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ストーカーは犯罪です

 




 凛がギルドで活動を始めて早一週間が過ぎていた。

 採取や討伐などの依頼をそこそこ熟し、少し馴染んできたな、と実感していた昼下がり。

 今日も今日とて凛は近くの森まで採取に来ていた。


 痛み止めの薬に使う薬草を採りに来ていた凛はふと立ち止まり、少しぴりついた様子で足元を歩いていたアルヴィスに目を向ける。その視線を感じたのか、アルヴィスも凛を見上げてくるのでバッチリと視線がぶつかった。


「…」

「…」


 しばし二人で見つめ合っていたが、示し合わせたように一つ頷くと森の奥に向かって全力で駆け出す。

 後方から「あぁーー!」だの「また逃げられた!」だの聞こえてくるが知ったこっちゃない。


「最近ずっといるね…金獅子(レオンハルト)さん」


 大猪(ビッグボア)の討伐が終わってからというもの今度は何の琴線に触れたのか、隙あらばレオンハルトが凛のことをうろちょろとスト…んんっ追い回すようになっていた。


 初めのうちは依頼(クエスト)先がたまたま一緒になったものだと思っていたが、さすがに四日目になる頃には認識を改めた。


 暇なのか、と思わなくはないがどうやらきちんと自身でも依頼(クエスト)を受けながら付いてきているのか、ギルドの受付で完了報告をしているのを何度か見ていた。


 てっきりギルド職員に凛が受けた依頼(クエスト)を聞き出して合わせているのかとも疑っていたが、依頼(クエスト)には守秘義務が発生するので、それはない、と受付のお兄さんが断言している。


 直感系のスキル持ちだろうと読んではいたが、ますます信憑性を帯びてきて迷惑なことこの上ない。


 その際、何故か受付のお兄さんにシリウスに相談しようかと聞かれたが今のところ実害がないので、そのうち飽きるだろうと放っておくことにしたのだが、こうまでして追い回されるなら何か対策を練った方がいいのかもしれない。


 凛としては実害がなければいい、と事なかれ主義を貫いているがアルヴィスの方がストレスを溜め込んでいるようで、最近毛艶がよろしくないのだ。


 これは凛にとって大問題になる。


 つやもふの毛並みが損なわれるなどあってはならない。


 それにそろそろ怒り大爆発でアルヴィス大暴れなんてこともあり得る。


「…逃げるか…潰すか…」


 不穏な呟きを漏らしたアルヴィスを見て、どうやら早めの対策を試みないと文字通り血の雨でも降らしそうだと確信を得た。


 問題はどういった手段をとるかというところだが、生憎と凛はレオンハルトとそれほど親しいわけでもなく彼の行動原理をきちんと把握できていない。故にイマイチ効果的な対策を立てられずにいる。


「主様、やはり我が一思いにがぶりと」

「アルヴィス、変なものは口にしちゃいけません」


 殺る気満々のアルヴィスを嗜めつつも、そうできたら楽だよな、と物騒な思考もこっそり心に秘めておく事を忘れない。

 平和的に暮らしていくには波風立てないのが楽でいい。


 渋々といった雰囲気のまま、殺さない代わりに構えとばかりにすり寄ってくるもふもふをもふもふしながら、しかしどうしたものかと考える。

 ストーカーの原因は恐らくSランクだと明かしたことに起因するとふんでいるが、その興味をどのようにして逸らすのかが思いつかない。

 馬鹿正直に付いてくるなと言っても聞きそうにないだろうし、何か取引になりそうなネタも持ち合わせていない。

 最終手段としては拠点を移すことだが、それはもう少しこの世界に馴染んでからが好ましい。


 まあ、何はともあれ依頼を終わらせてからでないと身動きが取れないのでさっさと片付けてしまおうと一人と一匹はさらに森の奥へと進んで行った。










「---はい、確かに。これで今回の依頼は完了です」


 指定の討伐部位とついでに採取した日光草の納品を済ませた凛は夜の帳を被り直して冒険者組合を後にしようとした。

 今日は夕方前に帰って来られたので市場で買い食いでもしようかとアルヴィスと話していたところに背後から声が掛かった。


「すみません、少しいいですか?」

「シリウスさん?」


 振り返った先に立っていたのはギルド職員のシリウスだった。

 夜の帳を着用しているのに声を掛けてきたあたりこの人も基礎能力高そうだなと思いながら、凜は近寄ってきたシリウスを見上げる。

 周囲を軽く流し見たシリウスは声を顰めるようにして口を開いた。


「貴方に指名依頼を受けて頂きたいのです」











 場所をギルドマスターの執務室へ移した二人と一匹は、部屋の中央に置かれた上品な革張りの応接ソファで和やかにお茶を嗜んでいた。

 ちなみに凛が入ってきたときに仕事の手を止めてこちらへ寄って来ようとした部屋の主は、シリウスの一睨みで大人しく机に戻って書類捌きを再開している。

 話しに混ざりたそうにチラチラとこちらを窺う視線を投げてくるガルフの頭の上に、とても大きなたんこぶがあったのは見ないふりをしておいた。


「それで、依頼というのは…?」


 凛が水を向けるとシリウスは手元の依頼用紙を差し出してきた。

 受け取ってサッと目を通した内容は要約すると…。


「不審な魔獣の調査依頼…?」


 どういうことかと説明を求めるように向かいに座ったシリウスをみれば、心得たように詳細説明を始めてくれた。


 曰く。


 ここ、コルテアルから二つ、馬で一週間ほど離れたリリアースという街の近辺で不審な魔獣の目撃情報が相次いでいるらしい。

 最初に目撃されたのはリリアース近くの街道沿い。

 行商人が護衛の冒険者と共にリリアースに向かっていた時のことだ。

 街まで目と鼻の先というところで大型のBランク魔獣「岩蛇竜(ロックリザード)」に襲われた。

 岩場に生息する岩蛇竜(ロックリザード)は乗用車ほどのワニのような獰猛な見た目に反して、縄張りに入るか敵対行動を取って注意を引かなければ比較的交戦を避けやすい種として有名だ。

 しかし交戦するとなると相性によってはBランクのパーティでもかなり苦戦を強いられることもある。

 そのため余程相性の良いパーティか討伐対象ではない限りは避けて通るパーティの方が断然多い。

 その時護衛を担っていた冒険者パーティもBランクでそれほど相性が悪い訳でもないが、護衛依頼中ということもありパーティは満場一致で依頼主の安全を優先し交戦は避ける決断を下した。

 パーティの斥候(スカウト)が先に岩蛇竜(ロックリザード)を捕捉していて距離も開いていたので通り過ぎること自体は難しくない。

 このまま岩蛇竜(ロックリザード)に見つかることもなく距離を取れるだろう、と誰もがそう判断していた。

 だが、斥候(スカウト)の索敵範囲を外れそうな距離になったところで岩蛇竜(ロックリザード)が急に進路を変えて向かって来たのだ。


 それも突如()()()を振り返って。


 幸いなことに街までそう距離もなかったし、こちらが先に索敵出来ていたアドバンテージもあって街近辺の魔物除けの施されたエリアに飛び込むことが出来たため被害はなかったが、話しはそれで終わらなかった。


「それが一件目です」

「一件目、ってことは…」


 まさか、と窺うように視線を上げた凜の予想が正しいことを肯定するようにシリウスはひとつ頷いて見せる。


 岩蛇竜(ロックリザード)の一件を皮切りにリリアースの周辺で似たような事例が多数報告されるようになった。


「今のところ負傷者は多数出ているようではありますが、死者の確認はされていません。しかし岩蛇竜(ロックリザード)以外にもリリアース周辺でC~Bランクの魔獣が似たような行動を取っているとの報告を受けています」

「他の魔獣も同じ行動を?」


 それは確かに異常だ。

 群れで統率されたウルフ種などならそんなこともあるかもしれないが、群れることのない種がこぞって似た行動を取るなんて意味がわからない。

 それに岩蛇竜(ロックリザード)が現れるにしてはリリアースは草原と湿地帯の多い地域で、生息地からは大きく外れているように思える。

 他に目撃されている魔獣もリリアース周辺では見かけない種が多く報告されているらしい。


「近頃、国内各地で魔獣の異常行動が多数報告されています。南部ではあまり事例がなかったのですが、ここ二週間でかなりの数が報告されているんです。我が国の上層部も事態を重く見たようで、A及びSランクへの指名依頼が発行された次第です」


 なるほど、と納得しかけた凜は引っ掛かりを覚えて首を傾げた。


「シリウスさん、今「A及びSランク」ってーーー」


 言いました?とまでは続かない。

 凛の足元で丸くなっていたアルヴィスが飛び起きてドアに向かって戦闘態勢を取ったからだ。

 何事かと思って他の二人がドアの方へ向くと同時にバンっと破裂音かと思うほど大きな音を立てて扉が開いた。

 と、同時にアルヴィスの唸り声に合わせて雷撃が飛んで行く。


「ぬぉあぁっ!!?」


 手加減されているとは言え、そこそこ威力と速度のある雷撃を間一髪で躱して見せた被害者(レオンハルト)は、後ろから顔を出したシルヴィオにとても邪魔そうな目を向けられている。

 一瞬、雷撃についてアルヴィスを嗜めようと口を開きかけた凜だったが、向けられた先がレオンハルトだと気が付いた瞬間、さもありなんと口を噤んだ。


 ちなみに二人をここまで案内した受付のお兄さんは普段レオンハルトとアルヴィスのやりとりをちょくちょく目撃しているので、こうなることを想定して部屋の前まで案内した時点で持ち場に戻った、と後に本人から聞いた。




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