酷く気に病んでいたらしい。凛の死因が過労から来るものだと聞いて、かなり落ち込んでいたようだ。
初めは凛を神格化出来ないかと画策していたのだが、遥か古の時代から転生を繰り返していた神楽の魂と違い、凛は比較的新しく誕生した魂であったため、魂の格が足りないのですぐにそうはできないらしい。
ならばサンサーラで神格化に必要な残りの神格を蓄えて貰おうということになった。
天命が明日に迫っていたので急拵えで転移させたのだが、何分急いでいた故に座標まではきちんと設定出来ないまま、アークウェルドの声を届け易い精霊や妖精達に捜索願いを出した上で実行に移した。
凛にはサンサーラで次の天命を迎えるまで自由に過ごしてもらい、それでも神格が足りなければサンサーラで何度か転生を繰り返すことになるそうだ。
地球産の肉体では魔力を体内に内包しているものの、放出には向いていないらしく、今からサンサーラ産に創り変える必要がある。
特に凛の魔力は神格化仕掛かっていた神楽の傍に長年いたことにより、規格外な魔力量になっているため、通常の転生した肉体ではその魔力に耐えられないだろうとのこと。
水風船みたいなことになると言われれば全力でお断りさせていただきたい。
その為ある程度強度のある肉体を用意しなければならないのだが、ぶっちゃけて言えば、ゲーム内で使用していた情報に命を吹き込んで、サンサーラでも適応できるようにしようということだ。
それでこの場に呼ばれたそうなのだが…。
「器の崩壊防止と保護のため、母上には私の加護を幾つか受けていただきたい」
「チート設定かっ…」
中二病を卒業した頃にこんなことになるなんて、と何とも複雑な心境に項垂れる。
「…では母上、御霊を新たな器に御入れする故、暫しの別れを………」
「あ、うん…またね、アークウェルド。…それと、色々ありがとう」
ひらり、と見た目歳上にしか見えない息子に手を振れば、少し驚いたような顔をして小さく微笑んだ。
女神の微笑みってこういうのを言うんだろうな、と心の中で秘かに頷いた。
森の中に戻る予兆か、凛の身体が少しずつ透けていく。
「私の顕現は世界の理を乱す恐れがある故、早々御前に罷ることはなりませぬが…神格化が成されればその憂いも取り払われましょう」
神というのは座に居ることで世界の安定を謀る。
故に世界が崩壊の危機に面しても、神託や神使を遣わすなどの手助けしか出来ないのが常である。今回のように自ら動くことは殆どない。
「そっか…と、すると神楽にもまだ会えない?」
凛の脳裏に白い病室でベッドに腰掛ける弟の姿が蘇る。
神楽がいなくなって二ヶ月、努めて忘れようとしていた弟は小さく微笑んでこちらに手を振っていた。
ーーーああ、そうか…見たことあると思ったら神楽の仕草にそっくりなんだ…。
「然り…何か言伝てが御座いましたら御伝え出来るが…?」
アークウェルドはそういうが、凛は少し考えて首を振った。
「ううん、いい…自分で言いたいから…ありがとう」
「いえ、では……あっ…」
殆ど消えてしまった凛を見て別れを告げようとしていたアークウェルドは、何か思い出したように言葉を詰まらせた。
そしてにこやかな笑顔でテポドン級の置き土産を放り投げてくれる。
「サンサーラは現在女性の出生率が著しく減退しておりまして、母上の顏のお色は神色とされております故、どうかお気御付けを………」
「はっ!?え、ちょ、ちょっと待って!そんなの聞いてっーーーー」
凛の叫びは最後まで伝わることなく、アークウェルドの視界から去っていった………ーーー。
ーーーそこがある意味一番重要でしょうがっ!!ちゃんと説明していけぇーーー!!!
次回から色んなモノから追い回される日々が始まります(笑)