うちの息子は有能だったんです
サンサーラにおける大陸は大きく分けて五つある。
各大陸の配置は聖域と呼ばれる中央大陸を取り囲むように四方に配置されている。
領土は大きく分けて四つ。人間領・獣人領・精霊領そして魔族領だ。
一番広い領土を持っているのが人間領。聖域と呼ばれる中央大陸の東部、通称東大陸を中心に広く領土を持ち、気候は穏やかな春。
ちなみにコルテアルはこの東大陸の南部に位置する街である。
次に広いのが獣人領。南大陸と呼ばれるのが主に獣人族の支配領域で、ほぼ年中暑い夏の気候だ。
西大陸の広大な森を領土としているのがエルフを王に頂く精霊族。東大陸よりもやや涼しい秋の気候が続いている。
最後に北大陸。魔族領と呼ばれているが、実態は雪と共に閉ざされ謎に包まれている。他大陸との国交もなく…そもそも国家として成り立っているのかどうかも不明である。
魔族、と呼ばれる種族が未だ存在しているのだから種として途絶えてはいないのだろうが、近年東西南大陸で見かける魔族は随分昔に北大陸から出てきた者の末裔で、混血と呼ばれるものが多い。
各地で起こる解決に至らない奇怪な事件なんかを「魔族の仕業」なんて言う者もいるが、そういった事件はほぼ迷宮入りしているので真相は闇の中だ。
さて、各大陸への移動手段といえば主に航路を利用するのが一般的だが、北大陸の海域に入ると途端に魔物の強さが跳ね上がる。
例えばどの海域でもよく目にする氷鮫だが、ギルドではCランクに相当する魔物として登録されている。体長は1.5メートルが平均で普段から討伐依頼を熟している冒険者ならDランクでも討伐可能な魔物である。
それが北大陸海域に生息している個体となると討伐ランクが最低でも一つは上がる。
個体値が他大陸とは比べ物にならないほど上がっているのはもちろんのこと、北大陸生息の氷鮫は巨大で凶暴だ。
過去に小型船舶が丸々飲み込まれたことがある、と言えば想像できるだろうか。
そういった現象が北大陸周辺ではざらに起こっている。
大昔、800年程前までは他大陸と変わらないようだったそうだが、いつの日を境にか北大陸は他者を寄せ付けない暗黒大陸なんて呼ばれたりもする。
古い文献には豊富な魔鉱資源がある豊かな大陸などと記載されていたこともあり、一獲千金を狙って消息を絶つ者が少なくないのも現状だ。
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凛は読んでいた歴史書を閉じて大きく息を吐き出した。
あの後受け取ったギルドカードのランクを見て仰天したり、その場にいたガルフと手渡してくれたシリウスに全力で口止めしたりしてから、このギルドに併設された資料室に籠っている。
休眠期明け(だという設定)の凛に気を利かせて、シリウスがここへ案内してくれたのだ。非常に助かる。
サンサーラの歴史と『黒衣の大賢者』などの偉人を中心に資料を漁っていたのだが、結果は上々。
歴史に関しては大まかな流れは抑えたし、嘘か本当かわからないような黒衣の大賢者の偉業…っぽいものも粗方把握した。
かなり膨大な量の情報ではあったが、こんなところでまさかのアークウェルドの加護が役に立った。
歴史書を開いてパラパラと捲っていくと、目を通した項目に脳内で補足事項が追加されるのだ。
最初はかなり驚いて歴史書ではなく魔法書の類だったのかと思ったが、まさか自分の息子…が戦闘補助をして生活補助をしないような脳筋だとは思っていない。というか思いたくない。
凛と神楽の性格をベースにしているようなことを言っていたので、その辺の配慮は用意周到だろうから心配ないと踏んだのだ。
まあとにかくこれである程度は溶け込んで暮らしていけるだろう。
「アルヴィス、戻ろうか」
膝の上で丸くなっていたアルヴィスに声を掛けると、閉じていた瞳をパチッと開いてこちらを見上げてくる。
ようやく構ってくれるのが嬉しいとでも言うように頭を摺り寄せてくるのが可愛い。
資料室に差し込む光は赤みを帯びていた。
今日のところはこのまま宿に帰ってクエストの受注は明日からにしよう。
ちなみにアイテムボックスに入っていたクォーツ硬貨は、現在貨幣として流通していないことが判明した。
今主流の硬貨はケルン硬貨というらしい。
とりあえず当面の資金は必要なのでアイテムボックスの素材をいくつかギルドで買い取ってもらったが、宿代ぐらいしか手元にないので明日からはしばらく稼がないといけないだろう。
『もう、よろしいのですか?』
「うん、だいたいの情報は仕入れたから、後は生活しながら徐々にでいいよ。今日は宿に戻って仕事は明日からね」
アルヴィスは一つ頷いてするりと身を寄せる。
「ふふっ、アルヴィスは甘えん坊だねぇ」
『…その…千年ぶりですから…』
ふわふわした毛並みを撫でてやると、気恥ずかしそうな声が返ってくる。ちょっぴり伏せられた耳が可愛い。
「うん、ごめんね…。もう置いて行ったりしないから」
「っ…!…はい…はいっ、お傍におります」
ポンッと瞬きの間に人型をとったアルヴィスが、僅かな隙間さえ惜しいと言わんばかりに凛の頭を抱くようにしてぎゅうぎゅうと手をまわす。
余りにも必死に、縋るように抱きついてくるものだから凛はアルヴィスの気が済むようにさせることにした。
決してわざとではないけれど、置いて行かれる方の気持ちはよく知っている。
ぽっかりと穴が開いて、どうしていいのか、どこへ行けばいいのかわからない迷子のような気持ちを凛はよく知っているのだから―――。
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一夜明けて、凛は再びギルドに足を運んでいた。
正確な時間はわからないが、日本でいう「サラリーマンが電車に鮨詰めになっている頃」と思われる。
この時間に新規依頼の張り出しがされるせいか、昨日よりも人が多い。
今日も相変わらず夜の帳を身に纏って、アルヴィスを抱き上げながら凛はクエストボードを見上げていた。
あまり人族(特にシルヴィオ)を好かないアルヴィスだが、凛に抱かれている間はとても大人しい。寧ろ上機嫌に見える。
クエストボードの端から端まで目を通して、実入りのよさそうなものを探していく。
「(戦闘訓練もしたいから討伐系と採取系同時がいいかな…アイテムボックスの中身は減らしたくないし…これと、これ…かな?)…っ!!?」
依頼場所が近いクエストを二つ、ボードから剥がして振り返ると深紅の瞳とバッチリ目が合った。すっごい至近距離で。
出掛かった悲鳴はどうにか飲み込んだが、アルヴィスを抱く手に力が入ってしまった。
「れ、レオンハルトさんっ!気配消して真後ろに立たないでください!」
ごめんね、の意味を込めてアルヴィスを優しく撫でながら、態々凛の目線に合わせて真後ろに屈み込んでいたレオンハルトに避難の目を向ける。
にんまりと悪戯が成功した子供の顔をしているのがちょっと腹立たしい。
「よう、坊主!クエストか!」
その上抗議を受けた本人は毛ほども反省していない。
その様子を見て凛は諦めるように大きく息を吐き出した。
「…はい、手持ちが少ないので懐を温めておこうかと…」
ふぅん、と言いながらレオンハルトは立ち上がる自然な動作で、凛の手の中から依頼書を抜き取って眺める。
近くで見るとやはりレオンハルトは大きかった。180は超えているだろう。
ガルフ程ではないが、がっしりした体格は東洋系のラガーマンを思わせ、背負われた大剣がよく似合う。
二つ名が『金獅子』と言っていたが、なるほどと言わざるを得ない。
「大猪の討伐にタケノコダケの採取?CとDの依頼じゃねぇかよ。おい坊主、お前まだランクの足んねぇやつばっかじゃねぇか」
脳筋かと思っていたが、意外と見るところはちゃんと見てるんだな、と失礼なことを考えたのは胸に仕舞って、凛は小さな防音結界を張った。
「問題ないです。ランクは足りてますから」
寧ろかなり低いやつを選んだのだ。
ギルドのランクはSからFまでの7段階で分けられている。
Fランクは見習い。Eが駆け出し。Dになると一人前で、C・Bで中堅に分類され、Aまで上がると国からの指名依頼なんかも入るようになって、一生食うに困らない。
そして誰もが憧れるS級。
伝説級や英雄級なんて呼ぶこともあるが、それを号するのは現在6名のみ。
昔はもう少し多かったようだが、既にほとんどが没して久しい。
まあココに至る者は化け物に片足突っ込んでる、なんて言われるような者ばかりなので、ギルドランクの実質最上位はAランクという認識で問題ないだろう。
そして各自受けられる依頼は特例以外は自分のランクの一つ上までという決まりがある。
少し話が逸れてしまったが、どういうことかと言うと、
「私、Sです」
凛が化け物だったということだ。




