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幻獣使い  作者: HELIOS
4/76

第四体目 只今発熱中

 ここは常に暗い、地下の牢獄だ。ずっといれば、時間の感覚が狂うだろう。

 そこに囚われているのは、セシル派の人々だ。

 囚われて日の経たない者達は、出して、帰して、と私達に訴えてくる。

 幻石を奪われている時点で、 さっさと諦めたればいいものを……。

 それに比べ、(すで)(せい)を諦めた者達は、虚ろな目をして、何もせずに(うずくま)っている。

「飯だ」

  部下の一人が鉄格子の間から人数分の食事を投げ込んだ。その食事を我先にと手を伸ばす者もいれば、どうでも良さそうに横目で見るだけの者もいる。その場合は、見張り役として一緒に入れている、スケルトンを使って無理矢理口の中にねじ込む。

 食事の量は少ない。あくまでも死なせないために与える。


 全員に食事を与え終えると、暖凛花(だりあ)は自室へ向かった。

 このくらいの仕事、部下達に任せても良いのだが、もしもの時の為に暖凛花が一緒に行くのだ。

 最近では、赤髪の少女、七岡(ななおか)ちさが同じ(ろう)から人を出す際に何度か逃げ出そうとした。諦めない強い目をしていたと記憶している。何度睨まれ、不快な思いをさせられたか。

 まぁ、それも初めの話で、最後の方は大人しくなっていた。

 森泉学園(もりいずみがくえん)で訓練を積んでいた少女だったため、不覚にも部下達が倒されてしまうという失態を犯してしまった。自分が近くにいたため、地下から出さずに済んだが、部下達と共にヘリオスに頭を下げた。その後、部下達にはしっかりとお灸を据えた。

 捕らえたセシル派の人間は、少なからず貴重だ。どんな手掛かりを隠し持っているか分からない。逃がしでもしたら、どんな罰が待っているか……。

 暖凛花は手で口を覆い、小さく欠伸をした。

 眠い。昨日は仕事が長引き、睡眠時間が減ったのだから仕方ないだろう。できるなら今からでも寝たいところだ。だが、勿論そうも行かない。

 そうだ、モーニングコーヒーでも飲もう。多少目が覚めるかもしれない。ちょうど良い豆が手に入ったところだ。

「暖凛花様!」

 暖凛花は、白衣を来た研究員に呼び止められた。

「すいません。研究長が呼んでいるので、研究室へ来ていただけますか?」

「はぁ……もう……」 

 こんな時に呼ばなくても良いと思う。いや、朝食時と言うことは、新作の美味(うま)い昆布が出来て試食会に呼ばれたのかもしれない。稀に呼ばれることがある。

 暖凛花は、研究員と共に研究室へ向かうことにした。


 研究室に着くと、白衣を着た高野倖明(たかのこうめい)が待っていた。こうして見ると真面目な研究者に見えなくもない。

「朝早くお呼びして、すいませんねぇ……」

 高野は、何だか眠そうな目をしていた。よく見れば隈もある。

 夜型の高野が朝早く起きているので、珍しく思っていたが、どうやら徹夜だったらしい。

「それで、用は何なの?」

 用が昆布ではないとは確かだろう。

「コレができたのでねぇ。ちょっと見ていただきたくて」

 高野は、白衣の大きいポケットから、紐付きの筒を取り出した。

 筒は手のひらサイズで、紐は首から下げられる長さだ。

 暖凛花は、どこかで見た事があると思った。確か、吹き何とかと言う武器だったはずだ。

「吹き矢?」

 パッと出た武器名を言ってみる。

「いえ、吹き針です」

 すぐに訂正されてしまった。

 言われてみれば、そのサイズの筒では矢は入らない。我ながら馬鹿な答えを言ったものだ。寝ぼけているのだろうか。

 名の通り吹き針は、息を吹いて針を飛ばす武器なのだが、これがどうしたと言うのだろうか。

「少々お待ちください」

 高野は研究員に指示し、白い(ねずみ)が一匹入ったゲージを持って来させた。実験用のマウスのようだ。赤い目が気持ち悪い。

 高野は筒に吹き針用の針を一本入れると、プッと吹いた。針はプスリとマウスに刺さる。

 すると、元気だったマウスの動きが鈍くなった。上手く動けない様だ。

「あら、どうしたの」

「痺れているだけですよ」

「つまり、毒針だったのね。それで、呼んだ理由はこれ?」

「ええ、ただの報告です。よろしければ貸出しますよという」

「断るわ。上手く使えない者に渡せば、どうなるか分からないもの」

「大丈夫だと思いますがねぇ……。では、私専用の武器として使うことにします。ん〜それにしても、眠いですねぇ……。暖凛花様、珈琲でもいかがですか? インスタントですけど」

 高野は薬を置いている棚から、珈琲が入った瓶を取り出した。

「遠慮しておくわ。薬品が混入していそうだもの」

 それに、飲むならちゃんと挽いた珈琲の方が良い。

「そうですかぁ? いつも普通に飲んでいますけど」

 高野は古びた白いマグカップに適量の粉を入れ、沸かしていた熱い湯を注ぐ。安っぽい珈琲の香りが研究室に漂った。



 ピピピピッ……ピピピピッ……。セットしていた目覚まし時計が鳴る。

 ああ、もう朝か。起きないと。

 藍川陽向(あいかわひなた)は重い目蓋を開け、手を伸ばし、枕元の時計を止めた。

「まだ寝ときてぇ……」

 だが、そうもいかない。眠い気持ちを跳ね退け、布団から出る。

 部屋を出て下の階の洗面所に行き、冷たい水で顔を洗うと多少は目が覚めた。そして、寝癖のついたボサボサの髪を適当にとかした。もともと少し癖のある髪なので、別に良いだろう。それにどうせ、トレーニング後にシャワーを浴びるのだから、その時直せば良い。 

 トレーニング前に何か食べようと冷蔵庫を開けた。軽く食べられるものを探す。すると、何だか料理意欲が湧いてきた。

「たまには作るか」

 突然湧いてきた謎のやる気。そのやる気を使って、陽向は朝食作り兼弁当作りを始めた。

「──よし、完成♪」

 朝食はトーストにオムレツ。ハーブ入りサラダ、オニオンスープ。

 弁当は咲楽が弁当用に取っていた昨日の残りと、定番のミートボールにウインナー。彩りにプチトマト。

「久々に作ったけど、なかなかのでき!」

 自画自賛する。

「おぁっ、トレーニング………!」

 慌てて時計を見た。トレーニングする時間はまだある。ホッとしたが、不思議に思う。

「もう姉ちゃん起きてるはずなのに、降りて来ないなんて……。珍しく寝坊か? あー……昨日のウンディーネの事件で疲れたのかもな。 しゃあね、起こしに行くか〜」

 陽向は咲楽の部屋へ向かった。



 如月高校、二年二組の教室。席順はまだ出席番号順の状態だ。

 廊下側、一番前の咲楽に対し、海星は窓側の一番後ろの席。本来はもっと咲楽に近い席なのだが、転入してきた為、この席なのだ。

 誰もいない朝の教室。特にすることが無く、希崎海星(きざきかいせい)は自分の席に座わり、今日の英語の授業でやる小テストの予習をしていた。

 しかし、ある事が気になり、思うように単語が頭に入らない。ある事とは藍川姉弟のことだ。

 何故か二人は朝のトレーニングには来なかった。それだけなら特に気にはしなかっただろう。咲楽と一緒に登校しようと思い、藍川家のインターホンを押すと、全く反応が無かったのだ。

 陽向は部活の為、一足先に学校に行っているのは分かる。咲楽はどうしたのか。

 別に咲楽と一緒に登校する約束はしていない。ただ何となく一緒に登校していただけだったので、もしかしたら先に行ったのかと思い、学校に来てみると誰もいなかった。

 用事などなら別に良い。幻獣やアラン派関係ではないか心配なのだ。ターゲットにされた今、気を付けなければいけないのだから……。

「あれぇ? 希崎君だ。おはよぉ」

 咲楽の友達、大沢華夢(おおさわかのん)がやって来た。華夢はその大きい目で咲楽をキョロキョロと捜す。いないと分かると、咲楽はぁ

? と言わんばかりにこちらを見てきた。

 そんな風に聞かれても困る。こっちだって知らない。むしろ教えて欲しいくらいなんだ。

「咲楽は、まだ来てない」

「めっずらしぃ〜! 大丈夫かなぁ?」

 華夢は携帯電話を取り出し、咲楽に掛けた。

 その手があったか。しかし、電話番号すら知らないのだから、思い付いたところで意味はないのだが。そもそも、それ以前に──。

「──出ない。どうしたのかなぁ?」

 期待した手が駄目だった。ここまで連絡がつかないとは、さらに心配になってきた。

「LINE送っとこぉ」

 華夢は画面を指で撫でる。

 携帯電話も進化したものだ。今は、スマートフォンといったか。

「よしっ。咲楽、早くL●NE見てくれないかなぁ」

「……──」

 ──ラ●ンって何だ?


「おはようさぁん」

 だいぶ生徒が教室に集まってきた頃、元良和稀(もとよしかずき)山部千夏(やまべちなつ)がやって来た。その後ろに人影が一つ。クラスの女子達がざわつく。

「さ、入りぃ」

「どうも」

 ペコリと頭を下げて教室に入ってきたのは、陽向だった。湿った髪は先程まで部活をしていたことを物語る。

 陽向は海星を見付けると、女子達を避けて海星の側まで行った。

「おはよう、海星。朝行けなくて悪かったな」

 笑顔の陽向を見る限り、咲楽がいないのは幻獣やアラン派関係ではなさそうだ。内心ホッとする。

「咲楽はどうしたんだ?」

 陽向は苦笑する。

「あ~姉ちゃん風邪引いたんだよね……」

「「「風邪!?」」」

 近くにいた華夢と和稀も一緒に驚いた。

「うん、だから朝バタバタして行けなかったんだよ」

 海星は納得した。ウンディーネのせいだろう。

「あのぉ……!」

  突然華夢が声を上げた。一体なんだというのか。

「えと……。海星君と陽向君はいつの間に親しくなったの? それに、海星君って初日から咲楽とも親しかったよね? なんでなの?」

 前から思っていた疑問らしく、この機を逃すまいと、華夢は勢い良く聞いた。

 そういえば、咲楽達と自分が幼い頃会っていたこと、家が近いことなど、和稀と千夏に言ってなかった。聞いてきたと言うことは、華夢も咲楽から何も聞いていないようだ。

 海星は三人に簡単な説明した。これを聞いて、一番反応したのは華夢だった。

「そうだったんだ! あたし、てっきり一目惚れして付き合っているんだと……」

「は……?」

 海星と陽向はポカーンと口を開けた。まさか、その様に思われていたとは思っていなかった。

「だってぇ、毎日一緒に登下校してるから……ねぇ?」

 華夢は視線を和稀と千夏に送る。華夢の視線をキャッチした二人は小さく頷いた。

「酷い勘違いだな……」

 毎日と華夢は言ったが、俺は現在、如月高校に来てまだ四日目で、咲楽と登下校したのは三日間だけだ。だから、毎日と言う程ではない。それにしても、親しくしていたから、一緒に登下校していたからという理由だけで、どうやったらそんな勘違いが生まれるのだろう。

 ふと海星は、陽向を一目見ようと覗く女子達に目をやる。

 ああ……なるほど。

 どうやら、咲楽、陽向、自分は、思っている以上に周囲の目を集めるようだ。咲楽と自分が普通だったら、こんな勘違いをされることは無かったのかもしれない。つくづく面倒な容姿だ。

「付き合っていないからな?」

 もう説明済みなので、誤解だと理解して貰えただろうが、一応釘を指しておく。

 やった、と誰かが言った。

「ちなみに、咲楽は彼女候補としてどうなん?」

 和稀が聞く。

「どうって……」

 盗み聞きされているこの状況で聞かないでほしい。気付けよ。わざとか? サービスなのか?

 心なしか、女子達が近付いてきている。そんなじりじりと近付いてこないでくれ。頼む。

 和稀、あからさまにワクワクしないでくれ。大沢もそんな期待した目をするな。

「全く何も考えてない」

 そう答えると、微妙な反応をされた。

 だが俺は、彼女を作るつもりは一切ないんだ。



 咲楽はベッドの上で目を冷ました。時計の短針は九時を指している。ちょうど一時間目の授業をしている時間帯だ。

 一時間目は英語だっけ……。テスト勉強したのに、無駄になっちゃったなぁ。

 咲楽は体を起こした。頭が重い。手を額に置くと伝わる熱さ。まだ熱が下がっていないらしい。

 朝、やけにダルいと思ったが、まさか熱があるとは思っていなかった。

 このくらい大丈夫だと言ったが、陽向に止められ学校を休む事になった。

「あれ?」

 勉強机に置いてある、携帯電話が光っていた。

 咲楽は、枕元のスポーツドリンクを飲んでから布団から出る。

 携帯電話を取って確認すると、着信とLI●Eが一件ずつ来ていた。相手は華夢で、陽向から聞いたらしく、自分を心配する内容だった。

 大丈夫だと送っておく。

 ベッドに戻ろうとした時、コンパクトサイズの折り畳み式テーブルに置かれたゼリーが目に留まる。陽向が用意してくれた物だ。

『食欲が無い?ならこれ食えよ。何も食わないよりマシだろ?』

 そう言って、置いて行った。

「せっかく用意してくれたし……。それに、食べなかったら、ちゃんと食っとけよ! とか言われそう」

 咲楽は、朝食としてフルーツがたっぷり入ったゼリーを食べることにした。

 食欲がなくても、スッキリと食べることができた。



 放課後。海星は和樹、千夏と一緒に下校するところだった。とは言っても、和樹と千夏の家は逆方向なので、校門までなのだが。

「なあなあ、帰りどっか寄らへん? ゲーセンとかマクドとかさ~」

「マクド?」

「マクド●ルドのことや。こっちでいうマック。関西ではマクドって言うねん」

「へぇー……」

 短縮するとそう言うのか。

「俺はマックが良い。海星は?」

 千夏の問いに海星は戸惑う。

「その……マック? はファストフードの店だよな?」

 確か……。

「そやけど? なんやねん、ファストフードの店って! 普通、ハンバーガーの店って言わん? おもろいなぁ〜」

「はは……」

 そうだった。ハンバーガーを売ってる店だった。一、二回食べに行ったこともあるし、CMでも見たじゃないか。

「俺も行く」

 特に今日は用事が無い。それに、森泉学園では寮(自宅)も学園内なので無かった、寄り道というものを経験したい。

「よっしゃ! 決まりやな」

「何がぁ?」

 華夢がひょっこり現れた。

「おおっ、華夢。皆でマクド行くねん。華夢も来るか?」

「えっ、マクドぉ?」 

「マク●ナルドのことや」

「ああー。ん~どうしよっかなぁ……」

 和樹に誘われ、華夢は悩む。

「来いよ、大沢」

 そんな華夢を千夏が一押しした。

「……うん! 行くっ!」

、華夢は笑顔で答えた。


 靴箱に着き、靴を履き替えようとした時。海星は、靴箱に封筒が入っている事に気付いた。

 なんだコレは……手紙?

 春色の封筒を手に取って見ると、可愛らしい文字で「希崎君へ」と書かれていた。自分宛の手紙らしい。

 差出人は知らない女子の名前。

「なんや、ラブレター貰たん?」

 和樹がニヤニヤしながら聞く。

「これが、ラブレター?」

「おう。明らかラブレターやん?」

 和樹に言われ、手紙を引っくり返すと、ハートのシールが貼ってあった。

「ほらぁ~。千夏もそう思うやろ?」

「ああ。つか、まだラブレター文化あるんだな。ちなみに女子意見は?」

「ラブレターでしょ~」

 女子代表、華夢が答える。これで全員意見一致、ラブレターと断定した。

「へぇ……初めて貰った」

 そう言うと、和樹と華夢が驚きの声を上げた。千夏も静かに驚いている。

「嘘ぉ!? 海星君ならドサドサ貰っても不思議じゃないでしょう!?」

「なんだ、その勝手なイメージは……!」

 ラブレターを見るのだって初めてなのに、どうしてそのようなイメージを持たれたのか疑問だ。

「千夏ですら何通か貰っとるのに!」

「和稀ィ?」

掛けている眼鏡の奥にある千夏の目が怖い。

「山部君ですら、って山部君はモテるでしょう?」

 華夢は女子意見を言う。

「はぁ? モテん、モテん」

 それがスイッチになったのか、千夏は真顔で和樹の頭を掴んだ。

「お前なぁ……」

「痛い、痛い。なんや、自分はモテてる方やって言いたかったん!?」

「そうじゃない。なんかイラッとした」

「なんやそれっ!」

 二人がじゃれあうのを、海星と華夢は見ていた。

 俺達は靴箱で何騒いでるんだ……。

「おーい、何騒いでるんだよ」

 海星の心を読んだかの様に、現れた陽向が言う。

 陽向はクラブTシャツを着ていた。どうやら部活前のようだ。

「和稀が千夏の逆燐に触れたんだ」

「そりゃ大変」

 陽向はププッと笑った。

「なぁ、海星。ちょっとこっち来てくれよ」

 陽向は海星に手招きをした。周りに聞かれたくない話があるのだろうか。

 海星は陽向の側へ行く。

「海星さ、今日暇?」

 追先ほどまでなら暇っだった。

「ちょっと寄り道する。なんで?」

「姉ちゃんの様子見て欲しくて……。寄り道後でも良いからさ、様子見てきてくれよ。俺が帰るより早いだろ?」

「別に良いが、咲楽は大丈夫だろ?」

 もう高二だし、咲楽はしっかりしていると思うのだが……。単に陽向が心配性なのだろうか。

「大丈夫だから心配なんだよな~」

 海星は首を傾げた。

 どういうことだろう。

「とにかく、ヨロシク。姉ちゃんが寝てたらこれ使って。じゃ!」

 そう言って、陽向は海星の手を握り、ある物を渡し、風のように走り去った。

 海星は手を開き、陽向に渡された物を確認する。渡されたのは、バスケットボールのキーホルダーが付いた鍵。

 おそらく、藍川家の鍵だろう。

 幼なじみとは言え、仲間と言え、俺を信用しすぎだと思う。

 もし、俺が幻獣(ドッペルゲンガー)だったらどうする。

 無用心だと改めて思った。


 海星に家の鍵を渡した陽向は、部室でバスケットシューズに履き替え、水筒とタオルを持ち、猛ダッシュで体育館に向かっていた。

 もうすぐで部活が始まる。間に合うだろうか。

「整列──!」

 部長の声が聞こえた。部活が始まる合図だ。

 やべぇ!!

 体育館の扉に辿り着いた。

「気を付け──!」

 陽向は重い扉を勢いよくスライドさせた。中に入ると、女子バレー部の使うコートを抜け、二つの部活のコートを仕切る網カーテンを下から潜り、整列している部員の隙間に割り込んだ。

「礼──!」

 号令と共に礼をする。

「ま、間に合った……」

 陽向はホッとし、顔を上げると、バチっと部長と目が合った。

「陽向♪」

 男子バスケットボール部長、梅原匡介(うめはらきょうすけ)が笑う。

 冷や汗が、たらりと頬を伝った。

 挿絵(By みてみん)



 海星、和稀、千夏、華夢の四人は、学校近くのファーストフード店に寄った。

 何が美味しいのか分からないので、良さそうな物を適当に注文した。和稀達にならいセットで頼む。ハンバーガーにポテトとアイスコーヒーが付いてきた。

「で、ラブレターには何て書いとったん?」

 和稀は新作のハンバーガーにかぶり付いた。まあまあやな、と言った表情を浮かべ、もくもくと食べ進める。

「そういえば、まだ読んでない」

 海星は、鞄から忘れかけていた封筒を出した。ハートのシールを剥がし、中の手紙を取り出す。

 興味がないので、サックっと読んだ。普通なら初めてのラブレター、一文字一文字、じっくり読むのだろう。

 手紙の内容は、俺に一目惚れしたというものだった。

 海星は手紙をテーブルに置いた。

 正直、反応に困る。友達になって欲しいと言われても、俺は差出人の事を知らない。

 如月高校に転入して日が浅いため、まだ自分の学年にどういう名のどんな人物がいるか知らないのだ。

「あー、この子かぁ」

 海星がテーブルに置いていた封筒を見て、華夢が言う。

「誰や?」

「ほらっ。この子、この子」

 華夢は封筒を取り、和稀に回した。

「ああーっ、こいつか!」

「誰だって?」

 千夏は和稀から封筒を取る。見た途端、千夏は微妙な顔をした。そんな千夏を見て、和稀はニヤけた。

 よく分からないが、三人の様子からして、あまり良くない子らしい。

「海星、こいつは告白魔で有名な女子だ。少しでも気になった男子、噂の男子には、こうして手紙を出す。まあ、む──」

「その被害者の一人が千夏なんやで!」

 和稀は千夏が話している最中に割り込んだ。千夏は黙れと言わんばかりに、和稀の口にポテトを数本入れた。和稀はモゴモゴと突っ込まれたポテトを食べる。

「まあ……無視しとくと良いぞ」

「わ……分かった」

 経験者のいうことは素直に聞いておこう。

 海星は、ハンバーガーの包みを開けた。少し遠慮気味に一口。

「ん、うまい」

 そうだ。こんな味だった。ちょっと体に悪そうな、油と塩味が強いこの味。

 それでも……。

 海星はもう一口、大きくかぶりついた。

久しぶりに食べたハンバーガーは、皆で食べたせいなのか、とても美味しく感じた。



 父の部屋の戸を叩いた。いつものように、中から低い返事が返ってきた。

ドアノブを回して、中に入る。

 父は読んでいた本を閉じ、オフィスチェアに座ったまま、こちらに体を向けた。

『ごめんなさい。仕事中だった?』

『いいや。本を読んでいただけだよ』

 父は、優しい笑顔で微笑えんでくれる。

 挿絵(By みてみん)

 でも、分かってる。その持っている本は、仕事のために読んでいたってことくらい。

『ケーキが焼けたんだ。皆で食べようよ』

『ああ、どおりで良いにおいがするわけだ。片付けたら行くよ』

『分かった!』

 先にリビングへ戻ると、匂いを嗅ぎつけた陽向が切ったシフォンケーキをテーブルに運んでいた。

『父さんは?』

『すぐ来るって』

 シフォンケーキを分け終わる頃、父がやってきた。

『お~っ。綺麗に焼けてるな!』

父は椅子に座った。

『でしょ?』

 私も父の隣に座る。

『咲楽が一人で作ったのよ』

母が淹れたての紅茶が入ったポットを持って来た。

『違うよ? 母さんに手伝ってもらった』

『いや、さすが咲楽だ。きっと、もう一人で焼けるよ』

『ほんと。すぐ私より美味しく焼くようになるわ』

『そうかな~。へへっ』

 照れくさくって、笑ってしまう。

『俺だって、もう焼ける!』

 陽向が張り合ってきた。悔しいのだろう。

『陽向は……まだまだ咲楽には勝てないわよ』

『かっ……勝てるし! あと数年後には!』

『ははっ。陽向はそれより、泣き虫を直さないとな!』

『だね!』

『う゛っ……』

 陽向の目に涙が滲む。

『さぁさぁ、もう食べましょう』

『そうだね』

 話を変えて、どうにか陽向が泣くのを阻止する。

 母はティーカップに紅茶を注ぎ、それぞれの席に運んだ。

 早速、紅茶の香りを嗅ぐ。香りが強い。

『ウバ?』

『正解! よく分かりました』

『やった!』

『俺だって、飲めば分かるよ!』

 と、陽向は言う。

『ホントかしらね』

 母がからかうと、また陽向は泣きそうになりながら、分かると主張した。

 そして、家族皆でワイワイとケーキを食べ、紅茶を飲む。笑みが溢れ、会話が弾む。家族団欒の時が緩やかに流れた。


 これは、数年前の夢。もう二度と会えない両親と過ごした過去の夢──。



 海星は、一度家に帰り、着替えてから藍川家へ来た。

 どうか起きていてくれよ……。

そう願いながらインターホンを押した。

「…………」

 返事が無い。嫌な予感がする。

 もう一度インターホンを押す。

「…………」

 このまま立ち尽くしているわけにも行かない。

 海星は溜め息をつき、ポケットから鍵を取り出す。陽向から預かった、藍川家の鍵だ。

 まさか本当に使うとは……。

 海星は鍵を使い、ドアを開けた。

「お邪魔します……」

そろりと家に上がる。

 咲楽は、本当に起きていないのだろうか。

「咲楽ーっ!」

 自分の声の余韻が残り、すぐにシンとした空気に落ち着く。

やはり返事がない。寝ているようだ。

 家に上がったは良いが、これからどうすれば良いのだろう。陽向には様子を見てとしか言われていない。

 しばらく考え、ひとまず、咲楽のいる部屋を探すことにした。

 様子を見るも何も、咲楽に会わねばならない。

「咲楽の部屋……」

 陽向に咲楽の部屋の場所を聞いておくんだった、と後悔する。

 海星はまず、二階へ続く階段を登った。自分の部屋も二階にあるので、もしや、と思ったのだ。

 階段を上がると、幾つかドアがあった。その中に、二つ並んでいるドアがある。恐らく、どちらかが咲楽の部屋、どちらかが陽向の部屋だろう。

 まず、左側のドアをノックした。返事はない。

 海星はドアをソッと開け、中を確認し、すぐに閉めた。

 明らかに陽向の部屋だった。と言う事は、右側が咲楽の部屋だろう。

 海星はドアをノックした。こちらも返事がない。寝ているのか、部屋が違うのか。どちらにせよ、確認しなければ何も始まらない。

 海星はドアを開けた。

「……!」

 ベッドで咲楽が寝ているのを確認した。この部屋が咲楽の部屋らしい。飾られたぬいぐるみ、ピンクのクッション。部屋の所々に女の子っぽさが撒き散っている。

 海星は音を立てぬようにドアを閉め、咲楽に近付く。咲楽はぐっすりと寝ていた。顔は少し赤みを帯びている。まだ熱は下がっていないらしい。

 で……俺はどうすれば良い。

 招かれてもいないのに家に上がり、寝ている女の子の部屋に無断で入った。

 泥棒か、強盗か、変態か、俺は!

 海星は深く溜め息をついた。咲楽が起きるまで待つしかない。

 海星は目に入った本棚から、本を一冊借りることにした。

 本棚には主に文庫本、少女漫画そして、本棚全体の半分を占める、幻獣に関する本が納められていた。

 咲楽は本を読んで、幻獣について学んでいるのだろうか。

 海星は、適当に幻獣の本を一冊手に取った。

 簡単に目を通すが、知っている事ばかりだった。敢えて言うならば、付いているイラストに文句を言いたくなった。

 例えば、先日まで家に住み着いていたコブリン。実際はイラストより醜い姿をしている。

 実際に見たことがない一般人が描くのだから、仕方無いのだが、見たことある側からとしては、納得がいかない気持ちもある。

 しかし、幻獣は人の想像によって生まれた、架空の生物。作った【人】がどう描いても文句は言えない。

「──海星っ!??」

 咲楽が目を覚ましたらしい。



 咲楽は夢から覚めた。とても懐かしい夢だった。

 母さんが淹れた紅茶、もう一度飲みたいな……。

 咲楽は体を起こした。寝ぼけた脳が人影を一つ認識する。

「──海星っ!??」

 思わず声を上げる。

 え、え、え!? なんでいるの!? 呼んだ? 私、海星を家に呼んだっけ!? いやいや、呼んでないよね!?? じゃあ、なんで海星がいるの!? 幻覚!? ついに脳までやられちゃった!?

「落ち着け、咲楽」

 咲楽は熱のせいもあり、少々パニック状態だ。口をパクパク動かしている。顔も真っ赤だ。慌てすぎて、現在進行形で熱が上がっているのだろう。

「ちゃんと説明する! だから落ち着け! 熱が上がるぞ!?」

 咲楽はハッとし、気持ちを抑える。今自分は風邪をひいて、熱があるのだ。

「とりあえず、これは返す」

 海星はポケットから鍵を出し、咲楽に渡した。

 バスケットボールのキーホルダー……。

「陽向の鍵? なんで?」

「陽向から、咲楽の様子を見るように頼まれたんだ」

「なんで? 別に平気なのに」

 こっちが聞きたい。

「とにかく、家に上がる許可は陽向から貰ったが、勝手に部屋に入って悪かったな」

「ううん、別に。こっちこそ陽向が頼んだとはいえ、迷惑かけたね。──あれ?」

 咲楽は海星が、自分の本を持っている事に気付く。

「海星、何読んでたの?」

 海星は咲楽に本の表紙を見せた。

「悪い、勝手に借りた」

「そのくらい良いよ」

 咲楽は謝ってばかりだなと思った。

「咲楽は、本で幻獣について勉強しているのか? 幻獣の本が沢山あるが……」

 海星は本棚に本を戻した。

「うん、今はね。大体のことは両親が教えてくれたんだ。実際に見て、経験した事も合わせて教えてくれたよ」

 主に父、夏向(かなた)は幻獣の特徴や対処の知識。母、咲夜(さくや)は幻獣の良さを教えてくれた。

「本は、それでも知らないことも書いてあるし。これでも、幻獣使いだもの。日々、新しい幻獣は生まれる。だから、存在する幻獣を一体でも多く知りたいよね」

「そうだな」

 本棚にある幻獣の本は、両親から貰ったり、自分で買ったりしたものだ。

 ちなみに、一階の夏向と咲夜の部屋にも沢山の本がある。

「海星は? やっぱり施設の先生が教えてくれたの?」

 施設の教え方には興味があるので聞いてみる。

「学園に行ってからはな。授業で幻獣を説明するとき、誰かがその幻獣を持っていたら、実際に幻獣に会って、能力を見せてもらったりしたな」

 咲楽も、夏向と咲夜が従えていた幻獣は見せてもらったが、きっと海星が施設で見た幻獣の数の方が圧倒的に多いのだろう。

「良いね。他に学園独特の授業とかは?」

「中学生になると毎年キャンプがある」

「キャンプ?」

「キャンプと言うか、サバイバルと言うか……実践練習」

 咲楽が首を傾げるので、海星は続けて説明する。

「四人一組で二泊三日、サバイバル生活するんだ。先生達が不意をついて幻獣を出してくるから、俺らは対処する。もちろん、殺さないように。実践を兼ねたサバイバルキャンプだ」

「へぇ~。面白そう!」

 そう言うと、海星は悲しい顔をした。

「面白いけど、危ない行事なんだ。怪我をする場合もある」

「そうなの?」

 誰か、または海星が、大きな怪我でもしたのだろうか。聞いている限りは楽しそうだが、大変な行事らしい。



「ラストー!」

 男子バスケ部マネージャー、中原麗那(なかはられな)が声を張る。

 よし、ラストか。

 陽向はスピードを上げ、体育の壁にタッチし、折り返す。

 あの時、部長と目が合わなければ、こうして走ることは無かった――。

 ギリギリで部活に来た陽向は、匡介に呼び出された。

『陽向、ギリギリアウト!』

『いやいや、ギリギリセーフですよ!?』

 陽向は反論した。

『と言うことで、バツゲームな♪ 今日の練習メニューにドリブルシュートあるから、部員全員一回打って外した数、体育館往復で走れ』

 匡介は陽向の反論を受け流して言う。

 男子バスケットボール部の部員は計二十七名。ドリブルシュートで外した数は十三。……絶対先輩達はわざと外した。なので、陽向は十三往復走ることになった。

 今日はハーフコートなので、長い縦ではなく、短い横を往復するため楽な方だったが、十三往復は疲れた。日頃鍛えていても疲労は溜まるものだ。

 走り終えた陽向に麗那が近付く。

「遅れて来なきゃ、こんな事にはならなかったんだからね?」

 麗那は陽向の水筒とタオルを渡す。

「分かってるよ……。でも用事あったし仕方ねぇじゃん?」

 陽向は受け取り、水分を摂る。

「連絡しなかった、藍川が悪い!」

「まあ……」

 そうだけど、バツゲームはひでぇよ。

 陽向は水筒とタオルをステージに置いた。今日はステージ側のコートなので、邪魔にならぬよう、荷物はステージに置くのだ。

「さーて、練習に戻るか」

「ちょっと待ったぁぁ!」

 コートに足を踏み入れたその時、麗那にTシャツを引っ張られて止められた。

「今すぐブレスレット外して! 怪我をする可能性があるから、部活中は絶対に外すように言ったよね?」

「ごっ、ごめんなさい」

 思わず敬語になる。注意は二度目だ。

 幻獣使いにとって、幻石を常に着けておくのは当たり前なこと。割れれば中の幻獣は死んでしまう。命を預かっている以上、外すなんて有り得ない。

「あと、校則上アクセサリーは禁止だからね? 次付けてたら没収するから!」

 あー……中原って風紀委員だった気がする。没収は困る、気を付けよう。

 陽向は渋々、幻石を外す。

 皆、(わり)ぃ。

落ちないか少々不安だが、ズボンのポケットに幻石を入れた。


 コートに戻ると部達は、四分の一コートで一対一をしていた。

 一人が攻め(オフェンス)、もう一人が守り(ディフェンス)。オフェンスはシュートを入れ、ディフェンスはボールを奪うのが目標だ。

 オフェンスが終ったらディフェンス。ディフェンスが終わったら列の最後に並ぶ。これを繰り返す。

 陽向は最後尾に並んだ。後ろ姿から前にいるのが西内順平(にしうちじゅんぺい)だと分かる。

「陽向、オツカレ」

 西内が振り向いて言う。そんな、棒読みで言われても。

 こいつ……俺がバツゲームしてるところ、絶対に見て楽しんでたな。

「お疲れ♪ はいっ、ボール」

 陽向は、放られたボールを受け取った。そして、匡介が後ろに並ぶ。

 あなたがバツゲームなんて言わなければ、俺はこんなことせずに済んだんですよ!?

 とは、口から出さないでおく。言えばどうなることやら。

「良い運動になりました!」

代わりにそう言った。

「ん? もう一本やりたいって?」

 だが、見事に言い返された。

 この人には逆らえないと思う。

「ところで、何で遅れたのさ?」

 西内が聞いてきた。

「姉ちゃんが風邪引いてさ」

 ドン、ドン、ドン……。

そう言った瞬間、バスケットボールが弾む音が体育館中に響いた。一対一で、ボールを持っていた先輩がボールを落としたのだ。そして、先輩達の視線は陽向に集まる。

 え、何でこんな空気に?

 陽向と一年生はそう思った。

 陽向の肩に匡介の手が、ガシッと乗る。陽向は肩を跳ね上げた。

「陽向ぁ……今、何て言った?」

 匡介の目が怖い。この怖さなら、お化け屋敷の目玉役者になれるだろう。

「姉ちゃんが風邪引いたって言いました……」

「藍川さんが風邪をひいた?」

 さっきから、そう言ってるだろッ。

 陽向は静かに頷く。

「「「ぬぅあんだってぇぇ!!??」」」

 すると、聞いていた先輩達が、凄い勢いで陽向の回りに集まってきた。

「うわああっ!?」

「ひぃぃっ!?」

陽向と、近くにいた西内は囲まれる。

 ナニコレ。怖ぇ。

「藍川さんは大丈夫なのか!?」

「だっ、大丈夫です」

「おーい。匡介?」

 異変に気付き、もう半分のコートを使っていた部員と麗那も集まってくる。

 さらに来た──っ!!? 怖い怖い! 怖いって!

 目を見開いた筋肉質の男達に囲まれ、質問攻め。相当圧力を感じる。女子に囲まれるとは大違いだ。

「お前の姉ちゃん何モン!??」

 耐えかねたように西内が聞いてくる。

 そんな助けを求めるような目で見ないでくれ。

「藍川咲楽さんを知らないのか!?」

 陽向に代わり、先輩の一人が応える。

「藍川さんは、キレイで可愛い人だよ。長い薄茶の髪は美しく、青い瞳はまるでサファイア。知的な不思議ちゃん」

 なら俺の目もサファイアですか? つか、姉ちゃん人気者だな。不思議ちゃんってのは違うけど。仕方ないか。幻獣使いだし。俺も不思議君らしいし。

「へぇー。先輩方がそんなに言うなら会ってみたいです。陽向ぁ、今度の練習試合の応援に、お姉さん呼べよ」

「別に呼ばなくても学校で会える……だ……ろ…………」

 先輩方、何ですか。その期待の視線は!


 この後、陽向は咲楽を呼ぶ約束をさせられるのであった──。



 窓の外が暗くなってきた。海星が部屋の電気を付け、カーテンを閉めてくれる。

「ところで咲楽、何か食べたのか?」

「えっ? うん。朝、ゼリーを食べた」

 現在五時なので、ゼリーは八時間前に食べたことになる。

「朝か。随分前だな。何か食べるか?」

「うん、そうだね」

 お腹は空いているが、あまり食べる気分にはならない。お粥でも作るとしよう。

 咲楽は布団から出た。

「多分、ご飯残ってるはず……」

「──おい」

 パシッと、海星に手首を掴まれ、部屋から出るのを止められた。

「何?」

「何、じゃないだろ。咲楽は寝とけ」

 咲楽は首を傾げた。

「大丈夫だよ? ご飯くらい作れるから」

「何が大丈夫だ……」

 海星は、手から伝わる咲楽の熱を感じていた。

「まだ熱があるんだから寝とけ。俺が作る」

「へっ?」

 海星は立ち上がった。

「えっ、いいよ。自分で作れるから」

 様子を見に来てくれただけで有難いことなのに、迷惑かけられない。

「はぁ……なるほど……。陽向が言ってたこと、理解した。咲楽、とりあえずベッドに戻れ」

「えっ? え?」

 肩を押され、半ば強制的にベッドの方へ歩かされた。そして、ベッドを前にくるっと半回転。そのままベッドに座らされる。

「海星?」

 肩に立ち上がらせないように海星の手が乗っている。それだけで、距離感が異様に近く感じてしまう。

 咲楽は肩をすぼめ、見下ろす深緑の瞳から目を逸した。

「咲楽」

 名前を呼ばれ、海星を見直す。

「俺がいるんだから、こういうときは頼れよ」

 軽く頭を撫でられた。

「キッチン借りるぞ」

 海星は部屋から出て行った。

「…………」

 咲楽は、自分の頭に手を置いて俯いた。

 挿絵(By みてみん)


 台所に来た海星は、手を洗って早速準備に取り掛かった。

 具材を探すために冷蔵庫を開ける。中は綺麗に整理されていた。

 食材より目に留まったのは弁当箱と、ラップがかかった皿だった。

 これは、陽向が朝に作ったと考えるのが無難だろう。

 海星は冷蔵庫から必要な食材を取った。

「さて、始めるか」

 海星は粥を作り始めた。


 静かに横になっていると、ノックの音が聞こえた。

 返事をすると、お盆を持った海星が入って来た。お盆には小さな土鍋が乗っている。

「お粥で良かったか?」

「うん、ありがとう」

 咲楽は体を起した。

 海星はお盆を咲楽に渡す。咲楽はお盆を受け取って太股の上に置いた。

 ベッドで食べるのは行儀が悪いと思ったが、海星がベッドに腰掛けてきたのでこのまま食べることにした。

「いただきます」

「召し上がれ」

 蓋を開けると、フワッと良い香りが立ち込めた。

 黄色い粥に梅干しと葱が散らしてある、美味しそうな卵粥だ。

 咲楽は添えてあった蓮華を使い、粥を掬う。できたて熱々なので、息をかけ、少し冷ましてから頂く。

「美味しい!」

「本当か?」

 咲楽は頷いた。

 海星は料理ができると思っていたが、ここまで上手いとは思っていなかった。

 粥でこの美味さだ。他の料理を作らせたら、もっと凄いのだろう。

 咲楽は梅干しを潰し、粥と一緒に口へ運ぶ。梅干しの酸味がアクセントになり、とても合う。

「……何で卵粥に梅干し?」

 咲楽は、ふと浮かんだ小さな疑問を海星にぶつけた。

「特に理由は無いが、強いて言うなら、卵は栄養豊富で消化が良いし、梅干しは解熱作用があるから」

 何故そんな事まで知っている。 せっかくなので、それも聞いてみた。

(みな)っ──……学園の先生が言ってたのを覚えていただ」

 覚えていただけなんて、随分と簡単に言う。

 咲楽は粥を平らげると、手を合わせ、海星にごちそうさまと言った。

「美味しかった~!」

「そうか、作った甲斐があったな。最近は食べるのが自分だけだからって、結構適当に済ませてしまうんだが、やっぱり誰かが食べてくれると思って作るのは、(なん)か違うな。作りごたえがあるって言うのか?」

 そっか。私には陽向がいるけど、海星は一人なんだ。今までは施設の皆がいたのに、最近一人になったんだ。急に一人で過ごすことになって、寂しいよね……──よし。

「誰かが食べてくれるって思うと、張り切って作っちゃうよね! 皆で食べると楽しいし、この前一緒に食べたときも楽しかった♪ そうだ、また一緒に食べようよ。私、何か美味しい物作るから」

 海星は目を大きく開けた。わざとらしく見えただろうか。咲楽は内心冷や冷やしたが、海星は笑った。

「じゃあ、俺も何か作る。その時は食べに来てくれ」

「うん!」

 上手く誘えたかな? 時々でも良い。ご飯くらいは一緒に食べよう。これで少しは海星の寂しい思いが減るはず。それに、もっと三人で仲良く過ごせるようになるはずだよね。

「ところで、少しは熱下がったか?」

「まだ計ってないからわからないけど、少しは下がったと思う」

「どれ」

 海星は体を乗り出して咲楽に近付き、咲楽の額に手を置いた。

「……まだ熱いな。もう少し寝ていた方が良い」

「……うん」

 何だろう。今、熱が上がった気がする。

 咲楽は手でパタパタと顔を扇いだ。

「咲楽、お前冷えピタとか張らないのか?」

 海星は咲楽の額に触れた時、咲楽が冷えピタすら貼ってない事に気付いた。

「張る前提に無いの。熱出たのって久々だから」

「氷枕とかは?」

 咲楽は首を振った。

 壊れて新調しないままだった気がする。

「……保冷剤はあるよな?」

「うん」

 怪我した時、患部を冷やすため、保冷剤は一定の量を置いている。

 すると、海星は立ち上がり、お盆を持って部屋を出て行った。


 数分後。海星は保冷剤を包んだタオルを持って来た。

 そして、それを咲楽の首に巻き付けた。

「これで、首の血管が冷やされて熱が下がりやすくなる」

「本当? 気持ちいい」

 咲楽は海星にお礼を言った。



 男は武器の性能の確認と、暇潰しのために森へやって来た。

 日は傾き、森の中は薄暗く、不気味な雰囲気を作り出している。

 それが男にとっては程良く心地良い。

 今から武器の性能を試すと思うとワクワクする。

 そして、運良く【彼】に会えるかもしれないと思うと、さらに気持ちが高ぶり、興奮してしまう。

 男は手を出した。手首には黒い石のブレスレット。

「出でよ、骨格だけの死の戦士……スケルトン!」

 男はスケルトンを三体出すと、木の上へ身を隠した。そして、懐からおにぎりを出し、食べ始めた。もちろん、中には特製の昆布がたっぷりと入っている。


 海星は、棚に置いてあった写真立てを取った。

 写っているのは幼い陽向。

「懐かしいな。どう見ても女の子にしか見えないけど」

 海星は、出会ったときの陽向を思い出して笑った。

「だよね。泣き虫だったから余計にそう見えちゃって」

「でも、今は随分男らしくなったじゃないか」

「そうかな?」

「きっと、いつも一緒だから、その変化に気付かないんだな」

「そうかもしれない」

 多少は改善されたが、私にとってはまだ泣き虫の弟だ。

 海星はもう一つあった写真立てを見た。中学生の咲楽と華夢の写真だ。現在長い咲楽の髪は、肩下ぐらいまでの長さで、逆に現在ミディアムヘアの華夢の髪は今より長めで、二つに(くく)っている。

「この時の咲楽の髪はまだ短いな」

「うん。本格的に伸ばし始めたのは中学三年生の夏から」

「へえ。何で伸ばしてるんだ? 戦う時邪魔じゃないのか?」

「正直邪魔だけど、伸ばしてる理由があってね。切らないことにしてるの」

 海星が理由を聞こうと口を開きかけたその時、嫌な感覚が二人を襲った。

 風邪の寒気じゃない、これは──!

「幻獣!!」

 このゾワッとした感じは、森に住み着く幻獣達ではない。それも、一体ではない。

「まずい……近いな」

 海星は顔をしかめる。

「海星、行こう!」

 咲楽は布団から飛び出る。

 そんな咲楽を見て、海星は目を丸くした。海星は慌てて咲楽を止める。

「何!? 早く行かないと!」

「分かってる、俺が行く。さっきも言ったが、咲楽はまだ熱があるんだから寝てろ」

 海星は咲楽をに半強制的にベッドに座らせた。

「もう元気だよ! それに、一人じゃ危ない! まだ陽向は学校。学校からじゃ幻獣に気付けない!」

 「俺一人で大丈夫だ」

 「でも……!」

 海星は咲楽の左肩をぐいっと押した。咲楽はベッドに倒れる。

 「ほら。簡単に倒れるくらいフラついてる。だから、連れていけない」

「それは……」

 咲楽は言葉を飲み込んだ。

 海星の押す力が強かったとか、不意打ちだとか、そんなことを言って反論しても、その時点で私は連れていってもらえないだろう。

 それでも……。

 咲楽は体を起こした。

「 お願い。置いて行かないで……!」

 海星の袖をギュッと掴む。

「……? そうもいかないだろ? 悪いが行く」

「分かってる……」

 これは、私のわがままだ。

 置いていかれるのが怖いなんて。

「……咲楽、こっち見ろ」

「え?」

 顔を上げると、目の前に海星の指。そこから強烈なデコピンが発射される。

 額に痛みと衝撃が走り、もう一度咲楽は倒れた。

「い"~っ!?」

 咲楽は額を押さえる。痛みで、じわっと涙が滲んだ。

「何を不安がってるかは知らないが、不調の奴がいると迷惑だ。任せろ」

 デコピンが咲楽の不安を痛みに変えてしまっていた。

「は…………はい……」

 咲楽が頷くと、海星は満足そうな笑みを浮かべた。

「片付いたら、そのまま俺は帰るよ。お大事に」

 海星はドアを開けた。

「待って!」

 海星は手を止めて振り返る。

「また明日……」

「…………」

 海星はニコッと笑った。

「ああ」

 海星は急ぎ足で部屋から出て行った。

 


 藍川家を出た海星は、己の感覚を信じ、森の中を走っていた。

 感覚が強く、鮮明になっていく。この先に幻獣がいると確信する。

 近い……!

黒作大刀(くろさくだいとう)!」

 海星は黒作大刀を出した。

 実戦向きの太刀で、鞘は革を巻き付けてその上に巻黒漆で塗って補強してある。

 札は……。

 海星は札の枚数を確認をした。ジーパンのポケットに五枚ほど入っている。

 やり手じゃなきゃ、十分足りるな。

 しかし、幻獣が現れてから時間がかかり過ぎてる。何も起きていなければ良いが。

 そんな心配を胸に、目的地へ着いた。着いた場所は海星達がトレーニングをする場所。そこには武装した三体の骸骨(スケルトン)が海星を待っていた。

 スケルトンは、骸骨が魔法や悪霊の憑依によって疑似生命を与えられたもので、戦闘力は人間より低いが、武装したスケルトンの集団は強敵。スケルトンに疲労はなく、永遠に戦い続ける。バラバラになってもすぐに復活してしまう。そんなスケルトンを倒す方法は、憑依している悪霊を浄化。また、炎で燃やし尽くす。

「なんでスケルトンが……」

 だが、三体なら俺一人で片付けられる。また大軍じゃなくて良かった。

「しかし、黒作大刀を出したのは間違いだったな。スケルトンには打撃系の武器の方が効果的なんだが……まあ良いか」

 海星は気を引き締め、刀を抜き、スケルトンに向かって走り出した。鞘は邪魔なのでその場に投げ捨てる。

 スケルトン達も海星に気付き、剣を構えた。

 海星は一番手前にいたスケルトンの腹めがけ刀を振る。肉はないので背骨に当たる。そして、力一杯吹っ飛ばした。武装したスケルトンは重く、近場にぐしゃりと倒れる。

 これで、一時的だが一対二になる。この隙に一体でも良いから倒したい。

 他の二体のスケルトンは、一斉に海星目掛け、剣を降り下ろした。

 海星は地を蹴り、右へ飛ぶ。そして、右にいたスケルトンの膝裏に刀を落とす。スケルトンはガクリとその場に崩れた。

 海星は札を貼ろうと、ポケットから素早く一枚出す。だが、貼る暇を与えず、左にいたスケルトンがやって来た。

「ちっ」

 海星はスケルトンの剣を刀で受け止めると、手を伸ばし、スケルトンの肋骨に力を込めた札を貼った。

 その瞬間、札を通じてスケルトンの魂がボォッと出る。

 札の幻石に引っ張られ、魂が骨から離れる。一種の徐霊の様なものだ。

 魂を抜かれた骨は、バラバラに崩れ落ちる。

 まずは一体。

「……!」

 倒れていたスケルトンが海星に剣を向けてきた。海星は身を退こうとした。だが、最初に吹っ飛ばしたスケルトンがいつの間にか背後にいた。海星を切ろうと剣を振り上げている。

「まずい!」

 海星は咄嗟(とっさ)に身を屈め、剣を避けた。

 倒れていたスケルトンの剣は背後のスケルトンに、背後のスケルトンの剣は倒れていたスケルトンに当たった。互いに骨を幾つか砕く。

 何とか当たらずに済んだ。もう少し反応が遅れていれば危なかっただろう。

 海星は二体のスケルトンの間から脱出した。

 スケルトン達は骨が砕けたため、動きにくそうにしているが、放って置けばすぐに再生してしまう。再生するまでにけりを付けたい。

 海星は損傷が少ない、先程背後にいたスケルトンの頭部を吹っ飛ばした。案外脆い。

 頭を探すスケルトンの背後に回り込み、札を貼る。スケルトンは魂を抜かれ、崩れ落ちた。

 二体目。あと一体。

 海星は最後のスケルトンに目をやる。

 すでに再生していたスケルトンは、海星に攻撃せず、じっと海星を見ていた。

 なんだ……?

 海星が不思議がっていると、いきなり動きだし、海星を背にして走り出した。

「おい、待て!」

 逃げる気か!?

 海星はスケルトンの後を追う。

 スケルトンは、大きく立派な一本の木の近くで止まり、くるりと海星の方を向いた。

 何なんだ? 今のよく分からない行動には何か理由があるのか……?

 海星は疑いつつもスケルトンに近付いた。スケルトンはなんの抵抗もせず、大人しく札を貼られた。

 崩れたスケルトンを見て海星は怖くなった。わざとにしか思えないスケルトンの行動。自分がはめられたのだとしたら……?

 キィィン……。

「!?」

 刀に何かが当たった。刀には微量の液体が付着している。

 辺りを見ると、足元に針が落ちていた。ただの針ではない。針の尻に木の塊が付いてる。

 海星は、この針に見覚えがあった。

「コレは……吹き針の針? じゃあ、刀の液体はもしかして毒か!? 毒針が飛んできたのか!?」

 しかも、俺を狙って……。

 コレが飛んできたと言う事は誰かいる。スケルトンを出した幻獣使いが!

 海星は周囲を探す。気配はない。そこまで気配を消せる幻獣使いだということか。

「まさか……」

 思い当たる人物が脳裏によぎった。

「──!」

 フッと針が髪に当たった。

 今、全く見えなかった。

 海星は冷や汗を拭い、目を閉じた。

 黙視が難しい針、さらにこの薄暗さ。見て避けることはできない。

 海星は耳を済ませ、感覚を研ぎ澄ませた。小さな気配も殺気も取りこぼせない。


 夜風に揺れる葉の音。


 妖精達の囁き。


 擦れる布音。


 深く吸う呼吸音。


 海星は目を開き、払うように刀を降った。刀に針が当たる。

「よしっ」

 海星は近くにあった骨を拾った。

 俺の感覚が正しければ……。

 海星は目の前に(そび)え立つ、大きな木の上を狙って骨を投げた。

 パシッと骨を捉えた音がした。

 海星は骨を投げた場所を睨む。

「やれやれ……」

 すると、黒いフード付きマントを着た男が木から降りて来た。手には海星が投げた骨とおにぎり。

 男は残り少ないおにぎりを口に入れた。

「こんなに早く見付かるとは……流石ですねぇ」

 海星は目を見開いた。

 海星の予測は当たっていた。

 悪いな咲楽。こいつが相手だと、無事で帰れる保証がない。

 男は被っていたフードを取った。オールバックの黒髪。左まぶたから頬までの傷と、左目の下から右頬までの大きな十字傷。光が無い冷たい目をした男。

 見れば見るほど憎しみがこみ上げてくる。

 挿絵(By みてみん)

「会うのは二回目ですかねぇ。こんばんは、希崎海星。改めて、アラン派、高野倖明と申します」

 高野は笑みを浮かべ、丁寧に御辞儀をした。

 海星は黒作大刀を高野に向ける。

「二回目じゃない、三回目だ。お前が七岡を連れ去ったあの日。昨日、学校のプール。そして、今日の三回だ」

 高野は関心の声を上げた。

「私が昨日いたことに気付いていましたか。素晴らしい! 流石ですね!」

 高野は嬉しそうに拍手した。

「何が目的で来た」

 海星は高野を睨む。

「今日は暇潰しですかね。あと、コレの性能を確かめに」

 高野は首から下げていた、吹き針の紐を指で摘まみ、プラプラと見せた。

「なかなか難しいものです。風の影響も受けますしねぇ」

「本当にそれだけか」

「えぇ。敢えて挙げるとすれば、貴方の様子を見に来ました。会いたかったですよぉ?」

「俺もだ。お前には聞きたいことがある」

「ほぅ? 何ですか?」

 分かっているくせに。わざとらしい素振りなんかしやがって!

「お前……七岡をどうした」

 一拍遅れて高野は声を発した。

「七岡? ああ! 七岡ちさですね! ハイハイ、思い出しました!」

 いちいちハイなテンションと笑顔が癪に触る。

 海星は苛立ちながらも冷静に問いを続ける。

「だから、七岡をどうした」

「私は何も?」

 高野は上手く海星の聞きたい質問の答えをかわす。さすがに苛立ちを抑えきれなくなってきた。

「俺は、七岡が無事かどうか聞いている!!」

 海星は一番知りたい聞いた。ずっと気になっていたことだ。

「ああ……先日お亡くなりになりましたよ?」

 それを聞いた瞬間、頭が真っ白になった。高野が言ったことの意味を理解できない。

「なんだって……」

「ですから、七岡ちさは死んだと言っています」

 二回目にしてようやく脳が言葉を理解する。

「きさまぁっ!!」

 海星は冷静さを失い、高野に斬りかかった。高野は骨で刀を受け止める。刀と骨がぶつかり、妙な音が鳴った。

「よくも……七岡をっ!」

 七岡のことだから、きっと生きていると信じていた。俺が絶対に助けると決めていた。

「言っておきますが、あの時、貴方が七岡ちさを助ける事ができていれば、彼女は死ぬことはなかったのですよ?」

 分かっている。俺があの時、助ける事ができていれば……! 何度も何度も後悔した。

「それに、七岡ちさを殺したのは私ではない。我らが主、ヘリオス様です」

 海星は沈黙した。

 高野はニヤリと笑い、海星を払い飛ばした。

 海星は踏ん張り、比較的高野に近い場所で止まる。

「ちなみに、七岡ちさの遺体はグールに処分させました。鳥葬ならぬ幻葬と言ったところでしょうか?」

 海星は愕然(がくぜん)とした。自分が助けられなかったから、自分があの場にいたから、彼女は残酷な終わりを迎えたのだ。

 グールに(むさ)られる、ちさの姿が浮かぶ。

「さて……私からも質問しましょうか。貴方はあの姉弟と一緒にいても良いのですか?」

「っ……」

 痛いところを突かれて何も言えない。

「どうせ、あの姉弟は何も知らないのでしょう? 貴方と一緒にいると危険だと」

 海星は何も答えない。

「私は質問に答えたのに、貴方は答えない。卑怯ですねぇ。ですが、沈黙はそうだと言っている様なものですから別に良いでしょう」

 高野は満足そうに言う。

「さぁて、私はそろそろ帰るとします。外出許可なく出てきてしまいましたから、怖い上司に見つかる前に帰るとしましょう」

 高野はフードを深く被った。

「っ……待て!!」

 海星は止めようとしたが、高野は素早い動きで吹き針を吹く。

 反応が遅れ、針は海星の左太ももに刺さった。一瞬で足が痺れ、海星は膝を着く。

「やはり近距離は命中しやすいですね。ご安心を、ただの痺れ薬ですから。その様子を見ると、薬の量はちょうど良さそうですねぇ」

 高野はペンとメモ張を取り出し記録する。

「……くそっ!」

 海星は針を抜いた。刀を地に刺し、立ち上がろうとするが、うまく立てない。

「フフ、今の貴方では私に勝てませんよ。では、さようなら希崎海星。次会う時はもっと派手に闘りましょう?」

 高野は闇の中へと消えて行った。



「たっだいま~」

 陽向が帰ってきたようだ。

 体を起こすと、熱が下がっている事に気付いた。ダルさもなく、ほぼ完全に治ったと言えるだろう。

「姉ちゃん、入るよ?」

 咲楽が返事をすると、まだ制服姿の陽向が部屋に入って来た。手にはコンビニのビニール袋を持っている。

 部活帰りなので仕方無いのだが、若干汗臭い。

「ほい、これ」

 陽向はビニール袋を咲楽に渡した。中身を見ると、栄養ドリンクと冷えピタが入っていた。

「何かもう元気そうだけどさ、一応飲んどけば?」

「うん、ありがとう」

 咲楽は早速栄養ドリンクの蓋を開け、一口に飲んだ。

 薬品の味が口一杯に広がる。不味くはないが、好んで飲むような味ではない。

 咲楽は残りを一気に飲み干した。

「そうだ、晩御飯どうする? まだ作ってないんだけど……」

「ああ、自分で作るよ。ちなみに、姉ちゃんの晩御飯はもう決まってる。朝食の残りと弁当な」

 弁当まで作っていたのか。学校で食べられなくて悪かったと思う。

「うん、充分」

 どんな弁当を作ったのか、期待しておこう。

「ん?」

 コンコン、と窓を叩く音が聞こえた。

 「なんだ?」

 陽向は、カーテンを開ける。窓の外には森に住むフェアリーがいた。窓を開けると、フェアリーは中に入った。

「伝言を預かって来ましたっ」

「誰から?」

 咲楽が訪ねると、フェアリーは慌て始めた。相手の名前を聞いていないらしい。それでも頑張って伝えようとする。

「え、えっと、その……く、黒い髪の少年から!」

 咲楽と陽向は目をぱちくりさせた。

 黒い髪の少年って誰!?

「その黒い髪の少年の伝言って?」

「片付いた、だそうです」

 陽向は首を傾げた。

「あ、分かった。黒い髪の少年って海星のことだ。今、外暗いから、髪が青じゃなくて黒に見えたんだよ。伝言は幻獣が片付いた、って意味」

「はあ? 幻獣出たのかよ」

「うん。海星が一人で行ったんだけど、無事みたいだね」

「あのぉ……」

 フェアリーは弱々しく声を発した。

「その人、上手く歩けずに座り込んでいましたよ?」


 体の痺れが和らいだ頃、海星は何とか家へと辿り着いた。

 海星は、まだ痺れる体をその強い意思で動かし、急いで自分の部屋へ行き、机の引き出しを開けた。

 海星は、荒れた呼吸を整えると、引き出しの中に閉まってあった一枚の写真を取り出す。

 四月の始め、サバイバルキャンプの前に四人で撮った写真。写っているのは、自分とちさ。そして、海星の親友だった人物とちさの親友。

「ごめん……七岡。助けられなかった……!!」

 海星はその場に座り込んだ。

 どうしょうもない後悔が海星に重くのし掛かる。

「ごめんっ……ごめんな…………(こうき)ッ!」

 全部、俺が悪い。俺が学園などに居なければ、あんな悲惨な事は起きなかったんだ。七岡が死ぬことも、なかったはずだ!

『貴方はあの姉弟と一緒にいても良いのですか?』

 高野の言葉が蘇る。

 分からない。一緒にいて良いのかなんて、分からない。

『あの姉弟は何も知らないのでしょう? 貴方と一緒にいると危険だと』

 ああ、知らない。教えられない。確かに俺は危険だ。だが、アラン派に目を付けられた今、あいつらじゃアラン派には敵わない。俺を負かすくらいじゃないと、アラン派には勝てないんだ。


 ピンポーン──。


 家のチャイムが鳴った。

「……誰だ…………?」

 海星は気持ちを落ち着かせると、玄関まで行き、ドアを開けた。そこにいたのは息を切らせた咲楽と陽向だった。

「良かった、無事だった!」

 咲楽はペタンと座り込んだ。

 病み上がりなのに走ったのか?

 何故、必死になってまで来たのだろう。フェアリーからまだ聞いていないのだろうか。

「フェアリーから連絡来たか?」

「来たけどさ、海星が動けずにいるって聞いたんだよ。大丈夫か?」

「ああ」

 余計な事を喋るなよ……。

「でも、顔色悪いよ?」

 そう言う咲楽こそ、酸欠気味で顔色が悪い。

「大丈夫。ちょっと疲れただけだ」

 精神的に。

「本当に?」

 咲楽と陽向が真剣な目で見てくる。言い逃れできそうにない。

 海星は諦め、毒針の事を話した。今後の相手は高野のらしいので、毒針を使う事は言っておくべきだろう。

「毒って、大丈夫なの!?」

「まぁ、痺れ薬だからな。この通り回復した」

 海星は、まだ痺れが残っている足を動かして見せた。

「とにかく、吹き針を使う高野倖明っていう奴が俺らの相手らしい。フードが付いた黒いマントを着ていて、顔に大きな十字傷がある。歳は……五十代。奴は強いから気を付けろ」

 咲楽と陽向の表情が曇る。これから本格的に戦いが始まると分かって不安なのだ。

「大丈夫。三人なら何とかなるさ」

 僅かに咲楽と陽向の表情が緩む。

「ところで、出た幻獣って何だったんだよ」

「スケルトンだ。三体だけだった」

「え……スケルトン!?」

 陽向は目を見開いて驚く。

 そこまで驚かなくてもいいと思う。

「──姉ちゃん、帰ろう。また熱上がっても困るし」

 陽向が促す。姉思いだと思ったのと同時に、慌てているようにも見えた。

「……そうだね。海星、今日はありがとう」

 咲楽に続き陽向も礼を言った。


 二人が帰るのを見送った海星は、自分の部屋に戻った。そして、もう一度先程の写真を見る。

 おそらく、二人は戦いなれてない。このままではすぐに殺られてしまう。それだけはどうしても避けたい。

 俺といても、別れても危険なら、時が来るまで一緒にいよう。一緒に戦おう。七岡の二の舞になんてさせない。

 まだ俺に時間は残っているはずだ。


 家へ戻る姉の姿は、元気がなかった。

 熱のせいだけではないと、陽向は理解していた。

「姉ちゃん、大丈夫か」

「うん。今回のは関係ないと思うし……」

、そうは言うが、スケルトンと聞いたとき、自分が思っている以上に咲楽は恐怖を感じていただろう。

 だから、早足で早く家へ帰ろうとしているのだ。普段は平気でも、今は夜の森に居たくないんだ。

「でも──」

 咲楽が足を止めたので、陽向も歩みを止めた。

「関係あろうとなかろうと、二度と……!」

「もちろんだ!」


 護りきってみせる──。

幻獣使い 第四体目【只今発熱中】を読んでいただき、ありがとうございます!


今回は海星がほぼ中心の話でした。

……次回もです。

主人公を差し置いて(笑)

そんな海星。初めてラブレターをもらっていましたね。

ベタって分かっていても書きたかったんです!


今回、一気に謎が深まったかと思われます。

どんどん深まっていく予定です。


さ、今回も新キャラ出てきたので御紹介。


梅原匡介。男子バスケットボール部の部長様。一応ドSキャラです。

梅ちゃんと呼ぶと怒られるか、静かに反撃されます。

匡介を恭介にしなかったことは、今でも後悔中です。のちのち恭を使ったキャラがいるので仕方なく……。


藍川夏向。咲楽と陽向のお父上。

名前は初登場ではありませんけど……。

文系で、本を沢山読みます。


今回の挿絵はパソコンで塗ってる箇所もあります。パソコンで塗るのって難しいですね……。


服の色とか、匡介の髪色とかの色選択をミスりました(笑)

次回は気をつけます。

咲楽の挿絵が一番描くのが楽しかったですね。

可愛いな~とか言っていたら、友人に「親戚のおっさんか!」とツッコまれました(笑)


さて、次回第五体目は【幼き三人】。

七年前の咲楽達の出会いのお話です。


暑い日が続きます。

HELIOSのように夏バテしないようお気をつけください(´▽`)

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