第二体目 アラン派とセシル派
四月半ば、桜は散り、新芽が顔を出す時期
ころ
。少年は七年ぶりに、如月市にやって来た。
少年の家は森にある。森の中の石畳を便りに、懐かしい黒基調の我が家に辿り着いた。庭の草木が荒れ放題という以外は、大して外観に変わりはない。
大事に七年間持っていた家の鍵を使って、ゆっくりと中に入る。
「ただいま……」
誰もいない家。少年の声に答えてくれるはずがない。分かっていたが、少し寂しく思う。
家の中は咳き込むほど埃とカビの匂いで充満していた。七年も放置していたのだから、仕方が無い。こうなっていると予想して、マスクでも用意しておくんだった。
少年は近くの窓を開けようとする。しかし、鍵が錆び付いてなかなか開かない。少年は力強くで鍵を開けた。そして、窓を開け、新鮮な空気を吸い込む。
家の中があまりにも埃っぽかったせいなのか、家の周りが森だからなのかは分からないが、やけに空気を美味しく感じた。
少年はひとまず、家中の窓を開ける事にした。
一階の窓を全て開け終え、二階へ続く階段を登ると、いつか過ごした自分の部屋があった。じわっと懐かしさが胸いっぱいに広がる。
子供向けの本、もう着ることはない小さい服、毎日のように背負って使った黒いランドセル。全てが七年前のあの日、家を出ていった時のままだった。
「……」
机の上の写真立てが目に入り、手に取った。埃で写真が見えない。少年は指先で埃を拭き、写真を見た。家族三人で撮った、昔の写真だった。
無邪気に笑っている、幼い自分と優しかった両親。
幸せな時が自分にもあったのだと思う。
「――……」
少年は写真を机に伏た。開けっ放しにした部屋のドアの隙間をじっと見詰める。
「おい、隠れてないで出てこい」
ガタッバタバタ…と、何かが崩れるような音がした。
少年は部屋を出て、足音が聞こえる方へ向かった。
如月市のとある森。幼い頃からその森で遊んでいた二人は、この森の子と言っても過言ではない。
藍川咲楽とその弟、藍川陽向は、元気良く家の裏口から外に出た。
目の前に広がる木々、何処からともなく聞こえる妖精の囁き、風に揺られざわめく葉音。空を見上げると、葉と葉の間から青い空が見える。
陽向は背伸びをした。
「絶っ好の収穫日和だな」
二人は休日を利用し、ある物の収穫を狙っていた。そのため、動きやすいトレーニングウェアを着てきた。
「今回は何作る?」
「んー……ガッツリ食いたい」
「それ只の希望だよね!?」
そんなことを話ながら森を進んでいると、森の妖精達が咲楽達に寄ってきた。見た目からして、花の妖精のようだ。
「お散歩ですか?」
橙色の妖精が二人に話しかける。
「いや、ハーブの収穫に行くんだよ」
「ハーブですか?」
「うん、ミントとかをね。収穫したらハーブを使った料理を作るの」
「わ~っ、良いですね♪」
そう、二人の目的はハーブの収穫だ。咲楽達が住むこの森は豊かな森で、昔から様々な森の恵みを貰って育ってきた。
「良かったら食べに来てね」
「本当ですか!? それなら、何かお土産を持っていきますね!」
花の妖精達は大きく手を降りながら、咲楽達の元を離れていった。
赤、桃、橙、黄、色鮮やかな服を着た妖精の去り際は、花びらが風に吹かれ、飛んでいくようだった。
それから少し歩いた頃、二人は十数体の何かを見かけた。目を凝らしてみると、どうやら幻獣のようだ。
身長約三十センチ、醜い顔、口は大きく、歯と耳はは尖っている、ゴブリンだ。
ゴブリン達は弓や木の棒、山菜、肉の塊などを持っていた。荷物を運び出しているようにも見える。
「なんか引っ越ししてるみたいだね」
「本当だ。話しかけてみようぜ」
この森ではあまり見かけないゴブリンが何をしているのか気になった。
二人はゴブリン集団に近付き、先頭に回り込んだ。
「ねぇ、何してるの?」
咲楽は先頭のゴブリンに声をかけた。
「き、貴様ら! 我々が見えるのか!?」
一番年老いたゴブリンが先頭のゴブリンに代わり答える。
警戒しているらしく、木の棒を向けられる。他のゴブリン達も警戒しているようだ。
「見えるから話しかけたんだろ」
年老いたゴブリンは木の棒を咲楽から陽向に向けた。
「き、貴様も見えるのか!?」
「だから、見えるから話しかけたんだって…」
「貴様らもしや…幻獣使いか!」
年老いたゴブリンがそう言うと、周りのゴブリンがビクリ、と反応した。
「うん、そうだよ」
「嫌な奴!怖い奴!皆の者、逃げるのじゃ~!!」
「「ええっ!?」」
何その反応。
「「わっ!?」」
目の前が緑一色で埋まった。ゴブリンが、持っていた山菜を二人にかけたのだ。
山菜を払い除けると、ゴブリン集団の姿は小さくなっていた。
「なんであんなに急いで逃げてるの?」
「知るかよ……。で、何コレ?」
陽向は山菜を一つ拾う。
「コシアブラじゃん」
山菜の女王コシアブラ。
咲楽も一つ拾ってみる。
「タラの芽だ」
山菜の王様タラの芽。
「喜んでいいのかな?」
コシアブラとタラの芽は、揚げると美味しいのだ。
「良いんじゃないか? 思わぬ収穫だな」
二人は散らばった山菜を集め始めた。
予期せぬ山菜をゲットした二人は、目的のミントを発見した。白くて小さい、可愛らしい花も咲いている。
「良い香り~」
沢山のミントからは爽やかな香りが漂っていた。
発見したのはポピュラーなスペアミント、ハッカとリンゴの香りがするアップルミント、パイナップルとリンゴを合わせたような香りのパイナップルミントだ。
二人はこの三種のミントを収穫することにした。切り口からはさらにミントの香りが広がる。それを持ってきていた籠に集めていった。
少年は家を出て散歩をしていた。如月市が七年でどの様に変わったのか知りたかったからだ。
ひとまず、家の周りの森を散歩することにした。森は七年前と比べ、あまり変わっている気はしなかった。
そういえば昔、この森である姉妹に会った。この髪を綺麗と言ってくれた、明るい姉と泣き虫な妹。またあの姉妹に会えるだろうか…。
少年はしばらく歩き回った。すると何やら楽しげな声が聞こえる。
少年は声のする方へ歩いて行った。
二人はタラの芽、コシアブラ、スペアミント、アップルミント、パイナップルミントを収穫し終えた。
「他に何探す?」
「そうだね…あと何あったかな」
春とはいえど、まだ四月。採れる物は少ないのだ。
「あ、あれがあったね。ワイルドストロベリー」
「ああ、忘れてた」
ワイルドストロベリーはエゾヘビイチゴとも呼ばれる。実はジャムやケーキに、葉は紅茶として使える。
数分後、さっそく陽向は赤い実を発見した。
「姉ちゃん、あったよ」
陽向はワイルドストロベリーを幾つか摘み、咲楽の元へ行く。
「ジャム作ろーぜ、ジャム」
「そうだね、いっぱいあった?」
「そこそこ。でもジャム作るには少ないから、適当にベリー系入れて作るか…あむっ」
陽向はワイルドストロベリーを数粒口に入れた。
「ん、うま……いいッ!?」
陽向は口をすぼめた。急いでウエストポーチから水を出し、ゴクゴクと飲む。
「っ~! 一粒だけめちゃくちゃ酸っぱかった……!」
「まだ熟れてなかったんだね」
咲楽は陽向の反応が面白くて笑った。
ガサッ……。
「何?」
今、微かに音がしたような…。
咲楽と陽向は音がした方へ近付いた。
この森は、気味が悪い森だと、近所の人々から避けられている。森で妖精達が悪戯をしたり、何もいないのに誰かと話しているような行動をする人(つまり咲楽達)がいるため、避けられている。
そんな事を知らないで森に入った人なら良いのだが、フェアリーの悪戯で迷子になった人ならば助けなければいけない。
「誰かいるの?」
咲楽は呼び掛ける。
すると、一人の少年が木の後ろから出てきた。
少年の深緑の瞳と咲楽の青い瞳が合う。
あれ……?
少年の青より濃い、紺より黒い、濃紺の髪と深緑の瞳を、咲楽はどこかで見たことがある気がした。
「咲楽?」
不意に名前を呼ばれた。
咲楽の驚いた顔を見て、少年は笑った。
「まさか、俺のこと忘れた訳じゃないよな」
咲楽は、何だか不思議な感じがする男の子だなと思った。そして、すごく懐かしく思った。
ああ……やっぱり、私この人知ってる。もしかして……。
咲楽は思い出した。
「海星……?」
少年は微笑み、頷いた。
「覚えていてくれたんだな」
「もちろん」
よく覚えている。名前は希崎海星。七年前、森で迷子になった陽向を見付けてくれた男の子。出会ってから二日後、突然姿を消した不思議な男の子だ。
ちなみに、海星も幻獣使いで、左手には幻獣使いの証、幻石のブレスレットがある。
「にしても、久しぶりだな!」
陽向も覚えていたようだ。
「……誰?」
逆に海星は覚えていないらしい。
「ええっ!? 俺だよ、俺、陽向だよ!」
陽向はショックだったらしく、必死に言う。
「陽向? 陽向って女の子じゃ……?」
幼い頃の陽向は泣き虫で(今もだが)、よく女の子に間違われた。海星も陽向を女の子と思っていたようだ。
「お、男だよ! なんなら下見みてみるか!?」
陽向がズボンに手をかけた。すぐに咲楽はバチン、と頭を叩いて阻止する。
「やめなさい!」
「つい……」
陽向はシュン、とおとなしくなった。
「陽向は昔と比べて随分と男らしくなったが、相変わらずって感じだな」
海星に言われ、陽向はさらに落ち込む。
「海星は昔のままだね」
「……どうだろうな。ところで、二人は何してたんだ?」
海星は二人の格好を見て、不思議そうに言った。
「ハーブの収穫してたの」
「ほらっ」
陽向は籠を海星に見せた。
「昔もそんなことしてたな」
海星が懐かしそうに言う。
「海星、今回も参加しねぇか?」
「良いのか?」
「もちろんだよ!」
海星も加わり、三人でワイルドストロベリーを収穫することになった。
ワイルドストロベリーを収穫し終えた三人は、藍川家に帰ってきた。
海星は家に上がることを遠慮したが、一緒に収穫したので昼御飯に誘った。それに、久々に話がしたかった。
海星をリビングで待たせ、二人はすぐにアウトドアウェアから普段着に着替えた。
咲楽がリビングに戻ると、先に着替え終わった陽向と海星がソファーに座って何かを見ていた。陽向は何やら海星に説明している。
近付くと、海星の手には写真立て。写真に写っているのは咲楽達の父、藍川夏向と母、藍川咲夜だ。
「二人はご両親に似ているな」
「そうかな?」
「ああ」
夏向は焦げ茶色の髪に、黒真珠のような瞳。咲夜は咲楽より長い薄茶の髪に、空を映したような空色の瞳をしている。どちらかと言えば、咲楽は咲夜に、陽向は夏向に似ている。
「咲夜さんには会ったことがある」
「そうだっけ?」
「あるよ。陽向は幼過ぎて覚えてないかもね」
咲楽は二人の後ろ、ソファーの背もたれ部分から話に入った。
「懐かしいな…。そうだ俺、引っ越してきたんだ。二人のご両親に挨拶がしたい」
二人は言葉を詰まらせた。
「どうしたんだ?」
「二年前に父さんと母さんは、幻獣に殺られて死んじゃったの」
「そうか……残念だ」
そう、二人の両親は二年前の夏に死んでしまった。事故や病気ではない、幻獣に殺されたのだ。幻獣使いの間ではよくある話だ。
「海星はどこから引っ越してきたの?」
暗くなってしまった空気を明るくしようと、咲楽は話題を変えた。
「森泉学園から来たんだ」
「森泉学園って、児童幻獣養護施設のことか!?」
児童幻獣養護施設。通称、森泉学園。家族を亡くし、帰る場所が無くなった子供達(幻獣使い)のための施設だ。
もしかして、海星が七年前姿を消した理由って、両親が亡くなったからなんじゃ……。
「ごめん……」
「別に謝ることじゃない」
海星は笑ってくれたが、その場の空気は重いままだ。
そんな重い空気の中、いきなり陽向が立ち上がった。
「あ~腹減ったな! さっさと昼飯作ろうぜ」
陽向がその場の空気を変えてくれた。
「俺も手伝うよ」
海星は立ち上がり、写真立てを棚の上に戻した。
一応海星は客だが、昼食作りを一緒に手伝ってくれた。海星の手つきから料理が出来ることが分かった。おそらく、施設で教わったのだろう。
陽向も料理は出来るので、昼食作りは男二人に任せ、咲楽は他の物を作り始めた。
二時頃、昼食にしては遅いが、準備ができた。メニューはタラの芽、コシアブラと野菜の天ぷら。お味噌汁だ。
ご飯をよそい、三人は席に着く。
「「「いただきます!」」」
タイの芽は香りが強く、サクサクの食感。コシアブラは気品ある香りがし、春の味がした。タイの芽もコシアブラもほろ苦く、とても美味しい。
「実はね、山菜はゴブリンから貰ったの」
「貰ったって言うか、投げ付けられたんだけどな。なんか嫌な奴、怖い奴、って言われてさ。俺達何もしてないのに」
それを聞くと、海星は箸を止めた。
「多分それ俺のせいだ……」
「「え?」」
予想外の答えに二人は驚いた。
海星に事情を聞くと、七年ぶりに家に帰って来るとゴブリン達が住み着いていたらしく、海星は幻石から鉄パイプを出してゴブリン達に近付けたらしい。鉄が嫌いなゴブリン達は、鉄パイプを近付けられたため外に逃げて行った。そして、同じ幻獣使いの咲楽達を怖がったのだ。
「なるほどね」
「すまなかったな」
「良いってことよ。誰だってゴブリンがいたら追い出すって」
ゴブリンは意地悪でいたずら好きな性格だ。整理整頓に無頓着な家を好むと言われ、物の位置を勝手に変えたり、食べ物の味を変えたりする。
「ねぇ海星。良かったら部屋の掃除手伝うよ」
咲楽は日頃から家事をしているため、片付けは得意な方だ。それに、七年間も放置されていた家を海星一人で片付けるのは大変だと思った。
「ありがとう。でも、両親の物とかもあるから、自分で片付けたいんだ」
両親の遺品を他人に触られたくないよね。海星は家族思いなんだなぁ。
「分かった。でも、困ったことがあったら言ってね」
「じゃあ……如月高校までの道を教えて欲しいな。明日から通うんだが、道が分からないんだ」
「お、まさか学校が一緒とはな」
「本当か? 偶然だな」
「もしかして、二年二組の転入生って海星?」
「ああ」
「しかも、姉ちゃんと同じクラスかよ。すっげぇ偶然!」
「そうなのか?」
「うん、まさか海星が転入生なんてビックリだよ」
昼食を食べ終え、三人が後片付けをしていると、コツコツ、と窓を叩く音がした。
「あ、来た」
今朝会った妖精達が窓の外にいた。咲楽は窓を開け、四体の妖精を家に招く。
皆が入ったのを確認すると、赤い服を着た妖精が咲楽に御辞儀をした。
「本日はお招きいただきありがとうございます。これ、よろしければ受け取ってくださいな」
桃、橙、黄の妖精達は、咲楽にお土産のタンポポを二本を渡した。
「わぁ、綺麗! ありがとう!」
咲楽はタンポポを水の入ったグラスに生けた。花瓶ではなく、グラスに生けたのは、後で使おうと思ったからだ。
そして、妖精達をテーブルの上で待たせ、咲楽は台所に向かい、陽向と海星にテーブルに座るように言った。二人は咲楽に言われた通り、席に着いた。
「あなたも幻獣使い様ですか?」
桃色の妖精が海星に問う。そうだと答えると、桃色の妖精は喜び、海星の頭に乗った。
何故喜んだのだろう。
陽向に何故妖精が喜んだのか聞こうと右を向く。陽向は他の妖精達と楽しそうに会話をしていた。さらに、薄茶色の髪で遊ばれている。
「ん、なに海星?」
陽向は海星の視線に気付いた。
「仲良いなって思ってさ」
「うん。森の妖精達とは友達なんだ」
「じゃあ、何の花の妖精達か分るか?」
陽向は無表情になった。
生えてる花と違い、妖精が着ている服で判断するのは難しい。
「君はタンポポの妖精だな」
海星は黄色い妖精に言う。黄色い妖精はそうです、と答えた。
妖精が着ている黄色い服と、白い綿毛の髪飾りで、タンポポの妖精だと分かった。それは陽向でも分かる。問題は他の三体の妖精達。
「他の子達は分かんねぇや……」
「この子も?」
海星はたっぷりのフリルが使われている服を着た、橙色の妖精を指差す。陽向が悩む姿を見て、橙色の妖精は不安な表情をした。それを見た陽向は、頭をフル回転にして答えを出す。
「まっ、マリーゴールド?」
陽向がそう言うと、橙色の妖精は嬉しそうに笑った。
「良かった~!」
「次、ピンクの子」
桃色の妖精はピンクのワンピース、髪を束ねている、丸みを帯びたハート型の葉が特徴だ。
「見たことはあるんだ。でも名前までは……」
陽向が答えに詰まっていると、咲楽がお盆を持ってやって来た。
「オキザリスかな?」
「はいっ。オキザリス・ボーウィと申します!」
「良かった」
咲楽はお盆をテーブルの上に置いた。
「最後に私ですよっ」
赤と黄色のバールンワンピースを着た赤色の妖精が、早く名前を当ててくれと言わんばかりに、三人の顔をキョロキョロ見る。咲楽と陽向はどうしても名前が出てこなかった。。
「ウキツリボク」
海星がそう言った。
「はい! ウキツリボクです!」
赤色の妖精は、自分の名前を言われて満足そうだ。
「凄い! 花に詳しいんだね!」
「ちょっとな。咲楽、ソレは何?」
海星の言うソレとは、咲楽がお盆に乗せて持ってきた、ケーキとハーブティーのことだ。
「二人とも昼御飯足りなかったでしょ?」
海星が来ることは予想外だったので、白米は二人分しか炊いていなかった。それを三人で分けて食べたのだ。
「だから、三時のおやつ」
咲楽はパウンドケーキを小皿に分け、陽向、海星、妖精達、自分の席に置いた。昼間採った、ワイルドストロベリーのパウンドケーキだ。陽向と海星が昼食を作っている間に咲楽が作った。
咲楽はポットのハーブティーをティーカップに注ぐ。ハーブの爽やかな香りがふわっと広がった。ハーブティーも渡し終え、咲楽も席に着く。
「何?」
咲楽は海星の視線に気付いた。
「いや、咲楽は昔と比べて大人っぽくなったなって」
「昔って、私が小四の時でしょ。逆に大人っぽくなってなかったら変だよ」
「確かにそうだな」
海星はティーカップを手に取った。ハーブティーだからだろうか、飲むと何だか落ち着く。少し青臭さがあるのは乾燥した葉ではなく、生の葉で淹れたからだろう。それでもとても飲みやすい。
パウンドケーキはしっとりとしており、ワイルドストロベリーの酸味がとても良かった。
咲楽に美味しいと伝えると、当然だと言われた。咲楽は料理が得意らしい。
「美味しいです」
妖精達も手でちぎって食べている。
妖精達にはティーカップは大きいので紅茶が飲めない。咲楽がスプーンを使って一人一人に飲ませた。
妖精達の満足そうな顔を見て、咲楽は嬉しそうに笑った。
海星はそんな光景を見て、幻獣使いだと言って、妖精達が喜んだ理由が分かった。
おそらく、咲楽達は普段から森に住む幻獣達に優しいのだろう。だから、この妖精達は俺が幻獣使いだと分かり、仲間だと思って喜んだ。
そして、同時にあることに気付いた。
もしかしたら、二人は知らないのかもしれない。今、俺達の周りで起きている異変について――……。
三時のおやつを食べ終わった三人は、妖精達を森へ帰し、後片付けを終えたところだった。
咲楽と陽向は海星に話があると言われ、海星と向かい合わせになるように座った。
「まず聞きたいんだが、二人は昔と変わらず、セシル派なのか?」
幻獣使いは大きく分け、アラン派とセシル派の二つに別れる。
戦う力を求める、アラン派。護る力を求める、セシル派。と言われており、対立関係にある。
咲楽達はセシル派。戦いなど望まない。危険な幻獣から、幻獣が見えない一般人を護ることができれば良いと考えている。
「うん、セシル派だよ」
「海星もだよな? 昔セシル派って言ってたし」
陽向がそう聞くと、海星は真剣な顔をした。
「もしも俺がアラン派だったら、二人とも今頃殺されてるかもしれないぞ。一切警戒せず、七年間もいなかった俺を信用して家に招いた。本当に不用心だと思うよ」
急にそう言われ、二人は焦った。海星がセシル派と確認せず、家に招き、両親が死んだことまで教えた。もしも、海星がアラン派だったら危なかったかもしれない。確かに不用心だったと反省した。
だが、海星が昔と変わらずセシル派だと分かって安心した。
「二人に聞きたいことがもう一つ。最近……いや、いつでも良い。何かおかしな事が起きたり、怪しい奴が現れたりしなかったか?」
おかしな事……。
咲楽と陽向は真っ先に、石像になってしまった、あのトロルの事を思い出した。
二人は海星にその詳しく話をした。すると、海星は残念そうな顔をし、ここもか……、と小さな声で呟いた。
「海星、何か知ってるの?」
「ああ。実は――……」
海星は二人に話した。アラン派がヘリオスと言うボスの所に集まり、一つの組織ができていること。そして、その組織がセシル派の人々を連れ去るという事件が多発していること。連れ去られた人は誰も戻って来ないこと。
聞き終えた二人は驚きを隠せなかった。そんなことが起きているとは、全く知らなかった。
二人には海星以外に、幻獣使いの友達も知り合いもいない、如月市以外の情報は勿論、噂すら流れてこないのだ。
「何だよそれ……。その組織の名前はあるのか?」
「名前があるのかすら分からない。アラン派と呼んでいる人は多かったな」
「じゃあ……何故アラン派はセシル派を連れていくの?」
「分からない。今までの情報は学園にいた時、アラン派から逃げてきた人達から聞いたものだ。彼らもよく分からないまま、家族、友人、恋人を連れ去られたらしい」
「ひどい……! 私達の知らないところで、そんな事が起きていたなんて」
「話がそれたな。おそらく、二人もアラン派の標的だろう。だからトロルが襲ってきた」
「え、私達が?」
「あくまで予測だ。だが、この予測が当たっているなら、きっと近くにアラン側の人間がいたはずだ。次に似たような事があれば確実だろう」
「何それ。訳も分からず標的にされたかもしれない? そんなの納得できないよ! ――待って、もしかして華夢や如月市の人々が危険にさらされるんじゃ……」
「確かに、今回のトロルの件でも、女性と警官のおっちゃんが危ない目にあったしな」
陽向にそう言われ、咲楽は女性の恐怖に染まった顔、警官の悲鳴を思い出した。
これからはもっと被害が大きくなるかもしれない。怪我人や死人だってでるかもしれない。駄目だよ、そんなの! 私達がここにいたら、周りの人達まで危険な目に――!
「……!」
混乱する咲楽の頭にポン、と手が乗った。
「大丈夫。そんなに青くなるな」
慰められるように、海星の手が頭を撫でる。
咲楽が顔を上げると、海星は優しく笑って言った。
「俺達が絶対に守れば良いだろ? これからは俺もいるんだ。三人なら何とかなる」
海星にそう言われ、咲楽は落ち着きを取り戻した。
海星は咲楽の頭を撫でるのを止めると、陽向の左肩を強く叩いた。
「陽向もそんな顔するな」
咲楽はこの時初めて、陽向が元気を失っている事に気付いた。陽向も咲楽と同じように混乱していたのだ。
「ははっ。海星がいると、何か心強いや」
陽向は元気に笑って見せた。
それにしても、ヘリオスとは何者なのだろう。アラン派は何故セシル派を連れ去るのか。連れ去られた人々はどうなってしまうのだろう。
少女は金髪美女の後ろに続き、暗く冷たい廊下をペタペタと素足で歩いていた。
両手首には鎖、体の後ろで拘束されている。服も体も汚れ、赤い髪はかつての艶を、目は光を失っていた。
私、七岡ちさは、もうすぐ死ぬだろう。
捕まってどれぐらい経つ? 捕まったのは四月の始め。無理矢理ここに連れてこられ、すぐさま拘束され、牢屋に閉じ込められた。
周りには同じように拘束された人達がいた。共通点はセシル派の幻獣使い。
最初は逃げようとした。でも、もうそんなことは思わない。新しく人が来ては、誰かが連れて行かれる。連れて行かれた人は帰ってこない。
この話は知っていた。自分がこんな目に遭うなんて、思っていなかったが……。
そして今日、私が呼ばれた。そんなには日は経っていないだろうが、今日まで長かった。
前を歩く女が大きな扉の前で止まる。
「着いたわよ」
嫌な血の臭いがする。気分が悪くなっていくのを、ちさは感じていた。
女は扉をゆっくりと開ける。扉が開いた瞬間、濃い血の臭いがちさを襲った。
あまりの臭いで、ちさは鼻を押さえたいと思ったが、手は拘束されている。鎖がガシャ、と鳴るだけでだった。
「ヘリオス様、連れてきました」
「入れ」
部屋の中から男の声がした。
ヘリオスですって?
ちさは知っていた。アラン派のボス、ヘリオスの存在を。まさか、自分がヘリオスと御対面するとは思っていなかった。
「入りなさい」
女に背を押され、ちさは真っ暗な部屋に入る。
「ひぃっ!」
ちさは、女が持っていた蝋燭の光に照らされた部屋を見た。部屋には血の痕があちこちにあった。
「うっ……!」
胃には何も無いはずなのに、吐きそうになる。
私はこんな所で殺されるの!?
「何をしているの。さっさと進みなさい」
女の眼帯で隠されていない方の目がちさを睨んだ。
ちさは勇気を出し、前に進む。
ちさが部屋に入ったのを確認し、女は扉を閉めた。
「七岡ちさ、十六歳。森泉学園から連れてきました」
女がちさの説明をする。
「ほう。森泉学園から来たか」
ヘリオスはちさの側まで来た。暗くてヘリオスの顔は見えない。影で髪が長いことは分かる。マントらしきものを着ているようだ。
ちさがヘリオスの顔を見ようと見上げたその時、膝裏に蹴りが入り、ちさはガクリとその場に膝を着く。
「頭が高いわよ」
どうやら、女が蹴ったらしい。
「ヘリオス様、始めましょう」
「そうだな」
ちさは怖かったが、口を開いた。
「何をするのよ……」
言った瞬間ギロリと女に睨まれた。殺気すら感じる。
「何をするんですか?」
もう一度、言葉遣いを直して聞いてみる。
「貴方には関係無いことよ」
女に冷たく言われた。
殺される理由すら知らされず、私は死ぬのか。理由くらいは知りたかった。
ちさが諦めかけた時、ヘリオスが口を開いた。
「暖凛花、良いじゃないか。今まで勇気を出して質問してきた奴はいなかった。この子の勇気を讃え、教えてやろう」
女は暖凛花と言うらしい。
「ヘリオス様がよろしいなら……」
「七岡ちさ、だったかな? 今からするのは実験だ。君は良い結果を出せば生き残られる。悪い結果を出せば死ぬ。簡単に言えばつまり……人体実験だ」
ヘリオスがニヤリと笑う。
それを聞き、ちさの頭の中は真っ白になった。
「ぃ、嫌よ……。そんなの……っ……嫌ぁっ……嫌だぁぁ!!」
ちさはパニックになり、その場から逃げる。扉まで走り、扉を開けようと体当たりする。何度も何度も。だが、扉は開かない。
「無駄よ、逃げられないわ。外には私の可愛い部下がいるの」
暖凛花がゆっくりと近付いてくる。
「や……来ないで……来ないでっ!!」
ちさは力一杯に叫ぶ。その声は、部屋中に反響した。
「うるさい餓鬼ね」
暖凛花は、ちさを睨み、冷たく言った。暖凛花の表情が怖くて、ちさは何も言えなくなってしまう。
「スケルトン、その娘をここに」
すると、闇の中から二体の骸骨が現れた。普段なら感知できたはずだった。しかし、疲労、恐怖、混乱が原因となり感知出来なかった。
感知が遅れ、ちさはすぐに捕まった。両腕を一体ずつ捕まれる。そして、スケルトンにヘリオスと暖凛花の元へ、ずるずると連れて行かれた。
「どうぞヘリオス様」
「ああ」
ヘリオスの手がちさに伸びる。
殺される!
「嫌!! 離して!!」
必死にもがくが、スケルトンはちさを離さない。目尻が熱くなるのを感じる。
「黙れ」
ヘリオスの凄まじい殺気がちさを襲う。
「……あ……っあ」
声が出ない程、圧倒的な恐怖。こんな殺気初めてだ。涙がボロボロと溢れだす。
抵抗する気力を失ったちさの頭に、ヘリオスの手が乗った。
手が乗った瞬間、ゾクリと背筋が凍る。
「え……」
その時、ヘリオスの顔が見えた。ヘリオスが邪悪な笑みを浮かべたかと思うと、ヘリオスの手からキィィィィン、と黒い力が大量に流れ込んできた。
「っぁぁああ!!!」
頭が割れそうになる。おかしくなりそうだ。
「うっ」
ちさは、口から大量の血を吐いた。それが、ちさの最後だった。
ガクリ、と目の前の少女が首を落とす。口からは血がボタボタと落ちていく。
「駄目でしたか?」
「ああ。耐えた方ではあったがな」
ヘリオスは不満気な顔で、手に付いた血を舐める。
暖凛花はスケルトンに命じ、死体を放させた。グシャリと音をたて、死体が頭から倒れる。
暖凛花は遺体の首筋に手を置いた。
「……死亡確認いたしました」
「グールの部屋に連れていけ」
「はい。それにしても、酷い御方。教えると言っておきながら、人体実験だなんて。どうして本当のことを言って差し上げなかったんですか?」
「その方が、恐怖を与えられると思ってな」
「フフッ、そうですね。では……」
暖凛花はヘリオスに頭を下げ、スケルトンに命じ、死体を扉の前まで連れて来させる。
「アル、もう良いわよ」
扉がゆっくりと開く。扉を開けたのは、土人形。その近くには小学六年生くらいの薄紫の髪、ピンクの瞳を持つ女の子。ゴスロリを着こなし、キノコうさぎのぬいぐるみを抱えている。
「暖凛花お姉様、お疲れ様です!」
「貴方もね」
アル、と呼ばれた女の子は嬉しそうに笑う。
暖凛花は死体を連れ部屋を出た。
グールは、死体を好んで食う危険な怪物。人間の死体に精霊が憑依したものだ。そんなグールがいる部屋、グールの部屋は、死体を処理するために作られた部屋である。
暖凛花はグールの部屋の頑丈な扉を開けた。さっきの部屋でも血の臭はしていたが、それとは比べ物にならない、物凄い臭が一気に押し寄せてきた。
「ア~?」
グールは部屋の隅にいた。着ている服は血で赤く染まっている。
「食事の時間よ」
スケルトン達は、死体を部屋に投げ込む。
「ア"~ッ!!」
グールは一目散に遺体の元に行き、死体にかぶりつく。
グシャ、バキン、ゴキン、メリッ、ボキ、とグールは美味しそうに少女を喰らう。
「ちょっと、骨は綺麗に残して……って聞いてないわね」
グールは食べることに夢中で、全く話を聞いてない。
「まったく……」
暖凛花は呆れながら部屋を出た。
「大変ですねぇ、暖凛花様」
深くフードを被った男がおにぎりを食べながら暖凛花に近付いてきた。研究者、高野倖明だ。
「う~ん、やはり昆布が一番うまい。暖凛花様もお一ついかがですか?」
そう言って、フード付マントの中からおにぎりを出す。
「いらないわよ」
暖凛花にそう言われ、高野はおにぎりをしまおうとしが、ツンツン、とマントを引っ張られた。見ると、アルメリアが下から見上げている。
「高野、あたしにちょうだいっ」
「アルか。ほれ、味わってお食べ」
高野はしまいかけたおにぎりをアルメリアに渡した。
「ありがとう」
アルメリアはパクパクおにぎりを食べる。高野も再びおにぎりを食べ始めた。
「高野の昆布って美味しいよねぇ」
「そうだろう、そうだろう。私の特製昆布は美味いだろう」
二人は仲良くおにぎりを食べている。
そんな二人を見て暖凛花は思う。
「貴方達、よく食べれるわね」
血の臭いが充満しているのに、二人は平気な顔でおにぎりを食べている。
「慣れちゃいました」
アルメリアはおにぎりを頬張りながら言う。
それだけここが異常なのか。こんな子供まで血の臭いに慣れている。
「そうだアル、如月市に行ったんだって?どうだった?殺りごたえはあるかい?」
おにぎりを食べ終えた高野は、アルメリアに聞く。
「如月市には二人いたよぉ。殺りごたえは、まだ分かんない。でも、エルフを従えてたし、ちょっとは楽しめるかも」
「ほーう?」
高野は首をポキッ、と鳴らした。
「次、私が行っては駄目かい?」
「えーっ!アルの獲物ぉ~!」
アルメリアは激しく嫌がった。
「今日始末された子以来、外に出てなくてね。そろそろ外に出たいんだよ」
「そうね。貴方は半月も出てない。貴方が鈍っては困るわ。アル、変わってあげなさい」
「え~……。暖凛花お姉様がそう言うなら……」
「ありがとう」
暖凛花がアルメリアに笑いかけると、アルメリアはそれだけで満足そうな顔をした。
「あ、そうだアル。私の作った痺れ薬は使ったかい?」
高野は結果が知りたくて仕方無いらしく、アルメリアに教えてくれと急かす。
「使ったよぉ、絆創膏に染み込ませて男の子の傷口に貼ってきた」
「おお!」
「でも、結果は知らない。すぐにトロルの様子見に行ったから」
「なんと……残念だ」
高野はガックリと肩を落とした。
「次に如月市に行った時、その男の子が死んでいれば、その痺れ薬は良く効いたってことじゃないかしら」
「本当にただの、致死力がない痺れ薬なんですよ。せっかく、新しく手に入れた薬草で作ってみたのに……」
「あら、そうなの」
高野はしばらく落ち込んでいたが、何か思い付いたようで、自分の研究室へ猛ダッシュで向かった。
「何を思い付いたんでしょう……」
アルメリアはおにぎりをゴクリ、と飲み込んだ。
「さあ……」
高野の事は良く分からない、と暖凛花は思った。高野は実に優秀な研究者だが、薬品の事になると五十近いとは思えない、無邪気顔をする。
「あら、いけない。掃除が残ってたわね」
先程血で汚れた部屋を掃除しなくては。高野の変わりっぷりについて、考えている暇はない。今日は二人分の血の処理なので、手間がかかりそうだ。
「お姉様、手伝います!」
「本当? 助かるわ」
暖凛花はアルメリアを連れ、部屋に戻った。
藍川家からしばらく歩くと、草木が無い、広場がある。そこに、藍川夏向と藍川咲夜が眠る墓がある。和式ではなく、洋式の墓だ。
咲楽は妖精達から貰ったタンポポを、両親の墓前に置いた。
「母さん、父さん。海星が会いに来てくれたぞ」
海星は墓に向かって、一礼した。
「こんにちは、希崎海星です」
「お母さん、海星の事覚えてる? 今日はね、話があって来たの」
三人は天国にいる夏向、咲夜に向かい、今起きている異変についつ話した。
「私達、絶対にみんなを護るから」
「だから見守っていてくれよな」
「お願いします」
三人は墓を後にし、海星はそのまま真っ直ぐ家に向かった。
つい、仲良くしてしまった……。
二人がまだこの森に住んでいる可能性がある中戻ってきたが、まさか学校もクラスも一緒だなんて思わなかった。
だが、まだ時間はある。それまでは仲良くやっていこう。
海星は家に帰ると、すぐに掃除を始めた。ひとまず、今夜寝れるように自分の部屋から片付け始めた。
絵本や服、捨てるものは沢山ある。学園から荷物が届く前に片付けたい。
荷物が届くまでは、自分で持ってきた少ない日用品で、何とかしなくてはならない。食料も少ないので、買い物に行かなくてはならない。
一体どこで買い物ができるだろう。七年前とはずいぶんと街並みは変わったはずだ。それに、曖昧な小学四年生の記憶では道に自信がない。そうだ、二人に買い物を付き合ってもらおう。
そんなことを考えながら片付けをしていると、気付けば時計の針は零時を指していた。そろそろ寝なければ、学校に遅れてしまう。
海星は持ってきていた寝袋を広げ、中に入った。ベッドも布団も埃だらけで、寝ることは出来ない。
片付けで疲れたようで、海星はすぐに眠り落ちた。
翌朝、やけに部屋の空気が綺麗だった。窓を開けっ放しにしていた効果だろうか。
海星は体を起こし、驚いた。部屋が見違えるように綺麗になっていた。
家中見て回ったが、七年前に戻って来たかのように綺麗になっていた。
不思議がっていると、物音がした。振り返ると一瞬、茶色い体が目の端に映った。
「まさか、ブラウニーなのか?」
ブラウニーは日本の座敷童子のような存在の幻獣だ。全身茶色のイメージからブラウニーと呼ばれている。部屋が散らかっていると夜中にこっそり片付けてくれる。
「お礼にパンでも用意しないとな」
海星はブラウニーに感謝し、綺麗になったキッチンで、一昨日買っておいた惣菜パンにかじりついた。
「……」
昨日までは施設の仲間と朝食を摂っていたと思うと、少し寂しく感じた。
今日から今までとは全く違う生活が始まる。自炊は勿論、家事全般を一人でする。できないことは無いが、何だか不安だ。
そして、学校生活が始まる。知らない人達の中に入いる。咲楽と陽向がいるのが救いだと思えた。
「俺らしくないな」
弱気になっている自分が可笑しく思え、海星は笑った。
制服に着替え、荷物を持ち、家を出ると足音が近付いてきた。
「あ、いたいた!」
咲楽がこちらに駆けてくる。
「え……」
海星の驚いた顔を見て、咲楽は笑いながら答える。
「昨日、家の場所聞くの忘れたから、探してたんだよ。もしかしてって思って来たんだけど、この家、海星の家だったんだね」
昨日お邪魔した際、藍川家の場所は覚えたので、自分から行くつもりだった。まさか、咲楽の方から探してまで来るとは思わなかった。
「さあ、行こう海星。案内する約束したでしょ」
「ああ」
俺は何を不安がっていた? 楽しくやれば良いじゃないか。
海星は咲楽の後をついて行った。
第二体目、アラン派とセシル派を読んでいただきありがとうございました!
後書きに入ります。
二体目にして、主要キャラが揃いました。
謎に包まれた少年、希崎海星。彼にまつわる話がこれから繰り広げられていきます。
海星を含め、今回は沢山の新キャラが出てきましたね。
アラン派のトップ、ヘリオス。海星以上に謎に包まれています。今回はシルエットだけの登場です。
え? HELIOSのペンネームじゃないかって?
はい。そうなんです。
実は、ペンネームを決める際、どうしても決まらなくて、とりあえずヘリオスから名を拝借しました。一時的なつもりでしたが、結局気に入って使い続けています。
アラン派No.2。金髪眼帯美女、暖凛花。ヘリオスの秘書的な立場で、事務作業をこなす人です。ヘリオスの命令を部下達に伝達します。仕事はきっちりしてそう。
配属は殆ど暖凛花が決めます。ただし、重要なところはヘリオスが仕切ります。
アラン派の優秀な研究者であり、研究長、高野倖明。昆布と薬が大好きです。あ、ドラッグではありませんよヾ(・ω・`;)ノ
次回も出てきます。顔お披露目は、近いうちに。
一体目にも登場した、ツインテールガール、アルメリア。暖凛花のことが大好き。
前回の伏線を拾えて良かったです。良かったね、陽向。致死力無いってよ。
さて、幻獣使いは最初、漫画でした。三体目あたりの内容まで描きましたが、小説に移行しました。
今回、二体目を編集しようと、漫画の一体目を久々に見てみました。
話が全然違うんですよね。
海星、最初なんか怖い。
咲楽は、もっと性格が冷たいというか、かたいというか······。とにかく、今の咲楽に落ち着いて良かったなと思いました。
陽向は、もっと女の子っぽい顔付きで、海星なみに髪が長かったという(笑)
陽向と海星といえば、三枚目の挿絵なんですが、友人の時雨と「この絵、海星が陽向に恋したシーンみたい」などと話していました( 笑 )
はいっ、長々と失礼しました。
次回は、第三体目「プールに迷い込んだ水の精霊」です。
文化祭もあり、七月一日に載せられるか不明ですが、頑張りますo(・д´・+)ゞ