ルーキーはじめたんです
本当に亀ですみません…。
コルテアルの街を南に抜けると鬱蒼とした雑木林が広がっている。
そのまま南下していくと街の北東から南西へ、緩やかなカーブを描きながら獣人領まで伸びるガナン川に行き当たる。このガナン川を本流として周辺都市へ数々の支流が流れていた。
コルテアルから見て南東、ガナン川本流手前の支流にほど近い場所にカララ村という人口200人程度の小さな農村がある。
小高い丘の麓を開いて作られたカララ村では、近日大猪の目撃情報が多数寄せられていた。
毎年この季節になると現れる、言わば恒例行事のようなもので今年も雑木林で大猪の痕跡が発見されてすぐ、カララ村の村長からギルドに依頼が持ち込まれている。
毎年のことなので村では村民たちの持ち寄りでキッチリと大猪用の予算が組まれているので、初動はかなり早い。
大猪はその名の通り大きな猪の魔物で、大きさは軽トラックより一回り大きいサイズが一般的だ。
ただ、今年は去年までとは少し事情が違う。
初めに目撃されたのが五日ほど前。
その大きさはおよそ二、三倍で村外れにある山小屋の一つを軽々と吹っ飛ばしたらしい。
御年85を迎える村長も未だかつて見たことのない大きさだったという。
幸いにも重傷者は出なかったが、村の方で暴れられては間違いなく全てを薙ぎ倒されるだろう。
通常よりも大きく凶暴な個体であり危険度も上がるため、去年まではDランククエストとしてギルドでは受領されていたランクがCへ上がり、それに合わせて依頼料も1.5倍になってしまったが、村民たちの理解が得られたのは村長の人徳の賜物だろうか。
そういう事情もあり、村の存続に関わる事態に派遣されてきた冒険者が、見た目成人しているのか怪しい子供であったなら、思わず落胆の溜め息が出てしまうのは無理からぬことなのかもしれない。
「―――お話は分かりました。被害が出る前に討伐を開始します」
そう言って凛は村長の返事を待たずして足早に村を出た。
カララ村へ辿り着くまでの雑木林は虫の音一つしない、ピリッとした空気になっていたのだ。
それが毎年のことなのかは凛にはわかりかねるが、近くに大きな気配があることは大まかに察していた。
村を離れて北西方向へしばらく進むと少し開けたところに出る。
ポツンと取り残されたように今や廃材となってしまった山小屋の残骸が積まれていた。
例の吹っ飛ばされた山小屋跡である。
瓦礫の周辺を確認してみると人の頭ほどの足跡が残されていた。おそらくこれが大猪のものだろう。大きさから考えると相当な大きさだと推測される。
「…真っ向勝負は避けた方がいいね」
『私が焦がしてしまいましょうか?』
腕の中から見上げるように申し出てくれたアルヴィスを撫でながら、ふと考える。
「いや…毛皮の状態がいいなら高く買い取ってくれるって言ってたから、できれば焦がしたくはないなぁ」
『そうですか…』
出発前にギルド職員が教えてくれたことを思い返して、アルヴィスのお手伝いは遠慮しておいた。
しゅんっと残念そうに伏せられた耳が可愛い。
燃やさず、焦がさず、斬らず、となると現在打てる手は一つ。
『主様!』
大まかな討伐方針を定めたところで、アルヴィスが警戒を発して素早く地面に降り立つと瞬き一つで人型をとった。
ズドーン、ドドーンと林の奥が大きな地響きを立てながら揺れている。
どうやら縄張りに入り込んだのに気付かれたようだ。
頭の中でイメージトレーニングして、近付いてくる振動に身構える。
「(もう少し…もう少し…)」
「来ます!!」
アルヴィスが叫んだと同時に林から巨体が飛び出してきた。
「拘束!!」
「ブギャァァァァー!!!」
大猪の身体に見えない鎖が巻き付いてその進行を阻んだ。
行く手を阻まれた大猪が怒りの咆哮を上げて、拘束を解こうとその場でドスンッドスンッと地団駄踏んで抵抗する。
拘束の効果がなくなる前に凛は素早く魔力を練り上げた。
空気中の水分を集めて大猪と同じ大きさの水の塊を生成する。
「…よし!」
その水を使って大猪の巨体を包み込んだ。
咆哮が止んで大猪は水の中でゴボゴボと空気を吐き出している。
焼くのも斬るのも、外傷を与えるのが駄目なら窒息させてしまえばいい。
やがて抵抗が弱々しくなり、大猪はその巨体を横たえた。
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コルテアルギルド支部の素材部門、解体責任者のジルトラントは自身の無精ひげを撫でながらそれを睥睨する。
ギルド支部の裏手にある魔物の素材解体用の作業小屋はいつにも増して騒然としていた。
それもこれも朝一番に持ち込まれた大猪のせいに他ならない。
とある新人冒険者が依頼の完了報告に来たのがそもそもの始まりだ。
ジルトラントの部下に当たるギルド職員が、非番だったジルトラントの自宅に駆け込んで来たのはつい先ほどのことで、慌てていると言うか興奮していると言うかな状態の部下にとにかく来てくれと乞われて職場まで来てみれば、そこそこの広さがある作業小屋が狭く感じるような大きさの大猪が無造作に置かれていた。
聞けば新人冒険者、しかも随分と小柄な少年が一人で討伐してきたらしい。
彼がそうだ、と言われて作業小屋の隅に佇む少年を見やった。
真っ黒なローブを頭からすっぽりと被った小柄な体躯。人族であったとしてもかなり小柄な部類に入るだろう。足元には金の毛並みの狼が機嫌よさそうにすり寄っている。
「(魔物に外傷はなし…見たところ獲物も不所持…魔術師…錬金術師か…?いや、狼連れてんなら魔物使いか…?しかし争った形跡も見た感じついちゃいねぇ…こりゃどーなってんだか…)おい坊主!」
少し離れていたが、呼び掛けに応じたのか少年はジルトラントに顔を向ける。
「素材はどうする?」
討伐手段が気にはなったが、冒険者ギルドで手の内を明かそうとする行為はご法度とされている。故にジルトラントは思考を振り切って確認事項だけを口にした。
尋ねられてた少年は少し考える素振りを見せてから静かに答えた。
「肉を少しだけ手元に置きたい。それ以外はそちらで買い取ってくれ」
そう言うと少年はこちらに興味をなくしたようで、擦り寄ってくる狼を相手し始めた。
歳の割には落ち着いている、といった印象だ。やや愛想はないが特にこちらを下に見ているような風でもない。
あの年頃の新人で変異種の大物を討伐してきたなら、得意気に触れ回ったりしそうなものだが、そんな様子も見受けられなかった。
「(こりゃ将来化けるかもな…)オイ、野郎共!さっさとバラしちまうぞ!!」
大型新人の誕生を期待して自然と口角が上がるのを感じながら、未だ大猪を見てザワついていた部下達を一喝してジルトラントは解体を開始した。
あの新人がいつ二つ名持ちになるか、支部長と賭けでもするか、と考えながら…。
近々登場人物まとめを作りたい…。
私が覚えきれなくなってきた…。




