旅も悪くはないのです
翌日の早朝、北西部の街リリアースへ向かうためコルテアルの西門に集まっていた凸凹トリオ。
時間も早く門番以外の人影をあまり見かけないような時間で、敢えて特筆すべきことはないようないつもの朝の情景なのだが、一つ補足をするならば凜の夜の帳を剝ぎ取ろうと目論んだレオンハルトの前髪は既に少しチリチリして、頭に一つコブが出来ている。
何事もなかったかのように軽く最終確認作業を行い、いざ出発しようとギルド所有の騎獣、風馬の鐙に足を掛けたところでアルヴィスが口を開いた。
「ーーーソレに乗るのですか?」
「え?」
振り返って足元をみれば何か言いたげな表情で凜を見上げている。
仔犬サイズでちょこんとお座りして見上げて来る姿が実にあざとい。
ちなみに凜に乗馬経験はないが、アークウェルドの管理者の加護が実にいい仕事をしてくれる。
騎乗したいと意識すれば加護がアシストを実行してくれるのだ。
今回は急なことだったが、そのうち管理者の加護に頼らなくても乗れるように練習したいと思っていた。
「…本当に…乗るのですか?」
耳がしょげる。
ちょっぴり背も丸い。
大事なことはもう一度…実にあざとい。
「乗らないとリリアース「我がいるのに?」」
最終的に圧が凄かった。
午前中は特に戦闘になることもなく無事に旅路を進んだ。
結局はアルヴィスの背に跨り、揺れの少ない快適な進みである。
リリアースまで馬で一週間程と言っていたが、風馬なら何事もなければ半分程の日程で済んでしまうらしい。
昼食は宿の女将さんが持たせてくれた携帯食(パンに野菜と肉を挟んだものでサンドイッチというよりピタやパニーニのような見た目をした食べ物)を食べ、再びリリアースに向かって進んでいた。
「なあクルス、いい加減街から離れたんだしそろそろその暑っ苦しいの取っちまえよ」
凜たちの後方を走っていたレオンハルトが並走するようにアルヴィスの横に来ると声を掛けてきた。
初めは「坊主」と呼ばわるレオンハルトだったが、ランクばれして以降はクルスと呼ぶようになっていた。
まあ、相変わらずシルヴィオと二人して「クルス」だとは思っているようだが。
「…知り合いにあまり顔を出さないように言われてるので」
嘘ではない。
事実と少し異なるが…。
「あぁ?お前ほどの実力がありゃ返り討ちに出来んだろうよ」
「おい、やめておけ」
このサンサーラでは魔素のバランス崩壊が原因で男女比が非常に崩れている。
ちなみに現在の世界男女比は9:1にまで偏っているらしく、凛がコルテアルで見かけた女性はわずか5人ほどで、全員護衛らしき男性を連れ歩いていた。
国にもよるのだが、奴隷制度がある国も存在するので一人で出歩いていると人攫いに遭うのが常らしい。
こういった世界事情から女性に限らず、中性的な顔立ちの男性や子供なんかも奴隷商には涎モノだという。
正直、目立ちたくはないが顔を出すならSランクだと公表して、実力を示してしまった方がそういう輩からは絡まれることは少なくなるとは思う。
だが問題は凛の黒髪黒目の色である。
練習はしているのだが、たまに集中が切れると変化の魔法が解けてしまう。
原因はおそらくまだ肉体と魂が馴染んでいないからだと思われる。
慣れれば無意識に発動したりも出来るほどポテンシャルの高い身体なのだが、魔力量が余りにも多いので馴染むのにかなり時間を要するだろう、と相談したアルヴィスに言われている。
現在の凛は上級魔法は一日に二、三回が限度で、それ以上の魔力を使おうとすれば身体に痛みが走るのだ。
通常、魔力切れの場合魔法は発動しない。
それでも無理やり発動させようとすれば生命力を削る方法がある。
文字通り命懸けになるため寿命を縮める結果となるが、普通ならば身体が痛むことはないらしい。
故に凛はこの痛みを魔力の扱いを知らない凛のためにアークウェルドが設定した安全装置の様なものだと考えていた。
こういった事情も含めバレると余計な面倒事が増える気しかしないので、魔法が安定して持続出来るようになるまでは夜の帳は被ったままでいきたい。
「…そもそも、なんでそんなに脱がしたがるんですか?」
「理由なんかねぇよ。敢えて言うなら見てりゃ気分がいいからな」
邪念があるのかないのかよくわからない回答をもらった。
「却下で」
「なんでだよ!」
逆に何故その理由でイケると思ったのか。
「レオンハルト、そろそろ真面目に野営場所を探せ」
見かねたシルヴィオが溜め息混じりに話しを反らしてくれる。
ちなみに今回は急を要するため曲線的な街道を通らず、直線距離をひた走るルートをとっていた。
その為、村や集落のある地域とは若干ズレているので全日程野営する予定でいる。
幸いコルテアル周辺の地域は高ランクの魔物の出没が極端に少ないので、野営しても然程問題にはならないらしい。
それでも冒険者の常識としては基本的に出来る限り野営は避けるものらしいので、高ランク冒険者ならではの荒業と言っても過言ではない。
「あー、もうちょい先に行きゃ川に出る。そこでいいだろうよ」
つまらなさそうに言ったレオンハルトは進行方向のやや右を指す。
北西方向に進んでいたので、少し北に進路を修正するようだ。
シルヴィオとしても特に異論はないようで、一つ頷いて凛を見る。
「いいか?」
「土地勘はないので従います」
大まかな世界地図は頭に入れたが、細かいところはさっぱりなのでベテラン年長者に従うことに否やはない。
レオンハルトの指示に従って暫く進むと、少し開けた林の間を流れる川辺りが見えてきた。
「ほら、ここだ」
レオンハルトが指した方を見れば川の傍にぽっかりと大きな口を開けた虚のような洞窟の入口が見える。
なるほど、雨風が凌げて近くに水場もある。野営には丁度よい場所だった。
シルヴィオも周囲を見渡して頷いて見せる。
「問題なさそうだな。食事はどうする?」
きちんとした中堅パーティの野営なら簡単な天幕を用意する人と食事を用意する人など、役割分担して手早く支度をするのが一般的だ。(駆け出しは割りと高価な部類に入る天幕を買う金がないの毛布で雑魚寝する。そして翌日全身が痛い)
しかし三人と一匹はパーティではないので、基本的に自分の事は自分で、と一人完結になるのが普通だ。
シルヴィオのようにどうする?と協力的な発言が出るのは多少なりとも気心が知れている…というよりは凛を気にしての発言である。
実際、レオンハルトとシルヴィオの二人で依頼を受けたときはお互い好きなように野営準備に入っていた。
「私は手持ちがあります」
「テキトーに肉獲って来る」
いつの間にか近くの木に風馬の手綱を引っ掛けたレオンハルトは、ひらりと片手を振って来た道を引き返していった。
何となくそれを見送って、シルヴィオの方へ視線を向けると手持ちの中からピンポン玉サイズの赤い魔石と、何やら白っぽい丸太のようなものを取り出して火の準備をしているところだった。
少し気になったので丸太に鑑定スキルを使ってみると、脳内に情報が流れ込んでくる。
名前:ランドルの魔木(解体済)
説明:常に燃えている火に耐性のある樹木型の魔物の素材。燃え尽きるまで時間が掛かるため野営用の燃料として重宝されている。小さな若木なら普通の水を掛けて鎮火すると討伐出来るため子供でも討伐可能。大きく育ったものは歩き回るようになり、水魔法でしか鎮火出来なくなるため冒険者に討伐依頼が出されるようになる。
「(燃えたまま歩き回るなんて、なんて迷惑な木…と、言うかランドルって『名もなき騎士』にもいた魔物だわ…)」
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夜は静かに、しかし完全な無音ではなく流れていた。
焚き火の爆ぜる音、川のせせらぎ、風が木々を揺らす葉擦れの音。
それらが混じり合って、耳に心地よい子守歌のようになっている。
角鹿の肉は思った以上に柔らかく、脂もくどくない。
シルヴィオが手際よく切り分け、凛がスープに入れて温め直し、レオンハルトが豪快に焼く。
「やっぱ野営飯はこれだよなぁ!」
「味付け、もう少し抑えた方が素材の味がわかるぞ」
「細けぇことは腹に入れば一緒だろ!」
相変わらず噛み合っているのかいないのか分からない二人を横目に、凛はスープを木製のカップに注いだ。
「熱いので、気をつけてください」
アルヴィスが両手で受け取り、ふーふーと律儀に冷ましてから口をつける。
『……美味しいです』
その一言に、凛の口元がわずかに緩んだ。
食事を終えると、簡単に後片付けをして、それぞれが休める体勢に入る。
洞窟の入口近くに焚き火、少し奥に寝床代わりの毛布。
レオンハルトとシルヴィオが先の見張りに立ち、凛とアルヴィスは横になった。
だが、眠りに落ちる前に、アルヴィスが小さく唸った。
『……主様』
「どうしたの?」
『遠くで……動きがあります。弱いですが、数が多い』
凛は静かに体を起こし、周囲に感覚を広げた。
確かに、森の向こう、風に紛れて微かな“ざわめき”のような気配がある。
それは獣とも、人とも、魔獣ともつかない、曖昧で不快な気配だった。
「シルヴィオさん」
小声で呼ぶと、すぐに気づいてこちらを振り返る。
「気づいたか」
「数、結構います」
「俺もだ。レオンハルト、起きろ」
「……あぁ? なんだよ」
レオンハルトも気配を感じ取ったのか、すぐに表情を引き締めた。
「魔獣じゃねぇな。動きが雑すぎる」
「人……でもない。匂いが歪だ」
アルヴィスの言葉に、三人の空気が一段重くなる。
「……リリアースの件と、無関係とは思えないな」
シルヴィオが低く呟いた。
森の奥、闇の向こうで、何かがこちらの様子を窺っている。
数は多いが、統率はない。
まるで――“何かに追い立てられている”かのように。
凛はそっと夜の帳の奥で息を整え、魔力の流れを確認した。
「……見張り、交代は中止ですね」
「ああ。全員、臨戦態勢だ」
焚き火の橙色が、三人と一匹の影を洞窟の壁に大きく映し出す。
静かな夜は、確実に終わりを迎えようとしていた。




