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開幕戦ミーティング

 あの惨劇ともいえるユーヴェ戦から二週間ほど、チームはセリエAの開幕戦に向けてのミーティングのためにミーティングルームに集まっていた。クラブハウスの中でも一番広い部屋で、大学の講義室によく似ている。

 ユヴェントスに負けてから、トリノは二試合ほど練習試合をした。二つのクラブはトリノよりもかなり下のカテゴリーのクラブだ。結果だけ言えば、9-0と13-2。トリノの面々はそれほどユヴェントス戦の敗戦を引きずらなかった。ブラウンも結果には残念だ、と前置きしながらもチームを手放しでほめた。だが、今の力量の差がはっきりとした試合でもあったため、この二週間、ブラウンはより厳しい練習を選手たちに与え続けた。そして練習試合では様々なフォーメーションを試したり、いろんなポジションで選手を使った。今日も5部のチームとの練習試合を終えた後である。



「あー、疲れたー、帰りたい―、ミーティングなんてつまんないよー」

 子供のように文句を吐いているのはルイスだ。ミーティングルームの椅子に両足を乗っけてクルクルと回りながらなため、ジャージ姿の高校生に見える。

「うるせーぞルイス。俺も疲れてるから静かにしやがれ」

「横暴だー、理不尽だー、キョウヤの鬼ー」

 気だるげに注意したのはキョウヤだ。彼は今日慣れないサイドバックで出場し、3アシスト決めている。慣れないポジションであったために体の疲労感は普段より倍増らしく、机に突っ伏している。



皆疲れた顔はしているが、顔は明るかった。新加入の選手達も、ジョン・ウィルソンを除いて、すっかりチームに溶け込んでおり、笑顔が浮かんでいる。

 だが、その中で誰とも話さず、ただ沈黙するだけの男がいた。アンドレ・ティガーだ。彼は取り巻きにしていたマリオやスウェンさえ近付かせず、1人足を組んで座っていた。

 アンドレはユーヴェ戦以来、調子を崩していた。ヤン・マコスキーに屈辱的な敗北を喫し、チームのエースとしての立場もルイスに奪われ、彼には何もなくなっていた。そのせいか、最近のアンドレには生気がなく、プレーも精彩を欠いていた。

(クソッ、情けねえ。こんなに俺は弱かったのか)

 アンドレは一人ため息をつく。彼に声をかけてくれる存在はいない。キャプテンのリクやアダンはよく声をかけてきた、しかしアンドレがそれをよしとしなかった。声をかけられる自分が情けなかった。弱い自分を認めようと思えないのだ。アンドレは孤立する一方であった。



 閑話休題。ブラウンがミーティングルームに入ってくる。もちろんボヌを引き連れてだ。

「お疲れ諸君。今日もご苦労だったね」

 そう言うと同時にスクリーンが下がってくる。ボヌがパソコンの準備をし始め、その間ブラウンは他愛ない話をしていた。すぐにボヌの準備は終わり、スクリーンにパソコンの画面が映し出され、パワーポイントが開かれる。

「さて、もう開幕まで1週間を切ったわけだが、これから1週間は開幕戦の対策に使う。だから、その前に今日、相手についての情報を説明しておこうと思ってね」

 スクリーンに映った画面が水色一色に染まる。中心には、これまた水色の字を白でなぞった印象的な字体で、『NAPORI FC』と書かれていた。

「そう、開幕戦の相手はナポリFCだ」

 選手のほとんどがざわつく。それも仕方ないのかもしれない。ナポリFCは昨年5位の強豪で、12位のトリノFCはナポリに二戦二敗と負け越しているのだ。

「よりによってナポリですか。戦いたくない相手が来ましたね」

 キャプテンのアダンはアゴに手を当てて唸る。前半戦、アダンが出場した試合でもナポリには散々にやられたのだ。

「とりあえず、紹介動画を見ようか。ボヌ、頼んだよ」

「了解です」



 ナポリFCは最近セリエAの主役に上り出た新顔だ。昨年の順位は5位、今年で3年目になるイタリア人監督ズッキーロ・モサベティが指揮を執る。

 その顔ぶれはほとんどが国際舞台で活躍する代表級。特にエースで10番、キャプテンマークもを背負うナポリ7年目のボスニア・ヘルツェゴビナ代表MF、クレス・ハムスはコンスタントな結果を残せるナポリのバンディエラだ。ずば抜けたスピードと豊富な運動量で攻撃にも守備にも抜群の活躍を見せる。

 そして、そのハムスの後を継いでキャプテン候補と呼ばれているのがネドリャン・ボエロ。まだ20歳になったばかりのFWだが、前線での存在感は他の選手より群を抜いて大きい。194センチの恵まれた体格と足腰の強さを駆使したポストプレーでボールを簡単におさめる。昨年のアシスト数は19、20回アシストしたユヴェントスのゴヌエスに迫る勢いであった。

 今夏の移籍市場では、絶対的ストライカーとして活躍したベテラン、ゼフチェンコを放出したものの、その代役にバーレン・モクスを獲得した。この補強は正直ゼフチェンコの放出を鑑みてもおつりが出るほどの価値があるだろう。昨年のブンデスリーガでヴォルフスブルクに在籍、25ゴールの大活躍でチームを引っ張ったこのドイツ人、得点王のタイトルは獲得ならずであったが、もっと強いビッグクラブに移籍しても不思議ではなかった。年齢も25歳と脂が乗っている。さらにモスク以外にも、元レアルのFWガジェルホ、新進気鋭のブラジル人DFロドリゴを獲得した。

 今年のナポリはメンツだけ見ても十分優勝争いに絡んでくるチームだ。トリノの初戦からこのナポリ相手というのはなかなか厳しい戦いになりそうだ。



「……さて、動画を見終わったわけだが、君たちの率直な意見を聞かせてもらおうか」

 ブラウンが尋ねた。選手たちは相談するもの、一人で考えるもの、そもそも全然考えていないものに分かれた。もちろん最後はルイスだ。最初に手を挙げたのは、ピッチ上の戦術家の一人、アダンだった。

「僕は勝ちたい相手だと思います。昨年はナポリとの全試合で負けてます、それに僕が出た試合も、後半戦も0-2で負けている。苦手な相手だが、昨年との違いを見せつけたいと思います」

 真面目なアダンの意見に続いて、何も考えてなさそうに突っ伏して寝ていたルイスが手を挙げた。隣に座っていたキョウヤは、こいつ寝てたんじゃないのか、と驚いた。

「……動画、見てないけど、強ければ強いほど…僕は燃えまーす……ぐう」

 キョウヤは心のうちで感心しかけた自分を切り伏せた。

(コイツマジでピッチとのギャップがありすぎだろ)

 ルイスの意見で選手たちに緊張感が抜けた。それはいい意味でも悪い意味でもあった。とにかく自分の考えたことを吐露し始めたのだ。

「うむ、俺としては攻撃陣の総替わりが気になるな。昨年と同じメンバーはボエロだけ。今年はまた違った攻めをしてくるんじゃ…」

「それよりも俺はボエロを対策するべきと思うっス!ブラウン!」

「ま、アタシとしてはボエロにシュートがあったら怖いと思うわ。ま、なさげだけどね」

「おいマオアー、その考えは甘すぎる。この夏でまともなシュートを打てるようになってる可能性は十分ありうる。奴は20歳、36の俺と違って伸びるポイントだらけだからな」

「……どうでもいいな。俺様は俺様のやりたいことをやる」

 読者の皆様は誰が何を言っているか分かっただろうか。一応解説しておくと、上からリク、キャンディ、マオアー、サニッチ、アンドレである。

 この最後の発言にまたもキョウヤがかみつき始めるのはもうお約束といっていい。

「おい、アンドレ!自己中も大概にしとけよ!」

「あぁ?キョウヤ、生意気な口聞くじゃねぇか」

「そうだぞ、キョウヤ!ちょっと最近オイタがすぎるんじゃねーの?」

 アンドレの返しにキョウヤが同調した。これは最近で言えば珍しいことであった。マリオはすっかりアンドレの取り巻きのような行いをやめ、今では長いものにまかれるスウェンや新入りのジジを引き連れてでかい顔をしている。

「マリオ、お前は黙ってろよ」

「そういうわけにゃいかねぇよ、キョウヤ。お前、最近生意気すぎるぜ。ジャップはジャップらしくしおらしくしときゃいいんだよ。オジギなんかしてよ」

「なんだと…?マリオ、馬鹿にしてんのか」

「ハハッ、わりいわりい。そう熱くなるなよ。冗談だよ、ジョーダン!」

 その日はこの程度で終わったが、マリオはドンドン調子に乗っていった。まるで次の王様は自分だと言い触らさんばかりに。ブラウンもこれを何とも言わず、注意に納めた。トリノに大きな亀裂が走っていたのは明らかであった。



「はーい、君たちの意見は大体分かった。明日からはナポリを倒すためのトレーニングだ。覚悟しておけよ」

 ブラウンの言葉でミーティングは終わった。選手たちには不安が残った。自分たちの意見の合わなさ、チームとしての連帯感の欠如は前々から気になっていたが、このミーティングではそれが浮き彫りになっていた。

 選手たちがミーティングルームから去った後、ボヌとともに後片付けをするブラウンは、不安要素が浮き彫りになっている状態ににやりと笑った。

「さーて、彼らを真の意味でチームにするのが、僕の最初の仕事だな」

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