第四体目 只今発熱中
ここは常に暗い、地下の牢獄だ。ずっといれば、時間の感覚が狂うだろう。
そこに囚われているのは、セシル派の人々だ。
囚われて日の経たない者達は、出して、帰して、と私達に訴えてくる。
幻石を奪われている時点で、 さっさと諦めたればいいものを……。
それに比べ、既に生を諦めた者達は、虚ろな目をして、何もせずに蹲っている。
「飯だ」
部下の一人が鉄格子の間から人数分の食事を投げ込んだ。その食事を我先にと手を伸ばす者もいれば、どうでも良さそうに横目で見るだけの者もいる。その場合は、見張り役として一緒に入れている、スケルトンを使って無理矢理口の中にねじ込む。
食事の量は少ない。あくまでも死なせないために与える。
全員に食事を与え終えると、暖凛花は自室へ向かった。
このくらいの仕事、部下達に任せても良いのだが、もしもの時の為に暖凛花が一緒に行くのだ。
最近では、赤髪の少女、七岡ちさが同じ牢から人を出す際に何度か逃げ出そうとした。諦めない強い目をしていたと記憶している。何度睨まれ、不快な思いをさせられたか。
まぁ、それも初めの話で、最後の方は大人しくなっていた。
森泉学園で訓練を積んでいた少女だったため、不覚にも部下達が倒されてしまうという失態を犯してしまった。自分が近くにいたため、地下から出さずに済んだが、部下達と共にヘリオスに頭を下げた。その後、部下達にはしっかりとお灸を据えた。
捕らえたセシル派の人間は、少なからず貴重だ。どんな手掛かりを隠し持っているか分からない。逃がしでもしたら、どんな罰が待っているか……。
暖凛花は手で口を覆い、小さく欠伸をした。
眠い。昨日は仕事が長引き、睡眠時間が減ったのだから仕方ないだろう。できるなら今からでも寝たいところだ。だが、勿論そうも行かない。
そうだ、モーニングコーヒーでも飲もう。多少目が覚めるかもしれない。ちょうど良い豆が手に入ったところだ。
「暖凛花様!」
暖凛花は、白衣を来た研究員に呼び止められた。
「すいません。研究長が呼んでいるので、研究室へ来ていただけますか?」
「はぁ……もう……」
こんな時に呼ばなくても良いと思う。いや、朝食時と言うことは、新作の美味い昆布が出来て試食会に呼ばれたのかもしれない。稀に呼ばれることがある。
暖凛花は、研究員と共に研究室へ向かうことにした。
研究室に着くと、白衣を着た高野倖明が待っていた。こうして見ると真面目な研究者に見えなくもない。
「朝早くお呼びして、すいませんねぇ……」
高野は、何だか眠そうな目をしていた。よく見れば隈もある。
夜型の高野が朝早く起きているので、珍しく思っていたが、どうやら徹夜だったらしい。
「それで、用は何なの?」
用が昆布ではないとは確かだろう。
「コレができたのでねぇ。ちょっと見ていただきたくて」
高野は、白衣の大きいポケットから、紐付きの筒を取り出した。
筒は手のひらサイズで、紐は首から下げられる長さだ。
暖凛花は、どこかで見た事があると思った。確か、吹き何とかと言う武器だったはずだ。
「吹き矢?」
パッと出た武器名を言ってみる。
「いえ、吹き針です」
すぐに訂正されてしまった。
言われてみれば、そのサイズの筒では矢は入らない。我ながら馬鹿な答えを言ったものだ。寝ぼけているのだろうか。
名の通り吹き針は、息を吹いて針を飛ばす武器なのだが、これがどうしたと言うのだろうか。
「少々お待ちください」
高野は研究員に指示し、白い鼠が一匹入ったゲージを持って来させた。実験用のマウスのようだ。赤い目が気持ち悪い。
高野は筒に吹き針用の針を一本入れると、プッと吹いた。針はプスリとマウスに刺さる。
すると、元気だったマウスの動きが鈍くなった。上手く動けない様だ。
「あら、どうしたの」
「痺れているだけですよ」
「つまり、毒針だったのね。それで、呼んだ理由はこれ?」
「ええ、ただの報告です。よろしければ貸出しますよという」
「断るわ。上手く使えない者に渡せば、どうなるか分からないもの」
「大丈夫だと思いますがねぇ……。では、私専用の武器として使うことにします。ん〜それにしても、眠いですねぇ……。暖凛花様、珈琲でもいかがですか? インスタントですけど」
高野は薬を置いている棚から、珈琲が入った瓶を取り出した。
「遠慮しておくわ。薬品が混入していそうだもの」
それに、飲むならちゃんと挽いた珈琲の方が良い。
「そうですかぁ? いつも普通に飲んでいますけど」
高野は古びた白いマグカップに適量の粉を入れ、沸かしていた熱い湯を注ぐ。安っぽい珈琲の香りが研究室に漂った。
ピピピピッ……ピピピピッ……。セットしていた目覚まし時計が鳴る。
ああ、もう朝か。起きないと。
藍川陽向は重い目蓋を開け、手を伸ばし、枕元の時計を止めた。
「まだ寝ときてぇ……」
だが、そうもいかない。眠い気持ちを跳ね退け、布団から出る。
部屋を出て下の階の洗面所に行き、冷たい水で顔を洗うと多少は目が覚めた。そして、寝癖のついたボサボサの髪を適当にとかした。もともと少し癖のある髪なので、別に良いだろう。それにどうせ、トレーニング後にシャワーを浴びるのだから、その時直せば良い。
トレーニング前に何か食べようと冷蔵庫を開けた。軽く食べられるものを探す。すると、何だか料理意欲が湧いてきた。
「たまには作るか」
突然湧いてきた謎のやる気。そのやる気を使って、陽向は朝食作り兼弁当作りを始めた。
「──よし、完成♪」
朝食はトーストにオムレツ。ハーブ入りサラダ、オニオンスープ。
弁当は咲楽が弁当用に取っていた昨日の残りと、定番のミートボールにウインナー。彩りにプチトマト。
「久々に作ったけど、なかなかのでき!」
自画自賛する。
「おぁっ、トレーニング………!」
慌てて時計を見た。トレーニングする時間はまだある。ホッとしたが、不思議に思う。
「もう姉ちゃん起きてるはずなのに、降りて来ないなんて……。珍しく寝坊か? あー……昨日のウンディーネの事件で疲れたのかもな。 しゃあね、起こしに行くか〜」
陽向は咲楽の部屋へ向かった。
如月高校、二年二組の教室。席順はまだ出席番号順の状態だ。
廊下側、一番前の咲楽に対し、海星は窓側の一番後ろの席。本来はもっと咲楽に近い席なのだが、転入してきた為、この席なのだ。
誰もいない朝の教室。特にすることが無く、希崎海星は自分の席に座わり、今日の英語の授業でやる小テストの予習をしていた。
しかし、ある事が気になり、思うように単語が頭に入らない。ある事とは藍川姉弟のことだ。
何故か二人は朝のトレーニングには来なかった。それだけなら特に気にはしなかっただろう。咲楽と一緒に登校しようと思い、藍川家のインターホンを押すと、全く反応が無かったのだ。
陽向は部活の為、一足先に学校に行っているのは分かる。咲楽はどうしたのか。
別に咲楽と一緒に登校する約束はしていない。ただ何となく一緒に登校していただけだったので、もしかしたら先に行ったのかと思い、学校に来てみると誰もいなかった。
用事などなら別に良い。幻獣やアラン派関係ではないか心配なのだ。ターゲットにされた今、気を付けなければいけないのだから……。
「あれぇ? 希崎君だ。おはよぉ」
咲楽の友達、大沢華夢がやって来た。華夢はその大きい目で咲楽をキョロキョロと捜す。いないと分かると、咲楽はぁ
? と言わんばかりにこちらを見てきた。
そんな風に聞かれても困る。こっちだって知らない。むしろ教えて欲しいくらいなんだ。
「咲楽は、まだ来てない」
「めっずらしぃ〜! 大丈夫かなぁ?」
華夢は携帯電話を取り出し、咲楽に掛けた。
その手があったか。しかし、電話番号すら知らないのだから、思い付いたところで意味はないのだが。そもそも、それ以前に──。
「──出ない。どうしたのかなぁ?」
期待した手が駄目だった。ここまで連絡がつかないとは、さらに心配になってきた。
「LINE送っとこぉ」
華夢は画面を指で撫でる。
携帯電話も進化したものだ。今は、スマートフォンといったか。
「よしっ。咲楽、早くL●NE見てくれないかなぁ」
「……──」
──ラ●ンって何だ?
「おはようさぁん」
だいぶ生徒が教室に集まってきた頃、元良和稀と山部千夏がやって来た。その後ろに人影が一つ。クラスの女子達がざわつく。
「さ、入りぃ」
「どうも」
ペコリと頭を下げて教室に入ってきたのは、陽向だった。湿った髪は先程まで部活をしていたことを物語る。
陽向は海星を見付けると、女子達を避けて海星の側まで行った。
「おはよう、海星。朝行けなくて悪かったな」
笑顔の陽向を見る限り、咲楽がいないのは幻獣やアラン派関係ではなさそうだ。内心ホッとする。
「咲楽はどうしたんだ?」
陽向は苦笑する。
「あ~姉ちゃん風邪引いたんだよね……」
「「「風邪!?」」」
近くにいた華夢と和稀も一緒に驚いた。
「うん、だから朝バタバタして行けなかったんだよ」
海星は納得した。ウンディーネのせいだろう。
「あのぉ……!」
突然華夢が声を上げた。一体なんだというのか。
「えと……。海星君と陽向君はいつの間に親しくなったの? それに、海星君って初日から咲楽とも親しかったよね? なんでなの?」
前から思っていた疑問らしく、この機を逃すまいと、華夢は勢い良く聞いた。
そういえば、咲楽達と自分が幼い頃会っていたこと、家が近いことなど、和稀と千夏に言ってなかった。聞いてきたと言うことは、華夢も咲楽から何も聞いていないようだ。
海星は三人に簡単な説明した。これを聞いて、一番反応したのは華夢だった。
「そうだったんだ! あたし、てっきり一目惚れして付き合っているんだと……」
「は……?」
海星と陽向はポカーンと口を開けた。まさか、その様に思われていたとは思っていなかった。
「だってぇ、毎日一緒に登下校してるから……ねぇ?」
華夢は視線を和稀と千夏に送る。華夢の視線をキャッチした二人は小さく頷いた。
「酷い勘違いだな……」
毎日と華夢は言ったが、俺は現在、如月高校に来てまだ四日目で、咲楽と登下校したのは三日間だけだ。だから、毎日と言う程ではない。それにしても、親しくしていたから、一緒に登下校していたからという理由だけで、どうやったらそんな勘違いが生まれるのだろう。
ふと海星は、陽向を一目見ようと覗く女子達に目をやる。
ああ……なるほど。
どうやら、咲楽、陽向、自分は、思っている以上に周囲の目を集めるようだ。咲楽と自分が普通だったら、こんな勘違いをされることは無かったのかもしれない。つくづく面倒な容姿だ。
「付き合っていないからな?」
もう説明済みなので、誤解だと理解して貰えただろうが、一応釘を指しておく。
やった、と誰かが言った。
「ちなみに、咲楽は彼女候補としてどうなん?」
和稀が聞く。
「どうって……」
盗み聞きされているこの状況で聞かないでほしい。気付けよ。わざとか? サービスなのか?
心なしか、女子達が近付いてきている。そんなじりじりと近付いてこないでくれ。頼む。
和稀、あからさまにワクワクしないでくれ。大沢もそんな期待した目をするな。
「全く何も考えてない」
そう答えると、微妙な反応をされた。
だが俺は、彼女を作るつもりは一切ないんだ。
咲楽はベッドの上で目を冷ました。時計の短針は九時を指している。ちょうど一時間目の授業をしている時間帯だ。
一時間目は英語だっけ……。テスト勉強したのに、無駄になっちゃったなぁ。
咲楽は体を起こした。頭が重い。手を額に置くと伝わる熱さ。まだ熱が下がっていないらしい。
朝、やけにダルいと思ったが、まさか熱があるとは思っていなかった。
このくらい大丈夫だと言ったが、陽向に止められ学校を休む事になった。
「あれ?」
勉強机に置いてある、携帯電話が光っていた。
咲楽は、枕元のスポーツドリンクを飲んでから布団から出る。
携帯電話を取って確認すると、着信とLI●Eが一件ずつ来ていた。相手は華夢で、陽向から聞いたらしく、自分を心配する内容だった。
大丈夫だと送っておく。
ベッドに戻ろうとした時、コンパクトサイズの折り畳み式テーブルに置かれたゼリーが目に留まる。陽向が用意してくれた物だ。
『食欲が無い?ならこれ食えよ。何も食わないよりマシだろ?』
そう言って、置いて行った。
「せっかく用意してくれたし……。それに、食べなかったら、ちゃんと食っとけよ! とか言われそう」
咲楽は、朝食としてフルーツがたっぷり入ったゼリーを食べることにした。
食欲がなくても、スッキリと食べることができた。
放課後。海星は和樹、千夏と一緒に下校するところだった。とは言っても、和樹と千夏の家は逆方向なので、校門までなのだが。
「なあなあ、帰りどっか寄らへん? ゲーセンとかマクドとかさ~」
「マクド?」
「マクド●ルドのことや。こっちでいうマック。関西ではマクドって言うねん」
「へぇー……」
短縮するとそう言うのか。
「俺はマックが良い。海星は?」
千夏の問いに海星は戸惑う。
「その……マック? はファストフードの店だよな?」
確か……。
「そやけど? なんやねん、ファストフードの店って! 普通、ハンバーガーの店って言わん? おもろいなぁ〜」
「はは……」
そうだった。ハンバーガーを売ってる店だった。一、二回食べに行ったこともあるし、CMでも見たじゃないか。
「俺も行く」
特に今日は用事が無い。それに、森泉学園では寮(自宅)も学園内なので無かった、寄り道というものを経験したい。
「よっしゃ! 決まりやな」
「何がぁ?」
華夢がひょっこり現れた。
「おおっ、華夢。皆でマクド行くねん。華夢も来るか?」
「えっ、マクドぉ?」
「マク●ナルドのことや」
「ああー。ん~どうしよっかなぁ……」
和樹に誘われ、華夢は悩む。
「来いよ、大沢」
そんな華夢を千夏が一押しした。
「……うん! 行くっ!」
、華夢は笑顔で答えた。
靴箱に着き、靴を履き替えようとした時。海星は、靴箱に封筒が入っている事に気付いた。
なんだコレは……手紙?
春色の封筒を手に取って見ると、可愛らしい文字で「希崎君へ」と書かれていた。自分宛の手紙らしい。
差出人は知らない女子の名前。
「なんや、ラブレター貰たん?」
和樹がニヤニヤしながら聞く。
「これが、ラブレター?」
「おう。明らかラブレターやん?」
和樹に言われ、手紙を引っくり返すと、ハートのシールが貼ってあった。
「ほらぁ~。千夏もそう思うやろ?」
「ああ。つか、まだラブレター文化あるんだな。ちなみに女子意見は?」
「ラブレターでしょ~」
女子代表、華夢が答える。これで全員意見一致、ラブレターと断定した。
「へぇ……初めて貰った」
そう言うと、和樹と華夢が驚きの声を上げた。千夏も静かに驚いている。
「嘘ぉ!? 海星君ならドサドサ貰っても不思議じゃないでしょう!?」
「なんだ、その勝手なイメージは……!」
ラブレターを見るのだって初めてなのに、どうしてそのようなイメージを持たれたのか疑問だ。
「千夏ですら何通か貰っとるのに!」
「和稀ィ?」
掛けている眼鏡の奥にある千夏の目が怖い。
「山部君ですら、って山部君はモテるでしょう?」
華夢は女子意見を言う。
「はぁ? モテん、モテん」
それがスイッチになったのか、千夏は真顔で和樹の頭を掴んだ。
「お前なぁ……」
「痛い、痛い。なんや、自分はモテてる方やって言いたかったん!?」
「そうじゃない。なんかイラッとした」
「なんやそれっ!」
二人がじゃれあうのを、海星と華夢は見ていた。
俺達は靴箱で何騒いでるんだ……。
「おーい、何騒いでるんだよ」
海星の心を読んだかの様に、現れた陽向が言う。
陽向はクラブTシャツを着ていた。どうやら部活前のようだ。
「和稀が千夏の逆燐に触れたんだ」
「そりゃ大変」
陽向はププッと笑った。
「なぁ、海星。ちょっとこっち来てくれよ」
陽向は海星に手招きをした。周りに聞かれたくない話があるのだろうか。
海星は陽向の側へ行く。
「海星さ、今日暇?」
追先ほどまでなら暇っだった。
「ちょっと寄り道する。なんで?」
「姉ちゃんの様子見て欲しくて……。寄り道後でも良いからさ、様子見てきてくれよ。俺が帰るより早いだろ?」
「別に良いが、咲楽は大丈夫だろ?」
もう高二だし、咲楽はしっかりしていると思うのだが……。単に陽向が心配性なのだろうか。
「大丈夫だから心配なんだよな~」
海星は首を傾げた。
どういうことだろう。
「とにかく、ヨロシク。姉ちゃんが寝てたらこれ使って。じゃ!」
そう言って、陽向は海星の手を握り、ある物を渡し、風のように走り去った。
海星は手を開き、陽向に渡された物を確認する。渡されたのは、バスケットボールのキーホルダーが付いた鍵。
おそらく、藍川家の鍵だろう。
幼なじみとは言え、仲間と言え、俺を信用しすぎだと思う。
もし、俺が幻獣だったらどうする。
無用心だと改めて思った。
海星に家の鍵を渡した陽向は、部室でバスケットシューズに履き替え、水筒とタオルを持ち、猛ダッシュで体育館に向かっていた。
もうすぐで部活が始まる。間に合うだろうか。
「整列──!」
部長の声が聞こえた。部活が始まる合図だ。
やべぇ!!
体育館の扉に辿り着いた。
「気を付け──!」
陽向は重い扉を勢いよくスライドさせた。中に入ると、女子バレー部の使うコートを抜け、二つの部活のコートを仕切る網カーテンを下から潜り、整列している部員の隙間に割り込んだ。
「礼──!」
号令と共に礼をする。
「ま、間に合った……」
陽向はホッとし、顔を上げると、バチっと部長と目が合った。
「陽向♪」
男子バスケットボール部長、梅原匡介が笑う。
冷や汗が、たらりと頬を伝った。
海星、和稀、千夏、華夢の四人は、学校近くのファーストフード店に寄った。
何が美味しいのか分からないので、良さそうな物を適当に注文した。和稀達にならいセットで頼む。ハンバーガーにポテトとアイスコーヒーが付いてきた。
「で、ラブレターには何て書いとったん?」
和稀は新作のハンバーガーにかぶり付いた。まあまあやな、と言った表情を浮かべ、もくもくと食べ進める。
「そういえば、まだ読んでない」
海星は、鞄から忘れかけていた封筒を出した。ハートのシールを剥がし、中の手紙を取り出す。
興味がないので、サックっと読んだ。普通なら初めてのラブレター、一文字一文字、じっくり読むのだろう。
手紙の内容は、俺に一目惚れしたというものだった。
海星は手紙をテーブルに置いた。
正直、反応に困る。友達になって欲しいと言われても、俺は差出人の事を知らない。
如月高校に転入して日が浅いため、まだ自分の学年にどういう名のどんな人物がいるか知らないのだ。
「あー、この子かぁ」
海星がテーブルに置いていた封筒を見て、華夢が言う。
「誰や?」
「ほらっ。この子、この子」
華夢は封筒を取り、和稀に回した。
「ああーっ、こいつか!」
「誰だって?」
千夏は和稀から封筒を取る。見た途端、千夏は微妙な顔をした。そんな千夏を見て、和稀はニヤけた。
よく分からないが、三人の様子からして、あまり良くない子らしい。
「海星、こいつは告白魔で有名な女子だ。少しでも気になった男子、噂の男子には、こうして手紙を出す。まあ、む──」
「その被害者の一人が千夏なんやで!」
和稀は千夏が話している最中に割り込んだ。千夏は黙れと言わんばかりに、和稀の口にポテトを数本入れた。和稀はモゴモゴと突っ込まれたポテトを食べる。
「まあ……無視しとくと良いぞ」
「わ……分かった」
経験者のいうことは素直に聞いておこう。
海星は、ハンバーガーの包みを開けた。少し遠慮気味に一口。
「ん、うまい」
そうだ。こんな味だった。ちょっと体に悪そうな、油と塩味が強いこの味。
それでも……。
海星はもう一口、大きくかぶりついた。
久しぶりに食べたハンバーガーは、皆で食べたせいなのか、とても美味しく感じた。
父の部屋の戸を叩いた。いつものように、中から低い返事が返ってきた。
ドアノブを回して、中に入る。
父は読んでいた本を閉じ、オフィスチェアに座ったまま、こちらに体を向けた。
『ごめんなさい。仕事中だった?』
『いいや。本を読んでいただけだよ』
父は、優しい笑顔で微笑えんでくれる。
でも、分かってる。その持っている本は、仕事のために読んでいたってことくらい。
『ケーキが焼けたんだ。皆で食べようよ』
『ああ、どおりで良いにおいがするわけだ。片付けたら行くよ』
『分かった!』
先にリビングへ戻ると、匂いを嗅ぎつけた陽向が切ったシフォンケーキをテーブルに運んでいた。
『父さんは?』
『すぐ来るって』
シフォンケーキを分け終わる頃、父がやってきた。
『お~っ。綺麗に焼けてるな!』
父は椅子に座った。
『でしょ?』
私も父の隣に座る。
『咲楽が一人で作ったのよ』
母が淹れたての紅茶が入ったポットを持って来た。
『違うよ? 母さんに手伝ってもらった』
『いや、さすが咲楽だ。きっと、もう一人で焼けるよ』
『ほんと。すぐ私より美味しく焼くようになるわ』
『そうかな~。へへっ』
照れくさくって、笑ってしまう。
『俺だって、もう焼ける!』
陽向が張り合ってきた。悔しいのだろう。
『陽向は……まだまだ咲楽には勝てないわよ』
『かっ……勝てるし! あと数年後には!』
『ははっ。陽向はそれより、泣き虫を直さないとな!』
『だね!』
『う゛っ……』
陽向の目に涙が滲む。
『さぁさぁ、もう食べましょう』
『そうだね』
話を変えて、どうにか陽向が泣くのを阻止する。
母はティーカップに紅茶を注ぎ、それぞれの席に運んだ。
早速、紅茶の香りを嗅ぐ。香りが強い。
『ウバ?』
『正解! よく分かりました』
『やった!』
『俺だって、飲めば分かるよ!』
と、陽向は言う。
『ホントかしらね』
母がからかうと、また陽向は泣きそうになりながら、分かると主張した。
そして、家族皆でワイワイとケーキを食べ、紅茶を飲む。笑みが溢れ、会話が弾む。家族団欒の時が緩やかに流れた。
これは、数年前の夢。もう二度と会えない両親と過ごした過去の夢──。
海星は、一度家に帰り、着替えてから藍川家へ来た。
どうか起きていてくれよ……。
そう願いながらインターホンを押した。
「…………」
返事が無い。嫌な予感がする。
もう一度インターホンを押す。
「…………」
このまま立ち尽くしているわけにも行かない。
海星は溜め息をつき、ポケットから鍵を取り出す。陽向から預かった、藍川家の鍵だ。
まさか本当に使うとは……。
海星は鍵を使い、ドアを開けた。
「お邪魔します……」
そろりと家に上がる。
咲楽は、本当に起きていないのだろうか。
「咲楽ーっ!」
自分の声の余韻が残り、すぐにシンとした空気に落ち着く。
やはり返事がない。寝ているようだ。
家に上がったは良いが、これからどうすれば良いのだろう。陽向には様子を見てとしか言われていない。
しばらく考え、ひとまず、咲楽のいる部屋を探すことにした。
様子を見るも何も、咲楽に会わねばならない。
「咲楽の部屋……」
陽向に咲楽の部屋の場所を聞いておくんだった、と後悔する。
海星はまず、二階へ続く階段を登った。自分の部屋も二階にあるので、もしや、と思ったのだ。
階段を上がると、幾つかドアがあった。その中に、二つ並んでいるドアがある。恐らく、どちらかが咲楽の部屋、どちらかが陽向の部屋だろう。
まず、左側のドアをノックした。返事はない。
海星はドアをソッと開け、中を確認し、すぐに閉めた。
明らかに陽向の部屋だった。と言う事は、右側が咲楽の部屋だろう。
海星はドアをノックした。こちらも返事がない。寝ているのか、部屋が違うのか。どちらにせよ、確認しなければ何も始まらない。
海星はドアを開けた。
「……!」
ベッドで咲楽が寝ているのを確認した。この部屋が咲楽の部屋らしい。飾られたぬいぐるみ、ピンクのクッション。部屋の所々に女の子っぽさが撒き散っている。
海星は音を立てぬようにドアを閉め、咲楽に近付く。咲楽はぐっすりと寝ていた。顔は少し赤みを帯びている。まだ熱は下がっていないらしい。
で……俺はどうすれば良い。
招かれてもいないのに家に上がり、寝ている女の子の部屋に無断で入った。
泥棒か、強盗か、変態か、俺は!
海星は深く溜め息をついた。咲楽が起きるまで待つしかない。
海星は目に入った本棚から、本を一冊借りることにした。
本棚には主に文庫本、少女漫画そして、本棚全体の半分を占める、幻獣に関する本が納められていた。
咲楽は本を読んで、幻獣について学んでいるのだろうか。
海星は、適当に幻獣の本を一冊手に取った。
簡単に目を通すが、知っている事ばかりだった。敢えて言うならば、付いているイラストに文句を言いたくなった。
例えば、先日まで家に住み着いていたコブリン。実際はイラストより醜い姿をしている。
実際に見たことがない一般人が描くのだから、仕方無いのだが、見たことある側からとしては、納得がいかない気持ちもある。
しかし、幻獣は人の想像によって生まれた、架空の生物。作った【人】がどう描いても文句は言えない。
「──海星っ!??」
咲楽が目を覚ましたらしい。
咲楽は夢から覚めた。とても懐かしい夢だった。
母さんが淹れた紅茶、もう一度飲みたいな……。
咲楽は体を起こした。寝ぼけた脳が人影を一つ認識する。
「──海星っ!??」
思わず声を上げる。
え、え、え!? なんでいるの!? 呼んだ? 私、海星を家に呼んだっけ!? いやいや、呼んでないよね!?? じゃあ、なんで海星がいるの!? 幻覚!? ついに脳までやられちゃった!?
「落ち着け、咲楽」
咲楽は熱のせいもあり、少々パニック状態だ。口をパクパク動かしている。顔も真っ赤だ。慌てすぎて、現在進行形で熱が上がっているのだろう。
「ちゃんと説明する! だから落ち着け! 熱が上がるぞ!?」
咲楽はハッとし、気持ちを抑える。今自分は風邪をひいて、熱があるのだ。
「とりあえず、これは返す」
海星はポケットから鍵を出し、咲楽に渡した。
バスケットボールのキーホルダー……。
「陽向の鍵? なんで?」
「陽向から、咲楽の様子を見るように頼まれたんだ」
「なんで? 別に平気なのに」
こっちが聞きたい。
「とにかく、家に上がる許可は陽向から貰ったが、勝手に部屋に入って悪かったな」
「ううん、別に。こっちこそ陽向が頼んだとはいえ、迷惑かけたね。──あれ?」
咲楽は海星が、自分の本を持っている事に気付く。
「海星、何読んでたの?」
海星は咲楽に本の表紙を見せた。
「悪い、勝手に借りた」
「そのくらい良いよ」
咲楽は謝ってばかりだなと思った。
「咲楽は、本で幻獣について勉強しているのか? 幻獣の本が沢山あるが……」
海星は本棚に本を戻した。
「うん、今はね。大体のことは両親が教えてくれたんだ。実際に見て、経験した事も合わせて教えてくれたよ」
主に父、夏向は幻獣の特徴や対処の知識。母、咲夜は幻獣の良さを教えてくれた。
「本は、それでも知らないことも書いてあるし。これでも、幻獣使いだもの。日々、新しい幻獣は生まれる。だから、存在する幻獣を一体でも多く知りたいよね」
「そうだな」
本棚にある幻獣の本は、両親から貰ったり、自分で買ったりしたものだ。
ちなみに、一階の夏向と咲夜の部屋にも沢山の本がある。
「海星は? やっぱり施設の先生が教えてくれたの?」
施設の教え方には興味があるので聞いてみる。
「学園に行ってからはな。授業で幻獣を説明するとき、誰かがその幻獣を持っていたら、実際に幻獣に会って、能力を見せてもらったりしたな」
咲楽も、夏向と咲夜が従えていた幻獣は見せてもらったが、きっと海星が施設で見た幻獣の数の方が圧倒的に多いのだろう。
「良いね。他に学園独特の授業とかは?」
「中学生になると毎年キャンプがある」
「キャンプ?」
「キャンプと言うか、サバイバルと言うか……実践練習」
咲楽が首を傾げるので、海星は続けて説明する。
「四人一組で二泊三日、サバイバル生活するんだ。先生達が不意をついて幻獣を出してくるから、俺らは対処する。もちろん、殺さないように。実践を兼ねたサバイバルキャンプだ」
「へぇ~。面白そう!」
そう言うと、海星は悲しい顔をした。
「面白いけど、危ない行事なんだ。怪我をする場合もある」
「そうなの?」
誰か、または海星が、大きな怪我でもしたのだろうか。聞いている限りは楽しそうだが、大変な行事らしい。
「ラストー!」
男子バスケ部マネージャー、中原麗那が声を張る。
よし、ラストか。
陽向はスピードを上げ、体育の壁にタッチし、折り返す。
あの時、部長と目が合わなければ、こうして走ることは無かった――。
ギリギリで部活に来た陽向は、匡介に呼び出された。
『陽向、ギリギリアウト!』
『いやいや、ギリギリセーフですよ!?』
陽向は反論した。
『と言うことで、バツゲームな♪ 今日の練習メニューにドリブルシュートあるから、部員全員一回打って外した数、体育館往復で走れ』
匡介は陽向の反論を受け流して言う。
男子バスケットボール部の部員は計二十七名。ドリブルシュートで外した数は十三。……絶対先輩達はわざと外した。なので、陽向は十三往復走ることになった。
今日はハーフコートなので、長い縦ではなく、短い横を往復するため楽な方だったが、十三往復は疲れた。日頃鍛えていても疲労は溜まるものだ。
走り終えた陽向に麗那が近付く。
「遅れて来なきゃ、こんな事にはならなかったんだからね?」
麗那は陽向の水筒とタオルを渡す。
「分かってるよ……。でも用事あったし仕方ねぇじゃん?」
陽向は受け取り、水分を摂る。
「連絡しなかった、藍川が悪い!」
「まあ……」
そうだけど、バツゲームはひでぇよ。
陽向は水筒とタオルをステージに置いた。今日はステージ側のコートなので、邪魔にならぬよう、荷物はステージに置くのだ。
「さーて、練習に戻るか」
「ちょっと待ったぁぁ!」
コートに足を踏み入れたその時、麗那にTシャツを引っ張られて止められた。
「今すぐブレスレット外して! 怪我をする可能性があるから、部活中は絶対に外すように言ったよね?」
「ごっ、ごめんなさい」
思わず敬語になる。注意は二度目だ。
幻獣使いにとって、幻石を常に着けておくのは当たり前なこと。割れれば中の幻獣は死んでしまう。命を預かっている以上、外すなんて有り得ない。
「あと、校則上アクセサリーは禁止だからね? 次付けてたら没収するから!」
あー……中原って風紀委員だった気がする。没収は困る、気を付けよう。
陽向は渋々、幻石を外す。
皆、悪ぃ。
落ちないか少々不安だが、ズボンのポケットに幻石を入れた。
コートに戻ると部達は、四分の一コートで一対一をしていた。
一人が攻め(オフェンス)、もう一人が守り(ディフェンス)。オフェンスはシュートを入れ、ディフェンスはボールを奪うのが目標だ。
オフェンスが終ったらディフェンス。ディフェンスが終わったら列の最後に並ぶ。これを繰り返す。
陽向は最後尾に並んだ。後ろ姿から前にいるのが西内順平だと分かる。
「陽向、オツカレ」
西内が振り向いて言う。そんな、棒読みで言われても。
こいつ……俺がバツゲームしてるところ、絶対に見て楽しんでたな。
「お疲れ♪ はいっ、ボール」
陽向は、放られたボールを受け取った。そして、匡介が後ろに並ぶ。
あなたがバツゲームなんて言わなければ、俺はこんなことせずに済んだんですよ!?
とは、口から出さないでおく。言えばどうなることやら。
「良い運動になりました!」
代わりにそう言った。
「ん? もう一本やりたいって?」
だが、見事に言い返された。
この人には逆らえないと思う。
「ところで、何で遅れたのさ?」
西内が聞いてきた。
「姉ちゃんが風邪引いてさ」
ドン、ドン、ドン……。
そう言った瞬間、バスケットボールが弾む音が体育館中に響いた。一対一で、ボールを持っていた先輩がボールを落としたのだ。そして、先輩達の視線は陽向に集まる。
え、何でこんな空気に?
陽向と一年生はそう思った。
陽向の肩に匡介の手が、ガシッと乗る。陽向は肩を跳ね上げた。
「陽向ぁ……今、何て言った?」
匡介の目が怖い。この怖さなら、お化け屋敷の目玉役者になれるだろう。
「姉ちゃんが風邪引いたって言いました……」
「藍川さんが風邪をひいた?」
さっきから、そう言ってるだろッ。
陽向は静かに頷く。
「「「ぬぅあんだってぇぇ!!??」」」
すると、聞いていた先輩達が、凄い勢いで陽向の回りに集まってきた。
「うわああっ!?」
「ひぃぃっ!?」
陽向と、近くにいた西内は囲まれる。
ナニコレ。怖ぇ。
「藍川さんは大丈夫なのか!?」
「だっ、大丈夫です」
「おーい。匡介?」
異変に気付き、もう半分のコートを使っていた部員と麗那も集まってくる。
さらに来た──っ!!? 怖い怖い! 怖いって!
目を見開いた筋肉質の男達に囲まれ、質問攻め。相当圧力を感じる。女子に囲まれるとは大違いだ。
「お前の姉ちゃん何モン!??」
耐えかねたように西内が聞いてくる。
そんな助けを求めるような目で見ないでくれ。
「藍川咲楽さんを知らないのか!?」
陽向に代わり、先輩の一人が応える。
「藍川さんは、キレイで可愛い人だよ。長い薄茶の髪は美しく、青い瞳はまるでサファイア。知的な不思議ちゃん」
なら俺の目もサファイアですか? つか、姉ちゃん人気者だな。不思議ちゃんってのは違うけど。仕方ないか。幻獣使いだし。俺も不思議君らしいし。
「へぇー。先輩方がそんなに言うなら会ってみたいです。陽向ぁ、今度の練習試合の応援に、お姉さん呼べよ」
「別に呼ばなくても学校で会える……だ……ろ…………」
先輩方、何ですか。その期待の視線は!
この後、陽向は咲楽を呼ぶ約束をさせられるのであった──。
窓の外が暗くなってきた。海星が部屋の電気を付け、カーテンを閉めてくれる。
「ところで咲楽、何か食べたのか?」
「えっ? うん。朝、ゼリーを食べた」
現在五時なので、ゼリーは八時間前に食べたことになる。
「朝か。随分前だな。何か食べるか?」
「うん、そうだね」
お腹は空いているが、あまり食べる気分にはならない。お粥でも作るとしよう。
咲楽は布団から出た。
「多分、ご飯残ってるはず……」
「──おい」
パシッと、海星に手首を掴まれ、部屋から出るのを止められた。
「何?」
「何、じゃないだろ。咲楽は寝とけ」
咲楽は首を傾げた。
「大丈夫だよ? ご飯くらい作れるから」
「何が大丈夫だ……」
海星は、手から伝わる咲楽の熱を感じていた。
「まだ熱があるんだから寝とけ。俺が作る」
「へっ?」
海星は立ち上がった。
「えっ、いいよ。自分で作れるから」
様子を見に来てくれただけで有難いことなのに、迷惑かけられない。
「はぁ……なるほど……。陽向が言ってたこと、理解した。咲楽、とりあえずベッドに戻れ」
「えっ? え?」
肩を押され、半ば強制的にベッドの方へ歩かされた。そして、ベッドを前にくるっと半回転。そのままベッドに座らされる。
「海星?」
肩に立ち上がらせないように海星の手が乗っている。それだけで、距離感が異様に近く感じてしまう。
咲楽は肩をすぼめ、見下ろす深緑の瞳から目を逸した。
「咲楽」
名前を呼ばれ、海星を見直す。
「俺がいるんだから、こういうときは頼れよ」
軽く頭を撫でられた。
「キッチン借りるぞ」
海星は部屋から出て行った。
「…………」
咲楽は、自分の頭に手を置いて俯いた。
台所に来た海星は、手を洗って早速準備に取り掛かった。
具材を探すために冷蔵庫を開ける。中は綺麗に整理されていた。
食材より目に留まったのは弁当箱と、ラップがかかった皿だった。
これは、陽向が朝に作ったと考えるのが無難だろう。
海星は冷蔵庫から必要な食材を取った。
「さて、始めるか」
海星は粥を作り始めた。
静かに横になっていると、ノックの音が聞こえた。
返事をすると、お盆を持った海星が入って来た。お盆には小さな土鍋が乗っている。
「お粥で良かったか?」
「うん、ありがとう」
咲楽は体を起した。
海星はお盆を咲楽に渡す。咲楽はお盆を受け取って太股の上に置いた。
ベッドで食べるのは行儀が悪いと思ったが、海星がベッドに腰掛けてきたのでこのまま食べることにした。
「いただきます」
「召し上がれ」
蓋を開けると、フワッと良い香りが立ち込めた。
黄色い粥に梅干しと葱が散らしてある、美味しそうな卵粥だ。
咲楽は添えてあった蓮華を使い、粥を掬う。できたて熱々なので、息をかけ、少し冷ましてから頂く。
「美味しい!」
「本当か?」
咲楽は頷いた。
海星は料理ができると思っていたが、ここまで上手いとは思っていなかった。
粥でこの美味さだ。他の料理を作らせたら、もっと凄いのだろう。
咲楽は梅干しを潰し、粥と一緒に口へ運ぶ。梅干しの酸味がアクセントになり、とても合う。
「……何で卵粥に梅干し?」
咲楽は、ふと浮かんだ小さな疑問を海星にぶつけた。
「特に理由は無いが、強いて言うなら、卵は栄養豊富で消化が良いし、梅干しは解熱作用があるから」
何故そんな事まで知っている。 せっかくなので、それも聞いてみた。
「皆っ──……学園の先生が言ってたのを覚えていただ」
覚えていただけなんて、随分と簡単に言う。
咲楽は粥を平らげると、手を合わせ、海星にごちそうさまと言った。
「美味しかった~!」
「そうか、作った甲斐があったな。最近は食べるのが自分だけだからって、結構適当に済ませてしまうんだが、やっぱり誰かが食べてくれると思って作るのは、何か違うな。作りごたえがあるって言うのか?」
そっか。私には陽向がいるけど、海星は一人なんだ。今までは施設の皆がいたのに、最近一人になったんだ。急に一人で過ごすことになって、寂しいよね……──よし。
「誰かが食べてくれるって思うと、張り切って作っちゃうよね! 皆で食べると楽しいし、この前一緒に食べたときも楽しかった♪ そうだ、また一緒に食べようよ。私、何か美味しい物作るから」
海星は目を大きく開けた。わざとらしく見えただろうか。咲楽は内心冷や冷やしたが、海星は笑った。
「じゃあ、俺も何か作る。その時は食べに来てくれ」
「うん!」
上手く誘えたかな? 時々でも良い。ご飯くらいは一緒に食べよう。これで少しは海星の寂しい思いが減るはず。それに、もっと三人で仲良く過ごせるようになるはずだよね。
「ところで、少しは熱下がったか?」
「まだ計ってないからわからないけど、少しは下がったと思う」
「どれ」
海星は体を乗り出して咲楽に近付き、咲楽の額に手を置いた。
「……まだ熱いな。もう少し寝ていた方が良い」
「……うん」
何だろう。今、熱が上がった気がする。
咲楽は手でパタパタと顔を扇いだ。
「咲楽、お前冷えピタとか張らないのか?」
海星は咲楽の額に触れた時、咲楽が冷えピタすら貼ってない事に気付いた。
「張る前提に無いの。熱出たのって久々だから」
「氷枕とかは?」
咲楽は首を振った。
壊れて新調しないままだった気がする。
「……保冷剤はあるよな?」
「うん」
怪我した時、患部を冷やすため、保冷剤は一定の量を置いている。
すると、海星は立ち上がり、お盆を持って部屋を出て行った。
数分後。海星は保冷剤を包んだタオルを持って来た。
そして、それを咲楽の首に巻き付けた。
「これで、首の血管が冷やされて熱が下がりやすくなる」
「本当? 気持ちいい」
咲楽は海星にお礼を言った。
男は武器の性能の確認と、暇潰しのために森へやって来た。
日は傾き、森の中は薄暗く、不気味な雰囲気を作り出している。
それが男にとっては程良く心地良い。
今から武器の性能を試すと思うとワクワクする。
そして、運良く【彼】に会えるかもしれないと思うと、さらに気持ちが高ぶり、興奮してしまう。
男は手を出した。手首には黒い石のブレスレット。
「出でよ、骨格だけの死の戦士……スケルトン!」
男はスケルトンを三体出すと、木の上へ身を隠した。そして、懐からおにぎりを出し、食べ始めた。もちろん、中には特製の昆布がたっぷりと入っている。
海星は、棚に置いてあった写真立てを取った。
写っているのは幼い陽向。
「懐かしいな。どう見ても女の子にしか見えないけど」
海星は、出会ったときの陽向を思い出して笑った。
「だよね。泣き虫だったから余計にそう見えちゃって」
「でも、今は随分男らしくなったじゃないか」
「そうかな?」
「きっと、いつも一緒だから、その変化に気付かないんだな」
「そうかもしれない」
多少は改善されたが、私にとってはまだ泣き虫の弟だ。
海星はもう一つあった写真立てを見た。中学生の咲楽と華夢の写真だ。現在長い咲楽の髪は、肩下ぐらいまでの長さで、逆に現在ミディアムヘアの華夢の髪は今より長めで、二つに括っている。
「この時の咲楽の髪はまだ短いな」
「うん。本格的に伸ばし始めたのは中学三年生の夏から」
「へえ。何で伸ばしてるんだ? 戦う時邪魔じゃないのか?」
「正直邪魔だけど、伸ばしてる理由があってね。切らないことにしてるの」
海星が理由を聞こうと口を開きかけたその時、嫌な感覚が二人を襲った。
風邪の寒気じゃない、これは──!
「幻獣!!」
このゾワッとした感じは、森に住み着く幻獣達ではない。それも、一体ではない。
「まずい……近いな」
海星は顔をしかめる。
「海星、行こう!」
咲楽は布団から飛び出る。
そんな咲楽を見て、海星は目を丸くした。海星は慌てて咲楽を止める。
「何!? 早く行かないと!」
「分かってる、俺が行く。さっきも言ったが、咲楽はまだ熱があるんだから寝てろ」
海星は咲楽をに半強制的にベッドに座らせた。
「もう元気だよ! それに、一人じゃ危ない! まだ陽向は学校。学校からじゃ幻獣に気付けない!」
「俺一人で大丈夫だ」
「でも……!」
海星は咲楽の左肩をぐいっと押した。咲楽はベッドに倒れる。
「ほら。簡単に倒れるくらいフラついてる。だから、連れていけない」
「それは……」
咲楽は言葉を飲み込んだ。
海星の押す力が強かったとか、不意打ちだとか、そんなことを言って反論しても、その時点で私は連れていってもらえないだろう。
それでも……。
咲楽は体を起こした。
「 お願い。置いて行かないで……!」
海星の袖をギュッと掴む。
「……? そうもいかないだろ? 悪いが行く」
「分かってる……」
これは、私のわがままだ。
置いていかれるのが怖いなんて。
「……咲楽、こっち見ろ」
「え?」
顔を上げると、目の前に海星の指。そこから強烈なデコピンが発射される。
額に痛みと衝撃が走り、もう一度咲楽は倒れた。
「い"~っ!?」
咲楽は額を押さえる。痛みで、じわっと涙が滲んだ。
「何を不安がってるかは知らないが、不調の奴がいると迷惑だ。任せろ」
デコピンが咲楽の不安を痛みに変えてしまっていた。
「は…………はい……」
咲楽が頷くと、海星は満足そうな笑みを浮かべた。
「片付いたら、そのまま俺は帰るよ。お大事に」
海星はドアを開けた。
「待って!」
海星は手を止めて振り返る。
「また明日……」
「…………」
海星はニコッと笑った。
「ああ」
海星は急ぎ足で部屋から出て行った。
藍川家を出た海星は、己の感覚を信じ、森の中を走っていた。
感覚が強く、鮮明になっていく。この先に幻獣がいると確信する。
近い……!
「黒作大刀!」
海星は黒作大刀を出した。
実戦向きの太刀で、鞘は革を巻き付けてその上に巻黒漆で塗って補強してある。
札は……。
海星は札の枚数を確認をした。ジーパンのポケットに五枚ほど入っている。
やり手じゃなきゃ、十分足りるな。
しかし、幻獣が現れてから時間がかかり過ぎてる。何も起きていなければ良いが。
そんな心配を胸に、目的地へ着いた。着いた場所は海星達がトレーニングをする場所。そこには武装した三体の骸骨が海星を待っていた。
スケルトンは、骸骨が魔法や悪霊の憑依によって疑似生命を与えられたもので、戦闘力は人間より低いが、武装したスケルトンの集団は強敵。スケルトンに疲労はなく、永遠に戦い続ける。バラバラになってもすぐに復活してしまう。そんなスケルトンを倒す方法は、憑依している悪霊を浄化。また、炎で燃やし尽くす。
「なんでスケルトンが……」
だが、三体なら俺一人で片付けられる。また大軍じゃなくて良かった。
「しかし、黒作大刀を出したのは間違いだったな。スケルトンには打撃系の武器の方が効果的なんだが……まあ良いか」
海星は気を引き締め、刀を抜き、スケルトンに向かって走り出した。鞘は邪魔なのでその場に投げ捨てる。
スケルトン達も海星に気付き、剣を構えた。
海星は一番手前にいたスケルトンの腹めがけ刀を振る。肉はないので背骨に当たる。そして、力一杯吹っ飛ばした。武装したスケルトンは重く、近場にぐしゃりと倒れる。
これで、一時的だが一対二になる。この隙に一体でも良いから倒したい。
他の二体のスケルトンは、一斉に海星目掛け、剣を降り下ろした。
海星は地を蹴り、右へ飛ぶ。そして、右にいたスケルトンの膝裏に刀を落とす。スケルトンはガクリとその場に崩れた。
海星は札を貼ろうと、ポケットから素早く一枚出す。だが、貼る暇を与えず、左にいたスケルトンがやって来た。
「ちっ」
海星はスケルトンの剣を刀で受け止めると、手を伸ばし、スケルトンの肋骨に力を込めた札を貼った。
その瞬間、札を通じてスケルトンの魂がボォッと出る。
札の幻石に引っ張られ、魂が骨から離れる。一種の徐霊の様なものだ。
魂を抜かれた骨は、バラバラに崩れ落ちる。
まずは一体。
「……!」
倒れていたスケルトンが海星に剣を向けてきた。海星は身を退こうとした。だが、最初に吹っ飛ばしたスケルトンがいつの間にか背後にいた。海星を切ろうと剣を振り上げている。
「まずい!」
海星は咄嗟に身を屈め、剣を避けた。
倒れていたスケルトンの剣は背後のスケルトンに、背後のスケルトンの剣は倒れていたスケルトンに当たった。互いに骨を幾つか砕く。
何とか当たらずに済んだ。もう少し反応が遅れていれば危なかっただろう。
海星は二体のスケルトンの間から脱出した。
スケルトン達は骨が砕けたため、動きにくそうにしているが、放って置けばすぐに再生してしまう。再生するまでにけりを付けたい。
海星は損傷が少ない、先程背後にいたスケルトンの頭部を吹っ飛ばした。案外脆い。
頭を探すスケルトンの背後に回り込み、札を貼る。スケルトンは魂を抜かれ、崩れ落ちた。
二体目。あと一体。
海星は最後のスケルトンに目をやる。
すでに再生していたスケルトンは、海星に攻撃せず、じっと海星を見ていた。
なんだ……?
海星が不思議がっていると、いきなり動きだし、海星を背にして走り出した。
「おい、待て!」
逃げる気か!?
海星はスケルトンの後を追う。
スケルトンは、大きく立派な一本の木の近くで止まり、くるりと海星の方を向いた。
何なんだ? 今のよく分からない行動には何か理由があるのか……?
海星は疑いつつもスケルトンに近付いた。スケルトンはなんの抵抗もせず、大人しく札を貼られた。
崩れたスケルトンを見て海星は怖くなった。わざとにしか思えないスケルトンの行動。自分がはめられたのだとしたら……?
キィィン……。
「!?」
刀に何かが当たった。刀には微量の液体が付着している。
辺りを見ると、足元に針が落ちていた。ただの針ではない。針の尻に木の塊が付いてる。
海星は、この針に見覚えがあった。
「コレは……吹き針の針? じゃあ、刀の液体はもしかして毒か!? 毒針が飛んできたのか!?」
しかも、俺を狙って……。
コレが飛んできたと言う事は誰かいる。スケルトンを出した幻獣使いが!
海星は周囲を探す。気配はない。そこまで気配を消せる幻獣使いだということか。
「まさか……」
思い当たる人物が脳裏によぎった。
「──!」
フッと針が髪に当たった。
今、全く見えなかった。
海星は冷や汗を拭い、目を閉じた。
黙視が難しい針、さらにこの薄暗さ。見て避けることはできない。
海星は耳を済ませ、感覚を研ぎ澄ませた。小さな気配も殺気も取りこぼせない。
夜風に揺れる葉の音。
妖精達の囁き。
擦れる布音。
深く吸う呼吸音。
海星は目を開き、払うように刀を降った。刀に針が当たる。
「よしっ」
海星は近くにあった骨を拾った。
俺の感覚が正しければ……。
海星は目の前に聳え立つ、大きな木の上を狙って骨を投げた。
パシッと骨を捉えた音がした。
海星は骨を投げた場所を睨む。
「やれやれ……」
すると、黒いフード付きマントを着た男が木から降りて来た。手には海星が投げた骨とおにぎり。
男は残り少ないおにぎりを口に入れた。
「こんなに早く見付かるとは……流石ですねぇ」
海星は目を見開いた。
海星の予測は当たっていた。
悪いな咲楽。こいつが相手だと、無事で帰れる保証がない。
男は被っていたフードを取った。オールバックの黒髪。左まぶたから頬までの傷と、左目の下から右頬までの大きな十字傷。光が無い冷たい目をした男。
見れば見るほど憎しみがこみ上げてくる。
「会うのは二回目ですかねぇ。こんばんは、希崎海星。改めて、アラン派、高野倖明と申します」
高野は笑みを浮かべ、丁寧に御辞儀をした。
海星は黒作大刀を高野に向ける。
「二回目じゃない、三回目だ。お前が七岡を連れ去ったあの日。昨日、学校のプール。そして、今日の三回だ」
高野は関心の声を上げた。
「私が昨日いたことに気付いていましたか。素晴らしい! 流石ですね!」
高野は嬉しそうに拍手した。
「何が目的で来た」
海星は高野を睨む。
「今日は暇潰しですかね。あと、コレの性能を確かめに」
高野は首から下げていた、吹き針の紐を指で摘まみ、プラプラと見せた。
「なかなか難しいものです。風の影響も受けますしねぇ」
「本当にそれだけか」
「えぇ。敢えて挙げるとすれば、貴方の様子を見に来ました。会いたかったですよぉ?」
「俺もだ。お前には聞きたいことがある」
「ほぅ? 何ですか?」
分かっているくせに。わざとらしい素振りなんかしやがって!
「お前……七岡をどうした」
一拍遅れて高野は声を発した。
「七岡? ああ! 七岡ちさですね! ハイハイ、思い出しました!」
いちいちハイなテンションと笑顔が癪に触る。
海星は苛立ちながらも冷静に問いを続ける。
「だから、七岡をどうした」
「私は何も?」
高野は上手く海星の聞きたい質問の答えをかわす。さすがに苛立ちを抑えきれなくなってきた。
「俺は、七岡が無事かどうか聞いている!!」
海星は一番知りたい聞いた。ずっと気になっていたことだ。
「ああ……先日お亡くなりになりましたよ?」
それを聞いた瞬間、頭が真っ白になった。高野が言ったことの意味を理解できない。
「なんだって……」
「ですから、七岡ちさは死んだと言っています」
二回目にしてようやく脳が言葉を理解する。
「きさまぁっ!!」
海星は冷静さを失い、高野に斬りかかった。高野は骨で刀を受け止める。刀と骨がぶつかり、妙な音が鳴った。
「よくも……七岡をっ!」
七岡のことだから、きっと生きていると信じていた。俺が絶対に助けると決めていた。
「言っておきますが、あの時、貴方が七岡ちさを助ける事ができていれば、彼女は死ぬことはなかったのですよ?」
分かっている。俺があの時、助ける事ができていれば……! 何度も何度も後悔した。
「それに、七岡ちさを殺したのは私ではない。我らが主、ヘリオス様です」
海星は沈黙した。
高野はニヤリと笑い、海星を払い飛ばした。
海星は踏ん張り、比較的高野に近い場所で止まる。
「ちなみに、七岡ちさの遺体はグールに処分させました。鳥葬ならぬ幻葬と言ったところでしょうか?」
海星は愕然とした。自分が助けられなかったから、自分があの場にいたから、彼女は残酷な終わりを迎えたのだ。
グールに貪られる、ちさの姿が浮かぶ。
「さて……私からも質問しましょうか。貴方はあの姉弟と一緒にいても良いのですか?」
「っ……」
痛いところを突かれて何も言えない。
「どうせ、あの姉弟は何も知らないのでしょう? 貴方と一緒にいると危険だと」
海星は何も答えない。
「私は質問に答えたのに、貴方は答えない。卑怯ですねぇ。ですが、沈黙はそうだと言っている様なものですから別に良いでしょう」
高野は満足そうに言う。
「さぁて、私はそろそろ帰るとします。外出許可なく出てきてしまいましたから、怖い上司に見つかる前に帰るとしましょう」
高野はフードを深く被った。
「っ……待て!!」
海星は止めようとしたが、高野は素早い動きで吹き針を吹く。
反応が遅れ、針は海星の左太ももに刺さった。一瞬で足が痺れ、海星は膝を着く。
「やはり近距離は命中しやすいですね。ご安心を、ただの痺れ薬ですから。その様子を見ると、薬の量はちょうど良さそうですねぇ」
高野はペンとメモ張を取り出し記録する。
「……くそっ!」
海星は針を抜いた。刀を地に刺し、立ち上がろうとするが、うまく立てない。
「フフ、今の貴方では私に勝てませんよ。では、さようなら希崎海星。次会う時はもっと派手に闘りましょう?」
高野は闇の中へと消えて行った。
「たっだいま~」
陽向が帰ってきたようだ。
体を起こすと、熱が下がっている事に気付いた。ダルさもなく、ほぼ完全に治ったと言えるだろう。
「姉ちゃん、入るよ?」
咲楽が返事をすると、まだ制服姿の陽向が部屋に入って来た。手にはコンビニのビニール袋を持っている。
部活帰りなので仕方無いのだが、若干汗臭い。
「ほい、これ」
陽向はビニール袋を咲楽に渡した。中身を見ると、栄養ドリンクと冷えピタが入っていた。
「何かもう元気そうだけどさ、一応飲んどけば?」
「うん、ありがとう」
咲楽は早速栄養ドリンクの蓋を開け、一口に飲んだ。
薬品の味が口一杯に広がる。不味くはないが、好んで飲むような味ではない。
咲楽は残りを一気に飲み干した。
「そうだ、晩御飯どうする? まだ作ってないんだけど……」
「ああ、自分で作るよ。ちなみに、姉ちゃんの晩御飯はもう決まってる。朝食の残りと弁当な」
弁当まで作っていたのか。学校で食べられなくて悪かったと思う。
「うん、充分」
どんな弁当を作ったのか、期待しておこう。
「ん?」
コンコン、と窓を叩く音が聞こえた。
「なんだ?」
陽向は、カーテンを開ける。窓の外には森に住むフェアリーがいた。窓を開けると、フェアリーは中に入った。
「伝言を預かって来ましたっ」
「誰から?」
咲楽が訪ねると、フェアリーは慌て始めた。相手の名前を聞いていないらしい。それでも頑張って伝えようとする。
「え、えっと、その……く、黒い髪の少年から!」
咲楽と陽向は目をぱちくりさせた。
黒い髪の少年って誰!?
「その黒い髪の少年の伝言って?」
「片付いた、だそうです」
陽向は首を傾げた。
「あ、分かった。黒い髪の少年って海星のことだ。今、外暗いから、髪が青じゃなくて黒に見えたんだよ。伝言は幻獣が片付いた、って意味」
「はあ? 幻獣出たのかよ」
「うん。海星が一人で行ったんだけど、無事みたいだね」
「あのぉ……」
フェアリーは弱々しく声を発した。
「その人、上手く歩けずに座り込んでいましたよ?」
体の痺れが和らいだ頃、海星は何とか家へと辿り着いた。
海星は、まだ痺れる体をその強い意思で動かし、急いで自分の部屋へ行き、机の引き出しを開けた。
海星は、荒れた呼吸を整えると、引き出しの中に閉まってあった一枚の写真を取り出す。
四月の始め、サバイバルキャンプの前に四人で撮った写真。写っているのは、自分とちさ。そして、海星の親友だった人物とちさの親友。
「ごめん……七岡。助けられなかった……!!」
海星はその場に座り込んだ。
どうしょうもない後悔が海星に重くのし掛かる。
「ごめんっ……ごめんな…………聖ッ!」
全部、俺が悪い。俺が学園などに居なければ、あんな悲惨な事は起きなかったんだ。七岡が死ぬことも、なかったはずだ!
『貴方はあの姉弟と一緒にいても良いのですか?』
高野の言葉が蘇る。
分からない。一緒にいて良いのかなんて、分からない。
『あの姉弟は何も知らないのでしょう? 貴方と一緒にいると危険だと』
ああ、知らない。教えられない。確かに俺は危険だ。だが、アラン派に目を付けられた今、あいつらじゃアラン派には敵わない。俺を負かすくらいじゃないと、アラン派には勝てないんだ。
ピンポーン──。
家のチャイムが鳴った。
「……誰だ…………?」
海星は気持ちを落ち着かせると、玄関まで行き、ドアを開けた。そこにいたのは息を切らせた咲楽と陽向だった。
「良かった、無事だった!」
咲楽はペタンと座り込んだ。
病み上がりなのに走ったのか?
何故、必死になってまで来たのだろう。フェアリーからまだ聞いていないのだろうか。
「フェアリーから連絡来たか?」
「来たけどさ、海星が動けずにいるって聞いたんだよ。大丈夫か?」
「ああ」
余計な事を喋るなよ……。
「でも、顔色悪いよ?」
そう言う咲楽こそ、酸欠気味で顔色が悪い。
「大丈夫。ちょっと疲れただけだ」
精神的に。
「本当に?」
咲楽と陽向が真剣な目で見てくる。言い逃れできそうにない。
海星は諦め、毒針の事を話した。今後の相手は高野のらしいので、毒針を使う事は言っておくべきだろう。
「毒って、大丈夫なの!?」
「まぁ、痺れ薬だからな。この通り回復した」
海星は、まだ痺れが残っている足を動かして見せた。
「とにかく、吹き針を使う高野倖明っていう奴が俺らの相手らしい。フードが付いた黒いマントを着ていて、顔に大きな十字傷がある。歳は……五十代。奴は強いから気を付けろ」
咲楽と陽向の表情が曇る。これから本格的に戦いが始まると分かって不安なのだ。
「大丈夫。三人なら何とかなるさ」
僅かに咲楽と陽向の表情が緩む。
「ところで、出た幻獣って何だったんだよ」
「スケルトンだ。三体だけだった」
「え……スケルトン!?」
陽向は目を見開いて驚く。
そこまで驚かなくてもいいと思う。
「──姉ちゃん、帰ろう。また熱上がっても困るし」
陽向が促す。姉思いだと思ったのと同時に、慌てているようにも見えた。
「……そうだね。海星、今日はありがとう」
咲楽に続き陽向も礼を言った。
二人が帰るのを見送った海星は、自分の部屋に戻った。そして、もう一度先程の写真を見る。
おそらく、二人は戦いなれてない。このままではすぐに殺られてしまう。それだけはどうしても避けたい。
俺といても、別れても危険なら、時が来るまで一緒にいよう。一緒に戦おう。七岡の二の舞になんてさせない。
まだ俺に時間は残っているはずだ。
家へ戻る姉の姿は、元気がなかった。
熱のせいだけではないと、陽向は理解していた。
「姉ちゃん、大丈夫か」
「うん。今回のは関係ないと思うし……」
、そうは言うが、スケルトンと聞いたとき、自分が思っている以上に咲楽は恐怖を感じていただろう。
だから、早足で早く家へ帰ろうとしているのだ。普段は平気でも、今は夜の森に居たくないんだ。
「でも──」
咲楽が足を止めたので、陽向も歩みを止めた。
「関係あろうとなかろうと、二度と……!」
「もちろんだ!」
護りきってみせる──。
幻獣使い 第四体目【只今発熱中】を読んでいただき、ありがとうございます!
今回は海星がほぼ中心の話でした。
……次回もです。
主人公を差し置いて(笑)
そんな海星。初めてラブレターをもらっていましたね。
ベタって分かっていても書きたかったんです!
今回、一気に謎が深まったかと思われます。
どんどん深まっていく予定です。
さ、今回も新キャラ出てきたので御紹介。
梅原匡介。男子バスケットボール部の部長様。一応ドSキャラです。
梅ちゃんと呼ぶと怒られるか、静かに反撃されます。
匡介を恭介にしなかったことは、今でも後悔中です。のちのち恭を使ったキャラがいるので仕方なく……。
藍川夏向。咲楽と陽向のお父上。
名前は初登場ではありませんけど……。
文系で、本を沢山読みます。
今回の挿絵はパソコンで塗ってる箇所もあります。パソコンで塗るのって難しいですね……。
服の色とか、匡介の髪色とかの色選択をミスりました(笑)
次回は気をつけます。
咲楽の挿絵が一番描くのが楽しかったですね。
可愛いな~とか言っていたら、友人に「親戚のおっさんか!」とツッコまれました(笑)
さて、次回第五体目は【幼き三人】。
七年前の咲楽達の出会いのお話です。
暑い日が続きます。
HELIOSのように夏バテしないようお気をつけください(´▽`)