第六体目 中間テスト一ヶ月前
割り込み掲載です。
タイトルミス修正しました。
四月二十四日、日曜日の午後。如月高校、二年二組委員長の元良和稀は、家のカレンダーを睨んでいた。
カレンダーを一枚捲り、くるくると回していたペンのキャップを外す。そして、五月二十五日に自分の名前を書き、下に【中間テスト開始】と書いた。
約一ヶ月後、如月高校では中間テストが実施される。テストと言うイベントは、聞くだけで気が重くなる。どうにか楽しいイベントにできないだろうか。
千夏とテストの点を競おうか。いや、負けるのは目に見えている。
和稀は、しばらく考え込んだ。そして、思い付いた。
明日、四月二十五日に【中間テスト一ヶ月前】と書くと、千夏に電話を掛けた。話終わると、海星にも電話をしようと、アドレス帳のか行を見た。
「あり?」
海星の名前が見つからない。和稀はハッとした。
「番号知らんやん! オレのアホ! なんで聞いてないねんっ」
自分にツッコんだ。
仕方がない。明日、学校で直接言うとしよう。
「和稀〜、手伝ってくれん?」
母の声が下の階から聞こえた。
給料日前だというのに珍しい。
「あいよっ」
和稀はバンダナを頭に巻くと、下に降りた。
如月高校二年二組、昼時。
今日も、購買に行く者。机を引っ付け、友達と弁当を食べる者。各々昼休みを満喫していた。
藍川咲楽は、いつものように華夢と一緒に食べようと、弁当とお茶を持ち、華夢の席へ向かった。適当に椅子を借り、華夢と向い合わせで座る。
「今日は何弁当? 今日も自分で作ったのぉ?」
華夢は頻繁に聞いてくる。
「うん、今日も普通のお弁当だけどね」
咲楽は、二段弁当の蓋を開けて見せた。鮭フレークの混ぜご飯。プチトマト。ほうれん草と茸のお浸し。ハム入りのポテトサラダ。甘辛く味付けした鶏肉。ハムとチーズを交互に重ねた、一口大のミルフィーユ。
昨日の残り物も使った、普通の弁当だ。
「これ可愛いかも!」
華夢がミルフィーユを指さす。
「ピンクと白のストライプ、可愛い〜。……あれ、ミルフィーユだけ洋物だ。変なのぉ」
言われてみると確かに、他は和食だ。作っている時、全く気付かなかった。咲楽もおかしくなって笑った。
「華夢、今日はパンなんだ?」
華夢はいつも弁当なのだが、今日は珍しく菓子パンを机に出している。
「お母さんがご飯炊き忘れたらしくてぇ……。うっかりさんだよね〜」
「あらら……。でも、栄養バランスが気になるね」
「そこは任せなさいっ!」
華夢は自信満々に、野菜ジュースと林檎が入ったタッパーを出した。
「どうよ、少しはマシでしょ」
華夢は鼻から息を放った。
「無いよりはね。可愛そうだからミルフィーユ一個あげるよ」
咲楽はミルフィーユを華夢に渡した。
「わーい♪ ありがとう。それにしても偉いよねぇ。毎日お弁当二つも作るなんて。たまには咲夜さんに作ってもらったらぁ?」
「あ……うん。でも、作るの嫌いじゃないから」
咲楽は話を逸らす。
「そっか。お昼食べよぉ」
咲楽と華夢がお昼を食べようとしたとき、海星と千夏を引き連れた和稀が二人の元へやって来た。
「よっ。一緒に食ってええか?」
いきなりどうしたというのか。海星にアイコンタクトすると、海星は分からないと言った顔をした。
「ちょっと提案があってなぁ。話聞いてくれんか?」
二人は和稀の話を聞くことにした。
机を幾つか引っ付け、四人は弁当を食べつつ、和稀の話を聞いた。
「一ヶ月後、中間テストあるやん? だから、良い点取りたいやん? だから皆で勉強会せん?」
「……いきなりだな」
本当に海星の言う通りだ。
「なぁなぁ、やろや、勉強会!」
和稀はやたらウキウキしている。
「なんでそんなにやる気なわけぇ?」
「和稀は勉強会を口実にして、皆で遊びたいだけだ」
華夢の質問に千夏が答えた。千夏は既に話を聞いているらしい。
「良いけど、どうしてこのメンバーなの?」
和稀が海星と千夏を誘うのは分かる。自分と華夢が誘われた理由が分からない。
「最近オレら仲ええやん?」
「そうだっけ?」
幼なじみと言うこともあり、海星と仲は良いが、和稀と千夏は単なるクラスメイトだと思っていた。
「確かに最近仲良いよねぇ。この前一緒に寄り道したしぃ」
咲楽は華夢の発言に驚いた。和稀達と寄り道した記憶が全く無い。
すると海星が、自分が寝込んだ日に行ったのだと教えてくれた。
自分が風邪を引いたので何も文句は言えないが、参加できなくて残念だと思う。
「また皆で行けば良いだろ?」
そんな咲楽の心情を読み取ったかのように海星が言う。次の機会には、参加したい。
「で、遊ぶ日なんやけど」
今「遊ぶ日」って言った!
一同心の中で叫んだ。和稀は口を滑らせたことに気付かず、話を進める。
「来週の日曜日なんてどうやろ?」
「俺は無理」
千夏が即、断言した。
「えー、なんでや……あ、ああっ! そっかそっか! しゃあないな!!」
和稀はニヤニヤしながら、何故か納得した様子だ。
「いい加減覚えろ」
とにかく、千夏は用事があるらしい。
「じゃ、土曜日空いとるか?」
和稀がもう一度聞き直す。今度は全員空いていると言うことで、遊ぶ日、もとい勉強会の開催日は今週土曜日に決まった。
「どこで勉強するのぉ?」
和稀は立ち上がり、華夢にビシッと指を指した。
「良い質問や!」
「は、はぁ……」
「どこがええやろ?」
勢い良く、立ち上がってまで、良い質問だと和稀が言うので、場所は決まっていると思ったが、決まって無いと言う。咲楽も思わず、おいっ、とツッコみたくなった。
「海星の家、行ってみたい」
千夏に言われ、海星は慌てた。
「今はちょっと……。色々片付けてるからさ」
あれ、ブラウニーに片付けてもらったって聞いたけど……。何か別の理由があるのかな?
「まだ引っ越しの荷物があるの?」
咲楽は何とか断りたそうな海星を助けた。理由は後で聞くとしよう。
「そうなん? また片付いたら教えてな」
上手く切り抜ける事ができた。
「咲楽の家はぁ?」
と、思ったら矛先が私に向かってきたーっ!?
「陽向いるし……」
「陽向君いても良いよぉ? むしろいた方が楽しそうだし、久々に咲楽の家に行きたいなぁ」
ああっ、華夢からは逃げれない! どうしよう!?
「咲楽、土曜日は陽向の友達が来るんだろ?」
海星が出任せを言う。そんな話初耳だ。
「そうなの? じゃあまた今度ね♪ あたし、咲楽の淹れる紅茶が飲みたいんだぁ」
華夢が信じてくれた。咲楽はホッとした。
「うん。その時はお菓子も作るよ」
「お、ええな! オレも行きたい」
「話がそれてる」
千夏が脱線した話を戻す。
「おお、すまんすまん。ほんなら……オレん家来るか?」
「元良の家? どこぉ?」
「ああ、分からんか。ほんじゃぁ、一時に校門前集合や!」
和稀の家で勉強会をする事になった。
学校の帰り道。最近は海星と帰るのが当たり前になった。お陰で絡まれる心配は無い。正直ありがたい。もしかすると、わざと一緒に帰ってくれているのかもしれない。
「ところで、どうして皆を家に呼びたくなかったんだ?」
海星が咲楽に問う。
「それは海星もじゃない。どうしてなの?」
咲楽は、逆に聞き返した。
「俺? いや、それは……」
海星は若干照れながら話始めた。
「俺の部屋の物が、子供の頃のままでさ。恥ずかしいだろ……」
咲楽は目をぱちくりさせた。そして、笑ってしまった。
「なんか可愛い~!」
「はぁ!?」
「だって、そんな所を気にするなんて!」
やばい、ツボに入った。笑いが止まらない。
「気にするだろ……。俺の部屋は七年前のままなんだ」
なるほど。施設にいたから、部屋は七年前のままなのだろう。つまり、十歳の男の子の部屋。十七歳の男子からしたら恥ずかしいのかもしれない。
「別に部屋じゃなくても、リビングとかでも良かったんじゃない?」
海星は首を振った。
「和稀のことだ。絶対入りたがる」
確かに、元良はお構い無く部屋に入りそうだ。
「元良なら、いかがわしい物があるか探したりしそうだよね」
「持ってないからな!!?」
「へぇ? 怪しーぃ」
海星の焦った反応が余計怪しいと思わせる。
「持ってない!! そんな物が学園で手に入るか!」
つまり、手に入る場所なら手に入れてたと言うことなのだろうか。しかし、これ以上弄るのは可哀想なので止めておいた。
「それに、あいつらには、俺が独り暮らしなんて言ってないからな。来て、気付かれて、変に気を使われたくない」
「……そうだね」
「で、咲楽が皆を家に呼びたくない理由はなんだ?」
「皆と言うか、華夢を呼びたくなかったの」
「大沢を?どうして?」
「教えてないの。両親が死んだ事」
「何故?」
「華夢はお母さんを好いてくれたから、死んだなんて言えなくて。家に来たら速攻バレちゃうよ」
「だが、隠し通すなんて……」
「できないのは分かってる。いつかはバレる。でもね、タイミングが……いつ言えば良いのか分からないの」
今日も逃してしまった。いや、自ら逃したのだ。
「そうか。──誰にでも隠したいことの一つや二つある。いつか言わねばならない日が来るよ」
そう言う海星の姿は、まるで海星が自身自身に言い聞かせているようにも見えた。
咲楽と海星は森に着いた。ここで二人は別れる。
「またな」
「海星!」
咲楽は帰ろうと、背を向けた海星を呼び止めた。
「今日は助けてくれてありがとう」
海星は振り返って少し笑った。
「こちらこそ、ありがとう」
二人はそれぞれの家へ帰った。
咲楽と海星は、集合時間の十分前に学校の校門前に着いた。まだ誰も来ていない。学校に行くわけでもないのに校門の前に立つというのは、少し妙な感じがした。
それに、あまりここにいると船井先生が出てきそうだ。
「──何?」
ふと、海星の視線に気付く。
「いや……今日の咲楽、なんか可愛いなって」
咲楽は海星のいきなりの発言に驚いた。
咲楽はレース襟が可愛いトップスと、春らしくパステルカラーのロングスカートをはいていた。髪は勉強しやすいように、ハーフアップにしてきた。
確かに今日はちょっとお洒落して来たし、髪だっていじってるけど、まさかそんなこと言われるなんて!
咲楽は海星をチラッと横目で見た。海星は皆が来るであろう方向を見ていた。黒ジャケットに、白いシャツのモノトーンファッションは、海星の濃紺の髪を際立てている。
そう言う海星もカッコいい……って私は何を考えているの!? いや、もともとカッコイイのは知ってるけど……!
「咲楽~!」
咲楽は、華夢の声にビクつく。
「うわっ、華夢、おはよう!」
「おはよぉ。うわって何よぉ。咲楽、どうかした?」
「なっ何も」
必死に冷静を装った。
「よっ、皆集まっとるな?」
少しして和稀と千夏も来た。
「ん~」
和稀は華夢を上から下へ見た。
「華夢、女の子って感じの服やな~。フリッフリやん」
それは誉めているのだろうか。確かに華夢は、相変わらず女の子らしい可愛い格好をしている。赤いボーダーのトップスと桃色のスカート。髪はサイドに束ね、自前の天然パーマが、さらに女の子らしさを引き立てている。
「良いじゃないか。大沢らしくて、可愛いと思うけど」
すかさず千夏がフォローする。千夏は紺色のジャケット、ベージュのパンツ。眼鏡のせいか、知的な感じがする。
「咲楽は、なんや普通やな!」
「……藍川らしい」
千夏のフォロー虚しく、咲楽に少なからず殺意が生まれた。
この失礼な男を殴って良いだろうか。
ちなみに、和稀は背に鷹が描かれた和風の服装。そして、何故かエプロンを腰に巻いていた。料理でもしていたのだろうか。
「ほな、行くで」
咲楽達は歩き出した和稀に付いていった。
和稀の家は如月市の北の方にあり、学校から歩いて十五分程で着いた。
「ここが、オレん家や!」
咲楽、海星、華夢の三人は口を開けた。そこに聳え立つのは、ただの民家ではなく、串カツ屋さんだったからだ。木製の看板には黒字で【串カツ元良】と書かれている。店の入り口には藍色の暖簾と、達筆な字で【営業中】と書かれた看板が出ていた。
「一階が店で、二階と三階が家なんよ。千夏、皆をリビングに案内しといてや。オレは残ってる仕事片してくるわ」
和稀は藍色のバンダナを頭に巻いた。
「早くしろよ」
「なるたけ早ぅ終わらすわ」
和稀は小走りで店の裏口へ消えていった。
「元良って働いてるんだね」
自分がぽつりと落とした言葉に、千夏が答えた。
「和稀は両親と一緒に店で働いてるのさ。今日は俺らと勉強するから、仕事は午前中だけする予定だったみたいけど、終わらなかったらしい。エプロン着けてたろ? 途中で仕事を抜けたからだ。串の仕込みの最中だったらしい」
「串の仕込みぃ? 串カツってただ食材を揚げるだけじゃないの? じゅわわわ~、って」
「あー……これに関しては俺の浅い知識聞くより、和稀に聞いた方が良い。それに、今日一日いたら分かると思う。とにかく上がろう。あまり店の前にいると、店の邪魔になる」
「そうだな」
咲楽達は千夏に続き、店の裏へ入いる。すぐそこには二階に続く階段と靴箱があった。
奥からはお客さんの声が聞こえてくる。忙しそうだ。
「靴はここ。入れたら上に来て」
千夏は靴箱に靴を入れると階段を登っていった。
咲楽は靴を脱いで床に置かれたスノコに上がる。
「お邪魔します……」
営業中なので邪魔にならないよう、遠慮気味に言った。
靴を靴箱に入れて、階段を登る。少し急な階段なので、手すりを持って上がった。
上がった先はリビングだった。リビングの中央には大きめのテーブルが置かれており、その上にはカラフルなプラスチック性のコップが五つある。
部屋の所々には、和風な物が置かれていた。金魚が二匹入った金魚鉢もあり、和の雰囲気に和む。
テーブルに着くと千夏がテーブルのコップを配り始めた。
「何色が良い?」
「あたしピンク!」
千夏は華夢に桃色のコップを渡した。
「咲楽は?」
残りの色は黄色、黄緑、水色、紫だ。
「黄緑」
咲楽は黄緑色のコップを受け取った。
「ありがとう」
好きな色は他に白や青などあるが、黄緑が好きな理由は少し特別だ。咲楽の誕生日石はペリドットで、黄緑はそのペリドットの色だからだ。
「海星は……水色が良い」
「俺には選ぶ権利なしか」
「海星は青のイメージだからな」
「そうか。さんきゅ」
千夏は残りの黄色のコップを取り、和稀に紫色のコップを残した。いつもこの色なのだとか。
千夏はキッチンの冷蔵庫から麦茶を出した。慣れている感じから、千夏がよく和稀宅を訪れているのが分かる。このコップも、先に上がっていた千夏が用意したのかもしれない。
「お茶入れるからコップ出して」
千夏は麦茶をそれぞれのコップに注いだ。
「和稀まだ来ないな。先に勉強会を始めよう」
各々持ってきた教材を出す。咲楽は化学の教材を出した。
「咲楽は化学が苦手なのか?」
海星は、咲楽が出した化学のワークを見て聞いた。
「化学は嫌いじゃないんだけど、今習ってる分野がちょっと苦手で……」
「俺、化学は得意だし、教えようか?」
「本当!?」
確かに、白衣とか似合いそうだし、得意そう。海星の白衣姿、結構似合……──。
「咲楽?」
海星に声を掛けられ、咲楽はハッとした。
「何っ!?」
「……? 答え合わせして間違った所とか、分からない所があったら聞けよ」
海星はジャケットを脱いだ。
「うん、分かった。海星もね」
咲楽はワークを進めた。途中で海星のしている教科を見ると、現代社会だった。苦手なのだろうか。海星は、教科書をじっくりと読んでいた。
「おぉ、皆やっとるな~」
和稀が合流した。手にはお菓子が入ったビニール袋。
「仕込み終わったのぉ?」
「おうっ、ばっちしや」
「今日は仕込む物多かっただろ? 給料日前だし」
「おう。予約も満席で、夜忙しいねん。だから多めに仕込んだったわ! さ、千夏の菓子食べなが、勉強頑張るか〜」
「あたしもお菓子持って来たよ」
華夢は鞄から苺のポッキーとクッキーを出した。
「出し遅れたけど、コレ私達から」
咲楽と海星は、来る最中に買ったジュース一本ずつ出した。無難にオレンジとアップルだ。
「皆サンキューな。とりま何食う? 好きなの言えや」
ポテトチップス、チョコレートなど、挙がったお菓子を和稀は皿に出し、テーブルの真ん中に置いた。
勉強する手を一旦止め、お菓子をつまむ。
和稀は海星と千夏の間に座わり、ジュースをグビッと飲んだ。仕事終わりで喉が渇いていたらしい。
「この赤いポテチ何ぃ? とてつもなく辛いポテチだったりする?」
華夢が恐る恐る赤いポテトチップスを手に取る。見るからに辛そうな色をしている。
「コレ美味いから食べて」
千夏が赤いポテトチップスを取って、華夢の目の前で食べて見せた。
「俺、コレ超好き」
千夏が普通に食べる所を見て、激辛ではないと判断し、華夢はポテトチップスを口に入れた。
「おいしー……けど辛~い!? 山部君、コレ辛いよぉ!?」
華夢はジュースを飲んだ。
「そう?」
千夏は普通に食べている。
咲楽も試しに一枚食べてみた。ウマ辛だなと思う。咲楽は、然程辛さに強い方ではないのだが、このくらいの辛さは美味しい。しかし、辛さに弱い華夢は駄目だったようだ。甘いチョコレートで口直しをしている。
勉強会が始まり一時間が経過した。教え合いながら苦手を克服していく。咲楽と海星はほとんど教える側であったが、それはそれで勉強になった。
知的なイメージが強かった千夏だが、意外と苦手が多く、海星によく質問をしていた。しかし、飲み込みが早く、説明の後は一人でスラスラと解いていた為、本当は頭が良いのに、普段面倒くさがってサボっているだけなのではと思った。
「そろそろ休憩せぇへん?」
和稀は時計を見る。
「そうだね。頭いっぱい使ったしぃ」
と言うわけで、休憩する事になった。
千夏は休憩開始早々、携帯電話をいじり出した。連絡でも入っていたのだろう。
「あっ!」
千夏が携帯をいじっている姿を見て、和稀がハッとした。
「海星、海星。メアド教えてや。つか、交換しよ」
和稀は携帯電話を出した。すると、海星は困ったような顔をした。
「すまない。俺、まだ携帯を持っていないんだ」
咲楽も含め、皆が仰天した。今時、携帯を持たない高校生がいるのだろうか。そう言えば、海星が携帯を使っている姿を見たことがない。
「でも携帯は持つ予定だから、その時はアドレスを交換しよう」
「希崎君。その時はあたしにも教えてね?」
海星は頷いた。
「華夢メアドくれや。もち、咲楽も」
咲楽、華夢、和稀、千夏はメールアドレスを交換した。
「さて。一つ、ここで提案があります!」
和稀が急に標準語で言ったので、皆の視線は和稀に向いた。
「オレら今後もっと仲良うなれると思うんよな? もう下の名前で呼びあってもええと思うんよ」
そう言う和稀は、とっくに下の名前で呼んでいた。
というか、元良は初対面でも下で呼んでいる気がする……。
「良いんじゃないか? どう思う、華夢」
千夏にいきなり名前を呼ばれ、意見を求められたのは華夢だ。
「良いと思いますっ。山部く…じゃない、千夏君……千夏?」
千夏を君付けで呼ぶか迷っているらしい。
「千夏で良い」
「じゃあ、千夏っ」
「咲楽もええよな」
次に自分が意見を求められた。
「良いんじゃないかな……和稀」
かなり無理矢理に名前を呼んだが、和稀は名前を呼ばれて満足そうな顔をした。
「和稀~。コレ食べて良ええよ」
知らないエプロン姿の女性がリビングに来た。頭には三角巾。手にラップがかかったバットを幾つか持っている。
「どちら様ぁ?」
華夢は和稀に聞く。それには和稀ではなく、女性が答えた。
「こんにちは! 和稀の母です~。もう、和稀がいつも御世話になって~!」
一同御辞儀をする。
「千夏君、お久し振り! いっつも和稀のおもりをしてくれて、ほんまありがとうね!」
「されてへんわ!!」
和稀は抗議するが、正直近い事はされていると思う。
和稀母がこちらを見た。目が合った瞬間、和稀母の目が光ったので、咲楽の表情は固まった。
「あらあら、まあ綺麗な子! 外国人!?ハーフ!?」
和稀母はまじまじと咲楽を見る。
「いえ……ちょっと外国の血が混じっていまして……。私、藍川咲楽と言います」
自己紹介をしていなかったのでしておく。
「咲楽ちゃんやね。で、その隣のイケメン君も外国の血が混じとるん? 名前は何て言うん?」
続いてのご指名は海星だ。面食いなのか、先程まで自分を見ていた目とはまた違う。なんというか輝いている。
「はい、希崎海星と言います」
海星は鉄壁の営業スマイルで答えた。すると、和稀母はハッとした。
「あなたが海星君!? 最近やったら和稀の話に出てくる、あの海星君やんね!?」
「は、はぁ……」
海星は適当に相槌し、切り抜けた。
「可愛子ちゃんは何て言うん?」
「大沢華夢ですっ」
華夢は可愛い子と言われて照れた。
「そう。咲楽ちゃん、海星君、華夢ちゃん。そして、千夏君。バカな息子やけど、どうぞよろしゅう!」
「バカちゃうわ!」
「バカやないのっ」
和稀母が頭を下げたので、こちらも頭を下げる。
「で……おかん。一体なんやねん」
「コレよ、コレ。アニキやけど、良かったら皆で食べぇな」
和稀母は、バットを和稀に渡した。千夏はすぐに何か分かったらしく、和稀母にお礼を言った。何を貰ったのかは分からないが、咲楽達もお礼を言った。
「またねぇ」
和稀母は仕事に戻った。
「も……和稀、それなぁに?」
華夢はバットを指差す。
「おお、コレか?まぁ、とりま座っとけや」
和稀はキッチンに行き、頭にバンダナ、腰にエプロンを巻いて何やら準備を始めた。
「千夏~、手伝え~」
千夏はハイハイ、と勉強道具を片付け、和稀の元へ行った。
「俺も何か手伝おうか?」
「海星はお客様やから、ゆ~っくりしといてぇな」
だが、千夏は別らしい。
「皆、勉強道具片付けときぃ~。ちょうどおやつ時や」
訳の分からないまま、三人は勉強道具を片付けた。時計を見ると三時過ぎだった。
パチパチと心地良い音がする。すぐに何の音なのか分かった。和稀は油で何かを揚げているのだ。
千夏はソースが入った器と取り皿を人数分運んで来た。ソースは塩、黒と黄のソース、醤油の四種類だ。
「おーい、千夏。揚がったでぇ」
和稀に呼ばれ、千夏はキッチンに戻った。
何か食べる事は分かったので、咲楽は皆のコップに飲み物を足した。
「真ん中開けて」
千夏が料理を運んで来た。海星がテーブルの中央を開けると、千夏は料理置いた。カラッと揚がった串カツだ。
そして、千夏は陶器製の湯呑を一つ置いた。
「何用?」
「食べた串入れ用」
「なるほど」
「おいおい、早よ食ってぇな。それは黒ソースでな。中身は……フフ、当ててみぃ?」
四人は一本づつ串を取り、黒いソースを付けた。見た目では中身はよく分からない。
千夏は何の迷いもなく、ばくっと食べた。少し熱そうに食べている。
「千夏、どや~?」
和稀がキッチンから顔を出す。
「美味い」
和稀は満足そうに笑った。
「やろやろ!? じゃあ次揚げるな~」
和稀はルンルンと次の串を揚げ始めた。良い音が再び響く。
咲楽も一口食べてみる。
「……!」
ちょっと熱いけど、美味しい。中身は蓮根? カレーの香りもする。
咲楽は残りを口に入れた。
ん……少しお肉も混じってる? 牛肉だ。 あと何だろう? ほのかに香る刺激的な香り……。
「中身分かったか~?」
皆が食べ終わった頃を見計らって和稀が聞く。
「代表で海星! 答えてみぃ?」
「蓮根の穴に、カレー粉を混ぜた牛肉を積めた物。あと、生姜」
「大正解!」
千夏は拍手を送った。
「うあっ、千夏! それオレのセリフや!! 勝手に言うなやぁ……」
和稀はつまらなそうに口を尖らせた。
「お店って、こう言う創作の串カツを出してるの?」
「せやで。仕込みとか大変なんやけど、力入れて創るほどお客様が喜んでくれはるから創りがいがあるんよ」
「ふうん、一度ちゃんとお客として食べに来たいかも」
「お、歓迎するで?」
「あたし、串カツ初めて食べたかもぉ」
華夢が、ジュースを口に運びつつ溢した。
「ここらには店があんま無いからなぁ。でも、大阪とかには多いんよ? ……千夏。揚がるで」
千夏はと立ち上がり、空になった皿を和稀に持っていった。
次に運ばれてきたのは海老だ。頭だけが無く、細い足は一緒に揚がっている。
「それは、塩とレモンで食うのがオススメや。あ、レモン無いな。下か……。すまん、塩でどうぞ」
と、言うことなので、塩を付けていただく。手足まで食べれると言うので、手足も一緒に食べる。手足はパリパリと食べる事ができた。
「おいしっ。なんか新鮮な気がする」
「おおっ。分かってるやん! うちの店は生きた海老を仕入れて、その日、店で串に刺しとるんよ」
「生きた海老を!? すごいね」
「やけど、今揚げとるのはアニキやから、鮮度はちぃと低いんやけどな」
「アニキ?」
海星が問う。
先程、和稀母も言っていた。
「悪い言い方すると、古い方のネタって事や。古いつっても、昨日の残りやから大丈夫やで。やけど、すまんの。残飯処理みたいな事やらせてもて」
四人は首を振った。昨日の残り物だろうが、店の品をタダで味あわせてもらっている。文句は言えない。そして、何より美味しいから良い。
「それにしても、串カツってあんまり油っこくないんだねぇ。あたし、もっとぎとぎとしてるかと思ってた~」
「ええこと言ったな。来てみ? 串カツ元良の秘密を教えたる」
三人はキッチンへ行った。千夏は知っているらしく、そのまま座ってジュースを飲んでいる。
コンロの上には油がたっぷり入った鍋があった。和稀は菜箸を器用に使い、串を油の中に潜らせている。
「秘密はこれや」
和稀は揚がった串カツの串を持つと、鍋の横に用意していた銀色の円柱の入れ物の中で、串を勢い良く回した。遠心力で油が入れ物の中に飛び散る。要らない油を取っているのだ。
「ほい、出来上がり」
和稀は串カツを見せる。見た目も油っこくない、カラリと揚がった串カツだ。
「凄い!」
華夢は驚く。
「和稀、熱くないのか?」
揚げていた串を素手で持つのだ。熱くないのか、海星は疑問を持った。
「熱いで? やけど慣れるんよ」
和稀は残りの串も同じように回す。
「職人技だね」
「お、そう言ってもらえるとありがたいわ。まだトッピングがあるから座っときぃ」
「トッピング?」
「完成したら意味が分かるで」
三人はキッチンから追い出された。
「千夏って、食べ慣れてるみたいだねぇ。よく店に来るのぉ?」
華夢は千夏に問う。
「店というか、和稀の家に来ると高確率で出してくれる」
「そうなんだ~」
和稀が千夏を呼んだ。次の串カツができたらしい。千夏は、串カツを取りに行った。
次の串カツは、これまでに出た二本とは違った。串カツの上には、イクラとタルタルソース、そしてパセリが乗っていた。トッピングとはこの事らしい。
「それは、そのままでどーぞ。中身は当ててなぁ」
早速食べてみる。
「鮭! 親子串カツだ」
正解、と和稀。正解すると若干嬉しい。
「串カツって、ソース付けて食べるイメージだったけど、こう言うトッピングする方法もあるんだね」
「おう。物によっては大根おろし、バジルソース、ネギとかもトッピングするんやで」
「なんか、楽しいね」
「やろ? 串カツは見て、食べて楽しめるんよ」
和稀はニカッと笑った。
「和稀、アレあるか?」
千夏が訪ねる。
「んあ? 千夏スペシャルかぁ?」
「揚げてくれ」
「え~しゃあないなぁ。 残念なことに在庫あるわ……任せとけ! 皆も食う?」
千夏スペシャル? ナニソレ。と、三人は思った。
「まぁ、食っとけ。意外と好きかもしれんしな。オレは苦手やけど」
一体何が出てくるのだろう。
「ほい、できたで」
千夏スペシャルは和稀自ら運んで来た。千夏スペシャルと命名されたその串カツは、細長かった。
「千夏スペシャルは好きなソースで召し上がれ」
「オススメは辛子ソース」
千夏は千夏スペシャルを手に取り、黄色い辛子ソースを付けた。
咲楽達は何でも合う黒ソースを付け、千夏とほぼ同時に食べた。最初は何の串カツか分からなかった。しかし、徐々にその正体が判明する。
「かっ、辛い~っ!!!」
最初にダウンしたのは、辛い物が苦手な華夢だった。華夢はジュースを急いで飲む。
咲楽も耐えきれず、オレンジジュースを飲んだ。
痛い。舌がヒリヒリする。
海星は無言、ノーリアクションでジュースを飲んでいる。
そんな三人を見て、和稀は笑いを堪えていた。これを見る為に、わざわざ自分で料理を運んで来たのだ。
千夏スペシャルの正体、それは、唐辛子丸々一本。
その千夏スペシャルに辛子ソースを付けた物を、千夏は普通に食べていた。
「よく食えるな……」
海星は下敷きで扇いだ。
「え、うまいだろ? 本当はハバネロとかも揚げてほしいんだけど、和稀が嫌がるんだ」
「あったりまえやん。調理する身にもなれや」
千夏スペシャルとは、千夏の為に作られた、スペシャルな串カツだった。
「お詫びとして、デザート串揚げたるわ」
「デザート串?」
聞いた事がない。
「美味いんやで」
和稀は冷蔵庫を開けて、具材を確認した。
「えーと。苺、バナナ、チーズ……しかないわ。どれがええ?」
「苺……」
華夢は涙目で答えた。まだ舌がヒリヒリするのだと言う。
「私も苺で」
咲楽も苺を頼んだ。
「俺、バナナ」
と、千夏。
「俺もバナナ」
と、海星が言うと、すでに串に刺したチーズを持ち、和稀が口を開けていた。
「な、なんやて……。誰一人としてチーズを選ばんやと!? 美味いでチーズ! オススメやで! ブルーベリージャムがけでご提供!!」
「どれだけチーズを食べさせたいの」
「じゃあチーズ」
そう言ったのは、バナナを選んでいた海星だ。
「おおぅ、海星!! 美味いチーズを食わせたるわ!」
和稀はノリノリでチーズを揚げ始めた。
数分後、デザート串が種類ごとに運ばれて来た。バナナにはシナモン、チーズにはブルーベリージャムがかかっている。
和稀含め、五人はそれぞれデザート串を取った。
咲楽は初のデザート串にワクワクした。苺を揚げるとどんな味なのだろう。
咲楽は華夢と同時に苺の串カツを食べた。
「美味しい」
ホットスイーツだ。苺の甘みが強くなった気がする。冷えた苺とはまた違って良い。
華夢も気に入ったらしく、美味しそうに食べている。
「バナナはどんな味ぃ?」
華夢は、既に食べ終わっている千夏に聞いた。
「とろっとしている」
千夏はそれ以上感想は言わなかった。千夏は何度か食べているため、自分達よりも感動が少ないのかもしれない。
「和稀オススメのチーズは美味しかった?」
咲楽は海星に聞いた。
「ああ、オススメと言うだけはあった。何本か食べたくなった」
「やろやろ?」
和稀はと嬉しそうだ。今度食べる機会があったらチーズを食べてみよう、と咲楽は思った。
その後、アニキを幾つか頂いた。小腹を満たしたところで、五人は勉強会を再開することにした。
夕方、勉強会は終わりを迎えた。裏口から外に出ると、賑わう声が聞こえた。串カツ元良には多くの客が来ていた。
「繁盛、繁盛♪」
和稀は嬉しそうに言う。
「オレは店の手伝いがあるから見送りはここまでや。気ぃ付けて帰りな」
「うん、今日はありがとう」
「おう、皆でええ点取ろな!」
「まったねぇ」
「またな」
「ん。俺こっちだから」
千夏の家は咲楽達とは逆方向らしく、その場で別れた。
華夢とは学校辺りまで一緒に帰った。
「また遊ぼうねぇ」
「うん……」
華夢に両親の死を伝えねばならない日がそう遠くないように感じる。
「海星君! 咲楽を無事に家まで送ってねぇ」
「ああ」
「大丈夫だよ……」
「念のためっ! バイバイ」
華夢は帰っていった。
如月百貨店の近くに差し掛かる。今日は買うものがないので寄ることはない。
「――咲楽、明日空いてるか?」
「え? うん」
「ちょっと付き合ってくれないか? 携帯を買いたいんだが、俺、何も分からないから……」
「もちろん良いよ」
咲楽は承諾した。その代わり、海星に約束を一つ取り付けることにする。
「連絡先、交換してね」
仲間なのだから、知っておくべきだろう。
幻獣使い【第六体目 中間テスト一週間前】を読んでいただきありがとうございます!
予定よりも10日程遅れてしまって、すいません。
前書きにも書きましたが、割り込み掲載です。船井さんの話を第七体目まで下げる予定です。その方が番外編を楽しんでいただけるかと思います。
次回【第七体目 怒涛のGW】は、バスケの練習試合。誕生日会。そして、アラン派とセシル派が何故対立したのか、アランとセシルとはなど、話を掘り下げます。
あの男もひょっこり顔を出します。←大人しくしているはずがない!
いろいろ盛り沢山です(笑)
※海外研修のため、掲載が遅れる可能性があります。