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幻獣使い  作者: HELIOS
1/76

第一体目 藍川姉弟

 下手な挿絵が載ってます。最新話になるにつれマシになりますが、苦手な方は非表示でお楽しみください。

 例えばサラマンダー、ウンディーネ、シルフ、ノームといった四大精霊。例えばエルフ、ケット・シー、ゴブリン、フェアリーといった妖精。獣人、アンデットなどは、一括りで幻獣(げんじゅう)と呼ばれる。

 幻獣は、自然や未知の生物に対する人間の恐れと憧れから生まれる。

 幻獣とは現実には存在しない架空の生物だ。だが、そう言われているだけで、普通は見ることができないというだけで、本当は存在する生物である。

 幻獣の存在すら知らない人達に紛れ、幻獣が見え、幻獣の知識があり、幻獣を従えることができ、幻獣に対抗できる人々がいた。

 彼らは、幻獣使(げんじゅうつか)いと呼ばれている──。



 女は、誰一人いない夜道を歩いていた。

 電柱の蛍光灯が女の歩く道を照らす。月は雲に隠れ、その輝きを女に見せない。

 女は寒さに震え、腕を軽く擦った。

 もう春とはいえ四月の夜は肌寒いもので、先程から背筋が凍るように冷たく感じる。


 ジッ……ジジッ……。


 妙な音が頭上から聞こえた。見上げると、電柱の蛍光灯が切れかかっていた。それだけだというのに、不気味な雰囲気を作り上げている。


 ドォン……ドォン……。


 さらに、明らかに人とは違う重い足音が聞こえた。地響きが凄く、足に振動が伝わる。

 周りを確認しても何もいない。ただ、足音だけが聞こえる。

 怖くなった女は走り出した。無我夢中で家まで走る。だが、足音は女に確実に近付いてくる。

 追い付かれる!?

 そう思った時。背後から大きな影が現れ、女の影をすっぽりと包み込んだ。何かに追い付かれたようだ。

 女は恐る恐る後ろを見た。大きな影の正体は……──。

「ッ……!??」

 腰が抜け、女はぺたんとその場に座り込む。

 大きい鼻に尖った耳、醜い巨人な怪物がそこにいた。

 さっきまでこんな化け物はいなかった。急に現れたのだ。怪物は醜い笑みを浮かべ、右手に持っていた太い棒を振り上げる。

 死ぬ! と思ったその時──。

「ゥグァァァ!!」

 怪物が不快な悲鳴を上げる。

「良かった! 間に合った!」

 少女の声が聞こえた。

 女は固く閉じていた(まぶた)を開け、正面を見た。目の前には、血が付いた長柄武器を持った髪の長い少女がいた。その奥には右腕から血を流し、唸る怪物。

「ボーッとしてないで、早く逃げて!」

 そうだ……逃げないと。

 少女にそう言われ、震える体を動かした。そして、ゆっくりと走り出した。

「お前の相手は私だよ!」

 後ろから少女の声がする。あの子は怖くないのだろうか。人より大きい醜い怪物を目の前にして、平然としていた。

「ブオオオ!」

「あっ、コラ!」

 少女の焦った声がした。気になって女が振り返ると、怪物の持っていた棒が自分に向かって飛んできていた。女はしゃがみこみ、咄嗟(とっさ)に手で頭を守った。

「行ったよ!」

「わーってるよ!!」

 ガツン、と衝突音が響く。

 あれ、何ともない……?

 顔を上げると、金棒を持った少年がいた。

「──ったく、一般人に棍棒(こんぼう)なんて危ねぇもん投げてきやがって」

 そう言いながら、少年は怪物が投げてきた棒を拾う。

「あ……あの……」

 女は口を開いた。

「ん?」

 少年の美しい青い瞳と目が合った。

「何なんですか……あれ。何で……怪物が……」

 喉の奥から上手く言葉が出なかった。

「その様子じゃ、初めて見たんだろ?」

「はい……」

そりゃ初めてだ。こんなの現実じゃ有り得ない。怪物が出ました、気を付けてください。なんて、今まで聞いたことがない。

「ま、俺も実物は初めて見たけどな」

「え……どういう……」

「知らない方が良いよ」

 少年は何も教えてくれなかった。

「とにかく、早く行って! この事は忘れろ!」 

「はっ、はい!」

 女はその場を去った。少年に忘れろと言われたが、今日の事は生涯忘れないだろう。忘れることなんてできやしない。

 これは後日調べたことだが、あの醜い怪物は[トロル]と言う巨人、または妖精らしい。そして、トロルは人を食うという。

 もしかして自分が狙われたのは、食料として?

 そう考えるとゾッとする。

 あの少女と少年が無事なのかは、女には分からない。もしかしたら自分の代わりに食われてしまったのだろうか。いや、生きているはずだ。そうであって欲しい。

 女は二人が生きていることを願った。



 如月市立如月高校、第二本館二階、二年二組の教室。出席番号一番、藍川咲楽(あいかわさくら)は、自分の机に頭を伏せていた。

 腰まである長い薄茶色の髪は、彼女の顔を綺麗に隠している。

「さーくらっ」

 名前を呼ばれ、咲楽はゆっくりと頭を上げた。

挿絵(By みてみん) 

 名前を呼んだのは、親友の大沢華夢(おおさわかのん)だった。今日もブラウンの天然パーマが巻かれ、可愛らしい。

「もしかして寝てたぁ? ごめんねぇ」

「ううん」

 咲楽は手で隠しながら、大きな欠伸(あくび)をした。筋肉が涙腺を刺激し、涙が出る。

「寝不足? 勉強でもしてたの?」

 咲楽は指先で涙を拭った。

「ちょっとね。華夢はどうしたの?こんな早く」

 華夢は普段、もう少し遅い時間に登校して来る。

「早起きしたから! まさか咲楽がいるとは思わなかったけど……。絶対あたしが一番だと思ったのにぃ」

「ふふ、残念でした」

 華夢と話をしていると、だんだん目が覚めてきた。

「ねぇねぇ。これ飲む?」

 華夢はコンビニの袋から桃色の牛乳パックを取り出した。

「紅茶好きの咲楽さんに、新発売の紅茶を差し上げよう!」

 華夢は咲楽に紅茶を突き出した。

「朝からテンション高いね……」

「咲楽がテンション低いの! まだ眠いのぉ? はい、これ飲んで目ぇ覚まして!」

「ありがとう」

 咲楽は華夢から紅茶を受け取り、パッケージを見た。大きく桜のイラストが描かれて、ポップな字で【期間限定桜ティー】と書かれていた。

「ああ、春だからだね」

 只今、桜の季節。この時期は桜の商品が沢山出る。この紅茶もその商品の一つだ。

 せっかく頂いたので、早速ストローを刺して一口飲む。口いっぱいに甘酸っぱい桜の香りが広がった。

「うん、美味しい」

 続いて華夢も飲む。

「ほんと、美味しい。結構好きかも~」

 その後、二人はいつものように何気ない会話をしつつ、紅茶を飲んだ。咲楽が半分程飲み終えた頃、華夢が変わった話をし始めた。

「昨日ねぇ、いや今日かなぁ? とにかく深夜ね。変な声を聞いたんだぁ」

 華夢は怪談を話すかのように、声のトーンを落として話す。

「変な声?」

「叫び声みたいな」

「はあ……」

 それは、近所の不良が騒いでいただけでは? と思ったが、咲楽に口を出す暇を与えず、華夢は話を続けた。

「映画で出てくる怪物みたいな声……ううん、もっとリアルな感じ」

「有り得ないでしょ。寝ぼけていたんじゃないの?」

「そうかなぁ?」

「そうだって」

 咲楽は紅茶を一気に飲み干した。

「ごちそうさま」

 咲楽は立ち上がり、牛乳パックをゴミ箱に捨てた。華夢のおかげですっかり目が覚めた。


 同じく、如月高校第一本館二階、一年五組の教室。出席番号一番、咲楽の弟の藍川陽向(あいかわひなた)は部活を終え、自分の席に座った。

 そして、すぐに頭を伏せた。SHRが始まるまで五分も無いが、少しでも寝たかった。目を閉じると、すぐにウトウトしてくる。

「おーい陽向、寝てんの?」

 そんな陽向に邪魔が入る。陽向が嫌々顔を上げると、同じバスケ部の西内順平(にしうちじゅんぺい)がいた。

「見たら分かるだろ……」

 陽向は西内を睨む。

「ワリィ、ワリィ」

 西内は笑いながら謝ってきた。

「で? なんだよ」

 寝ているとこを邪魔したのだから、起こすほどの理由があるのだろう。

「いやー。今日部活見学してただろ? なんでかなーって思ってさ」

 陽向は、今聞く必要ないだろと軽く苛立ちつつ質問に答えた。

「見ての通り、手首痛めてさ」

 そう言いながら陽向は右手を西内に見せた。

 手首には湿布が貼ってある。

「なんで痛めたんだ?」

「え、えーっと……」 

 陽向が返事に困っているとチャイムが教室じゅうに響いた。

「お、鳴った。じゃーな陽向」

「お……おう」

 西内は自分の席に戻っていった。

 少しして、担任の水島先生が教室に入ってきた。まだ若い先生だ。号令がかかり、SHRが始まる。いつもなら連絡事項を聞き、回収物を集めたら終わるはずだが、今日は違った。

「先生なぁ……深夜二時頃、変な足音聞いたんだよ」

 先生が自分の体験談を語り始めたのだ。

「人間の足音じゃないんだよな。地響きが凄かったし……。知ってる奴いないか?」

 教室が騒がしくなった。すると、知っていると言う奴が現れ始めた。

「何の足音なんだろうね」

「何かの声も聞いた」

「今夜も聞こえるかな」

「確かめようぜ!」

 そして、足音と謎の声の正体を確かめようと言うも者が現れた。さらには水嶋先生まで……。

「よし、皆で確かめるか!」

 バンッ!と、大きな音が教室に響きわった。

「先生、教師が生徒に何言ってるんですか」

 陽向は立った状態で、水島に言った。もちろん、机を叩いたのも陽向だ。クラスメイト全員が、目を丸くして陽向を見ている。

「あ、藍川……?」

 水島は顔を引きつらせた。

「深夜に外に出る事を許可して良いんですか」

「じょ、冗談だって!」

 陽向は何も言わず、水島の顔を睨み付け、自分の席に着いた。

 真面目過ぎ、なにアイツと、ぼそぼそとそんな声が耳に入ったが、陽向は別に気にしなかった。

 重い空気のまま、SHRは終わった。

 一時間目が始まるまで数分余裕があったので、陽向は先程騒いでいたクラスメイトに話を聞き回った。あまり協力的ではなかったが、皆答えてくれた。すると、一つの共通点があることに気付いた。


 午前中の授業が終わり、昼休みの時間がやってきた。弁当を食べ終えた咲楽は、急いで陽向のいる第一本館に向かった。早く陽向と会って話をしなくてはならない。

「「あっ」」

 第一本館と第二本館を繋ぐ通路でばったり咲楽と陽向は会った。陽向も自分に会いに来ていたようだ。

二人は話をするため、第二本館の屋上へ向かった。ここなら誰かに聞かれる心配がほとんどない。屋上の戸を開けると風が強く、二人の薄茶色の髪が風になびいた。咲楽は長い髪を邪魔そうに顔から退ける。幸い屋上には人がいなかった。

 まぁ、訳あって第二本館の屋上に行く人は元々少ないのだが……。

 二人は鉄柵の近くに立った。下に目をやると、カップルが中庭でイチャイチャしていたので、なんとなく二人は鉄柵を背にした。

「で、何だよ姉ちゃん」

 陽向が口を開いたおかげで、ようやく話が始まった。

「華夢がトロルの声を聞いたって」

「マジかよ」

「うん……陽向は?」

「俺のクラスメイト数人と水島先生がトロルの足音と声を聞いたらしい」

 咲楽は大きな溜め息をついた。

「聞いた人多いね。昨日の女性以外に目撃者いたりしないかな」

「さーな、普通に見える人なんて俺ら幻獣使いくらいだし大丈夫だろ」

 そう、咲楽と陽向は幻獣使い。昨夜、偶然見ることのできた女と違い、普段から幻獣を見ることができる。昨夜の女は、霊感が強かったなど、何らかが原因で見てしまったのだ。基本見ることはできない。

「俺達が昨日のうちに何とかできれば、こんな心配なんてせずに済んだんだよな……」

 昨夜はまんまとトロルに逃げられてしまった。いや、あっさり退いたと言った方が正しいかもしれない。棍棒を奪っただけで、逃げ出したのだ。

「トロル、今夜出るかな?」

「分からねぇよ」

 人を襲おうとしたトロルを放置しておくわけにはいかないが、トロルが出るまで毎日深夜を巡回するのは高校生の二人にはきつい。

「ひとまず、今夜は待機しておこう」

「そうだな」

 トロルが今夜出るとは限らないが、昨夜出たので念のために今夜は待機することにした。そう決まれば、どこで待機すれば一番良いか考えなければいけない。もし遠い場所にトロルが現れたら、駆け付けるまでに怪我人、または死人が出るかもしれないからだ。

 咲楽はどこにトロルが現れるか考え始めた。すると陽向が思い出したかのように言った。

「多分、西地域だ。クラスの目撃者全員が西地域に住んでる。昨日、トロルが出たのも西地域だったしな」

 陽向のクラスメイトの共通点は、全員が西地域の住人だということだ。そういえば、華夢も西地域に住んでいる。

 だが、西地域にはトロルが住むような森は無い。森があるのは咲楽達の住む、南地域くらいだ。

 何故昨夜の事を知っている人間が西地域だけなのか、トロルが逃げたはずの南地域には誰一人知っている人間はいないのか。

 考えれば考えるほど、二人はだんだん訳が分からなくなってきた。

「とにかく、今夜は西地域を巡回しよう」

 どこに現れるか分からないなら、昨夜と同じ場所で待機するべきだと咲楽は判断した。

「つか、なんでトロルが住宅地に?」

「分からないよ」

 トロルは、洞窟や森奥深くに住む幻獣だ。だが、何故か今回住宅地に現れた。トロルは女子供を喰う。昨夜襲われたのは女だった。もしかして食料に困っていたのかもしれない。何故トロルは現れたのか、まだ二人には分からないことだった。


 話がほとんど終わった頃、屋上の戸が開いた。出てきたのは先程、中庭にいたカップルだ。スリッパの色が赤なので、三年生のカップル。

 二人は教室に戻ることにした。

 カップルとすれ違うとき、すごいと聞こえた。声からして女子生徒だ。

「今の二年の藍川咲楽ちゃんだよね。隣の子は弟の……陽向君。本当にカラコンじゃないのかな? 髪も地毛らしいよね。すごいなぁ、日本人なのに」

 彼氏にそう言っている。

 カップルの視線が嫌で、姉弟は競歩で屋内に入った。



 如月市の南地域の森に、藍川姉弟が住む家がある。森の中に建っているため、外からは分からない。

 夕方五時頃、咲楽は干していた洗濯物を取り込んでいる最中だった。咲楽は洗濯物を取り込み終わると、空を見上げた。すでに暗くなり始めている。咲楽は家の中に戻り、手早く洗濯物を畳んだ。これで本日の家事は終わりだ。

 何故、咲楽が家事をしているのか。それは、両親がいないからだ。二年前の夏、幻獣に殺された。幻獣使いの間では、然程珍しいことではない。

 咲楽は背伸びをした。昨日あまり寝ることが出来なかったため、とても眠い。授業中はなんとか起きることができたが、そろそろ限界のようだ。この状態でトロルが出たらまずい。少しでも寝たい。

 時計に目をやると五時十分。陽向が帰ってくるのは六時頃。六時頃ならまだトロルは活動出来ない。トロルの弱点、【太陽の光】がまだ微かに残っているからだ。

 咲楽は二階の自分の部屋に向かった。そして、ベッドに潜り込んだ。陽向が帰ってきたら起こしてくれるはずなので、目覚ましはかけないで寝た。


 咲楽の予想通り、陽向は六時頃に帰宅した。

「ただいま……って、暗っ!」

 普段は点いている、家の電気が一つも点いていなかった。

「姉ちゃ~ん!」

 咲楽を呼ぶが、返事がない。一階にいないということは、二階の自室にいるのかもしれない。

 陽向は部屋の電気を点けながら、二階の自分の部屋へ向かった。部屋に荷物を適当に置き、すぐに隣の咲楽の部屋に向かう。

 咲楽の部屋の戸をコン、コン、コン、とノックをしたが反応がない。

「姉ちゃん入るよ?」

 陽向は仕方なく部屋に入った。布団が膨らんでいることにすぐ気付く。

「寝てんの?」

 咲楽の顔を覗き込むと、ぐっすりと寝ている姉の顔。

 トロルのせいで寝不足なのは分かるよ、分かるけどな……俺だって眠いよ!

 授業は少し寝てしまったが、部活は眠さと戦いつつ頑張った。

「っ~……」

 咲楽の布団をひっぺ返したい気持ちを抑え、陽向は優しく咲楽の肩を叩いた。

「姉ちゃん、起きなよ」

 咲楽は少し動き、ゆっくりと目を開けた。

「――ん、陽向? おかえり」

「ただいま」

 咲楽はまだ眠たそうだが、すぐ体を起こし立ち上がった。

「やっぱり起こしてくれたね」

「え……えっ!? まさか、俺使われた!?」

 咲楽はニコッと笑い、部屋を出て下に降りていった。

「ひでぇ、使われた……」

 陽向がショックを受けていると、咲楽に降りてくるように言われた。晩御飯の時間だ。

 陽向は返事をして下に向かった。


 その後、二人は晩御飯を食べ、トロル対策の準備をし、西地域を巡回していた。

 現在十一時。何も起きないまま四時間が経つ。

 歩き疲れたので、公園で休憩することにした。

 二人は動きやすい服装に、食料などが入ったウエストポーチ、忘れてはならない幻石(げんせき)のブレスレットを左手に着けていた。

 日が完全に落ち、ほとんどの家の電気は落ちている。月は厚い雲に覆われ、全く見えない。トロルが現れても良い状態だ。より警戒しなければならない。

「まだ痛い。困ったなぁ……」

 陽向は右手を回していた。昨夜、トロルの棍棒を金砕棒で打った際に痛めてしまったのだ。

「まだ痛いの? エルフの塗り薬塗れば良いでしょ?」

「あ、そっか。忘れてた」

 エルフの塗り薬とは、エルフが様々な薬草で作った塗り薬である。凄くよく効く薬で、ちょっとした傷ならあっという間に治ってしまう。

 陽向はウエストポーチのポケットから塗り薬が入った入れ物を取り出し、蓋を開け、薬を手首に塗った。すると、みるみる痛みが退いていく。手首を回してみるが、全く痛くない。

「ホント効くな。すっげ」

 怪我する度に使うが、使う度に驚いてしまう。

「当たり前でしょ? 私のエルフのお手製なんだから」

 咲楽は自慢気に言う。

「――そろそろ行こうか」

 二人は公園を出て、また巡回し始めた。


 それから数時間がたった。二人は休憩を挟みながら、巡回していた。何も変わったことはない。

「今夜は現れないかもな」

「そうかもしれないけど、気を抜かないでね」

「分かってるよ。あ~眠い」

 陽向が欠伸(あくび)をしたその時、光が二人の顔を照らした。

「君たち、こんな時間に何をしているんだっ」

 巡回していた警官に見つかったようだ。手には懐中電灯を持っている。

「あの、すいません。眩しいです」

「ああ、すまないね」

 警官は懐中電灯を下げた。

「で、君たちは何をしているんだい?」

 どうしよう。昨日トロルが出たので、巡回しています、なんて言えない。

「飼い犬が脱走しまして、探しているんです」

 咲楽は適当な嘘を言った。犬なんて飼っていない。

「どんな犬だい?」

「青い首輪を着けた、マルチーズ。名前はモモって言うんだけど、おじさん見てない?」

 陽向は咲楽の話に合わせる。

「見てないなぁ。青い首輪の柴犬なら見たんだが……」

 柴犬と言っていたらどうなっていたことか! 二人は表情を崩さずにホッとした。

「とにかく、早く見つけて帰るように」

「「はーい」」

 二人はにこりと作り笑顔で警官と別れた。警官の姿が見えなくなったことを確認し、二人は脱力する。

トロルに出会う前に冷や汗を掻いた。

 

 まったく、今夜はなんなんだ。うろうろしている高校生を何人か見つけた。なんとか家に帰したが、謎の足音と変な声の正体を突き止めるんだ、とか訳が分からない事を言っていた。

 それに、さっきの姉弟。日本人の顔立ちのくせに、外人みたいな髪と目。お洒落(しゃれ)のつもりか知らんが、最近のガキは荒れている!

 警官は、そんなことを思いながら巡回していた。


 ジッ……ジッ……ジッ……。


 見上げると、電柱の蛍光灯が切れかかっていた。不規則に点滅している。

「うっ、蛾がいるな」

 大きめの蛾が二匹ほど集まっていた。気持ち悪いので、その場を離れたその時――。パリン!と音と共に、背後の明かりが消えた。

 振り返ると、先程の蛾がガラスに刺され、ピクピクと動いている。どうやら、切れかかっていた蛍光灯が割れ、蛾に刺さったようだ。

 危なかった。蛍光灯から離れるのがあと少し遅ければ、蛾ではなく自分にガラスが刺さっていたかもしれない。

 そう安心したのもつかの間。目の前に続く蛍光灯が次々に割れていった。

 消える明かり、落ちるガラスの音。

「なっ……なんなんだよぉぉ!」

 警官はパニックになった。とにかくこの場から逃げたくなり、走った。

 曲がり角を曲がろうとした時、何かにぶつかって後ろに飛ばされた。手に持っていた懐中電灯が宙を舞う。そして、警官はそのまま頭を強く打ってしまった。

 警官の意識はそこで途切れた。



 遠くの方でガラスが割れる音がする。空き巣が家に侵入するために、窓ガラスを割ったのか、不良がふざけて割ったのか。とにかく、あまり良くない事が起きたに違いない。さらに、男性の悲鳴のようなものまで聞こえた。ただ事では無さそうだ。

「姉ちゃん、様子見に行こう!」

「そうだね」

 悲鳴まで聞いて無視するわけにはいかない。二人は声がした方に走る。

「「……!」」

 突然何かが現れたのを感知した。おそらくトロル。昨夜、トロルが現れたときと同じ感覚がしたからだ。

 二人はスピードをあげ、トロルが出たであろう場所に向かって走る。

「ちょっと待って、まずくない?」

 咲楽は青くなる。

「あ……」

 陽向も気付く。

 ガラスの音、男性の悲鳴が聞こえたのもこの先だ。つまり、男性がトロルと接触した可能性がある。男性が危ない。それに気付いた二人は全速力で走った。

「なんだよコレ」

 電柱の蛍光灯が途中から全て割れていた。どうやらガラスが割れた音の正体はコレのようだ。そのお陰で辺りは真っ暗だ。それでも二人は暗闇の中を迷わず進む。少し遠いが、小さな光が見えた。懐中電灯が道に転がっているようだ。

「いたっ!」

 懐中電灯に照らされて微かに分かる男性の姿。無事かどうかは分からないが、とにかく早く安全な場所に移さなければ危険だろう。

 ガシャッ、と音と共に懐中電灯の明かりが消えた。男性まであと少しの所で二人は止まった。

「危ねっ」

 二人は呼吸を整えつつ、男性の近くにいる幻獣の姿を確認する。真っ暗でよく見えないが、間違いないだろう。二メートル越えの、大きな影が見える。昨夜現れたトロルだ。

 懐中電灯を壊したのはトロル。おそらく踏み潰したのだろう。

「見つけたのは良いけど、どうしよう……」

 男性をどうやって救い出そう。考えていると、陽向が肩を叩いてきた。

「コレ使おうぜ♪」

 陽向はそう言いながら、左手の袖を少しめくり、微かな光を放たないほど真っ黒な石でできた、数珠状のブレスレット出した。

 この真っ黒な石が幻石。幻石は様々な力を秘めた不思議な石である。

 陽向は幻石に己の力を流し始めた。この力は、簡単に言えば魔力のようなものだ。すると、幻石が光だす。陽向が棍棒、と言うと一つの幻石から棍棒が出てきた。

 この棍棒は昨夜のトロルの忘れ物である。

 陽向は棍棒をしっかり抱えた。

「よし。姉ちゃんは今のうちに隠れとけよ」

「え、ちょっと待ってよ。私まだ丸腰……」

「ゥオ?」

「「え?」」

 トロルはまだ、咲楽達に気付いていなかったようだ。自分の棍棒を出され、やっと咲楽達にも気付いたらしい。

「じゃ、姉ちゃん、あと頼んだ」

 陽向は棍棒を抱えたまま走り出した。

「ちょ、陽向!?」

「ブォォオオ!」

 あ、まずい。

 陽向を……いや、棍棒を追いかけトロルは走り出した。トロルは咲楽に迫ってくる。

「わあっ!」

 咲楽はすぐそばの電柱を盾にした。

「オオオォォォォ……」

 咲楽は全く眼中に無いらしく、トロルは咲楽の横を通り過ぎていった。

 ドスドスドスドスドス、と地響きが凄い。近所迷惑だ。

 トロルがいなくなったので、男性を助けることが出来るようになった。咲楽は男性に駆け寄る。よく見ると、さっきの警官だった。

「大丈夫ですか?」

 咲楽は警官に声を掛けた。

「ん~……」

 気絶しているだけのようだ。警官が気絶なんてだらしない。

 とにかく、この人を安全な場所に連れていかなければならないのだが、どこが良いだろう。と言うかどうやって運ぼう。引きずるくらいならなんとかできるだろうか。

 巡回している間にここら辺の地理は分かった。確か近くに公園があったはずだ。とりあえず咲楽は警官を引きずり、公園まで連れていくことにした。警官の上着を掴んで引っ張る。

「っ――!」

 この警官少し太りすぎではないだろうか、重くてなかなか進まない。それでも咲楽は頑張って引っ張った。早く陽向の助けに入らなければならない。


 一方、陽向は……。

「うわぁぁぁ!」

「ブオオオ!」

 未だ、トロルと【おいかけっこ】をしていた。鬼はトロルである。棍棒目当てに、陽向を追いかけている。追いかけられている陽向は少し泣きそうである。

「怖っ……!」

 トロルに追いかけられるのがこんなに怖いなんて知らなかった! というか、俺はいつまでも走ればいいんだ!? もう良いか!? もう良いよな!!?

「ぅおらっ!」

 陽向は持っていた棍棒をトロル目掛け、放り投げた。

「ブォッ!?」

 見事頭に命中した。トロルは何が起こったか分からない様子。

「ウォ?」

 トロルは自分の側に棍棒が落ちていることに気付いた。棍棒を拾い自分の物だと分かると、ブォ~♪と、喜びの声をあげた。

「なぁトロル。棍棒返したんだし、もう帰れよ」

 陽向がそう促すと、トロルは口をパクパクし始めた。何かを伝えようとしているようだ。

「……ンジュ……ツカィ」

 突然、トロルが喋りだした。何と言っているか何となく分かった。

「お前喋れたのかよ! 幻獣使いって言いたいのか?」

「ォマ……ゲンジュ……ツカ……カ?」

 お前幻獣使いか? と言いたいらしい。

 こいつは俺が幻獣使いの証、幻石から棍棒を出す所を見てなかったのか?

「そうだ、俺は幻獣使いだ」

 陽向は左手の幻石をトロルに見せた。すると、トロルの目付きが変わった。

「ゲ……ジュ……ツカ……コロス!」

 芸術家殺す? 違うよな、幻獣使い殺すって言いたいのか。って……!

「はぁっ!? なんでそうなるんだよ!」

「ウオーッ!」

 トロルは棍棒をブン、と振った。陽向はとっさに屈む。棍棒が陽向の頭上を通過した。

「危ねぇ……」

 トロルの攻撃をくらえば、ただでは済まない。それに、この暗闇。目が慣れてきたとはいえ、トロルの方が有利だ。

「てめえなんかに殺されてたまるかよ! ファルシオン!」

 陽向は幻石からファルシオンを出した。鎧ごと相手を断ち切るように使用する、短く重い片刃の剣である。

 暗闇で俺は不利だが、相手は鈍いトロルだ。だったら、先手必勝!

 陽向はトロルの足めがけ剣を振るう。切断まではできなかった。手に伝わる、骨と剣がぶつかる嫌な感触。

「ゥグァァ!」

 上から棍棒を持っていないトロルの左手が迫ってきた。陽向はトロルの足からファルシオンを抜き、後方に跳んだ。危うく潰されるところだった。

「やろぉ……」

 陽向はトロルに向かって走る。迫る棍棒を上手く避け、ジャンプする。今度はトロルの首筋目掛け、剣を振ろうとした、その時――。

「ガァァ……」

 目の前にはトロルの口があった。モァァ~、と生暖かいトロルの息が陽向の顔にかかる。異臭が陽向の鼻腔を刺激した。

「うっ!?」

 陽向は攻撃を止め、地に着地する。咳き込み、新鮮な空気を吸う。

「っあ……くっせぇ……」

 トロルの息って、こんなに臭いのかよ!

「うっ、吐きそう……」

「ブオー!」

 陽向に隙ができた事をトロルは見逃さなかった。

「やべぇ!!」

 反応が遅れたが、ギリギリで避ける。自分の左側に棍棒が振り落とされた。地面にヒビが入り、瓦礫が飛ぶ。

「痛っ!」

 瓦礫が陽向の体に当たり、頬からは血が出てきた。

「あっ、いつの間に」

 陽向はトロルの足の傷が治っていることに気付く。

 トロルは再生能力があると言うが、ここまで早いとは……。

 陽向は血を拭い、気を引き締めた。

挿絵(By みてみん) 



 咲楽は警官を公園まで引きずり、何とかべンチに寝かせた。警官には申し訳ないが、引きずってきたため、服がボロボロになってしまった。

「ごめんなさい」

 咲楽は軽く頭を下げ、その場を離れた。早く陽向と合流しなければならない。

今、陽向はどこにいるんだろう。多分トロルと一緒にいるはず。トロルの気配はあっちか。ちょっと遠いね。

 咲楽は袖をめくり、幻石を出した。

「出でよ、父をグリフォンに持つ、最も美麗な幻獣……ヒッポグリフ!」

 そう咲楽が唱えると、幻石から鷹の頭部、翼、足、馬の胴と後ろ足が合成獣が現れた。

「ヒッポグリフ、陽向のところまで連れていって欲しいの」

 ヒッポグリフは頷いた。相変わらず、綺麗な目をしている。

「ありがとう。って丸腰だったね。グレイブ!」

 咲楽はグレイブを出した。グレイブは、ヨーロッパで生まれた長柄武器である。長さは約二メートル。今回現れたトロルより少し短いだろうか。

「行こう、ヒッポグリフ」

 咲楽はヒッポグリフに股がった。ヒッポグリフは咲楽が乗ったことを確認すると、力強く羽ばたいた。

 美しき獣が空飛ぶ。

 咲楽は空から陽向を探すが、暗くてよく分からない。

「え、何?」

 ヒッポグリフが何やら言いたそうだ。ヒッポグリフの見つめる先に二つの影。

「いた!」

 陽向より先にトロルが目に入った。近くに陽向の姿もある。どうやら戦闘中のようだ。

「ヒッポグリフ、降りて」

 ヒッポグリフにトロルから少し離れた場所に降ろしてもらう。

「ありがとう、戻って良いよ」

 ヒッポグリフは頷き、幻石に吸い込まれて消えた。

 早くトロルを倒しに行きたいところだけど、この暗闇じゃトロルが有利だね。

「出でよ、容姿端麗な森の妖精……エルフ!」

 幻石から耳が尖った、長身痩躯の美人が出てきた。

挿絵(By みてみん) 

「何か用か?」

「魔法で私の視力を上げて欲しいの」

 エルフは魔法が使える。

「構わんが……ああ、トロルか」

 エルフは、理由を咲楽に聞く前に索敵能力を使い、今の状況を理解したらしい。

 エルフは杖を出した。

「目を閉じろ」

 咲楽は目を閉じた。エルフは咲楽の目の前に、杖をかざす。杖が優しい光を放った。

「もう良いぞ」

 目を開けると、暗くても周りがよく見えるようになっていた。

「うん、見える。ありがとう」

 陽向、今から私も参戦するからね。

 咲楽はウエストポーチから小さい袋を出した。

「なんだそれは! 咲楽、私にそれを近付けるな!!」

 エルフは慌てて咲楽から離れる。

「ああ、ごめんねそういえばエルフも駄目だった。」

 咲楽は小さい袋の中身を手に出した。

「ソレは――!」

 エルフは袋の中身を見て青ざめる。

「トロル対策……いや妖精対策だね。教会の鐘の音も苦手みたいだけど、急で準備出来なかったから、代わりにコレをね」

 咲楽はニヤリと笑って言った。

 ドォォン! と振動が足に伝わる。

「呑気に話している場合じゃなかった。エルフ、付いてきて!」

 咲楽とエルフは陽向とトロルがいる場所のすぐ側まで来た。場の様子をうかがう。陽向は、多少怪我をしているようだが無事だ。

「エルフ、私がトロルを引き付けている間に、私と同じ魔法を陽向にもかけて」

 エルフは頷く。

「行くよ」

 咲楽は右手にグレイブ、左手にあるものを握り、トロルに向かって走り出した。

「オ?」

 トロルに気付かれたようだが、関係無い。むしろ好都合だ。咲楽はトロルのすぐ近くまで行き、跳んだ。そして、左手の中身をトロルの顔にぶち撒けた。

「ウギャァアア!!!」

 さらに、隙を与えずグレイブで肩を切る。腱を切る気でいたが、肉厚で腱まで届かない。

 咲楽は諦め、着地する。

 次にトロルの腹をグレイブで切り裂こうとしたが、棍棒が咲楽を払い退ける。なんとかグレイブでガードしたが、力負けし飛ばされる。力一杯踏ん張ったため、壁に当たらずに済んだ。

「姉ちゃん!」

 陽向とエルフがこちらに駆けてくる。

「魔法かけてもらった?」

「うん、さっきまでとは大違いだ」

「良かった。流石エルフだね」

 エルフは、当然だろという顔をした。

「姉ちゃん、トロルに何したんだよ」

 陽向が荒れ狂うトロルを見て言う。

「鉄粉をトロルの顔にかけただけ」

 咲楽はさらっと言った。陽向は顔を引きつらせた。

「ひでぇ……」

 妖精は鉄が苦手である。なので、顔に鉄粉をかけられたトロルは苦しんでいるのだ。

「今のうちに倒すよ」

「おう!」

 二人はトロルに近付こうとしたが、電柱や壁を壊しながら暴れているトロルにはなかなか近付けない。顔の鉄粉はほとんど落ちたようだが、目に入ってしまったのだろう。涙を出し、悲痛な声を上げながら暴れている。

「どうしよう。見てるとだんだん可哀想に思えてきた」

「和解は無理だよ? 俺、断られてコロスって言われたし」

「話せるんだ?」

「まぁ、知性は低いみたいだけどな」

 二人が悩んでいると、エルフが一歩前に出た。

「こうすれば良い」

 エルフは杖を向けた。杖が光ったと思うと、水が杖からジェット噴出し、トロルの顔に直撃する。

「なっ……何してんだよ!?」

 二人は驚いた顔でエルフを見る。

「すまない。トロルは私と同じ森の妖精……どうしても可哀想でな」

「だからって、洗い流したら駄目じゃない!」

「大丈夫だ」

 水を止め、エルフが真剣な表情で言う。

「その自信はどこから来るの……」

「ブォオオ!」

 トロルが充血した目で三人を睨み付ける。そして、ドスドスとこちらに向かって走ってきた。

「逃げるぞ」

 エルフ魔法で宙に浮き、飛ぶ。二人はエルフに続き走り出す。

「オオー!」

 トロルは鬼のような形相で三人を追いかける。

「またかよぉ……」

 陽向がトロルに追いかけられるのは、本日二回目である。

「陽向、これぐらいで泣かないでよね?」

「泣かねぇよ!」

「若干涙目なのは気のせいか?」

「お、お前ら俺をいじめる気か!?」

 本当に泣きそうになる陽向を見て、二人は笑った。

「――二人とも見ろ」

 エルフは空を指差す。見ると、東側の空が明るくなっていた。

「そっか、だからエルフは大丈夫だって言ったんだね」

 トロル最大の弱点は【太陽の光】。夜明けが近いため、別にトロルを倒さないでも良い。日の出と共にトロルは石と化する。

「もうすぐ日の出だ。そこの公園に入るぞ」

 エルフに続き公園に入る。

 あれ? ココって……。

「待って、ここは駄目!」

 咲楽は気付いた。が、時はすでに遅し、トロルも公園に足を踏み入れた。

「姉ちゃん?」

 陽向とエルフは慌てている咲楽を見る。

「この公園に警官を寝かせてるの!」

 そう、咲楽はこの公園のベンチに気絶した警官を寝かせたのだ。

「流石にもう気が付いてるだろ」

 陽向にそう言われ、咲楽は警官を寝かせたベンチを見た。警官はいびきを掻きながら爆睡中。涎を垂らし、出た腹をポリポリ掻いている。

「最悪。この警官終わってるよ……」

 三人は仕方なく、寝ている警官のベンチの前でトロルを待つ。もう大分明るくなった空。所々石化が始まり、トロルの動きは鈍くなっていた。ゆっくり、ゆっくりと、トロルが近付いてくる。

「ブ……ォ……ォォッ……」

 トロルは弱々しい声を上げる。

「トロル。何故、貴様はそこまでしてこの二人を殺そうとするのだ」

 エルフが問うと、トロルはそれに答えるかのように口を動かした。

「シュ……ン…………イ」

 何と言っているかは分からない。

「ダカ……コロ……」

 トロルはそう言って棍棒をゆっくりと振り上げる。三人は構えるが、太陽の光がトロルを照らした。棍棒を上げた状態でトロルは完全に石化した。



 咲楽は目の前の石像に手をつき、見上げた。無機質で、冷たい。

先程まで生きていたトロル。大人しく森に帰れば死ぬことはなかったはずだ。

「ねぇ、エルフ。トロルはどうして私達を殺そうとしたのかな……」

 エルフは黙って少し考え、口を開いた。

「主人の命令、だから殺す。おそらく、トロルがあの時言いたかった言葉だ」

 主人の命令?

「なんでもっと早く気付かなかったんだ……黒幕は幻獣使いか!」

 幻獣が主人と言えば、大概主人は幻獣使いだ。今思えば、幻獣使いの仕業だと疑う点は沢山あった。何故トロルが突然現れたのか、何故住宅地にトロルが現れたのか、幻獣使いが呼んだからだ。トロルが現れる前に蛍光灯が割れたのも、幻獣使いが割ったからだ。

「私達はトロルの主人を見つけて、その主人を何とかするべきだったんだね。そしたら、トロルは死なずにすんだかもしれないのに……」

「今更かもしれんが、私が生きてきた百五十八年間。如月市の森でトロルなんて見たことない」

 エルフは長命だ。寿命は七~八百歳。千歳を超える者もいる。百五十八年間丸々如月市の森で過ごしていたわけではないが、この中で一番長く如月市の森を見てきたエルフが言うのだ。間違いないだろう。

「はっ……本当に今更だな」

 陽向は弱々しく笑った。


 咲楽と陽向は家に向かい歩いていた。

 幻獣を使って帰れば良いのだが、トロルによって壊された被害を知りたくて、歩きながら確認していた。

 二人が思ったより被害は小さかった。一番酷かったのは、棍棒が降り下ろされた地面。大きな亀裂が入り、瓦礫が散乱していた。あとは、電柱が倒れかけていたり、塀にヒビがいっていた程度だ。

 二人は割れた地面の修復をどうするか考え込む。しかし、結局何もできないという結論に行き着いた。

「あのっ」

 急に声を掛けられた。見ると、ロリータファッションを着こなす、ツインテールの女の子がこちらを見ていた。大人気キャラクター、キノコうさぎのぬいぐるみを抱き抱えている。

 キノコうさぎとは、木下と言う人間と、毒キノコ、うさぎが混ざったよく分からない生物のことだ。

 毒キノコからうさぎの耳と尻尾が生えていて、顔があり、眼鏡をかけている。そして、棒のような手足も生えている。何故か大人気商品だ。

 その女の子はジーッと陽向の顔を見ている。

「え、何?」

 陽向は面識が無いらしい。

 女の子はフリフリのスカートのポケットから、絆創膏を取り出し、陽向に差し出した。

「ほっぺたから血が出てます。これをお使いください」

挿絵(By みてみん) 

「あ、ありがとう」

 陽向は絆創膏を受け取り、その場で頬に貼った。

「助かったよ」

 陽向が女の子の目線までしゃがんでお礼を言うと、女の子は可愛らしく笑い、パタパタとどこかに行ってしまった。

「あの子、可愛いな」

 陽向がボソッと言ったのを咲楽は聞き逃さなかった。

「えっ! 陽向ロリコンなの!?」

「なっ……ちげーよ!!」

「冗談冗談。確かに可愛い子だったね。お人形みたいだった」

 咲楽は笑いながら言う。

「せっかく絆創膏貰ったけど、剥がしてエルフの薬塗ったら?」

「そうだな」

 陽向は絆創膏を剥がし、薬を塗った。すぐに傷は治った。

「さ、急いで帰って学校行かなきゃね」

 陽向の表情が固まる。

「ちょっと待てよ……」

 陽向はウエストポーチから携帯電話を出し、時間を確認する。現在六時四十七分。家を出なければいけない時間は七時。制服は着ていない、部活の準備も学校の準備もしていない。出来ればシャワーも浴びたい。

「うぁぁぁ……。朝練間に合わねぇ……遅刻だ……。つか、疲れて眠いのに部活とか無理……」

 そんな陽向を見て、咲楽は溜め息をつく。

「仕方ない、今日は休んで良いよ」

行かせても、間に合わないのだから仕方ない。

「マジ!? 学校も……」

「それは認めません!」

「ちぇーっ」

 陽向は口を尖らせた。出来れば一日寝ていたかった。

 ピリッ――。

「っ!?」

 陽向は熱い物を触ったかのように、右手を引っ込めた。

「どうしたの?」

「いや……何でもない」

 なんか痺れているような? 疲れのせいか?

 指先がほんの少し痺れている気がする。しかし、大したほどではので、陽向は咲楽に何も言わず、何事も無かったかのように咲楽と家に帰った。


 肌寒さと眩しさで警官は目を覚ました。垂れまくっている涎に気付き、制服の袖で涎を拭く。ベンチで寝ていたため、体が痛い。何故ベンチで寝ていたのか分からない。公園に来た記憶さえない。最後に覚えているのは……大きな何か。そうだ、何か大きな物にぶつかり頭を打ったのだ。

「痛っ!?」

 後頭部に手をやると大きなたん瘤があった。一体何とぶつかったのか。

そうそう、この石像みたいに大きい……何だこの像。

 警官は目を丸くして目の前の石像を見た。良くできた怪物の石像だ。棍棒まで持っている。あれじゃないだろうか……そうトロル。ゲームで出てくるトロルに似ているような気がする。

「見事なトロルの像ですね」

「ん?」

 気が付くと、側にロリータファッションがよく似合ったツインテールの女の子がいた。キノコうさぎのぬいぐるみを大切そうに抱いている。

「そうだね。お嬢ちゃんもコレがトロルの像だと思うのかい?」

「はい」

 この歳でトロルを知っているのか。変わった子だ。ゲーム好きの兄でもいるのか。というか、この子は朝早く一人で何をしているのだろう。

「お嬢ちゃん一人? お散歩でもしているのかい?」

「いえ、お姉様から頼まれごとをされまして」

 なんと、ゲーム好きの姉だったか!

「でも、もう頼まれ事は終わりましたので帰ります」

「おお、そうかい」

「あのぅ、お洋服がボロボロですよ」

「え?」

 女の子に言われ、初めて気付く。制服がボロボロだった。これも記憶がない。

「気を落とさないでください。えっと……お仕事頑張ってください」

 女の子はペコリと頭を下げ公園を出ていった。お金持ちのお嬢様のような子だった。気遣いができて、言葉遣いが良くて、可愛いくて、良い子だった。

「さて……仕事、仕事」

 警官も立ち上がり公園を出た。まずは着替えなくてはいけない。



 咲楽は学校に着き、クラスの戸を開けた。すると、すぐに華夢がこちらに来た。

「やったぁ♪ 今日は咲楽より早く来れた! ……って思ったのにぃ、たまたま今日は咲楽が遅かっただけみたいだね。ちょっと喜んじゃったよぉ」

 華夢は残念がる。

「なんで私より早く来たがるの?」

 咲楽は苦笑いで聞く。

「なんとなくかなぁ? 咲楽と話したいから早く来たいだけっ」

「あ、それは素直に嬉しいかも」

 華夢と話すのは楽しいから好きだ。

「えへへ。で、早速だけど話聞いてよ」

「良いよ、聞かせて」

 咲楽は荷物を自分の机に置き、椅子に座った。机越しに華夢は立つ。

「昨日、またあの叫び声も聞いたんだけどね。今度は足音も聞いたの!」

「へ、へぇ~」

 あ~っ、この話はまずいっ!

 咲楽は慌てる。

「で、ある公園にはなんと怪物の石像が! 昨日まではなかったのに!」

 ひいい~っ、トロルの石像! 壊すなり、移動するなり、どうにかしとくんだった!

「噂ではね、石像の怪物はトロル。深夜暴れまわって、夜が明けて石になっちゃったんだって!」

 はい、その通りです!

「まぁ、ただの噂だから。誰も信じてないけどねっ☆」

「え?」

「え? って咲楽はこの噂信じるのぉ!? こんなあり得ない話を!?」

「もちろん信じないよ!」

 咲楽は全力否定した。あり得るんだよ、何て言えない。

「結局ねぇ。悪質ないたずらって噂が信じられてるんだぁ」

「じゃあ怪物の石像も?」

「うん、どっかの金持ち坊っちゃんが考えた、全部悪質ないたずらだって」

 私は、そっちの噂の方が信じがたいよ……。

「た~くさん蛍光灯が割れてたり、塀にヒビが入ってたりもしていたみたい。手が込んでるよねぇ~」

「それって犯罪じゃ……?」

「だよねぇ、犯人捕まると良いけど……」

 待って、私と陽向が真っ先に疑われる!?

 咲楽は証拠が見つかりませんように祈った。

 バン、バン!

「おーい皆、ええ情報が入ったで!」

 二年二組の委員長、関西出身、元良和稀(もとよしかずき)が教卓を叩きながら言う。

「良い情報?」

「何々?」

 クラスメイトの注目を一気に集める。

「今度、このクラスに転校生が来るらしいんや!」

「嘘だぁ、この時期に!?」

 四月半ばに転校生とは珍しい。クラスが騒がしくなる。

「嘘やあらへんで、なんせ俺様情報やからな。時期なんて気にすんな! 新しい仲間が来るんや。喜ばしいやんけ」

 一人の男子生徒が挙手をする。

「元良、質問! 男子か? 女子か?」

 質問に和稀は即答する。

「男子や!」

挿絵(By みてみん) 

 クラスの女子が喜ぶ。かっこいい人が来るのではと期待しているのだろう。

「以上!」

 和稀は話を終わらせた。


 次の日、警官は蛍光灯が割れた場所に向かった。

 自分に起きた不思議な現象が現実なのか、夢なのか知りたくて……。制服はボロボロだったのは現実だ。だが、一気に蛍光灯が割れたこと、何か大きな物にぶつかったことは夢だと思う。ならば、制服は何故ボロボロになったのか。原因が知りたいという、探究心が彼を動かした。

「ここだ。ここの蛍光灯が割れたんだ」

 警官は割れている蛍光灯を見つけた。

「夢じゃなかった……」

 警官がそう思った時、突風が吹いた。帽子が飛ばないように手で押さえる。

「フフフ……」

 女性の声が聞こえた気がした。

「今のは……?」

 よく分からないまま、警官はもう一度蛍光灯を見た。

「え!?」

 さっきまで割れていたはずの蛍光灯が直っていた。

「ぅええっ!?? いやいや、確かにさっきまで割れていたはず!」

 警官は訳が分からなくなり、脱帽し、頭を掻きむしった。


 後で咲楽達に届いた情報だが、トロルによって破壊されたはずの場所は全て直っていたらしい。何はともあれ、咲楽と陽向はお縄に付かずに済んだのだった。事件は未解決のまま幕を閉じた。

HELIOS初の小説です。書いたのは二年前くらいでしょうか。

この話を書きたくて、執筆を開始したようなものです。


さて、まず最初に幻獣の話からします。

この作品に出てくる幻獣達は、HELIOSの薄っぺらい知識を元に想像され、書かれています。なので、皆さんの知る設定とは違った設定もあるかもしれません。ご了承下さい(^_^;

トロルを例にすると、太陽の光を浴びると爆発するだとか、夜になると石化が解けるだとか色々説はあるようです。しかし、この作品では、石化して死ぬということになっています。


次に挿絵の話でもします。

下手くそな挿絵でも、あった方が想像できるかと思いまして載せています。

画力が安定していませんので、キャラの顔などが多少崩壊します。スルーしてください(´ヮ`;)


主要キャラなんですが、藍川姉弟ともう一人います。次回登場します。


まだ始まったばかりで、良く分からないような話に感じるかもしれませんが、少しでも続きが気になって次作を覗いて頂けたら幸いです。


第二体目は、「アラン派とセシル派」です。

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