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幻獣使い  作者: HELIOS
7/76

第七体目 怒涛のGW

割り込み掲載です。

 気が付くと、広大な森の奥深くにいた。訪れたことは無いが、樹海とはこういう森のことを言うのだろう。

 青々と繁る木々の幹は太く、今にも動き出すのではと思う程迫力がある。日の光を求めた葉は、雲一つ無い青空を隠す。木漏れ日は光の柱となり、辺りを照らした。

 幻想的な世界観に飲まれてしまいそうだ。

 幾つかの岩は、ずっしりと地に腰を下ろしている。ちょっとやそっとでは動かせないだろう。

 物語に出てきそうなこの場所は秘密の場所。誰も知らない二人だけの場所。

 そんな場所に俺は一人いる。いや、見ていると言った方が正しいのだろう。

 今、俺は夢の中にいる。間違いなく、あの夢だ。

”ほら、来たぞ”

 奴の声が何処からともなく聞こえてきた。

 すると、小さな少年が一人現れた。その年にの割には小柄な体。手入れの行き届いていない、長い髪。身分に合わない服装。手には幾つかの書物を抱え、誰もいないか怯えながら確認している。

 確認を終えると安堵して、その小さな体でも届く岩に登って座った。そして、書物を広げて読み始めた。その顔は先ほどの怯えた表情とは違い、穏やかなものだ。

 今日はここから見るらしい。一体どこまで見ることになるだろう。できれば最後までは見たくない。あれを見るのは苦手だ。思い出すだけでゾッとする。

 何故こんな夢を見る? 理由は分かっているようで分かっていない。

”本当は分かっているくせに”

 勝手に心を読まれた。

「本当に分からないんだ。仮説はあるが、この仮説が正しいのか分からない。でも、お前が正しいと言うのなら正しいのか?」

”さあな。俺はお前だから、お前以上のことは分からないのさ”

 次の瞬間、辺りは真っ暗になった。日が落ちたのではない。景色が全て無くなったのだ。

”あーあ、……終わったな。今日はここまでか。良かったな。目覚めの時間だ”

 背後から奴は現れた。振り返り、奴と向き合う。

 姿形は俺そのもの。その顔も、背丈も、濃紺髪も、声も同じ。目だけは少し違うが、奴は俺の姿で俺の夢に現れる。

”続きはいつ見れるんだろうな。俺は好きなんだ、この夢。最後とか、人間の欲が溢れかえってさぁ!”

 奴は笑ってそう言った。自分とは思えない奴の笑顔は気味が悪い。細める目も嫌だ。


 目が覚めた時、額にはじんわりと汗が滲んでいた。倦怠感のある体を起こす。

  五月に入ったある日の朝の話である。



 五月になり、如月高校の至る所に植わっている木々は、青い葉を繁らせた。暖かくなってきた為、ほとんどの生徒はブレザーを脱ぎ、移行服のセーター、またはカーディガンを着用していた。

 GW(ゴールデンウィーク)が明日より始まると言うことで、生徒達は心弾ませ、本日の授業が終わるのを待ちわびていた。

 そんな生徒達の様子を、船井幸子(ふないさちこ)は屋上から眺めていた。

「ふふ、五連休良いわねぇ~。ワタシは何しようかしらぁ。確か、野球部とバスケ部は練習試合をするとか……うん♪」

 GWの予定は、スポーツ観戦に決まりだ。聞こえるはずはないのだが、大きな声で応援するとしよう。

 ちなみにこの情報は、屋上から生徒観察に飽き、実際に生徒に近付いた時に手に入れたものだ。

 まぁ、ワタシの事が見える、あの子達にはちょっぴり怒られちゃったけどね☆

 船井はゴーストだ。誰も彼女の姿を見る事も、声を聞くこともできない。応援したとしても、そのエールは届かない。

 ただし、例外を除く。その一つが幻獣使いである。


 二年二組、教室。

 藍川咲楽(あいかわさくら)は、親友の大沢華夢(おおさわかのん)と昼食を摂り終え、授業が始まるまで、会話を楽しんでいた。

 ちなみに、希崎海星(きざきかいせい)は、元良和稀(もとよしかずき)山部千夏(やまべちなつ)に連れられ、初の食堂へと行った。

「GWはねぇ、家族で旅行に行くんだぁ~。咲楽にお土産いっぱい買ってくるね!」

「ありがとう。楽しんで来てね」

 家族と旅行、少し羨ましいな。最後に両親と出掛けたのはいつだろう。エジプト博覧会が最後だった気がする。父さんが一番楽しんでいた。

「楽しみだけど、咲楽の誕生日を祝えないから残念だなぁ……」

 咲楽の誕生日は五月四日、みどりの日、GW真っ最中である。

「その分、お土産を沢山買って来てくれるんでしょ?」

 そう言うと、華夢は何度も頷いた。

「でねでねぇ、早いんだけど……これ誕生日プレゼント!」

 華夢は学校指定の鞄から、包装された小包を取り出した。ピンクのラッピング用紙に、紅色のリボン。

 華夢から誕生日プレゼントを渡された咲楽は、開けても良いか華夢に確認し、リボンを紐解いた。ラッピング用紙を丁寧に開け、中の箱の蓋を開ける。

「わぁ……!」

 箱の中には、紅茶のティーバッグ。ハート型のカラフルな砂糖。手のひらに収まる小さな瓶のジャム。オシャレなティースプーンが入っていた。ティースプーンの柄にはイニシャルのSが刻まれている。

「可愛い!」

「でしょ、でしょ!?」

「あと、紅茶を見て?」

 咲楽は紅茶を手に取った。三つ入りのパックで、クマの絵が描かれている。紅茶の種類を確認し、咲楽は苦笑した。

「安らぐ香りの紅茶って……だから、結局何の紅茶なのっ」

「とりあえず、安らぐ香りの紅茶? これ、なかなか面白いでしょ?」

「そうだね。飲むのが楽しみ」

 これは誕生日に飲もう。砂糖を入れて、ジャムを舐めながら、ロシアティーとして飲むとしよう。



 放課後、陽向(ひなた)は部活前の空き時間を使い、シュート練習をしていた。目指すは百発百中である。

「っ……!」

 そう思った矢先、リングにボールが弾かれた。

「あーあー……」

 陽向は舌打ちをした。

「ん?」

 飛んでいったボールをバスケ部部長、梅原匡介(うめはらきょうすけ)が拾った。

「あ、すいません」

 陽向は軽く頭を下げた。

「下手くそ」

「うぐっ……」

 グサッと何かが胸に刺さった。

「バスケはシュート入らないと勝てないよ? 頑張って、シュート率上げていこうね」

 たまたま外しただけだっつーの、とは言わないでおく。

「オレみたいに百発百中シュート入れなきゃね」

 匡介はその場でジャンプシュートをした。綺麗な弧を描きながらリングに……ぶつかった。落ちたボールが虚しく弾む。

「そこは決めましょうよッ!!」

 ここで外しちゃ駄目だろ!? カッコ悪!

 匡介は陽向に近付き、肩を叩いた。そして、にっこりと笑って言った。

「こんな事もあるって。次があるさ」

「は、はい。って、なんで俺が悪いみたいになってるんですか!?」

 匡介は笑いながら陽向から離れていった。そんな様子を見ていた、マネージャーの中原麗那(なかはられな)にも笑われた。

 あの部長には敵わなねぇ、と陽向はつくづく思った。

 練習が終わり、部員達は匡介の回りに集合した。明日開催される、練習試合について話をするのだ。

「明日、五月二日の練習試合の相手は葉月高校。強さははっきり言って、弱い!」

 陽向を含め、部員達の顔が固まった。そんな事言って良いのか。匡介はアハハと軽く受け流す。

「しかしだね、強力な一年が入部していたら話は別だよね。なので、ルーキー同士の試合したいな~って思うんだ。多分向こうもオッケーしてくるはずだし? 明日は一年、初試合決定な!」

 一年生は嬉しさと真剣さが混じった心構えになった。陽向も高校初の練習試合にワクワクした。

「それで、一年のリーダーは陽向」

 陽向はニッと笑った。

「任せてください!」

 匡介がククッと笑う。

 「よほどの自信があるようだね。皆、陽向に期待しようか!」

 「あはは……」

  陽向はプレッシャー攻撃を受けたのだった。



 夜、咲楽は夕食に使う(あじ)(さば)いていた。

 本日のメニューは、旬の鯵を使った鯵の丼と、同じく旬のスイカの漬物、豆腐の味噌汁だ。

「ただいま〜」

 咲楽が鯵を捌き終えると、陽向が帰ってきた。おかえりと声を掛けようとしたが、何故かやつれた陽向を見て、咲楽は失笑した。

「どうしたの? 部活で何かあった?」

「ああ"~そうだよ……」

 陽向が低い声で答える。

 よほど疲れたのだろうか。

「大変だね」

 咲楽は調理を再開した。

「おいおい、他人事みたいに言うなよ」

 咲楽は振り返る。

「だって私関係ないでしょ?」

「いいや!」

 陽向に指を指され否定された。

「明日、練習試合じゃん? ある意味、姉ちゃん人気者じゃん? 部員達に、お前の姉ちゃん連れて来いってせがまれた……。つか、前、一方的に約束させられたんだよな……」

 咲楽は手を止めた。

「え……なんで?」

「先輩達は、姉ちゃんに来てほしいからだよ。姉ちゃんの事、あんま知らない一年は、見たいんだとよ」

「え、え? 待って待って。一年生達の理由は分からなくもない。でも、二年、三年生の理由はなんなの!?」

「姉ちゃんは人気らしいぞ? 分かるだろ? 顔は悪くないし、頭は良い。運動もできるし、何より目立つからなっ!」

 咲楽は否定できなかった。確かに目立つ。髪は地毛なのに薄茶だし、目は青いし……。

「でも、それは陽向も同じじゃない!」

 陽向の表情が一瞬固まった。

「ば、馬鹿か! 姉ちゃん馬鹿か! 俺が男に需要あるわけねぇだろうがっっ!! あったとしてもキモい!! ……ま、女子からモテない事もないけどな!?」

「じっ、自慢!!?」

「ちげぇよ! 姉ちゃんが変なこと言うからだ! とにかく、明日暇なら来てよ。俺も試合に出るし」

「出るんだ? ふうん……予定もないしふ行こうかな。海星も連れて」

「ん、海星がいたら安心だ」

「どういうこと?」

「……なんでもねーよ」

 咲楽はその夜、教えてもらったメールアドレスを使い、海星にメールを送った。

 数分後、海星から了承の連絡が来た。


 次の日、咲楽は海星と高校の体育館に来た。体育館の扉の前に立つと、ボールを突く音、歓声が聞こえた。試合はすでに始まっているらしい。

 扉の隙間から中を覗き、邪魔にならないタイミングで、中に入った。

「陽向が出てるよ!」

 黄色いゼッケン、黒字の十一番。見た目もプレーも、物凄く目立っている。

 点数は同点。良い勝負だ。

 「俺、練習試合は初めて見るけど、凄いな」

 「そうだね。皆、凄く真剣な良い顔してる」

 咲楽と海星は観客席へ行く。観客はけして多くない数だ。練習試合だからだろう。

 咲楽と海星は適当に座った。二人は試合を見ようとしたが、聞いた事のある声に反応し、慌てて声のする方を見た。

「「……!!?」」

 如月高校一年生チームを応援する、船井幸子(ふないさちこ)がいた。

 まったく、どこにでも現れる人だ。

「あらっ?」

 船井は咲楽と海星に気付き、二人の背後に行き、間から顔を出した。

「陽向くんの応援? 今までの試合の様子、説明してほしい? 特別に説明してあげるわよ♪」

 船井はとても説明したさそうだ。咲楽がお願いしますと言うと、船井はスラスラと説明し始めた。生前教師だった船井の説明は、要所を抑えた分かりやすい説明だった。

 今は如月高校一年生vs葉月高校一年生の試合が行われている。陽向は司令塔となり、他のプレイヤーに指示を出す。今は同点だが、勢いは葉月高校の方があるのだという。

「つまり、このままじゃ負ける可能性があるってことですね?」

「そうなのよぉっ! もうっ!」

 船井は咲楽の左隣に行った。

「でも、きっと勝てるはずよ! ガンバレーーッ!!」

 船井はまた応援し始めた。

「…………」

 彼女がどんなに声を出して応援しようと、その声は陽向にしか届かない。そう思うと複雑な気持ちになった。

 船井先生はこんなにも、一生懸命に応援しているのに……。

 どうか声は届かなくても、その思いだけは届いてほしいと咲楽は願った。

 十分間のハーフタイム。試合の半分が終わった。

 試合に出ていた五人は、自分のチームのベンチに座った。陽向は水分を摂り、タオルで汗を拭いた。まだ試合に出ていない一年生と二年生が、うちわで扇いでくれる。結構涼しい。

「作戦会議するよ」

 匡介は五人の前にしゃがんだ。

 何故、顧問の先生ではなく匡介なのか。と言うか、何故先生は来てすらいないのか。さらに言うならば、何故先生はめったに部活に来ないのか。

 この疑問は、匡介が今日、一年生全員に教えてくれた。

『先生は多忙なんだよね~。多分、今日も来ないんじゃない? でも、正式な試合には来るから安心してね』

 とのことだ。なので、先生不在時の指示は部長の匡介がする。

「今年の葉月高校は、良い一年生入ってきて強いね。今、陽向のお陰で同点なんだ。陽向は的確に指示出してる。相手が攻めてほしくない場所、嫌なところ、よく分かってる」

 珍しい、誉められた!?

「なんかさぁ、戦いとかできちゃいそうだよね」

「アハハ……そうですか?」

 はい、できちゃいます。武器とかも出せちゃいます。さらに、変な生き物出せちゃいます。

「でも、はっきり言って……陽向は司令塔向いていないッ!」

「ええっ!!?」

 誉めといて結局か!!

「陽向は指示より、プレーに専念してもらおっか。自由に動いてもらった方が良い。司令塔は……そう、順平。君が良いよ」

 司令塔として指名を受けたのは、西内だ。

「オレですか?」

 西内は納得いかないようだった。

「ん? 何で自分かって顔だね。君は、プレーより指示の方が得意そうだから。それに、陽向をこき使う素質ありそうだし!」

 キラッと匡介は笑う。

「え、ちょっ……」

「ん~つまり、陽向をこき使って良いってことですね?」

 西内の目が光る。

「お……」

「良いよ~」

「部長ッ!」

 ほとんど陽向は意見を聞いてもらえなかった。

 匡介は、西内を司令塔とした作戦をたてていく。

 数分後、後半戦が始まった。

 後半戦が始まる。如月高校一年生チームがコートに入った。

「始まるわよ~。陽向君、頑張って~!!」

 船井は陽向にエールを送る。エールを聞き、陽向が船井に気付いた。

 船井の近くにいた女子生徒達が、陽向が自分の声に反応したと勘違いし、喜びの声を上げる。

 しかし、その声は陽向には届かない。船井の声が大き過ぎる。

「きゃ〜!! 頑張ってぇぇ!! 陽向君なら、ぜぇぇったいに勝てるわよ〜!!!」

 隣で船井が手をブンブン振っている。感じることのない風を、咲楽は猛烈に受けていた。

「ありがたいですけど、うるさいですよ!?」

 陽向が誰もいない方へ暴言を吐いたように見えるので、周りの人々は驚いて陽向を注視し、女子生徒達の表情は固まった。

「馬鹿陽向……」

 咲楽は呟いた。


 練習試合が終わり、部員達は片付けを始めた。得点板をしまい、パイプ椅子を片付け、フローリングにモップをかける。麗那も救急箱や作戦ボードなどを片付けていた。

 一年生同士の試合も、先輩達の試合も勝てて良かったと思う。一年生同士の試合は僅差の勝利だったので、次はもっと点差を開けて勝つと部長は言っていた。本番の試合に向け、より一層キツイ練習が行われるだろう。

「こんにちは」

 知らない声に呼び止められる。振り向くと、青い目の美少女と青い髪の美少年がいた。

 観客席にいた藍川のお姉さんと、おそらく彼氏だ。

「こんにちは。えっと……何か?」

「日頃の陽向ってどんな感じ? 簡単で良いから教えてほしいの」

 日頃の藍川……?

「常に校則違反してます。よく黒いブレスレットしていて、風紀委員としては見逃せないと言いますか……」

 麗那は、陽向の姉と彼氏が目をそらし、苦笑していることに気付いた。

「あ……なんか……ごめんなさい」

「す……すまない」

 なんか急に謝られた!? なんで!?

 その時、麗那は見覚えのある物を見つける。

 あ、お姉さんも彼氏さんも藍川と同じブレスレットをしてる? もしかして、姉弟+αで校則違反!? それは、いくら先輩でも許されない!

「あ、あの……駄目ですよ校則違反は!」

 麗那は、勇気を出して言った。すると、陽向の姉は、申し訳なさそうな顔をした。

「うん、知ってる」

 知ってる? 知ってるなら尚更だ。

「でしたら、校則を守っ──」

「でも、 ごめんね。これは外せない」

 低い声でそう言われ、麗那は言葉を詰まらせた。

 まずい、怖がらせたかな?

 咲楽は、慌てて麗那に笑いかけた。

「っと……お名前は? 私は咲楽」

「……希崎海星だ」

「マネージャーの中原麗那です」

「麗那ちゃんか。麗那ちゃんは正義感が強いんだね。ごめんね、これは大切な物だから外せないの」

 咲楽が、大事そうにブレスレットを見つめた。その目は優しかった。

「姉ちゃん。何してるんだよ」

 片付けを終えた陽向がやってきた。

「ん~、ちょっとね。後ろの方々はなんなの?」

 陽向の後ろには部員が数人いた。そのうち一人が前に出る。初々しさを感じる。一年生のようだ。

「陽向のお姉さん、こんにちは! 突然すいません! 隣の方は、彼氏さんですか!?」

 咲楽の隣の方とは海星のことだ。

「違うよ! 家が近所なだけで……」

 あ、なんだ。彼氏さんじゃないんだ。勘違いしちゃったな。

 部員達も安堵の表情になった。

「それより皆、お疲れ様! お腹すいてない? これ良かったら食べて?」

 咲楽が大きな弁当箱を出した。中にはおにぎりが沢山入っていた。

「「「ありがとうございますっ!」」」

 おにぎりに部員は群がった。美味しそうにかぶりついている。

 嘘……どうしよう。

 実は麗那もおにぎりを作っていた。皆が喜ぶと思い、苦手ながら頑張って作ったのだ。

 せっかく作ったのんだ。今出さないと。

「あの、あたしも作ったので、良かったら食べてください!」

 麗那は咲楽の弁当箱の横に自分の弁当箱を置いた。

 ありがとう、と部員は麗那の作ったおにぎりを取り、一口食べた。その瞬間、顔色が変わる。食べ掛けのおにぎりは弁当箱に戻された。麗那のおにぎりを返した手は、咲楽のおにぎりへ伸びた。

 え……なんで?

 麗那のおにぎりは一つもなくならない。咲楽のおにぎりだけ、どんどん無くなる。

 あたし、頑張って作ったのに……。

 美味しいおにぎりを作れなかった自分が悪い。分かっていても泣きそうだ。

「──あ~これは、ちょっとしょっぱいな」

 俯いていた顔を上げると、おにぎりを食べる陽向がいた。おにぎりの形のいびつさから、自分の作ったおにぎりと分かる。

「しょっぱい……? あたし、塩入れすぎたんだ……」

 汗と共に失った塩分を取り戻せるように、多めに入れたのだ。

 味見すれば良かった。今更後悔しても遅いか。

「ま、次頑張れば?」

 麗那の頭に陽向の手がポンと乗った。

 陽向の笑った顔が近くて、ドキッとする。

「おにぎり、ありがとな」

 陽向は食べながら咲楽と海星の元に行った。

 麗那は自分のおにぎりを取り、食べてみた。すごくしょっぱかった。食べれたもんじゃない。対して咲楽のおにぎりはほどよい塩加減だった。皆が咲楽のおにぎりを食べるわけだ。

 咲楽のおにぎりの美味しさと自分への悔しさで、涙が滲んだ。

 麗那は陽向を見た。陽向は自分の不味いおにぎりを一つ、ちゃんと食べてくれていた。指に付いたコメ粒と塩分まで、舌で舐めとっている。

 あんなに、しょっぱいのに。

「──うんっ」

 次は美味しいと言ってもらえる物を作ろう。麗那はそう決めた。



 その日の夜。海星は学園で使っていた教科書を開き、何気なく目を通していた。太字で書かれた箇所を声に出して読む。

「戦う力を求める者はアラン派。護る力を求める者はセシル派、か……」

 海星は大きなため息をついた。

 You've Got Mail!

 急に机に置いていたスマートフォンが鳴る。メールが来たらしい。慣れていないため、少々驚いた。

 このスマートフォンは咲楽に付き添ってもらい、購入した物だ。使い始めて一週間程だが、まだ使い慣れてはいない。

 知らない間にこんな物ができているとは。知っているのは、今でいうガラパゴス携帯。略してガラケーというらしい。

 だが、そのガラケーすら扱ったことのない俺だ。すぐにスマートフォンを扱える訳が無い。空想の世界で使われる、未来の携帯電話をいきなり渡されたようなものだ。

 いい加減、着信音の変え方を説明書を読んで変えよう。

 海星らメールを開いた。陽向からだった。

『明後日、姉ちゃんの誕生日会やるから、午後の予定開けといてほしい』

 ……咲楽の誕生日会?

「なっ。ちょっと待ってくれよ、いきなりだな……」

 いや、俺が咲楽の誕生日を知らなかっただけか。

 海星は了承のメールを陽向に送った。

「何かプレゼント買わないとな」

  何が良いだろう。女子が欲しがる物はよく分からない。学園では手作りのアクセサリーや、手作りのお菓子が喜ばれたものだ。

 やっぱり、アクセサリーか? しかし、好みが分からない。

 似合いそうなのは分かるけどな……。

「……聞いてみるか」

 海星は華夢にメールをした。


 私は咲楽。生きる(咲く)ことを楽しんで欲しいと言う願いを込め、母が名付けた。

 母がそう名付けたのは、私が幻獣使いだから。悲しいこと、辛いことが沢山ある人生でも、楽しく生きて欲しいと願ったから。

 父さん、母さん。私は今日、十七歳になったよ。あれから約二年経った。私は、少しでも強く成長できたのかな? 今なら護れる?

 あの日、護れなかった父さんと母さんを────。


 五月四日、夜。咲楽の誕生日会が開かれる。誕生日会と言っても、咲楽と陽向、そして海星の三人だけで行う、小さな誕生日会だ。

 誕生日会が始まる少し前、華夢からメールが来た。誕生日のお祝いの言葉と、旅行先の絶景写真。そして──…。

 ピンポーン。

 家のチャイムが鳴った。海星が来たらしい。下に行くとしよう。

 咲楽は部屋を出て、一階へ行った。

「ハッピーバースデー! 分かってると思うけど、これは俺からの誕生日プレゼント!」

 陽向はホールケーキをテーブルの真ん中に置いた。これは陽向が焼いたものだ。

 藍川姉弟はお互いの誕生日、プレゼントとしてケーキを焼くことにしていた。これは、毎年ケーキを焼いてくれた咲夜が亡くなったためにできたルールだ。

「わぁ、美味しそう!」

 白い生クリームの上には、みずみずしいベリーが宝石のように散りばめられており、チョコレートのプレートには白いチョコペンで[姉ちゃん]と書かれている。ケーキには一と七の形の蝋燭が刺さっていた。

 陽向は蝋燭に火を灯し、電気を消す。蝋燭の柔らかなオレンジ色の光が、咲楽の顔を照らした。

 揺らめく火をしばらく見てから、咲楽はフッと息を吹き、蝋燭の火を消した。そして、すぐに陽向が電気を付けた。

「「ハッピーバースデー!!」」

 パパーン!!

 破裂音が二方向から鳴った。いきなりの音に咲楽は驚いた。陽向と海星が隠し持っていたクラッカーを鳴らしたのだ。

「良い驚き顔ッ」

 陽向は満足そうに笑う。

「プチドッキリは見事成功だな」

 海星もドッキリが成功し、笑っている。

「や……やられた。完全に油断してた~!」

「今日くらいは油断してもらわないとな。ささっ、ケーキ食おうぜ」

 陽向は蝋燭を外し、ケーキを切り分ける。チョコレートプレートは、切り分けた咲楽のケーキに乗せた。

 咲楽はケーキを陽向から受け取った。ケーキの断面を見ると、そこにもたっぷりと刻まれたベリーが入っていた。美味しそうだ。

「味に自信は?」

「ん~……ねぇな!」

 陽向は自信満々に言う。

「おいおい。味見はしたのか?」

 海星も陽向からケーキを受け取った。

「したけどよ……姉ちゃんの方がうまいよ」

「つまり、美味しいが、咲楽よりは不味いってことか?」

「そう言うこと! 俺は時々しか料理しねぇし、姉ちゃんに勝てるはずはずねぇよ」

「あ、負けを認めたね?」

「今日くらいは認めてやるよ」

 なんだ、今日だけか。

 咲楽はケーキを一口食べた。生クリームに甘さが足りない気がする。確かに、自分の方が上手く作れるだろう。

「陽向、ありがとう。美味しい」

 だが、自分ではこの美味しさは作れないと思うのだ。

「ねぇ、エルフ呼んでも良いかな? このケーキは喜ぶと思う」

「うん。エルフ、ベリー好きだもんな」

「そうなのか? 呼んであげろよ」

 二人の了承を得たので、咲楽はエルフを呼んだ。

「咲楽、誕生日おめでとう。これは私からだ」

 呼び出されたときに渡せるよう、準備をしてくれていたらしい。咲楽はエルフから白く肉厚な、抱えるほどに大きい葉を二枚受け取った。こんな葉は見たことがない。

「何なのこれ 」

「幻界の植物だ。その葉はスープにして食え」

「え!? これ食べれるの!?」

「ああ。細かく切って、沸騰したお湯に入れろ。茹でると鮮やかな緑になる。効能は主に疲労回復、精神安定だ。元気になるぞ」

「へ、へぇ~。ありがとう」

 少し食べるには勇気がいるが、せっかく貰ったし、幻界の食べ物には興味がある。近いうちに食べてみよう。

「咲楽、俺からも」

 海星は小さな袋を咲楽に渡した。

「ありがとう」

 実は、咲楽は中身について少し知っていた。華夢からのメールには、こんな文があった。

『実はねぇ、海星君からメールが来て、咲楽のプレゼントの相談受けたんだぁ。あたしはアクセサリーショップ[フェアリーズ]のアクセサリーをすすめたんだけど、結局プレゼントは何だったぁ?』

 華夢は、すでに咲楽がプレゼントを貰っていると思い、このメールを送ってきた。なので、華夢に悪気はなかったが、プレゼントのネタバレになってしまったのだ。

 袋はフェアリーズのプレゼント用の物だった。つまり、海星はフェアリーズでプレゼントを買ったのだ。

 咲楽は、海星とフェアリーズに行った時のことを思い出した。あの時、海星は流石に女の子の店には入れないと言い、フェアリーズには入らなかった。男性は女性の店に入りにくいものだ。

 それなのに海星は、入りにくい気持ちを押し消し、選び、買ってくれたのだ。そう考えると、嬉しく思う。

 咲楽は袋を開けた。中には蔓と花をモチーフにしたヘアピンが二本。咲楽の好きな色、青、黄緑、白のラインストーンが光る。

「可愛い!」

 自分好みだ。せっかくなので、その場でつける。

「どう?」

「お~良いじゃん!」

「うむ、咲楽によく似合っているな。海星、なかなか分かっているではないか」

「見つけた瞬間、咲楽に似合うと思ったんだ」

「うん、ありがとう。これ凄く気に入った!」

 咲楽の笑顔を見て、海星は勇気を出して店に入って良かったと思った。

「あ……!」

 エルフを呼んだ理由を思い出し、陽向はケーキをエルフに渡した。

「俺が作ったんだ。食べてみて」

 エルフはケーキを食べる。

「咲楽の方が美味いな」

「あはは……即答かよ。何がこんなに差をつけるんだろう?」

 陽向は、容赦なく放たれたエルフの言葉に胸を痛めながら、エルフに尋ねた。

「たんにスキルが低いのだ」

 さらに、陽向はダメージを受ける。

「こら、エルフ。陽向が可哀想だよ。一般的な男子よりは上手なんだから。ただ、この中では一番下手ってだけで!」

「咲楽、余計陽向の傷抉ってる……」

 陽向は涙目になりながら、一人ケーキを食べていた。

「なんなんだよ……逆に俺の周り、料理上手すぎなんだよ……!」

 そんな陽向を見て、エルフは陽向の肩に手を置いた。

「泣くな、男だろう?」

 陽向の脳内で、エルフと匡介が重なった。

「うわ~……前にもこんなことあった気がする……。もう良いよ。つか、泣いてねぇ!」

「はいはい」

 咲楽はふーっと口から息を吐いた。

「……平和だね。アラン派に狙われているはずなのに、最近何も起きないし……。もちろんその方が良いけどね?」

「確かに平和だよな。海星が、高野ってヤツに接触したきりだ。あれから二週間は経ってるよ」

「何か計画して……いや、考えるのはやめておこう。今日は、な」

「そうだな」



 アラン派高野倖明(たかのこうめい)は、研究室の実験場にいた。実験場には骸骨(がいこつ)が数体寝かせてある。この骸骨は、死体処理部屋(グールの部屋)から拾い集めた物だ。普段は部下に集めさせるのだが、今回は自分で集めた。

 早く、【彼】に会いたい。そして、闘りたい。

 どうしてもこの高ぶる気持ちを抑えきれなかった。一刻でも早く、思い付いた案を実行したかった。だから、自分で集めたのだ。

 高野はゴーストを呼び出した。そして、骸骨に取り付くように命じた。

 ゴーストは骸骨取り付いた。そして、ぎこちなく骸骨の体が動き始め、起き、立ち上がった。スケルトンができあがったのだ。

 スケルトンは高野に跪く。

 高野はスケルトンに赤いマントを纏わせると、笑みを浮かべた。

「君がキーマンです。頼みますよ?」

挿絵(By みてみん) 

 嗚呼……このスケルトンの正体を知ったとき、希崎海星はどんな反応をするのでしょう。楽しみですねぇ。

 高野の笑い声が実験場に響きわたった。


 ケーキを食べ終えた四人は、咲楽の淹れた紅茶を飲んでいた。今回の紅茶は華夢からプレゼントとして貰ったもの。三パックを四人で分けた。お好みで砂糖を入れる。

「可愛い砂糖だな。さすが華夢さん」

 普段砂糖を入れない陽向だが、ハート形の砂糖を幾つか紅茶に落とした。

「ん、たまにはロシアンティーも良いね」

 咲楽はいちごジャムを舐め、紅茶を飲む。確かに安らぐ香りだ。いちごジャムも美味しい。甘さがやんわり舌に広がる。

「なんかさ、平和すぎて逆に怖いよな。大きな事件とか起きなきゃ良いけどよ……」

「そうだね。というか、どうしてアラン派とセシル派は対立してるのかな? 同じ幻獣使いなのに……」

「──は?」

 咲楽と陽向は海星を見た。海星は目を丸くしている。

「まさか、二人とも知らないのか!?」

 二人は頷いた。逆に、海星が知っていることに驚いたぐらいだ。

「なんで……自分達のことだろ!?」

「お母さんに聞いたことはあるけど、大きくなったらねとか、いつかねとか、お茶濁されてきたんだよね……」

「父さんもそうだったな」

「おかしいだろ……それ」

 そんな三人を見て、エルフはやれやれと口を挟んだ。

「海星。咲夜(さくや)は何も二人に教えてはいないのだ」

 それは、先日エルフと話した際、エルフが言った言葉だった。あの時は咲夜が二人に、自分の秘密については何も教えていない、という意味だと思った。しかし、本当の意味は、アラン派とセシル派の対立の理由を含めて何も教えていないということだったのだ。

 咲夜さんはどうして教えなかったのだろう。そして、父親の夏向(かなた)さんまで……。いや、今はどうでも良いか。

「海星は知ってるの? 対立した理由」

「ああ。俺は親からも聞いたし、学園で詳しく教えてもらったからな」

 そうなんだ……。アラン派とセシル派が対立した理由……私も知りたい。海星に言われた通り、自分のことだもの。なんで教えてくれなかったのかは分らないけど、もう知っても良いよね?

「海星、お願い。対立した理由を教えて」

「俺も知りたい!」

「ああ……」

 海星はエルフを見た。

「……対立した理由くらい教えてやれ」

 咲夜と夏向は、二人が高校生になったら教えるつもりだった。

 ちょうど良い機会だ。しかし、あの事についてはまだ言わないでおこう。できるだけ何も知らず、幸せに生きてほしいと、咲夜は言っていた。

 知るときはそう遠くない。もう二年になる。だが、その時まで私は言わないでおこう……。

 それに、今は言えない。知られてはならない、部外者がいる。

 エルフはジッと海星を見た。


 海星は紅茶を一口飲んだ。

「さて、どこから話そうか……」

 いや、どこまで話そうか。エルフは「対立した理由くらい教えてやれ」と言った。つまり、対立した理由以外は言うなと言うことだろう。二人の両親が敢えて言わなかったのには、何か理由があるのかもしれない。理由は分からないが、エルフが言うなと言うのならば言わないでおこう。それに、俺は他の幻獣使いよりも、この事についてはよく知っている。話せば何故知っているのか聞かれた場合、余計なことまで言わなくてはならない。

 だから、 学園で教わるところまで話そう。

「まず……俺達の先祖にあたる幻獣使い達は、ヨーロッパのどこか、人里離れた地に住んでいたらしい。一般人とは一緒に住めなかったんだろうな。それは俺達にも分かるだろ?」

 咲楽と陽向は頷いた。

 幻獣使いとしての力を隠して生きていくのは難しいし、大変だ。

「今の俺達とは違い、力を隠さず、幻獣達と共存していた。とは言っても、幻石を利用した主従関係はあった。今よりのびのびと幻獣と触れ合っていたと言えば分かるかな」

 咲楽は小さく手を挙げた。

「ちょっと良い? いつから幻石や主従関係はあったの?」

「何年前かは記録が無くて分からないんだが、幻石を発見し、利用方法を見つけたのも随分前の話だ」

「へぇ~……それで?」

「まずはアラン派、アラン・ヴァッセルの話からしようか。アランが生まれる少し前、ヴェルダエルと言う村があったんだ。ヴェルダエル村は周囲と併合し、大きな村になった。アランが生まれる頃には、小さな国と化していた。そんな王国の第二王子として生まれたのがアランだ」

 二人はアランが王子と知って驚いた。それどころか、名前も知らなかった。

「次にセシル派、セシル・テイラー。セシルの生まれたフィーネ村は、ヴェルダエル王国と同じくらい大きい村だった。セシルはフィーネで一番優秀な幻獣使いだった。ここまで話せば対立した理由が分かるか?」

「ヴェルダエルがフィーネと合体しようとした……とか?」

 陽向は自信なさげに言った。

「そう、だから争いが起きた。戦争がな。侵略するために戦う力を求めたアラン派。侵略を防ぎ、村を護ろうとしたセシル派。ここから、戦う力を求めるアラン派、護る力を求めるセシル派となったんだ」

「ふーん。どうして、ヴェルダエルは、フィーネを取り込みたかったんだろう?」

 海星は一度口を止め、話すことを頭でまとめた。

「——フィーネは宝石鉱山がある村だった。ある日、大きな赤い石が発掘され、その石が争いの元になったんだ。フィーネを取り込めば、その石もヴェルダエルの物になるからな」

「そんなに魅力的な石だったんだね。争いの原因になるほどの石かぁ……。ちょっと見てみたいかも」

 「……今でも見ることができる。あんなに大きいものは無いだろうが、小さいものなら俺達の身近にも存在するぞ」

 「赤い石……。ガーネットとかルビーとかか?」

 「ま、そこらへんじゃないか?  俺も赤い石としか習っていないから、何だったのかは判断できない。幻獣使い達の間で使われていた言葉は、今世界で使われているどの言語とも違うとされる。もしかしたら、まだその石が何だったなのか解明されていないのかもしれないな」

 「対立した訳は分かったけど、なんでアラン派、セシル派、って呼ばれるようになったの?」

「アラン派は、戦争が始まる前にヴェルダエルの国王は死に、第一王子は戦争中に死んだ。その後、戦争は激しさを増した。そんな中、兵を率いたのが第二王子のアランだから。セシル派は、ヴェルダエル王国が目指した侵略すべき中核にいたのがセシルだからだ。セシルは村一番優秀な幻獣使いだったから、一番侵略を阻止すべき場合にいたんだ。これで一通り話したな。他に知りたいことはあるか?」

  咲楽と陽向が黙る。今話したことを整理し、疑問がないか考えているのだろう。

  海星はエルフを見た。腕を組み、斜め下を見ている。どうやら、俺は余計なことを言っていないらしい。

 「あっ、はいッ」

  咲楽が声を上げた。

「その後、ヴェルダエル王国とフィーネ村はどうなったの?」

「……滅んだ」

 咲楽と陽向の顔が固まった。

「ヴェルダエル王国とフィーネ村自体なくなったんだ。争いから逃げた人々、死んだ人々も大勢いたからな。そして、散り散りに逃げたから、俺達は日本人なのにこんな容姿になったし、力もある」

「そうなんだ……。争いが元で、皆がバラバラになっちゃうなんて悲しいね」

 咲楽は納得したが、まだ何か引っ掛かっていた。その引っ掛かりは陽向も感じており、海星に質問した。

「その争いが原因で、対立が今までずっと続いているのかよ」

 そう、引っ掛かっていたのはそれだ。随分昔に起きた争いなのに、対立が長く続きすぎている!

「ああ、ずっと続いている。それだけ大きな争いだったということだ。本当に多くの人々が亡くなった。だから、恨みも大きかった。そして、恨みが新たな争いを生み続けてきたんだ」

「そっか。そのせいもあって、現代まで恨みが受け継がれてきたんだね」

「で、今、俺達も争いの中にいるわけだ?  恨みの連鎖を止める方法はねぇのか?」

「無理だろう」

 エルフが一言、そう言った。

「そんなの分からないじゃない!」

 エルフは首を振る。

「では、咲楽は恨みを消せるのか?  咲夜と夏向を殺された恨みを、綺麗さっぱり消せると言うのか?」

「そ……それは—―……」


  私の恨み……。


 二年前の夏。静まり返った森の中、横たわっているのは父と母。辺りを覆い尽くす、散らばった骨と飛び散った血。そして、私はエルフと逃げ出せないその中で————。


「姉ちゃん!!」

 陽向の声で現実に戻される。同時に息を勢いよく吸い込んだ。心臓がドクドクと脈を打っていた。顔を上げると、心配そうにこちらを見ている陽向と海星。

「エルフ!!  なに思い出させてんだよッ!!」

「っ、すまん。だが、これで分かっただろう。人は恨みをなかなか消せんのだ」

「うっ、うん……」

 確かに消すのは難しいかもしれない。それはよく分かった。でも、本当にどうすることもできないの?

「咲楽、悩むのは後だ。俺達は悩む前にアラン派に負けず、生き延びなければいけない」

 そうだ。大きな問題を相手にする前に、身近な問題を片付けないといけない。



 その日の夜、海星は夢を見た。

 相変わらず岩の上で少年は黙々と書物を読んでいる。長い髪が邪魔そうだ。

”来たぞ”

 奴は俺に囁く。

  俺は茂みに目をやる。

 すると、茂みが動き、妖精達と一人の女の子が出てきた。少年は突然現れた女の子に驚き、書物を落としてしまう。女の子は慌て書物を拾い、岩の上に座る男の子に渡した。

 これは二人にとって、運命的な出会いであり、不運な出会いだ。

 光を(まと)った女の子は何の書物を読んでいるのか少年に尋ねるが、少年は一切口を開かない。それでも女の子は気にせず、少年の髪を珍しそうに見た。少年は嫌がる。

”あーつまらないな……。俺はこんなのが見たいんじゃない”

 奴は退屈そうにしている。逆に俺は平和な時間に和んでいた。いつまでも続いてほしい。

”なぁ、しばらく暇なんだ。話そう”

「何を……」

”今日の咲楽、何か変だったな。あの子の両親、どうやって殺され……”

「やめろッ! また人の記憶を勝手に見やがって!」

”おいおい、怒るなよ。仕方ないのは分かってるだろ? 人は寝てる間に記憶の整理を行うんだからさ。嫌でも俺はお前の記憶を見るんだ”

「前まではこうやって話すことすらできなかったくせに……!」

”そうだな。今は夢の中なら自由自在だ。だから、俺がお前を……”

  奴の手がこちらに伸びる。悪寒を感じ、払い除ける。

「黙れッ。そんなことはさせない!」

”ククッ……阻止できるか?”

 奴は楽しそうに笑った。

 時間がないよ、と急かされているようだ。その時はもうすぐなのかもしれない。そう思うと、すごく怖くなった。だが、どうしても知りたいことが一つある。どうか、それを知るまではもってほしい。

 知った後は……俺が危険な存在になってしまうのなら、その時は―—……。

 海星は固く目を(つむ)った。

幻獣使い【第七体目 怒涛のGW】を読んでいただきありがとうございます!

投稿がまたまた遅くなってしまい、更新を待ってくださった読者様すいません。

(……いるのかなぁ^^;)


さぁさぁ。今回の見どころはやはり、アラン派とセシル派の話だと思います。裏話をご紹介するならば、名前についてでしょうか。

アランの方は【ヴ】。セシルの方は【ー】を使った名前にしようと考えていました。

ですが、悩みに悩んで決めらず、ファンタジーの名前を考えるサイトを見つけ、スロット(?)を使ってそれっぽいものを抜粋し、付け加えなどをして決まりました。


海星の夢。今後深く関わってきます。もう気づいている方もいるのでは……(・・;)ドキドキ


次回は【第八体目 学園からの使者】です。

題からも分かると思いますが、海星がいた森泉学園の話が出てきます。

新キャラ来ます。

更新間に合うよう、頑張りますっ(。-`ω-)

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