夢を見るお年頃は過ぎ去っています
のんびり行きます。
よろしくお願いいたします。
「………ぇ…」
思わず小さく音が溢れた。
見間違いかと思いながら見開いていた目をゆっくりと閉ざして、もう一度目の前の光景を凝視する。しかし目を閉じる前にあったものは変わらずそこに、来栖凛の目の前にあった。
驚愕の余り旅行帰りの大きなキャリーバッグと、肩に担ごうとして中途半端に持ち上げられた重たいボストンバッグが手から滑り落ちたが、そんなことには全く気が付いていない様だった。
「………え…?」
またもや意味のない声が口から飛び出したが、本人は間抜け面を晒している事よりも、口元が引き吊って痙攣している事よりも、自分の目の前をふよふよと漂っているものの方が重要だった。
掌サイズの小さな人型がファンタジーな服を着て、ついでに背中にトンボのような薄い透けた羽根を付けてこちらをみている。そう、こちらを、見ている。
来栖凛、24歳。確かに十年程前に思春期特有の病を患ったこともあった。しかし、長く闘病することもなく、中学を卒業するまでには完治している。と、言うより無理やり受験という名の現実に引き戻されたわけだが…。
それにしてもファンタジーに別れを告げて、いや、別れを告げたことすら忘れていた今になって、こんな夢の住人にばったり出会すだけでは厭き足らず、熱い視線を交わし合うなんて…。
「…とうとう夢遊病…いや、白昼夢の方?」
まあ、こうして現実逃避をしてしまうのも無理はないだろう。
無意識に身を乗り出して相手をじっくりと観察してみた。
「我が夢ながら中々精密に再現されてるなぁ…」
凛の目の前にいる、所謂妖精やらピクシーなんて呼ばれる小さな人型は、波打つ金の長い髪に緑色の瞳、服は新緑を基調としたワンピースのようなものを身に纏っている。
向こうも凛に興味があるのか、可愛らしく首を傾げながら凛の顔を覗き込んでいた。
「(あー、癒される、これ…)」
割りとザクリさっぱりした性格の凛だが、意外に可愛いものが好きだったりする。
ふむふむ、とい言わんばかりに妖精らしきものの周りをじっくり見ながら歩いて見るが、どうやらホログラムでもないらしく、映像がブレることも向こう側が透けて見えることもなかった。
だが、短大を卒業し社会に揉まれ続けたおよそ四年間がこれは夢だと訴えかける。本能…というか普段それなりに役立ってくれていた直感は全力で「やべぇぜ、これ現実だって!」と喚き立てるが、理性が力業でこれを捩じ伏せた。
…今、物凄く頭を掻き毟りたい…、が凛の本音である。
ととりあえずこのままでは悶々と頭を悩ませ続けるハメになりそうなので、前向きに、あくまで前向きに行動することにした。と言うわけでまずは…。
…ぐぅ……。
「…腹拵えかなぁ」
もしかしたら月光に移動するやも…?