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どう見ても不審者にしか見えないのはわかっているんです

 


「(………どこ、だ…ここ)」


 シルヴィオはぼんやりと目に映る石の天井を見つめた。


 奥の手を使って大博打を打ったところまでは微かに記憶にあったが、ソレから先が全く思い出せない。


 身体もあれだけの大怪我を負ったはずなのに、少し気怠さがあるだけで痛みは全く感じなかった。


 ああ、そうか…死んだのか…と何とも言えない感傷に浸っていると段々周囲の音が耳に入ってくる。


 ひゅおぉぉ、と洞窟を抜ける独特の風の音。

 パチパチと弾ける焚き火の音。


 なんとなく今自分がどうなっているのかが気になって、焚き火の方に首をやって…、


「(っ!!?)」


 叫び声を上げなかった自分を褒めてやりたい。


 洞窟の入口に程近い場所に、黒い外套を頭からすっぽり被った死神がいた。


 シルヴィオはこれでも気配には聡い方だ。


 しかし、こうして目で認識しているにも関わらず、あの死神から気配という気配を感じられない。いや、死神には元々気配がないのかもしれないが…。


 微妙な光加減とフードで顔を全く確認出来ないが、今間違いなく死神と視線を交わしていることだけはハッキリと理解できる。


 この距離に居てさえ気配を感じられないくせに、いやに存在感というか…威圧感とでも言えばいいのか…?一度目を合わせたら反らせない何があった。


「(………違う、そうじゃない…これは……)」


 惹き付けられる、だ…。


 シルヴィオがあれやこれやと自問自答を繰り返している間に、死神が動きを見せた。


 気付けば静かに立ち上がり、シルヴィオの枕元に片膝をついている。


「………どこか、痛いところはない?…ですか?」


 まさか死神に安否を問われる日が来るとは思っても見なかった。










 大きく見開かれた紺碧と目が合って少々(ほう)けていた凛だが、そう言えば相手は怪我人だった、と思い出して男を驚かせないようにゆっくり、そっとその枕元に近寄った。


「………どこか、痛いところはない?…ですか?」


 男が床に伏しているものだから、つい神楽に訊ねるときのようにしてしまったが、近くで見た顔が歳上に見えたものだから、凛は付け足すようにして丁寧に聞いてみた。


 目に見える範囲の傷は治したつもりだが、体内のことまでは凛にはわからない。


 魔法を使い初めて日が浅い、どころの話ではないので勝手にヘタな魔法を掛けるのも戸惑われ、出会い頭以外に凛は男に向けて魔法を行使していない。


 どこか治療が済んでいないなら、男の申告に合わせて魔法を使おうと思っていたのだが…。


「あの?」


 肝心の男からの返答がない。


「私の言葉、解りますか?」


「あ、ああ…」


 てっきり言葉自体が通じていないのかも、と思ったがそうではなかったらしい。


 目覚めたばかりで男も混乱しているのかもしれない。戸惑った様子の応えが返ってきた。


「(まあ、無理もないか…顔隠してるし。見えるとこ全身真っ黒じゃ怪しいよね…)」


 かと言ってアークウェルドの忠告もあるので、今ここでフードを取る訳にもいかない。


「えっと、私に害意はありません。どこかまだ痛いところがあるなら治療しようと思うのですが、痛みはありませんか?」


「あ、ああ痛みはない…。おま、貴方が助けてくれたのか?」


 ようやく混乱も治まったようで、これでまともな話が出来そうだ。


「それなら良かったです。背中の右肩から左脇にかけての爪痕と右手足の骨折…あとは全身の引っ掻き傷と打撲ですね。私は医者ではないので、街に行ってちゃんとした方に診ていただいてください」


治癒術師(ヒーラー)ではない…?」


 男は驚いたように上体を起こしてこちらを見た。


 何か気に障るようなことを言っただろうか、と思わず軽く後ろに仰け反ってしまう。


「これだけ高度な治癒術(ヒール)が使えるのに?」


「(あ、そういうことか…)はい、違います。…珍しい、ですか?」


 技のレベルが高いくせに治癒術師(本職)じゃないと言ったのが琴線に触れただけのようで、少しホッとした。


 しかし、凛が使った術式自体はそれほど高度なものではない。分類するなら中位程度のものだ。


 それが高度、と言われるのだからもしかすると今の時代のサンサーラは、凛が知る頃よりも魔法の質が落ちているのかもしれない。


「貴方程の術師はツェツェールでもそうは見ない」


「ツェツェール…」


 覚えのある街の名前が男の口から出てきて、凛は瞬いた。


 ゲームをしていた頃には大変お世話になった街で、今でも変わりなければその街には確かギルド本部が措かれていたはずだ。


「貴方はツェツェールのご出身ですか?」


「いや、俺はこの国ではなく、隣のグラニードの出身だ」


 今度は知らない国名だった。


 と言うことは凛が知らない千年の間に興った国ということだ。


 この様子では今いる国の名前も変わっているかもしれない。色々と知らなければいけないことがありそうだ。


「そうなんですね…あ、もしかして冒険者(ギルド)の方ですか?」


「ああ、いつもはツェツェールを拠点に活動している…ああ、そうだ…」


 男は何か思い当たったようで、据まいを正してこちらに向き直り、その場に跪いてみせた。


 それはまるで一枚の絵画のように綺麗なワンシーンだった。


「我が名はシルヴィオ・アイゼンシュタイン。異界に渡りかけていたこの魂を拾い上げていただき、感謝の言葉もございません。また、救っていただいたにも関わらずこうして御礼申し上げるのが遅れましたこと、大変申し訳ございませんでした」


 すっ、と伸びた姿勢のまま深々と(こうべ)を垂れる男はまるで、お伽噺に登場する騎士のようだった。


 凛もそんな男…シルヴィオに釣られるようにピッと背筋を伸ばす。


「ご丁寧にありがとうございます、私は来栖(くるす)(りん)と申します。拙い術ではありますが、お役に立てたのなら幸いです。どうぞお気になさらず、楽にしてください」


 礼には礼を。今は亡き母の教えに従い、凛はより丁寧に言葉を返した。


 凛の言葉を受けてシルヴィオは(おもて)を上げる。


「お心遣い感謝する。クルス・リィン殿………その、クルス殿、とお呼びしても?」


「あぁ、いえ、呼び捨てていただいて構いません。恐らく私の方が歳は下でしょうから…」


 アークウェルドが用意したこの器は、どう見積もっても凛の実年齢よりも若くにしか見えない。


 それにサンサーラでは魔力の保有量や純度などで、見た目や寿命の永さが決まってくるらしく、現在凛の実年齢と同い年ぐらいに見えるシルヴィオが年下だなんてどうしても思えなかった。


 恐らくこれから出会う人たちは、ほとんどが年上になるんだろうな、と密かに思っている凛だった。


「………では、その、クルス、と…」


「(あれ?もしかして名前と名字勘違いされてる…?ま、呼びやすいならいいか…)はい、シルヴィオ…さん?あ、お腹空いてらっしゃいませんか?簡単なものでしたらーーー」


 ーーーぐぅ…


「………」


「………」


 凛が言い切る前にシルヴィオの腹の虫が起き出したようだ。


 シルヴィオは恥じ入るようにそっと視線を下へ逸らす。


 そんな仕草が小さな子供のようで、凛は頬を緩ませた。


「はい、今ご用意しますので、少しだけ待っててくださいね」







進まない…進まなーい!!

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