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幻獣使い  作者: HELIOS
3/76

第三体目 プールに迷い込んだ水の精霊

 夜、宮下(みやした)は懐中電灯を持ち、暗い校内を巡回していた。彼は如月高校の警備員だ。

 今のところ異常は見られない。

「ご苦労様です」

 背後から女性の声がした。

「いえいえ、仕事です……から……」

 つい答えてしまってから気付く、自分に声を掛けたのは誰だ? 慌てて振り返るが誰もいない。

 ああ……またか。どうりで聞き覚えのある声だと思った。

 おそらく、声の正体は如月高校に住み着く幽霊だ。過去何度か声を聞いたり、気配を感じたりしたが全く慣れない。悪い幽霊じゃないとあの子達から聞いているが、こういう事は止めて欲しいと思う。もう若くない心臓が止まるのではないかと冷や冷やする。

 宮下はプールの様子を見に来た。懐中電灯で周りを照らし、異常が無い事を確認する。たまに水泳部の忘れ物を発見するが、今日はなさそうだ。

 夏の授業まで使わない為、プールには落ち葉やゴミ、虫の死骸などが浮いている。塩素消毒をしていないため、藻が生えている。

 汚いので水を捨ててしまえばいいのではと思うこともあるが、災害時に役立つことを知っているため、その思いはすぐに消える。

 宮下はプールを覗き込んだ。

「これは、洗いがいがありそうだ」

 夏になれば、はしゃぎながら生徒達が綺麗に洗ってくれるのだろう。昔、洗ったことのある宮下は、静かに思い出に浸った。

「ん?」

 風もないのに水面が揺らいでいるのは気のせいだろうか。水面を見ていると、またも何か聞こえた気がした。男声なのか女声なのかも分からない、はっきりと聞き取れない声。

「ゆ……幽霊さん?」

 声の正体が、彼女であることを祈る。

「……!!?」

 急に水面に映る自分の姿がぐちゃぐちゃになった。プール全体が揺らぎ始めたのだ。その揺れは次第に大きく、荒くなっていく。

 宮下は後退る。

「これは……!?」

 宮下は己の目を疑った。水の壁が自分の前に出来上がったのだ。

 水の壁はゆっくりと宮下の方へ傾き、一気に倒れる。宮下は逃げる事ができず、大きな波に呑まれてしまった。



 如月市にある森の中、白い家が一軒ある。

 そこに住むセシル派の幻獣使い、藍川咲楽(あいかわさくら)はカーテンの隙間から差し込む光で目を覚ました。

「ん~っ……。今、何時……?」

 枕元の目覚まし時計を見ると、五時を過ぎた頃。普段より少し早く起きてしまったようだ。

 咲楽は布団から出て、窓を開けた。春の心地よい風が一気に部屋に流れ込む。一伸びすると、すっかり目が覚めた。

 咲楽は寝巻きからトレーニングウェアに着替え、長い薄茶の髪をとかす。そして、髪を高い位置で一つに束ねようとした。

「っ……!?」

 その時、黒いゴムがブツンと切れてしまった。

 新しくゴムを出そうと、アクセサリー入れを開ける。が、黒いゴムはあれで最後だったらしい。朝からついていないと思う。今日の放課後、新しく買いに行こう。

 結局、蝶の飾りが付いたゴムを使って髪を束ねた。運動する際はチャラチャラうるさくて邪魔だが仕方無い。

 咲楽は部屋の空気が入れ換わったところで窓を閉めた。

 顔を洗って、軽食を済ませると、水筒とタオルを持って外に出た。

、少し風が強い。風の精が住んでいるためなのか、この森にはよく風が吹く。その風はとても心地良く、さわやかだ。

 トレーニング場所は、家から少し離れた木や草が少ない場所である。ちなみに両親の墓はさらに森の奥にある。

 そこには、先に起きて家を出た弟の陽向(ひなた)がいた。汗を垂らしながら、腕立て伏せをしている。

 平日は朝、休日は時間がある限り、二人は対幻獣、また対幻獣使いの為に筋トレやランニングなどをし、日々体力や技術を上げている。

 この習慣は、亡き両親、夏向(かなた)咲夜(さくや)によって身に付けられたものだ。昔は嫌だったが、今ではやらないと気が済なくなっている。

「陽向」

 咲楽が呼び掛けると、陽向は青い瞳をこちらに向ける。

「今日は早いな」

 陽向は腕立てを止めた。部活の朝練習があるため、陽向は咲楽より早く起きてトレーニングを終わらし、部活に行く。普段なら、陽向が筋トレを終えている頃に合流する。

「早く起きちゃって」

「そうなんだ。あれ? どうしたのオシャレなんてしてさ」

 どうやら、ヘアゴムの事が言いたいようだ。

「オシャレなんてしてないよ、ゴムが切れたの。これは仕方なく使ってるだけ」

「な~んだ」

 陽向は胡座をかき、薄紫色のタオルで汗を拭く。そして、水分補給も忘れずに摂る。

 陽向が休憩している間、咲楽は準備体操をした。これから運動するため、しっかりと筋肉を(ほぐ)しておく。

 準備体操が終わった頃、陽向は立ち上がっていた。僅かに口角が上がっている。咲楽は陽向が何を言おうとしているのかは、だいたい予想できた。

「姉ちゃん、時間あるなら実践練習しようぜ」

 やっぱり、と咲楽は思う。陽向は幻獣使い、または幻獣と戦う事を考えたトレーニング、実践練習が好きなのだ。

「良いよ。何するの」

「今日は……武器使おうぜ!」

 つまり、今日は二人で闘り合いたいらしい。

「分かった。でも、いつも言うように──」

「分かってる。棒でだろ?」

 咲楽は頷いた。

 実践練習に棒を使うのは、もしも誰かに見られた際、銃刀法違反だと言われない為だ。

 さらに、怪我防止の為、実践練習は棒を使って行うよう、両親に言われている。

 二人は幻石から棒を取り出した。

 棒は日本の素朴な武器だ。二人の持つ棒は、均一の太さの円柱に削り出された、身長より長い六尺棒。長柄武器をよく使う二人はこの長さがしっくりくる。

「よーし、かかってこいよ」

「なーに余裕ぶってるの?」

「別に?」

 昨日勝ったから今日も勝つ。なんて陽向は思っているんだろうな、と咲楽は思った。



 血の匂いと花の匂いが混ざりあった花畑で、俺は亡骸を前にして泣いていた。

 白くて花綺麗だと教わったその花は、暗紅色(あんこうしょく)の花へと化していた──。


「……!」

 希崎海星は夢から覚めた。額には汗が滲んでいる。

 この家に帰って来たからだろうか、何か悪い事が起きる前兆だろうか。思い出したくない、昔の夢を見た。

 海星は唇を噛み締める。

 朝のトレーニングをしに行こう。

 海星も森泉学園にいた影響で、トレーニングをする習慣がついている。

 咲楽達もしていると言うので、今日から練習に加わる事にしたのだ。

 海星は布団から出て、準備をし始めた。



 激しくぶつかる木と木の音。

 咲楽と陽向は慣れた手つきで棒を使いこなし、様々な攻撃を仕掛ける。

「うっ」

 当たり前の事だが、咲楽は男の陽向より力が弱い。力負けし、押され、よろける。

「もらったぁ!」

 陽向はその隙を狙い、大きく振りかぶった。

「ばーか♪」

 咲楽は体勢を素早く立て直し、陽向に突きをお見舞いする。そして、バランスを崩した陽向の足を即座に払う。陽向は思わず尻餅を着いてしまった。

 咲楽は棒を地に立て、勝利の笑みを浮かべる。

 陽向は悔しそうな顔をした。

「始める前の余裕はどうしたの?」

「うるせぇ!」

 陽向は適当に尻を叩きながら立ち上がる。

 陽向はここぞと言う際、大振りになる癖がある。何度も注意はしてるが、なかなか直らない。


「朝から姉弟喧嘩か?」

 海星が急に現れた。

「うわっ!? 海星、気配消して出てくんなよ」

「え? あ……すまない。無意識に消してたみたいだ」

 無意識にここまで気配を消すのだから驚きだ。いや、自分が鈍いだけなのかもしれない。

「途中から見てたんだけどな」

「え、いつから!?」

 咲楽は、やっぱり自分が鈍かったんだと思った。

「陽向が負ける前から」

「負けたの見られてたのかよ…。でも昨日は俺が勝ったんだぜ?」

 まだ言うか。そんなに昨日勝ったのが嬉しかったのだろうか。

「へぇ。昨日はってことは、いつもは咲楽が勝つのか?」

「少し勝ってるくらいだよ」

「じゃあ咲楽。手合わせ願おう」

「え?」

「どれくらい強いのか知りたいなって思って」

「んー……良いよ」

 海星の強さが知りたかったため受け入れた。 

 それに、自分の弱さが知りたい。陽向なら気付かない自分の弱点を、海星なら見つけるかもしれない。

「武器は、棒を使うんだな」

 海星も持っていたらしく、幻石から棒を取り出した。海星の棒は咲楽達より短かった。胸の高さ位の長さの乳切り木。

「短いね」

「二人が長いんだよ。俺はこの長さの武器をよく使うから、これ位がしっくりくる」

「私達も同じ理由だよ」

「そりゃ失礼」

 海星は棒を体の近くで回転させた。準備体操代わりだろうが、やけに上手く感じた。こんなに上手く回すのは父、夏向のを見て以来だろうか。

「よし」

 海星はを止め、咲楽と向き合う。

 陽向は審判をやると立候補した。

「始めようか」

「お手柔らかにね」

「もちろん。怪我なんてさせない」

 その自信満々な海星の言葉に、咲楽は闘志を燃やした。

「はいっ、初め!」

 適当な陽向の合図で、実験訓練は始まった。


「ッ…!?」

 咲楽は足を祓われ、尻から地面に落ちる。目を開ければ、海星の棒の先が目の前にあった。

「勝者、海星!」

 陽向が海星側に手を上げた。

「俺の勝ち。はい、手」

 海星は棒を引き、咲楽に手を差し伸べる。

「……ありがと」

 咲楽は海星の手を借りて立ち上がった。

 海星は悔しいくらい強かった。スピードがあり、重さがある攻撃。陽向とは大違いだった。そして、私に対して余裕そうだった。

「足、大丈夫だったか?」

「うん。海星は強いね」

「ありがとう。でも、俺はまだまだ弱いよ。こう……、学園の友達とはなかなか決着つかなかったし」

「つまり、たんに姉ちゃんが弱かったんだな!」

「なっ! 私に負けた陽向が言うな!」

「るっせーよ!いつか負かしまくってやるから!!」

「やってみなさいよ!!」

挿絵(By みてみん)

 二人が言い合っていると、海星が笑い始めた。

 二人は海星を凝視した。だが、すぐにいつもの落ち着いた顔付きに戻った。

「あ、いや…見てて面白いなって思ってさ。俺、兄弟いないから」

「面白いか?」

「ああ。学園でも兄弟喧嘩する奴らはいたけど、二人の方が兄弟喧嘩らしい気がする」

 児童幻獣養護施設(じどうげんじゅうようごしせつ)。通称、森泉学園。海星が七年間過ごした場所。

 海星がちょっと楽しそうに話すから、どんな場所なのか気になった。また話を聞きたい。

「なぁ~海星。俺もっと姉ちゃんに勝ちたいんだ。どうしたら良い?」

「咲楽の弱点を知りたいって……俺が教えて良いのかな?」

 海星はチラッと咲楽を見た。言って良いのか目で聞いてくる。

 咲楽は自分の弱点が知りたくて許可した。

「咲楽は足元が弱いんだ」

「そう言えば、よくお母さんに転かされた記憶がある」

 直る前に死んじゃったから、注意してくれる人が居なくなったから、いつの間にか自分の弱点を忘れてた。

 二年前、両親が死んだ日。あんな事があったのに、私はもう平和ボケしている。トレーニングはもっと真剣にするべきものなのに、いつから必死さが抜けた?

「ふーん。そっか、次から狙おっと」

「陽向、相手の弱点くらい自分で見付けられるようにならなきゃ駄目だ。それに、倒すべき相手は咲楽じゃないだろ?」

「相手は幻獣または幻獣使い。姉ちゃんはあくまで練習相手」

「よく分かってるみたいだな。忘れるなよ?」

「うん」

 陽向は頷いた。

 ふと、咲楽は腕時計を見た。

「陽向、時間大丈夫?」

 咲楽は腕時計を見たついでに警告をしておく。

 陽向は慌てて、自分の腕時計を見て時間を確認する。

「危ない、危ない。姉ちゃん、ありがとな」

 陽向は荷物を持って家へと駆けて行く。

「朝御飯、冷蔵庫見てね!」

「サンキュー!」

 陽向の姿は見えなくなった。

「……!?」

 陽向を見送る咲楽の頭にタオルが乗る。視界にミントグリーンのタオルの端が映り、自分のだと分かった。

「ほら、風邪引くぞ。汗拭いて」

「ありがとう」

 咲楽はタオルで汗を拭いた。

 それから休憩し、海星と一緒に藍川式筋トレを行った。



「え、何々?ジャム!?」

 咲楽の友達、大沢華夢は赤いジャムが詰まった小瓶を嬉しそうに見る。

「ワイルドストロベリージャムだよ。ワイルドストロベリーの他に、苺とかも入ってるけどね」

 咲楽は先日採ったワイルドストロベリーで作ったジャムを作ったのだ。

 苺好きの華夢はずいぶんと喜んでくれた。

「帰ったら食べてみるねっ♪」

「是非感想をお聞かせください」

「はいっ、了解であります」

 華夢は何故かビシッ、と敬礼。

「何や、朝から怪しい取引でもしとるんか?」

 二年二組委員長、元良和稀(もとよしかずき)が横から顔を出してきた。その後ろには和稀の友達、山部千夏(やまべちなつ)と海星の姿。

 海星が如月高校に転校してきて二日経った。和稀が初日から海星に話しかけていたお陰だろう。三人はよく一緒にいるようだ。

 海星に早くも友達ができて良かったと思う。

「怪くないしっ。咲楽お手製のジャムを貰っただけよ」

「なぁんや。麻薬取引でもしとんのかと思たわ」

「んな訳ないだろ」

 すかさず和稀の友達、山部千夏が和稀にツッコんだ。

「千夏ぅ、もっとビシッとツッコんでぇな」

「知るか。俺はお前とコンビになった記憶はない」

「冷たいなぁ」

 いつも通りだと思う、と咲楽と華夢は思った。

「じゃあオレ、海星と組むわ」

 和稀は海星の肩に腕を回した。海星は少々困り顔。

「ヨロシクな。コンビ名何しよか?」

 勝手に話が進んで行く。

「いや、やめておく」

 海星は和稀の腕を外した。

「えー、二人して何やねん! ──おっ、やば。みんなーっ! 席着けぇ!」 

 和稀がそう言った後、すぐにチャイムが鳴った。クラスメイトは席に着く。チャイムが鳴り終わる頃には全員着席していた。

 チャイムが鳴り終わりしばらくすると、担任の矢野先生が教室に入ってきた。和稀の号令で礼をする。

 朝のSHRが始まった。欠席者の確認が終わり、連絡事項が矢野から告がれる。

「──それから、篠山(しのやま)高校の男子生徒が近頃荒れているらしいので注意するように」

 篠山高校。如月高校の北側に位置する、不良高校と名高い学校だ。

 たまに如月高校の生徒が被害に合うので、こうした注意がある。

「連絡は以上」

 和稀がもう一度号令を掛けた。

 SHRが終わり着席しようとした時、矢野に声を掛けられた。

「藍川さん。校長先生がお呼びだから、昼休みにでも校長室へ行ってね」

 何かあったのかな…?

「分かりました」

 校長先生に呼び出されたときは、何かよからぬ事が起きた時だ。きっと陽向も呼ばれている。

 ──海星も連れて行こう。



 昼休み。咲楽は昼食を取り終え、理由を言い華夢と別れた。

 またぁ? と、心配されたが、適当に誤魔化した。

 そして、和稀達に頼み海星を貸してもらった。

 咲楽達の教室がある第二本館二階から、校長室がある第一本館一階に行くまで、周囲の目が痛くて仕方なかった。

 学校の有名人、薄茶の髪と青い瞳の咲楽。噂の転入生、濃紺の髪と深緑の瞳の海星。他とは違う容姿の二人が並んで歩く姿は注目を集めた。

「咲楽、離れて歩こう。少しはマシかもしれない」

 海星が小さな声で提案してきた。心なしか海星の歩くスピードが上がった気がする。

 それでは、転入して間もない海星に一気に視線が行くのではないだろうか。

 ──もしかして、気を使ってくれてる?

 咲楽はスピードを上げて海星に追い付く。

「これから一緒に行動する機会は増えるもの。一緒に行動することが当たり前になる。それに、皆珍しく思ってるだけだし、こんなの最初だけ。だから気にせずに歩こうよ」

「なら、このままで良い」

 海星が微かに笑った気がした。


 二人は校長室に着いた。咲楽が戸をノックすると、中から低い声が返ってきた。

「失礼します」

 咲楽に続き、海星も校長室へ入る。部屋には珈琲の良い香りが漂っていた。

「ああ、来てくれましたね。実は頼みが……おや? 希崎君までどうして」

 そう言ったのは、銀縁眼鏡が似合う富須川(とみすがわ)校長だ。

 コンコン、とドアを叩く音が聞こえたと思えば、陽向が校長室に入ってきた。

「失礼しまーす。お、海星まで」

 海星は何故陽向まで来たのか分からないと言った表情をした。何も言わずに連れてきたのだから当然だろう。説明くらいするべきだった。

「校長先生、話を伺う前に紹介します。彼も私達と同じ幻獣使いです」

 咲楽がそう言ったのを聞き、海星は驚き、焦った。

 幻獣使いには正体をバラすなと言う掟は無い。だが、一般人を巻き込まないよう極力正体はバラさない。

「大丈夫だ」

 慌てる海星を陽向が止める。

「一般人に言って大丈夫なわけ……!」

「ほぉ、三人目ですか」

 校長がそう言ったのを聞き、海星は目を丸くした。

「なっ? 校長先生は幻獣や幻獣使いの存在知ってる人だから安心しろよ」

「あ……あなたは見えるのですか?」

 富須川は首を振る。

「見えません。過去に一度見ただけです。そのとき、幻獣使いの存在も知りました。希崎君、出来れば貴方も助けてください」

「……?」

「本題に入りますね。昨晩、八時半頃の事です──……」

 校長によると、プールの水が生き物のように動き、警備員の宮下を襲ったらしい。

 校長の頼みは、その現象は幻獣によるものなのか確認し、幻獣が原因ならば対処して欲しいと言うものだった。

「宮下さんは船井(ふない)さんの仕業じゃないかと疑っていました。これも確認して欲しい。お願い出来ますか?」

「「はい」」

 咲楽と陽向は返事をした。

「海星はどうする?」

「やるよ」

「すまないね。三人とも、ありがとう」

 校長室を出ると、海星は二人に説明を求めた。

「私が如月高校に入学してすぐ、校長先生に声を掛けられたの。君は幻獣使いか、って。先生は本当に私達、幻獣使いの存在を知ってるみたいだったから、私は正体をバラしたの」

「俺は弟だからすぐにバレた」

 陽向は自分を指しながら言う。

「それで、何で校長の頼みを聞いているんだ? まさかバラされたくないなら、言うこと聞けとか?」

 海星にそう言われ、咲楽と陽向はお互いの顔を見てから笑った。

「違う、違う。あのトミーがそんなことするように見えたか?」

 トミーとは富須川校長のことである。

「ま、確かに、ちょっとした取引なんだけどね。ほら、私達は幻獣が現れたら対処するよね?」

「ああ」

「じゃあ、もしも授業中に現れたら?」

「俺なら授業中だろうが、幻獣の元へ行く」

「うん、私達もだよ。でもね、授業を抜けると先生達が黙ってないよね」

「いや?」

「え、普通は言われるんだけどな……。ああ、そっか! 施設は先生も幻獣使いだから何も言われないんだね」

 海星の様子を伺う限り当たりだ。

「施設と学校の違いか~。まあ良いや。普通は無断で授業抜けたらお説教なんだよ。でも、授業抜けた理由なんて聞かれたら答えらんねぇだろ?」

「そこで、校長先生の頼みを聞く代わりに、そこら辺をなんとかしてもらってるの」

「なるほど、なかなか良い取引だな」

「でしょう?」

 一体どうやって誤魔化しているか分からないが、この取引のお陰で色々助かっている。



 二年三組の六時間目の授業は体育だった。聞くと今日はサッカーをするらしい。

 学年色のジャージに身を包んだ三人は、運動場に向かっていた。

「海星はサッカー上手いん?」

 和稀に聞かれ、考える。サッカーは好きだが、和稀達にとって、どのラインで上手いと言うのか分からない。

「多分」

 自信無さげな返事をしておいた。

「やれば分かるさ」

 千夏がダルそうに言う。あまり動きたくない気分のようだ。

「そやな。千夏もオレもなかなか上手いんやで? なんせ、元サッカー部やからな」

「そうなの……か……?」

 海星は誰かに見られている感じがして、振り返った。

「どうした?」

 千夏が不思議そうな顔をする。

「誰かに見られている感じがして……」

 見られていると思ったのは今日だけではない。学校にいると時々感じた。この感じはあの感覚と似ているような気が──。

「もしかして、幽霊やったりなぁ」

 和稀が冗談口調で言う。

「幽霊?」

「この学校にはなぁ、女の幽霊が住んどるって話や」

 挿絵(By みてみん)

 幽霊──ゴーストか。そうだ、幻獣が現れた感覚と似ているんだ。

「なんや難しい顔しとるけど、悪い幽霊って噂は一個もないで?」

(おど)かされた子とかはいるけどな」

「そうなのか」

 咲楽達が放置してるのだから大丈夫そうだが、後で二人に詳しく聞こう。

「もうチャイム鳴るで。はよ行こ」

 三人は駆け足で集合場所へ向かった。


 第二本館の屋上に一人、女の姿があった。

「んー、そろそろかしら。さん、にぃ、いち──。キーンコーンカーンコーン。キーンコーンカーンコーン」

 女は六時間目のチャイムと同時に口ずさむ。

 ちなみに彼女は時計など見ていない。長年チャイムを聞き続けた成果だ。

「さてと……」

 先日、いつものように人間観察として、和稀の様子を見ていた。見ていて面白い和稀は、彼女にとってお気に入りの一人だった。

 そんな和稀の隣には、いつも一緒の千夏と見知らぬ青髪の少年の姿。

 黒と見間違えそうな暗い青い髪。珍しいと思った。

 気付かないかなと思いながら今日、少年をじーっと見ていると少年が振り返ったではないか。遠くて顔はよく見えなかったが、カッコいい気がした。

「あ、いたいた」

 少年を見付けると、いつものように観察を始めた。


 終礼が終わり、机を後ろに送ると、咲楽は海星の元へ行った。

「船井先生に会いに行くから着いてきてよ」

 船井……船井……。ああ、今日校長が言ってた人か。

「分かった」

 教室を出ると陽向が廊下で待っていた。


 第二本館の屋上にあまり人は立ち入らない。何故なら彼女、船井幸子(ふないさちこ)がいるからだ。

 船井は見た目三十代の女教師で、赤い眼鏡をかけている。

「あら~っ、咲楽ちゃんに陽向君じゃな~い!」

 咲楽達は、屋上に着いた途端に船井にお出迎えされた。そして、船井は海星を見るなり目を輝かせた。

「まあまあっ。青髪君まで!」

 初対面の相手に青髪君と呼ばれ、海星は戸惑った。

 船井は海星に近付くと、海星の顔をじろじろ見始めた。

「あらっ、やっぱりイケメンだわ♪」

 やっぱりと言うことは、謎の視線の正体はこの人か、と海星は思った。

「髪青っ! でもコレ地毛よね!? ふ〜ん、目は緑なのね。エメラルドみたいで綺麗だわ〜」

「……」

 そろそろ船井を止めよう。海星の目が死んでいる。

「船井先生、落ち着いてください」

「あっ、ごめんなさい」

 船井は海星から離れる。その足は地に着いていない。彼女は生きていないのだ。

「えっと、紹介するね。この学校に住み着いているゴーストの……」

「船井幸子先生でぇす☆」

 船井は咲楽の説明に割り込む。

挿絵(By みてみん)

「幽霊歴は三十年! 好きな色は緑かなっ。趣味は学校の人達の観察♪ アダ名は──」

「ストーップ!!」

 陽向が船井の暴走を止める。このまま船井を放置すれば止まらなかったかもしれない。

「ま、こんな人だ」

「よく分かった……」

 おそらく、和稀達の言ってたゴーストはこの人の事だろう。咲楽達に詳しく聞くつもりだったが、十分にどんな人なのか分かった。

「じゃ、今度は青髪君が自己紹介してよ」

 と、船井は言う。

「希崎海星。二人と同じ幻獣使いです」

「海星君っていうのね!」

「はい」

「………えっ、えっ? それだけ?」

 船井は物足りそうに海星を見詰める。

「他に何を……」

「ん~例えばぁ……好きな異性のタ・イ・プとか♪」

「………」

 海星は船井のテンションに付いていけなくなった。

「まぁ良いわ。それで咲楽ちゃん、何かワタシに用かしら?」

 咲楽はハッとする。本題を忘れるとこだった。

「船井先生、昨日の夜は何してました?」

「なんだか取り調べみたいねぇ。昨日はいつも通りよ」

 いつも通りと言われても分からないので、昨日起きた事を説明する。

「それワタシじゃないわよ! ワタシそんなことできないわ!」

「じゃあ、何かこの件について知りませんか?」

 咲楽も陽向も最初から船井(ゴースト)にそんなこと出来るなんて思っていない。何か知らないか聞くために屋上(ここ)へ来たのだ。

「残念だけど、何も知らないわ」

「そうですか。もう一度聞きますけど、何もしていませんね?」

「ええ、昨日は宮下さんに声かけただけよ?」

「結局迷惑かけてるじゃねぇか!」

 やっぱり……。

 咲楽は静かに溜め息をついた。

 学校の警備員、宮下さんには多少霊感がある。そんな宮下さんを船井はよく驚かせたりしているのだ。


 船井と話し終わった三人は、問題のプールを見に行った。

 だが、プールサイドで水泳部が夏に向け、筋トレをしていたためプールに近付くことができなかった。

 仕方がないので、気を集中させ幻獣がいないか確認してみた。

 幻獣が近くにいれば分かるのだが、何も感じない。

 今はいないのか、気配を消せるほど力が強い幻獣なのか──。

 とにかく、夜に現れる事を願った。急に現れ、周りの人に被害が及んでほしくない。


 次に三人は校長先生に船井の無実を伝えるべく校長室へ向かった。

「もし学校の事で知りたいことがあるなら、船井先生に聞くと良いよ。大概は第二本館の屋上にいるから」

「俺、あの人苦手だ……」

「あはは。分からないでも無いけどさ、良い人だから、仲良くしてやって」

「努力はする」

 そんな話をしているうちに校長室へ着いた。

 咲楽は船井の無実を校長に話した。

「そうですか、彼女ではないなら一体……」

 校長先生は眉間にシワを寄せた。

「先生。今日の夜、私達も宮下さんと一緒に巡回しても良いですか?」

「構いません。むしろ、ありがたいです」

「海星はどうする?」

「もちろん、参加する」

 二十時に正門前集合ということになった。



 帰り道、咲楽と海星は如月百貨店(きさらぎひゃっかてん)に寄った。咲楽はヘアゴム、海星は食材を買いに寄ったのだ。

 咲楽はヘアゴムをアクセサリーショップ[フェアリーズ]で買うことにした。

 フェアリーズは可愛らしい内装の店で、品揃えも豊富だ。咲楽はよく華夢とフェアリーズで買い物をする。

 海星が流石に女の子のショップには入りにくいと言うことで、咲楽と海星は別々に買い物を済ませることにした。

 フェアリーズに着くと、咲楽は新しく入荷した商品を見て回った。春と言うことで、桜をモチーフにしたアクセサリーや、桃色の小物などが沢山置かれていた。

 欲しいと思う商品はあったが、今回アクセサリーを買う予定では無かったので、物欲を抑え、お目当てのヘアゴムだけを買った。


 ヘアゴムを買い終えた咲楽は、海星との集合場所へ向かった。

「アハハッ! それでよぉ~」

 集合場所の付近、騒がしい男子生徒達を見掛けた。制服は乱れ、髪は染まり、ジャラジャラと身に(まと)うアクセサリー。

 あの制服は篠山高校の……。絡まれないように気を付けなきゃ。

 咲楽は集合場所のベンチに着いた。海星はまだ来ていない。ベンチに座って待つことにした。

「…………」

 先程の学生達からの視線を感じる。気のせいであってほしい。

 無視、無視。

 咲楽は鞄から文庫本を取り出し読み始めた。

「…………──」

 ああ、どうしよう。誰か近付いてきてる。海星じゃないことは確かだよね。海星気配薄いもの。という事はまさか──?

 咲楽の嫌な予感は当たる。

「やあっ、君一人?」

 篠山高校生が二人。そのうちの一人が声を掛けてきた。

「いえ……」

 咲楽は本を閉じた。いつでも逃げれるように──。

「うっそ~、一人じゃん。どうせ暇っしょ? ちょっと話さない?」

「待ち合わせをしているので、良いです」

「そんなこと言わずにっ」

「──!」

 咲楽の左隣にその男子は座ってきた。危険を感じ、素早く咲楽は立ち上がったが、手を掴まれ強制的に座らせられる。

「離して!」

「ここ待ち合わせしてるんでしょ? どっか行ったら相手が困るよね」

 確かにそうだけど!

 咲楽が怯んだのを見て男子生徒は、咲楽の肩にガシッと手を回した。

「……!!」

 右にはベンチの手すり、左には男子、前方にも一人。さらに、この状況。

 逃げれない!?

「何してる」

 聞き覚えのある声が聞こえた。

 いつの間にか下がっていた顔を上げると、買い物袋を持った海星の姿。やっぱり気配が薄い。

「その子を離して貰えるか?」

 海星はいつもと変わらぬ、落ち着いた声で言う。

「なんだてめぇ」

 咲楽の前にいた男子が海星に殴りかかる。

「危ない!」

 パシッ。海星は買い物袋を持っていない方の手で拳を受け止めると、慣れた手付きで男子の手を捻り上げた。男子は痛みに声を上げる。

「もう一度言う、その子を離せ」

 先程より低い声。

「わっ……分かったから、そいつを離してくれ」

「先に離すのはお前だ」

 男子は咲楽を離した。咲楽はすぐに立ち上がり、ベンチを離れる。

 咲楽が自由になったのを確認すると、海星は男子から手を離した。

 男子二人は逃げ足でどこかへ行った。

「咲楽、大丈夫か!?」

 海星が心配そうに駆けてくる。

「大丈夫、ありがとう」

 それを聞いて、海星はホッとした。

「あいつらは?」

「今日、矢野先生が言ってた篠山高校の生徒だよ」

「あいつらが……」

「海星も気を付けてね。篠山高校生は暴力沙汰も多いって聞くし…」

「気を付けなきゃいけないのは咲楽の方だろ?」

 確かにと思い、咲楽は苦笑した。



 二十時、約束の時間。咲楽、陽向、海星の三人は集合場所の正門前にいた。

「はいコレ」

 咲楽はある物を海星に渡した。

「何?」

 海星は渡された入れ物の蓋を開けた。中には緑がかったクリームが入っていた。何だか薬草に似た匂いがする。

「エルフ特製の塗り薬だよ。ちょっとした怪我ならすぐに治る優れもの」

「それは凄い」

 海星は興味津々。

「ありがとう。でも、こんな良い物貰って良いのか?」

「うん、今日のお礼も兼ねてってことで」

「なに? 今日のお礼って」

 陽向が聞いてきたので、咲楽は今日の出来事を話した。すると、陽向は吹き出した。海星は驚いた顔で陽向を見る。

「くく……またかよ。ホント姉ちゃんはよく絡まれるよな~」

「そうなのか!?」

「そりゃ……目立つからな」

 陽向は自分の短い髪を(いじ)る。

「なるほど……」

「ハックション!」

 くしゃみの音が聞こえた。

「来たぜ」

 鼻水を啜る音と共に警備員、宮下がやって来た。いつも着けていないはずのマスクを着けている。

「お待たせ。制服で来たんだね」

 宮下は鼻を(すす)る。

「はい、一応学校ですから」

 ただし、靴はちゃんとローファではなく運動靴を履いて来た。

「おっちゃんさ、風邪でも引いたのかよ。鼻声じゃん」

 皆が思っていた疑問を、陽向は宮下にぶつけた。

「そうなんだよ。昨日ずぶ濡れになったからね。それに、春とは言え、この時期の夜はまだ冷えるから」

 確かに、少し肌寒い。

「ん、君が海星君?」

 宮下は海星に目を()る。

「はい。希崎海星です」

「よろしく。警備員の宮下です。では、行こうかね」

 それから三人はプールの水が暴れたという時間まで、宮下と一緒に巡回していた。

「本当に生き物みたいに水が動いてね……とても驚いたよ」

 宮下は昨日の事を三人に話す。

 様子を聞くだけでは、何の幻獣なのか分からない。水関係の幻獣というだけで、特定は難しい。

  お〜こえ。夜の学校とか……」

 そう言いながら先頭を歩く陽向は言う。

 電気が落ち、頼れる明かりは宮下の懐中電灯だけだ。

「陽向は怖がりなのか?」

「ちげぇよ。ちょっと苦手なだけ。夜の森とか、嫌な雰囲気がする場所は嫌いなんだ」

 あまり怖がりと大差ない気がする。

 元々陽向は怖がりで、泣き虫だった。だが、それから脱出すると決めてから、随分と改善されてきたと思う。

「あ……」

 窓の外に船井の姿。そ〜っと船井は陽向より先に行くと、壁をすり抜け、陽向の前にバッと現れた。

「わぁっ!!」

 船井は声も出して陽向を驚かす。

 咲楽と海星は驚かなかったが、陽向は大いに驚いた。

「び、びびった〜!」

「船井先生……」

「はぁい、咲楽ちゃん。例の事件の調査?」

 船井が様子を見に現れたようだ。

「はい。何か異変がありましたか?」

「ううん、なぁ~んにも異変なしよ」

「そうですか……あっ」

 宮下が不思議そうな顔でこちらを見ていた。

「おっちゃん、船井先生だよ」

 陽向は船井がいる方を指差す。

「そこにいるのかい? 私には見えないよ」

 船井はふよふよと宮下の近くに行き、宮下の髪の毛を一束摘まむと、ツンと引っ張った。

 宮下は急に髪を引っ張られ驚く。

「あはははっ! ちゃんといるでしょう?」

 船井は宮下の反応を見て面白がる。

「こら、イタズラしな──……」

 今、何か……。

 陽向と海星も異変を感じたらしく、真剣な目付きになっている。

「出たな」

「みてぇだな」

 幻獣が現れた。気配の先にはプールがある。間違いない。目的の幻獣が現れた。

「宮下さん。プールに近付かないようにお願いします。船井先生は巡回が終わるまで宮下さんについていてください」

 何かあったとしても船井が宮下を助けることはできないと思うが、いないよりはマシだ。

「分かったわ。しっかり憑いとくから安心してちょうだい♪」

「憑かないでくださいっ!」

 訂正。いない方が良いのかもしれない。

「宮下さん、私達は事が済み次第帰ります。なので、私達の事は気にしないでくださいね」

 咲楽は先に駆け出した二人に続きプールへと向かった。


 嗚呼……どうして……どうしてなの? 許さない……許さないわ。

 彼女は水の中で恨みを増幅させていた。

 憎くて、憎くて仕方ない。

 そんな怒れる彼女の様子を、男はおにぎり片手に高見の見物。おにぎりの具はもちろん昆布だ。

 顔に十字傷がある、黒いフード付きマントを着た男。アラン派、高野倖明(たかのこうめい)はプールから離れた場所にいた。

 高野が大きな昆布のおにぎりを食べていると、子供が三人走って来た。

「──やっと来ましたねぇ」

 高野は残りのおにぎりを口に詰め込む。

「ゴホッ」

 おにぎりが喉に詰まりかけた。

 その時、こちらの気配に気付いたのか、三人の子供のうち一人がこちらを見た。

 高野は慌てて気配を消す。なんとか気付かれずに済んだらしい。

「……!!」

 高野はその子供を見直し驚いた。

「あれは……」

 高野は持っていた望遠鏡を覗いた。

 青い髪の少年。間違いない。まさかこんなに早く会えるとは思っていなかった。

「見付けましたよ、希崎海星」

 思わず笑みが溢れる。高野は高ぶる気持ちを必死に抑えた。


「!?」

 プールを間近にして海星が立ち止まった。

「どうしたの?」

 海星は警戒するように辺りを見回している。

「いや……気のせいみたいだ。早く行こう」

「うん……?」

 海星は、咲楽に気のせいと言っておきながら、内心何か引っ掛かっていた。

 あのピリッとする感じ……まさかな。今は目の前の問題に専念しよう。

 海星は、抱いた小さな疑問を頭から消し去った。


 プールに着いた三人は、幻獣を探した。気配はプールの中からする。

「汚ったね〜。水抜いちゃえば良いのに」

 陽向はプールを覗いた。

「駄目だよ。火災とかで、水不足になったとき使うんだから」

「他にも理由がある。水が無いとプール自体が痛むんだ」

「「へ〜」」

 それは知らなかった。

「それより、早く見つけるぞ」

「だなっ。呼んでみるか。おーい! 出て来いよ!」

 その陽向の呼び掛けに応えるかのように、プールが揺れだした。まるで荒れる海のよう。気配もぐっと強くなった。

「なんだこれ……!」

 プールの中に幻獣がいるのは確実なのだが、只者とは思えない大きな気を感じるのだ。

「──お前達は、幻獣使いか」

 プールから、美しい女性の声聞こえた。

「そうだよ! お願い、出てきて!」

 すると、荒れていたプールが静まった。かと思えば、プールの中心の水が盛り上がり、美しい女性へと姿を変えた。

「うそ……」

 まさかこんな大物がいるなんて思っていなかった。

 現れたのは四大精霊ウンディーネだった。

 容姿端麗な水の精霊、ウンディーネは、主に淡水に住むと言われ、水や氷を自由に操る力を持つ。

「良かった。友好な幻獣じゃん」

 陽向はホッとして言うが、咲楽にはウンディーネがこちらを睨んでいる様に見えた。それは海星も同じらしく、気を抜いてないのがウンディーネを見る目で分かる。

「二人とも構えろ」

 海星は小さな声で、咲楽と陽向に指示し、構える。

 咲楽と陽向も、すぐに幻石から武器が出せるように、右手を左手の幻石にかざした。

 ウンディーネは手を前に差し出す。その手にプールの水が集まり、球状になった。その水の玉は、音を立てながら氷の玉へと化した。

「武器を!」

 海星は二人に言うと、幻石から素早く直槍(すやり)を出した。

 直槍は、日本の単純な槍全般を指す総称である。薙刀よりも小さく早い動作で扱える。

 咲楽と陽向はグレイブを出した。

 三人が武器を出し終わる頃、ウンディーネの周りにはいくつもの氷の玉が浮かんでいた。

 そしてウンディーネは手を上げると勢いよく降り下ろした。それと同時に氷の玉が咲楽達に向かって飛んで来た。

 三人は次々と飛んで来る玉を避ける。避けられない玉は武器でなぎ払う。

 落ちた玉の破片はさらに割れ、プールサイドに散らばった。

 氷の玉はソフトボール並みの大きさで、払い落とすには重く、はなかなか大変だ。

 避けてばかりでは(らち)があかない。

「ウンディーネ! 何故怒っているの!? 私達が何かした? 怒っている理由が分からないよ!!」

 咲楽はウンディーネに届くように叫ぶ。

挿絵(By みてみん)

 すると、ウンディーネは攻撃止め、その形の整った口を開いた。

「分からないですって? お前ら幻獣使いは何故! どうして!? 私をこんなっ……こんな場所へ連れてきたの!?」

 ウンディーネは怒りと悲しみの混じった声で訴える。

 しかし、咲楽達はウンディーネに対して何もしていない。何故連れて来たと言われても、逆にこちらが何故連れて来られたのか聞きたいものだ。

「嗚呼……帰りたい。帰してちょうだい。どうしてこんな場所へ……どうして…………どうして!!?」

 ウンディーネの怒りと同調するかの様に、プールの水が大きな波となり咲楽達に向かって来た。

「「「え……?」」」

 三人は波に飲まれてしま。水はすぐに引き、プールに連れ込まれる事もなかった。だが三人は、びしょ濡れになってしまった。濡れた体に冷たい春風が吹きつける。

「寒っ……」

 咲楽は宮下の言葉を思い出した。宮下が言っていたように、確かに冷える。宮下が風邪を引いたのも分かる気がした。

「あ~っ、臭せぇ!」

 陽向が頭を犬のように振って言う。

 陽向の言う通り、放置されたプールの臭いが体中からする。

「おかしい……」

 海星は前髪をかき上げる。

「何がだ?」

「ウンディーネの攻撃としては柔すぎる」

「確かにそうだね……」

 こんなに水がある場所だ。もっと凄い攻撃ができるはずなのだ。

 ウンディーネ何を考えている……。

 海星は考え始めた。

 その間にウンディーネは次の攻撃の準備をし始めた。先程より大きい氷の玉を作り始めたのだ。あの大きさでは武器で振り払うことは難しい。

「……!」

「何か分かったのか?」

 返事の代わりに海星は笑った。

「よっしゃ!」

 陽向はニカッ、と笑うと尻ポケットから黒い紙を一枚出した。それは幻獣使いが札と呼んでいる紙だ。てろん、と水が染みてしまった札だが、破れていなければ特に問題は無い。

 ウンディーネはもう一度氷の玉を放った。

「俺に任せてくれ! 作戦会議だ!」

 陽向は札に力を送った。三人の周りに結界が張る。

 札は、ただの紙に粉状の幻石を張り付けた物だ。結界、徐霊などに使える。結界が大きければ大きいほど、札に送る力の量は増える。

 ガンガンッ。玉が結界にぶつかり落ちていく。この程度ならしばらく持つだろう。

「これで大丈夫」

 陽向は札に力を送り終えると手を離した。

「海星、分かったこと教えて」

「ああ」

 氷の玉と結界がぶつかる音がする中、海星は考えを言い始めた。

「まず、何故ウンディーネは怒っているのか」

「それは、誰かに無理矢理連れて来られたからみたいだよね」

 それは、ウンディーネの言動より分かる。

「そりゃ怒るよな。無理矢理な上に、連れて来られたのは臭いプールなんてさ」

 陽向は臭そうに、自分の制服を嗅いだ。ウッと顔をしかめる。

「次、誰がウンディーネを連れてきたか」

「誰がって……幻獣使いってのは確実だろうけど、特定なんてできないよ」

「特定はできないが、もっと範囲が絞れるんだ。半分くらいにな」

 海星が言う半分と最近の事を考え二人は気付く。

「まさか……アラン派なの?」

 海星は頷いた。

「前に話したように、二人はもう確実にアラン派に目を付けられているようだ」

「二人は、って海星もだろ?」

 一拍遅れ、海星は答えた。

「いや……俺はもっと前から目を付けられているから……」

「え、それってどういう──」

 ピキッ、ピシピシッ。

 ウンディーネの攻撃に耐えきれず、結界に亀裂が入った。

「ちぃっ。力足がりなかったか!」

 陽向は力を補充するため、札に手を伸ばした。

「待て!」

 海星は陽向を止めた。

「でも、このままじゃ割れちまうぞ?」

「良いんだ。もう終わりにしよう。俺に任せてくれ」

 海星は大きく息を吸った。

「ウンディーネ、攻撃をやめてくれ!! 話をしよう!!」

 結界の中からでも聞こえるように、海星は大きな声でウンディーネに呼び掛ける。

「…………」

 ウンディーネは攻撃を止めた。

 ウンディーネは元々人間に対しフレンドリーな幻獣。もしかしたら話を聞いてくれるかもしれない。


「海星、どうする気なの?」

 咲楽は訪ねる。

「ウンディーネを元の場所に帰してやるんだ」

 そうか。連れてこられた事に怒っているのなら、ウンディーネを住んでいた所へ帰せば良い。

「陽向、結界を解いてくれ」

 陽向は札を剥がした。すぐに結界が消える。

 海星は直槍を幻石にしまった。海星の指示で二人も武器を納めた。

「ウンディーネ、警戒しないでくれ。俺達は見ての通り、お前と戦うつもりは無い」

 ウンディーネは攻撃を止めているが、まだ周りには氷の玉が浮いている。

 ウンディーネはしばらく反応を見せなかったが、こちらに敵意が無いことを認めたのか、玉をその場に沈めた。

「……話とは、一体何かしら」

 ようやく話を聞いてくれる気になったらしい。

「俺達はお前をここに連れて来てはいない」

 まず、自分達が敵では無いことをアピールする。

「貴方達ではないの? 嫌だ、私……貴方達が幻獣使だって言うだけで……。ごめんなさい、冷静にはなれなかったのよ」

 ああ、そっか。

「だから本気で攻撃してこなかったんだね。本当に私達が連れてきた人なのか分からなくて」

「ええ」

 それじゃあ、宮下さんはプールにいたから。でも、幻獣使いじゃないと分かったから、水を掛けるだけにしたんだ。

 やはり友好的な幻獣だと思う。

「俺はできることなら、お前を元の地へ帰してやりたい。お前は一体どこに住んでいたんだ?」

 海星が訪ねる。

 ウンディーネを元の場所へ帰す。それで丸く収まるはずだった。しかし、ウンディーネから意外な返事が返ってきた。

「分からないわ、住んでいた場所なんて……」

「えっ、分からないの?」

「ええ……人間界の綺麗な川に住んでいたことしか。突然連れて来られたんだもの……」

「うわーっ。じゃあ無理じゃん」

 陽向が早くも諦め発言をしたので、咲楽は叱った。

 しかし、どうすれば良いのか咲楽には分からない。

 すると、海星が口を開いた。

「ウンディーネ、一つ提案がある。俺と契約しないか?」

 それを聞いた瞬間、ウンディーネの顔が硬直した。

 それもそのはず、合って間もない幻獣使いに契約しないかと言われたのだから。

 契約は、幻獣を己の幻石に(しば)る行為。契約すると幻獣を好きな時に呼び出せる。

 咲楽達の使っているブレスレットタイプの幻石は数珠状で、幻獣や武器は(たま)一つに一体契約。また、珠一つに武器が一つだ。

 契約すると幻獣は幻石に入ることができ、幻石の中には幻界(げんかい)という、幻獣達が住みやすい環境の異空間が存在している。

 契約は契約主が契約を解くまで、もしくは死ぬまで続く。

 もしも契約した幻石が割れれば、幻獣は死んでしまう。

 ウンディーネに限らず、幻獣達はこのリスクが一番嫌で契約をしたがらない。

「嫌よ! 契約なんて!」

 ウンディーネは提案を跳ね除ける。

「本当に良いのか? お前にとっても、俺にとっても良い話なんだけどな」

「海星、どういうこと?」

 この契約は海星にメリットがあるのは分かる。新たに幻獣を、力を手に入れるのだから。それもただの幻獣ではない。四大精霊、ウンディーネをだ。

 しかし、ウンディーネにとって何がメリットなのか。

「ウンディーネは、自分で本来の住処(すみか)に帰れない。そして、ここから出ることもできない。そうだろ? ウンディーネ」

 ウンディーネは答えない。

「出ることはできるでしょ? ウンディーネだもの。幻界に行くなんて自由自在だよ」

 力の無い幻獣はできないが、力のある幻獣は、自分の力を使って人間界と幻界を行き来できる。

 もし、ウンディーネが力の無い幻獣ならば、契約することはウンディーネにとってメリットになる。幻獣使いの力を使って移動ができるからだ。 ただし、幻獣使いが呼び出したときに限る。

 結局、力のあるウンディーネはここから出ることが可能なのだ。

 「ああ、出ることはできる。だが、ウンディーネの一番の目的は、元の場所へ帰ること。帰り道が分らないウンディーネは、ここに連れてきた者に帰させるしかない。だから、この場所を動くわけにはいかないんだ」

「それで、なんで契約した方が良いんだ?」

「ウンディーネ、契約してくれたら、俺はお前の住んでいた場所を探す。その場所が見付かり次第、お前の契約を解く。ただし、見付かるまで俺に仕える。で、どうだ?」

 眉間にシワを寄せ、ウンディーネは考え始めた。

「自由を取るか、住処を取るかだ。少し俺に仕えるだけで、住処が見つかるかもしれない」

 しばらくすると、ウンディーネは諦めたかの様に言った。

「良いわ、約束よ」

 ウンディーネは少々不満そうだが、これで契約できる。

「ああ、約束だ。契約するから近くに来てくれ」

 ウンディーネは海星の側まで来た。近くで見ると美人なのがよく分かる。

「ウンディーネ、名前はあるのか?」

「あるわ……」

 海星は幻石を出した。幻石は、海星の力と言葉と共に光出す。

「多情なる水の精霊、ウンディーネよ。我を主と認め、我が力となれ」

「我が名はフローラ。水の力を操る者。契約が解かれしその日まで、汝の力となりましょう」

 ウンディーネ、フローラは海星の幻石に手を置いた。その瞬間、強い光と共にフローラは幻石に吸い込まれて行った。

「契約完了、お疲れ海星!」

 陽向は海星に駆け寄る。

「話し合いで終わって良かったね。戦闘になったら、流石に勝てないもの……」

「そうだな」

「ん、海星」

 陽向は海星の左手を指差す。

 海星は自分の手を見た。左手の甲に小さな傷があった。

 ウンディーネの氷の玉を避け、玉が割れた際に飛び散った玉の破片で切っただろう。

 よく見ると、咲楽と陽向も、あちこち切れていた。こういう時こそエルフの塗り薬の出番である。

「うわっ、凄いな」

 薬を初めて使った海星は、傷の治りの早さに驚いた。早速役にたって良かったと思う。

「さ、帰るか。早く帰らないと、おっちゃんみたいに風邪引いちまう」

「そうだね」

 すでに体は冷えている。体も臭いし、早く帰ってお風呂に入りたい。

 では、早く帰るにはどうすれば良いか。

「よし、とっとと飛んで帰ろっか」

 ここは手っ取り早く幻獣に家まで運んでもらおう。

「だな、海星は何か飛行できる幻獣いる?」

「ああ」

 三人は幻獣で帰ることにした。

「出でよ、鷲とライオンの能力を併せ持つ神獣……グリフォン!」

「出でよ、グリフォンを父に持つ最も美麗な幻獣……ヒポグリフ!」

「出でよ、天駆けるたくましき白馬……ペガサス!」

 陽向はグリフォン、咲楽はヒポグリフ、海星はペガサス同時にを出した。

 グリフォンは、上半身は鷲、下半身はライオンと言った姿で、体色は茶色っぽく、目は赤い。

 咲楽のヒポグリフは、グリフォンに似て鷲の頭部、翼、足を持ち、胴と後足は馬と言った姿。体色は黒混じりの白だ。

 海星のペガサスは真っ白い毛並み、天使のような翼を持っている。

 三人はまずいと思った。

 すぐさま咲楽と陽向は、それぞれの幻獣の前に立った。海星はペガサスを背に、直槍を出して構える。

 グリフォンとヒポグリフは、その目にペガサスを捉えた瞬間、ペガサスに対し威嚇(いかく)し始めた。

「グリフォン、落ち着け!!」

「ヒポグリフ、落ち着いて!!」

 咲楽と陽向は、力一杯に叫ぶ。

 それでも治まらないので、二人は二体を睨み付けた。すると、やっと主人の命令を聞き、二体の幻獣は大人しくなった。

 三人は心底ホッとした。

「まさか、海星がペガサスを従えているとはな……」

 陽向は額の汗を拭った。

「俺も、まさか二人がグリフォンとヒポグリフを従えているとは思わなかった」

 海星は直槍をしまった。

 グリフォンは馬に対し「自分の役目を奪うもの」と一方的にライバル視しており、ヒポグリフは自分と同じ「翼で空を自在に飛び回る馬」のペガサスにライバル心を抱いているのだ。

 三人は、グリフォンとヒポグリフが完全に落ち着くまで待った。そして、それぞれの幻獣に股がると、家に向かうように頼んだ。幻獣達は力強く羽ばたき、空高く飛び上がった。



 いつものように餌をやり終わった暖凛花(だりあ)は、血臭漂うグールの部屋から出た。

 グールは、相変わらずの食べっぷりであった。そろそろ溜まった残骸(ざんがい)、つまり骨の回収をしなくてはいけない。

 明日(あす)にでも部下にやらせよう。

「暖凛花お姉様!」

 キノコうさぎを抱えたアルメリアが、パタパタと走って来た。いつもと何かが違う気がする。

 ──あ、分かった。

「アル、可愛いヘッドドレスじゃない。似合ってるわよ」

 アルメリアは頭に黒い薔薇のヘッドドレスを付けていた。アルメリアが着ている黒いワンピースによく合う。

「ありがとうございます♪……ってそれどころじゃないんですっ。高野が気持ち悪いんです!」

 高野が気持ち悪い? 新しい薬でも開発して、実験台を探し回っているとか? それとも、実験が失敗して気が狂ったとかしら。

「とにかく来てくださいっ」

 暖凛花はアルメリアに連れられ、研究室へ向かった。

 高野は研究長で、暇な時は大概研究室で怪しい薬を作っている。

 白衣を来た研究員に聞くと、高野はまだ帰ってきていないと言う。

 如月市へ下見に行くと言って出掛けた高野。もしかすると何かあり、ヘリオスに報告しに行ったのかもしれない。

 アルメリアに聞くと、ヘリオスの部屋の近くで(その気持ち悪いとかいう)高野を見掛けたという。

 暖凛花とアルメリアはヘリオスいる部屋に向かった。

 その途中、廊下でバッタリ高野に会った。おそらく、ヘリオスに報告を終えた帰りだろう。

 さて、高野のどこが気持ち悪いのだろうか。

「これはこれは、暖凛花様。ちょうど報告しに行こうと思っていたところですよ」

 見る所何も変わりない様だが。

「何かしら」

「実はですねぇ……。クッ……クククク……」

 高野が笑い出す。

 アルメリアは暖凛花の後ろに隠れた。

 アルメリアの言う気持ち悪いとはこの事だろう。正直、気持ち悪いと言うより気味が悪い。

「だから、何なの?」

 暖凛花は()かす。

「すいません。実は、如月市で希崎海星が見付かったんですよ」

 森泉学園を出て以来、行方不明だった希崎海星が見付かった!??

「本当なの!?」

「ええ、間違いない。ヘリオス様は大変喜ばれましたよ。今後、如月市は私に任せていただく事になりました」

「えー!?」

 アルメリアはそれを聞き、頬を膨らます。当初の担当場所だった者として悔しいのだろう。

 しかし、あの希崎海星が相手ならば、幼いアルメリアに任せるより、手練れの高野に任せた方が良いだろう。

 流石、ヘリオス様は良い判断をすると暖凛花は思った。

「そう、ただし随時報告だけはするように」

 一応、注意はしておく。

「分かっていますとも」

 高野はその場を後にした。


 咲楽は、茶葉をしまっている戸棚を開けた。戸棚には、様々な紅茶や日本茶がある。その中からアッサムの茶葉を取った。

 濡れた体で幻獣に股がり、夜の空を飛ぶのはとても寒かった。風が冷たく吹き付け、家に着く頃には体は冷えきっていた。

「──くしゅん!」

 唐突にくしゃみが出た。

「やば……風邪じゃないよね?」

 とにかく、早く温まろう。

 咲楽は濃いめのアッサムティーを淹れ、温めたミルクをたっぷりと入れた。さらに砂糖を入れ、甘めのミルクティーを作る。

「俺も飲みたい」

 さくっと風呂から上がった陽向が、濡れた頭を拭きながら出てきた。

 咲楽は紅茶を陽向に出してやる。陽向は紅茶を受けとると、ミルクと砂糖を入れて飲んだ。

「温まるなぁ。あ、姉ちゃん風呂どうぞ。悪かったな」

「良いよ。ゆっくり入りたいし」

 明日も朝練がある陽向が先に風呂に入っていたため、咲楽はまだ入っていない。

 咲楽は紅茶を飲みきると、風呂場へ行った。臭い体を丹念に洗い、湯船に浸かる。

 熱い湯が体を芯まで温める。湯の熱さで皮膚がビリビリした。それだけ体が冷えていたようだ。

 咲楽は肩まで湯に沈んだ。

 今日一日、色々あったと思う。

「………」

 ずっと気になる、海星の言葉。前からアラン派に目を付けられているって言ってたけど……どういう事?

 今日、海星を見て思った。海星は戦い慣れていると。頭も良い。

 もしかすると、アラン派と何度か戦った事があるのかもしれない。それとも、施設の教育が良いだろうか。もしくは、自分達が慣れていないだけなのか……分からない。

 そう言えば、海星は何故、引っ越して来たのだろう。この変な時期に来たのには、何か理由があるのではないだろうか。

 咲楽はプッと笑った。

「ちょっと考え過ぎだね」

 咲楽は考えるのを止めた。


 咲楽の疑問が晴れるのはまだまだ先の事なのでした──……。

 第三体目【プールに迷い込んだ水の精】を読んでいただき、ありがとうございます!

 漫画バージョンも描いていたこの話。

 とりあえず、今回登場キャラクターの話からいきましょう!


 和稀の親友兼お守り役(?)、山部千夏。

 描き慣れてなさ過ぎてヤバいです。メガネ外せよ。一応、イケメン設定。

 和稀、千夏の姓は、百人一首の歌人の名より抜粋。元良って本当にいるのでしょうかね(^^)


 ゴースト、船井幸子。

 書くのが楽しい人ですが、勝手に暴れ回ります^^;

悪戯大好き、ハチャメチャな人です。


 如月高校校長、富須川。

 生徒たちから、トミーと陰で言われています。人気者ですかね(笑)


 水の精霊、ウンディーネ(フローラ)。

 ウンディーネの名前が出たので、エルフの名前は? と思った方がいるかもしれません。また出てきますので、お待ちください。

 当初、名前を付ける気はなかったのですが、後々出てくるケット・シーに名前を付けてしまったことと、なんとなく考えて愛着が出てしまったので、正式に付けました。

 ちなみに、ペガサス達は喋れないので名前は無いです。


挿絵ですが、個人的に一枚目の陽向の表情がお気に入りです。


 いろいろ設定が出てきた第三体目。頭がごっちゃになっていたらすいません。


 さて、物語が動き始めてきました。

 次回、第四体目【只今発熱中】で、さらに興味を持っていただけると思います。

 ※昆布男が暴れます。

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