噂話って恐ろしいです
お久し振りです!
凛のアイテムボックスには『名もなき騎士』をプレイし始めてから手に入れたものが全て捨てられずに入っている。
例えばRPGなどのゲームをプレイしていて、新しい装備に変えるとき、大体のプレーヤーは『今装備しているものを売って新しい装備を買う』か『今の装備を売らずに敵を倒しまくって得た金で新しい装備を買う』かの二択に分かれることだろう。
凛のプレイスタイルは後者であった。
理由は簡単。『ついでにレベルアップも出来るから一石二鳥』…と、いうか『レベルアップしてたらついでにお金も手に入るから』だ。
故に現在、凛のアイテムボックスの中にはありとあらゆるアイテムが、正にピンからキリまで詰め込まれている。
勿論、ゲーム内では回復アイテムに分類されていた食料の類いもその限りではない。
見た目ポーチのアイテムボックスの中から次々と取り出される食料の数々に、シルヴィオは目を奪われていた。
「不躾な質問で申し訳ないが、いいだろうか?」
シルヴィオが凛のポーチを凝視しながら恐る恐るといった体で尋ねる。
「はい?なんでしょう?」
「…クルスはその…名のあるご子息だろうか…?」
凛はせかせかと進めていた食事の用意を止めて、シルヴィオの方に顔を向けた。
シルヴィオの質問の意図がわからない、というか、何故そんな考えに至ったのかがわからない。
はて?と思いながらも凛は首を振って返した。
「いえ、私は極一般的な家庭の出ですが…?」
「そう…なのか?」
貴族ではない、と返せばシルヴィオ随分と驚いた顔をした。
どうやらほぼ確信した質問だったらしい。
「ええ、『元貴族』とかでもなく本当に一般家庭で育ちましたよ?」
そう言ってもシルヴィオは微妙に納得出来ないような表情をしていた。
「逆に何故そう思ったのかをお聞きしても?」
「その…クルスの収納魔法は許容量が大きいようだったし…立ち居振る舞いがソレらしい、というか…それに」
聞いた感じでは理論的に確信していたわけでなく、勘というか感覚的にそう感じ取っていたらしく、本人もどう説明していいか…といった感じだ。
「この布…クルスのローブも…かなり高度な魔法が付与されている…」
「あぁー…(そう来たか…)」
そっちかぁ…と凛は内心頭を抱えた。
実のところ凛はサンサーラでどう過ごすかを考えてはいない。
否、全く考えていない訳ではないが、現時点で決定しているのは『ギルド員になって生計を立てること』と『悪目立ちして厄介事に巻き込まれないこと』だけだ。
今サンサーラがどうなっているのか、情報が足りなくて決めかねているのが大きい。
こう見えてワクワクすることが好きなので、出来れば上位モンスターと戦うようなこともしてみたいと思っている。
しかしそうなると間違いなく目立つ。
「すげぇ、アイツ強ぇんだな!」で済めば良いが、やり過ぎて「な、なんだ、アイツ!化け物かっ!?」となるのは全力で御免被る。
シルヴィオはツェツェールの人間だと言っていたので、ここで変な誤解や勘繰りをされるのは非常に好ましくない。
凛もいずれはツェツェールに拠点を置こうと思っているので、そうなれば間違いなく今後に関わる。
「(せめてシルヴィオさんが信用出来る人か判ればなぁ…)」
悪人ではないとは思っているが、どこまで信用に足る人物なのかがイマイチ把握しきれていない。
まあ、話をして一時間そこそこでは、それも仕方がないのだが…。
「(下手に誤魔化すのもなあ…勘とか良さそうだし…)えっと、少し訳ありでして…詳しくお話し出来ないんですが、誓って高貴な出生ではありません。ですが持ち物は間違いなく私の私物です。盗品とか後ろめたいことは一切ないです…としか今は言えません。ごめんなさい…」
やんわりと突っ込まないで!面倒な事に巻き込んじゃうよ!と言ってみれば、シルヴィオは少し慌てた様子で手を振った。
「い、いや!そんなつもりじゃない!こちらこそ詮索するような真似をしてすまない。ただこれほどの術者なのに聞かぬ名だったので少し気になっただけだ」
「ああ、そうでしたか!私はギルドには属していませんし、今までそういった関係の人付き合いはなかったので、名が知れ渡るようなことはなにも…。あ、でもギルドには今から登録をしようとしてたんです」
変な疑惑を持たれたようではないらしい。とりあえず情報が集まるまではこんな感じで誤魔化そう、と凛は胸を撫で下ろしながら中断していた食事の準備を再開する。
「では行き先はコルテアルか…。クルスさえ良ければ同行しても構わないだろうか?」
「え?」
突然の申し出にまたもや作業が中断する。
「今この森には風豹の番がいて、出会すと問答無用で襲ってくるんだ。俺が討伐依頼を受けたんだが、油断と…まあ色々重なってこの様だ」
シルヴィオは自嘲するように肩を竦めて見せる。
「この有り様で信用できないだろうが、これでも上位冒険者だから護衛ぐらい出来る」
「護衛?」
なんだか名前以外にも誤解されている気がしてきた凛。
「治癒術師一人ではコルテアルまで行くのは大変だと思う。クルスさえ良ければ俺がコルテアルまで護衛しようと思うのだが…」
「えっと、折角ですが護衛は必要ないですよ?私に付いてきていただいたら、依頼の邪魔になるでしょう?」
確かに同行してくれるなら心強いが、聞いている限りでは依頼は完了されていないように思う。
このまま付いてきてもらえば依頼の方に支障が出てしまうだろう。
「心配していただいてありがとうございます。ですが私こう見えて攻撃魔法も得意なので、魔法無効を使う魔物でなければコルテアルまでは一人でも大丈夫ですよ」
「クルスは攻撃魔法も使えるのか!まるで伝説の『黒衣の大賢者』のようだな…」
シルヴィオは心底感心したように凛を眺める。
今の時代では魔法剣士や聖騎士、賢者のような上位ジョブはいないのだろうか、と疑問に思ったが、それよりも気になる言葉が出てきた。
「伝説の『黒衣の大賢者』ってなんですか?」
「知らないのか?サンサーラじゃ子守唄代わりに聞かされる噺だろう?」
そうは言われても、そもそも凛はサンサーラの生まれではない…が、シルヴィオがそんなことを知るはずもないのだが…。
凛は何も言わず、苦笑いでその場を乗り切った。
シルヴィオの噺はこうだ。
ーーー昔々、今となっては古代魔法と呼ばれるようになったが、その古代魔法がただの一般的な魔法として使われていた時代。
古代魔法を自在に操り、あらゆる国のあらゆる危機を救った魔女がいた。
死にかけている命を救い、時には討伐不可能とまで言われた始祖龍を一人で討伐し、魔物の祖たる魔神さえも従えたという。
その人成らざる実績の数々から、いつしか『黒衣の大賢者』と呼ばれるようになる。
今でもその多くの功績と伝説が各国に語り継がれ、その働きを知らぬ者はサンサーラにはいない。
彼の魔女に縁のあるとされる名所は幾つか現存しているが、彼女が暮らしていたとされる屋敷は様々な文献に記載されているものの、未だ発見には至っていないという。
なんでも、人では決して辿り着けない場所にあるらしい。
色々と謎が多い人物だが、最も謎なのがその出生と行方だ。
出生については様々な憶測が飛び交っている。どこぞの王家で秘密裏に育てられた姫君だとか、地下組織で育てられた暗殺者だとか、そもそも人間ではないのだとか…。
彼女の没年についても謎が多い。いや、先ず没したかどうかすら怪しいと言う者もいる。
膨大な魔力を有していたのだから、今も人知れず生きているのでは、と…。
「………」
シルヴィオの口から出た破天荒な魔女の話を聞いて、凛はダラダラと冷や汗が止まらなかった。




