聞こえ、ました
かなりお久しぶりです…
短くて申し訳ないです…
「ーーー…………ぁあ………漸く、この瞬間が………帰ってくる……我らの時代が……………過去の栄光が還ってくる……:…」
沈む、静かに、ゆっくりと………。
目覚める、鮮やかに、はっきりと………。
始まる、厳かに、ひっそりと…………。
「………さあ………我らが主のご帰還だ………ーーー」
「………………(知らない天井だ…だっけ…?)」
茜が差した木目の天井をぼんやりと眺めながら、凛はお馴染みの台詞を思い出していた。
半ば夢現のまま眠るまでの記憶を辿っていると…―――、
「―――…お目覚めか…主様?」
「わぁっ!?」
完全に一人だと思っていたところに声が掛かって、驚いて飛び起きた凛が慌てて声がしたベッド脇へ振り向くと、いつも機械のフィルター越しに見ていた雷の契約精霊、アルヴィスの姿がそこにあった。
光を放つような光沢のある濃い金色の髪と透き通った淡い紫水晶の瞳………デザイナーの卵として生計を立てていた凛、渾身のメイキングキャラクターである。
「え、あ、アル…ヴィス…?」
「はい、主様」
恐る恐るその名を呼んでみると、蕩けるような微笑みと共に応えが返ってくる。正に恍惚と呼ぶに相応しい、うっとりとした表情なのが少し気に掛かる。
「(あ、いや、それよりも…)…あの、シルヴィオ…さん…は…?」
八畳程の遮蔽物のない部屋の中にその姿が見受けられず尋ねたが、シルヴィオ、と口にした瞬間にベッド脇に置かれていたグラスにピシリ、と皹が走る。
思わずグラスに目をやってから視線をアルヴィスに戻すと、アルヴィスは笑顔のまま凍り付いて微動だにしていなかった。
「ア、アルヴィス…?」
「アレは捨て置けばよいのです」
「………」
喜の表情のまま左頬だけを器用に引き吊らせてバッサリと一刀両断され、返す言葉が見当たらない凛。
取り付く島もない様子なので一先ず話題をすり替えることにした。
「えっと、じゃあ…私が起きるまでの状況説明をお願い。あの牛みたいなのはどうなったの?ここはどこ?」
「うむ、順を追って申し上げると…。―――先ず、魔獣化した牛の魔物であるが、私の雷で屠っておいたので、今後主様を煩わせることもないでしょう。主様が討伐しようとなさっていた風豹の番はどうやら牛の魔物に喰われたようです…魔力の痕跡が残っておりました故………。」
なるほど、重なっていた魔力反応が消えたのはその為か、と凛は納得した様子で頷いて返す。
「現在地は近くの…コルテアルとか言ったか…?その宿を借りております。ちなみに日は跨いでおりませぬ」
「ここ、コルテアルなんだ…。あ、そうだ、アルヴィス…お金…」
アイテムボックスを開けたときにお金の存在も確認したが、今の時代も使えるのかは謎のままだ。使えないなら間違いなく面倒なことになる。
「ああ、それは…こちらで工面致しましたので…」
そう言いながらアルヴィスは両手で水を汲み上げるような動作をして見せる。その掌にちょこん、と乗っかっているのはまだ記憶に新しい妖精だった。
アルヴィスの掌にぺたん、と座り込み、両手を胸の前で合わせて今にも決壊しそうな瞳でこちらを見上げているのを見ると、言い知れぬ罪悪感に苛まれる。
そして何より気になったのが見覚えのある金髪と翡翠色の瞳。
「貴女、もしかしてあの時の子…?」
そう声を掛けると、まるで花開くように満面の笑みで瞳を輝かせる妖精。どうやら覚えられていたのが余程嬉しいらしい。
「こちらの妖精は主に鉱物を司ります。彼女達が涙を流すとその涙が結晶化して宝石のようになります。それが妖精の涙と呼ばれるのですが、人間たちの間では高価なものとして取り引きされております」
「なるほど、それを換金したのか…。アルヴィス、ありがとう。…貴女も、ありがとう。出来れば何かお礼がしたいんだけど…何か私に出来ることはない?」
妖精の喜ぶものってなんだろうか?尋ねてみると何かを伝えようと口を開いてくれているようなのだが、言語が違うのか、その音は言葉として伝わらない。
「申し訳ないが、今の主様ではこの者の言葉は拾えますまい…妖精達は魔力を共鳴させて会話をします。主様は魔力の扱いが不得手なように見受けられます。故に今は難しいかと…」
「魔力コントロールか…」
確かに魔法使い1日目では難しいだろう。
どうやらサンサーラでは割りと重要なもののようだ。
「じゃあ、コレ…御礼にならないかな…」
不意に思い付いたのでベッド脇のサイドテーブルに置かれていたポーチに手を伸ばした。中に手を突っ込んで使えそうなものを絞り込んでいく。
「あ、あった!…はい、受け取ってくれるかな…?」
取り出したのはビー玉サイズの緑の魔石。
Dランク~Eランクの魔物を討伐するとドロップする小さな魔石だが、この緑の魔石はレアなジュエルスライムからしかドロップしない代物で、見た目に反して魔力含有量が格段に大きいのが特徴のレアドロップだ。
「なるほど、良いものをお持ちですね。主、それを少しお借りしてもよろしいか?」
「え、うん」
スッと差し出されたアルヴィスの掌に緑の魔石を乗せると、アルヴィスはそのまま魔石を軽く右手で握り込む。
瞼を伏せて何事かを小さく呟くと、アルヴィスの右手から淡い薄紫の光が発せられた。
まるで夏の蛍のように光が二、三度瞬くと耳の奥で小さな耳鳴りのような音がした。
「…少し、手を加えてみました。これで少しはこの者と意志疎通が可能かと…」
そういいながらアルヴィスは己の左掌に鎮座する妖精に魔石を持たせる。
妖精はキラキラと期待に満ちた表情でアルヴィスから受け取った魔石を大事そうに抱え込むと、凛に向かって深々と頭を下げた。
ーーーアリガト
「あ、今…?」
片言でイントネーションに少し違和感があるが、凛の頭の中に直接小さな音が響く。恐らくはこれが目の前の妖精の言葉であることは察せられた。
「少し、補助をしたに過ぎませんが、今後の鍛練次第で滑らかな意志疎通が可能でしょう」
「アルヴィス、ありがとう!」
と、話が一段落したところで、図ったように部屋の扉が音を立てた。
その音を聞いてアルヴィスの秀麗な顔から表情がすとん、と抜け落ちる。
妖精も慌てたように姿を消してしまった。
「主様、こちらを…」
そう言ってアルヴィスから差し出されたのは夜の帳だ。
よく考えれば服がいつの間にか賢者の夜着ーホワイトverーに変わっている。
誰が着替えさせたのか、うっすら気にはなるが未だに続くドアのノック音の方が気に掛かったので、凛は手早く受け取った夜の帳を纏ってフードを深く被ってから扉の方へ声を掛けた。
「ど、どうぞ」




