獅子って獲物を嬲るんです
後先考えずに路地から飛び出した凛は、角を曲がったところで思いっきり何かにぶつかるハメになった。
右の曲がり角から現れた通行人に気付いたときにはすでに遅く、ブレーキをかける間もなくそのまま突っ込んで、ぶつかった反動で後方に飛ばされて尻もちを着く。
「ったぁっ…!」
「すまない、大丈夫か?………クルス?」
名前を呼ばれたので顔を上げてみれば、数時間ぶりに見る銀髪碧眼。
「し、シルヴィオさんっ」
まさかこのタイミングで再会するとは…。
コレが凛の命取りになった。
「あのっ、今っ…!」
追われてて、っと言いかけたところで凛は言葉に詰まった。物理的に。
「おーおー、すばしっこいじゃねぇーか、坊主」
後ろの路地から出てきた逞しい腕が凜の首根っこを引っ掴んで、猫の子のようにぶら下げたのだ。夜の帳が喉元に食い込む。
低音の腰に来る声が耳元で聞こえて、全身が総毛立った。
首が絞まって息がし辛いわ、慣れない男に接近されるわで脳内は完全にパニック状態だ。
「ヤダっ!はなっ、はなしてっ…!」
ジタバタと身を捩って暴れるが、力差は歴然で拘束している腕はピクリとも動かない。
つま先が地面に着くかどうかの位置まで持ち上げられているので、思うように逃げられなかった。
「レオンハルトっ!お前何をしているっ!」
「いやぁ、この坊主がよぉ…」
イマイチ事態を把握出来てはいないが、美大夫とはいえちょっとガラの悪いレオンハルトに捕まっている凜は、どう見ても人攫いに連れて行かれそうな哀れな子供にしか見えない。
そうでなくてもシルヴィオにとって凛は命の恩人だ。レオンハルトとは旧知の仲だが、当然天秤は凛に傾く。
レオンハルトの腕を掴んで引き剥がそうとしたところで、恐れていたことは起こった。
「なっ!?」
「っ!?」
揉み合いの末、とうとう夜の帳のフード部分が取れたのだ。
正面に立っていたシルヴィオの目が大きく見開かれたのがよく見える。
後ろからも驚愕の声が聞こえてきたので、レオンハルトの表情も似たようなものだろうと予想がつくが、それを振り返って確認するような余裕は凛にはない。
しかし驚き過ぎて拘束が緩んだようで、それが凛に冷静さを取り戻させた。
緩んだ拘束から抜け出して、素早く夜の帳を被り直して力一杯声を張り上げる。
「ーーーアルヴィスっ!!」
その声に招かれて凛と二人の間を分つように、轟音を響かせて落雷が地面に叩きつけられた。
風圧で舞う土埃の中からバチンッと雷電のぶつかり合う音と共に、グルルッと獣の唸り声が聞こえる。
《また貴様かっ!人間!!》
薄く淡い金の毛並みに鋭いアメジストの瞳。体躯は2メートル近いレオンハルトよりも一回りは大きい。
牙を剥き出しにして唸り声を上げる狼は、それは恐ろしい顔で男二人を睨みつけた。
アルヴィスさんは過保護。




