トリノ新監督、チーム期待の若手とともに~ヨーロッパ一周!?~(1)
大柄の男はその体格に似つかない小さなコーヒーカップに大量の角砂糖を入れていた。角砂糖のビンを持っている店員の顔が少し引きつっていた。
その男にブラウンは周りの目を気にすることもなく近づいて行った。鏡夜も少し嫌そうについて行った。
「やあ!キャンディ、相変わらずの甘党っぷりだな。見てるこっちがブラックコーヒーを飲みたくなるね」
「ん?監督!?……何しに来たんだ?」
キャンディ、その名前に鏡夜は聞き覚えがあった。
(キャンディ・ベルバーロ、確か昨季のトリノユースの優勝メンバーの一人だったか。190㎝強、90㎏の体格の化け物CBで、極度の甘党と聞いた。なるほど、噂通りの人物だな)
ブラウンは軽い調子でキャンディと話しながら目の前の席に座った。そして彼に鏡夜を紹介し始めた。
「紹介がまだだったな、こちらはトリノFC期待の若手、ジャポネーゼのキョウヤだ。君も知ってるだろう?」
「お、おぉ!貴方がそうでしたか!俺も噂に聞いてたんだ、今季のトップチームにはすげえ目つきもドリブルも鋭い若手サイドアタッカーがいるって!」
「どうも、キャンディ。俺も噂に聞いていたよ、厳ついプロレスラーみたいなユースのCBがいるってね」
皮肉気味に鏡夜はそう言うと、キャンディは少し驚いたような顔をして、
「アンタ、イタリア語上手いな。まるでイタリア人みたいだ!」
そう言われて鏡夜は少し照れくさくなって答えた。
「小さいころからこっちで住んでるからな、日本語の方が苦手だよ」
「ガハハ、面白れぇな!それ!」
初対面の二人が笑顔で話す中、ブラウンはいつの間に頼んでいたのか、超絶無糖のコーヒーを飲みながら「ん~、良い香りだ、やっぱりコーヒーはこうでないとね」とかなんとか言いながらコーヒーに浸っていた。
それに気づいた鏡夜は話を本題へと持っていった。
「そ・れ・で、なんでここに来たんだよ!監督さん」
「おっとぉ、俺としたことが本題を忘れていたなぁ。キャンディ、君に話があったんだよ」
指名されたのはキャンディであった。当の本人は角砂糖が溶け切らなくってジャリジャリのコーヒーを味わいながらキョトンとしていた。
「キャンディ・ベルバーロ、君は今季からトップチームに帯同してもらいたい。契約は二年契約で約15万ユーロ(日本円で約二千万)、オプションとして君の家族のトリノへの引っ越しを全力でサポートしよう。どうかね?」
キャンディは持っていたコーヒーカップをポロリと落とし、驚愕をあらわにした。鏡夜は特に驚かなかった。なぜならなんとなくそうではないかと思っていたからだ。しかし、オプション内容には驚いた。
「……監督……そのオプション、最高にクールだぜ」
キャンディがそう呟いたのが聞こえた。
「……それは同意ととっていいのかい?」
「もちろん!俺の大好きなクラブに上がれて、しかも家族共にトリノ移住!最高じゃねぇか!!こうしちゃいられねぇ、母さんと父さんに報告してくらぁ!!」
それを言い終えると、キャンディは猛ダッシュでミラノの街に消えて行った。
「ハハハ、元気があって良いねぇ。さて、我々も次の目的地へと出発しなきゃね」
「……あの野郎…勘定しないで行きやがった」
「キョウヤ、次の目的地はドイツだぞ!さぁ、いこう!」
ブラウンは額に汗をかきながら颯爽と喫茶店を出て行った。結局、鏡夜はこのあと自分以外の二人分の勘定を終えてから車に乗り込んだのであった。
「…EU圏内でホントにことが済むんだろうな?」
「当たり前だろう!俺は意味のない嘘はつかないのさ、それに良いホテルに泊まらしてやったろう?それでチャラにしてくれ」
三日目、鏡夜はだんだん不安になってきたのか、もう何度目かになるこの質問をブラウンにぶつけた。しかし、ブラウンは飄々とした態度で流して運転を続けた。
車はすでにドイツ国内へと二人を運んでおり、現在はバイエルン自由州ミュンヘンの街を走っている。
「で、次はだれと会うんだ?」
「ふふっ、今回は言ってあげようかな。ドイツU-23の守護神でハンブルク所属のフェルゼン・マオアーだよ」
その名前はすでに世界中に知れ渡っていた。フェルゼン・マオアー、ドイツ国内若手随一の実力を持つGK。特筆すべきはその絶対的な自信で、どんな選手相手にも物怖じしない。
「これはまた……世界的な選手だな」
「ホント、よく彼からオファーが来たな、と思っているよ。さて、ついたな」
ついた場所は小さなグラウンドだった。そこにいたのは長身でモデル体型の金髪を三つ編みにした美男子。噂に聞くマオアーの姿そのものだった。
「やあ、フェルゼン・マオアー、こんにちは、トリノFC新監督ビアレロ・ブラウンだ」
ブラウンが握手を求め、マオアーに近づくのを鏡夜は遠目に見ていた。何故か、生物的危機を感じていたのだ。
「あら、アンタがブラウン?アタシがマオアーよ、よ・ろ・し・く!」
鏡夜は驚愕した。目の前の美男子が握手代わりにブラウンにハグしたからだ。
(お、オカマ!?)
「ハハ、噂に違わぬ人物だね。オシャレだし、フレンドリーだし、オカマだしね」
「あーらオカマじゃあないわよー、オカマ口調なだけ。で、契約の話をしましょうか」
「その前にこちらを紹介させてもらおう、トリノの期待の若手、キョウヤ・ヒガシだ」
「よ、よろしく…」
「可愛い顔したジャパニーズね、マオアーでいいわ。よろしくね、キョウヤ」
しっかりと握手を交わし、とりあえずハグしなかったことに安堵した。日常生活で初対面の男に真正面からハグされるのは、鏡夜にとって生理的に無理だった。
「じゃあ契約の話だ、二年契約で約35万ユーロ(日本円で約五千万円)、どうだい?」
「あ、その契約内容で問題ないわ。一応代理人には話しといてね。それでさぁここでアタシと勝負しない?キョウヤ」
指名された鏡夜は冷静だった。ここでPK勝負をしても勝ち目はなかった。
「すまん、今日は寝不足だからマオアーがトリノに来たらやるよ」
「寝不足ゥ!?なに、昨日はお楽しみだったの?朝まで寝かさないぜてきな?」
このマオアーの下品な問いに鏡夜は顔を真っ赤にして否定した。
「違うわ!このアホ監督のおかげで寝れなかったんだよ!」
実際に昨日の夜、鏡夜は自室で寝る準備を済ませベッドに入ろうとしたところをブラウンに捕まった。寝れないからトランプに付き合え、というブラウンとトランプ勝負をすることになったが、鏡夜は元来の負けず嫌いな性格から勝つまでやめなかった。
しかし、やっと勝ったと思い、さあ寝ようと思い窓をのぞいてみると、外はすでに朝日が昇っており窓を開けてみると爽やかな小鳥のさえずりが聞こえてきたのだった。
「へー二人で暑い夜を過ごしたのねん!まぁステキ!」
「ちーがーう!確かに熱い勝負だったが、ただ単にトランプしてただけだっ!」
「なーんだ、つまんないの。じゃあアタシはこれで失礼するわ、じゃあまたイタリアで!」
そういうとマオアーは軽やかなステップを踏みながらミュンヘンの街に消えて行った。
「旅も残るところ2人だなぁ、次はスペインだぜ、キョウヤ!」
「……一週間で終わるのかそれ……それ以上は無断欠勤になりそうなんだが」
鏡夜の言葉もお構いなしにブラウンは車をスタートさせた。
次の目的地はスペイン、バスク地方のサン・セバスチャン。そこで彼らを待つのは2人の選手だった。