動物って賢く生きてるんです
シルヴィオさんの過去回想その二。
次ぐらいから時間軸が元に戻るはず…です。
シルヴィオはコルテアルの街を出て北に…正確には北東に進んでいた。
そこに『囁きの森』と呼ばれる森がある。
集めた情報によると件の魔物は、ほとんどその囁きの森で目撃されているので、そこを住み処にしているようだった。
突然だが、シルヴィオが使える魔法はほぼ攻撃系に偏っているので、補助や回復は魔法薬に頼っている。
単独で活動するなら覚えた方がいい、と習得しようとしたことはあるのだが、どうやら適性がなかったようで…こればかりはどうしようもなかった。
その代わりと言っては何だが、攻撃は最大の防御、とばかりに適性の高い攻撃魔法と剣に関しては並々ならぬ努力をしたため、その辺の冒険者に多勢に無勢で囲まれても突破できると自負している。
話が少し擦れてしまったが、何を言いたいかと言うと…、
「索敵は使えないからな…虱潰しになるな………」
と、言うことだ。
森の中を歩き続けて二時間弱、ようやく風豹を発見できた。
茂みに隠れて様子を窺ってみると、どうやら食事中だったらしく、何か…動物を貪り喰らっている。
シルヴィオは黒い外套の下に佩いていた、予備の得物の柄にそっと手をかけた。
いつも使っている相棒に比べれば心許ない数打だが、風豹を相手にするなら何ら支障ない誂えでもある。
シルヴィオはふぅ、と軽く息を吐き出し、タイミングを見計らって風豹に躍りかかった。
「くっ…!(浅いっ)」
軽く一太刀浴びせるが、向こうも今まで討伐依頼を退けてきただけのことはあるようで、通常の個体よりも素早い動きでシルヴィオからの初撃に反応して致命傷を逃れた。
風豹はお楽しみのところを邪魔されて気が立っているらしく、グルグルと唸り声を上げてこちらを睨み付けてくる。
そのまま膠着するかと思ったが、風豹は気が短かったらしく、力強く地面を蹴ってシルヴィオに向かってきた。
シルヴィオは腰を落とし、低い体勢を保ったまま数打を構える。
正面から向かってくる風豹に合わせてもう一度斬りつけるが、風豹が全身に纏っている風に少し軌道が擦らされているため、やはり決定打にならない。
相棒が使えれば刀身に魔法を纏わせて斬り伏せれば良いのだが、この数打でそんなことをすれば剣自体がシルヴィオの魔法に耐えられず折れてしまうだろう。
故に己の剣術か魔法で対抗するしかないが、こうも素早い相手では魔法を詠唱している隙がない。
最悪、奥の手を使うことも視野に入れておいた方が良いかもしれないな、とシルヴィオは眉間に皺を寄せた。
風豹と遭遇してから30分程過ぎた頃、先程まで斬り結んでいた風豹が急に身を翻して森の奥に逃げ込んだ。
「待てっ…!」
そろそろ決着しそうな雰囲気だったので、シルヴィオ思わず舌打ちしそうになった。
一度逃亡すると何故か傷が癒えていると言うことだったので、何としてでもこの場で仕留めてしまいたい。
相手を見失わないようにシルヴィオもその後を追いかける。
しばらく追いかけると風豹は開けた場所で逃げるのを止め、再びこちらに向き直って戦闘体勢に入った。
どうやら此処で決着をつけてくれるらしい。
シルヴィオも油断なく数打を構え直して、今度はこちらから仕掛けようと一歩踏み込んだ瞬間、背中が焼けるような熱を帯びた。
「なっ…に!?」
後からやって来た強烈な痛みに耐えながら、自分の身に何が起こったのかを把握すべく、地に膝を着きながらも首だけで背後を振り返った。
そこには無傷の風豹が一体。
風豹は群れで生活することなく、単独で行動する魔物だ。それが二体で行動を共にしているということは即ち…、
「番かっ!」
そういうことかっ、とシルヴィオは盛大に顔を歪めた。
風豹は傷を回復していたのではなく、途中で入れ替わって戦闘を行っていたと言うことだ。
風豹の番に遭遇するという事例はあまりない。番で行動するのは子育てしているときだけで、その期間は外敵に見つからないようにその身を隠すからだ。
今は繁殖期ではないので、その事に思い当たらなかったばかりか、風豹相手だと油断した。せめて防具だけでも普段使いのもので挑むべきだった。
完全にシルヴィオの落ち度だ。
これで二つ名持ちだなんて、聞いて呆れる。
思わず自嘲したが、今はそんな場合ではない。こんなところで餌になってやるつもりなど、シルヴィオには毛頭ないのだから。
膝を付いたまま崩れ落ちそうになる身体を左手に持った数打で支え、懐に右手を突っ込んで目当てのものを探り当てる。
まさか本当に奥の手を使う事になるとは思わなかった。
首から提げていた鎖を手繰り寄せ、ペンダントトップになった小振りの指輪を取り出す。
これは転移の魔法が込められた指輪で、起動させれば術者の持つ魔力を使ってその持ち主をほぼ任意の場所に飛ばす、という代物だ。
ただ、いくつか難点がある。
使用する魔力が半端ないことと必ずしも思っている場所に行ける訳ではないということだ。ぶっちゃけ博打性が高すぎて通常の移動には使えない。
手に入れた、何も知らない時に使用して火竜の巣の近くに放り出されたときは間違いなく死んだと思った。
何とかその場を逃れて指輪について色々調べてからは、本当に…本っ当にっ!困ったときの緊急脱出用にしか使わないことを固く誓った。
しかし今は背に腹は変えられぬ状況だ。
シルヴィオは指輪を握り込んでありったけの魔力を注いだ。
「(頼むから変なところに飛ばしてくれるなよっ…!!)」
と、全力で祈りながら……。
装備品一覧
・悪戯妖精の指輪(SSR)
シルヴィオがとある遺跡探索で発見したアメジストの魔石が付いた小振りの指輪。
初めて使ったときは…使わされたときは火竜の巣の近くに転移して、あわや丸焦げにされるところだった。
お察しの通りその時魔法を起動させたのはレオンハルトさん。
転移先は割と指輪任せなので、恐ろしくてあまり使えない。
ただ、レア度SSRの性能は伊達ではなく、その移動距離もさることながら、結界をほとんどものともせずにその効果を発揮する。要するに結界に閉じ込められても関係なく転移出来るし、その中に入ることも可能。
だが持ち主の魔力を封じるタイプの結界には使えないので注意。




