始まりの五月
2013年の五月、セリエAの最終節が行われた。2012‐2013シーズンの優勝はユヴェントスFCに決まり、準優勝はASローマ、3位はインテル・ミラノという結果で終わった。
イタリア人の記者、ガエレル・シモンは今季のことを後述の記事に残している。
『波乱の年、黄金の卵の覚醒多し』
優勝候補筆頭であったユーヴェ、インテル、ACミラン。
『世界最高の司令塔』ゴヌエスが異次元のパスで相手を揺さぶり、今季の得点王、『狩人』ディエロがゴールを奪う、今季のユーヴェは前評判に違わぬ力を発揮し、名将となったイブル・ホムロム監督のアグレッシブパスサッカーは止まることを知らなかった。
インテルもアルゼンチン人ストライカー、『貴公子』ジャン・ディエゴの爆発力を利用したサッカーで、ユーヴェを唯一負かしたチームとなった。特筆すべきはシンデレラボーイとなったブラジル人MF、フェリペ・ドロイトだろう。彼の正確無比のクロスが何度ディエゴにわたっただろうか。
『ビッグ3』の2つのチームが切磋琢磨する一方、ACミランは今季苦戦を強いられた。シーズン前半は、フランス人FWの『フランスの核弾頭』アルバン・ロブ、カメルーン人MFの『歴戦の戦士』アジュオル・ミーゴ、イタリア人DF『世界最高の壁』ヘンリー・ディニを中心に勝ちを重ね、2位に位置していた。
だがシーズン途中の移籍期間で多額の負債が発覚し、ロブをASローマ、ミーゴをスペインのR・マドリード、ディニをイングランドのマンチェスターUへの売却を余儀なくされた。
中心選手を引き抜かれたミランは急速に失速し、若手選手の台頭があったものの失速は止められず、7位という不甲斐ない結果で終わってしまった。
今季のサプライズはASローマの台頭、そして若手選手の急速な成長だろう。
ASローマは前半から他クラブと何かが違った。それは戦術、そして選手たちがたびたび口にした『チャレンジスピリッツ』だった。
『変人』と呼ばれ現役時代は狡猾でトリッキーなプレースタイルをしていたイングランド人、アラト・ファーエス新監督は、毎試合ごとに戦術を変えた。それも相手が最も嫌がるであろう戦術だ。これだけでも相当の奇人であることがわかる。
さらにスタメンを毎試合弄り回し、前半戦の19試合をすべてフル出場した選手は中盤の軸であるイタリア代表、リアス・ダージスのみであった。ユーヴェの無敵のパスサッカー、そして前半戦に個の力が強すぎたACミランには敗北を喫したが、そのほかのクラブには負けなかった。
そして何より後半戦の前での『フランスの核弾頭』ロブの加入、これが大きかった。ファーエス監督のトリッキーな戦術に見事にフィットしたロブは得点をどんどん量産、相棒の元イタリア代表FW、『ローマの王子様』フランテスコ・トットの影響力もあり、ロブは23歳にして世界トップクラスのFWとなりチームを準優勝に導いた。
前述のロブのように、今季は若手選手の台頭が多く見られた。その中でも特に5人のプレイヤーが黄金の卵から孵化したように思われる。
ユヴェントスFCのナイジェリア人ボランチ、イエディ・ラシン。
インテル・ミラノのブラジル人ウィング、フェリペ・ドロイト。
ナポリのイタリア人ストライカー、ネドリャン・ボエロ。
フィオレンティーナのイタリア人センターバック、ドリアノ・ドドリアン。
トリノFCのサイドアタッカー、ヒガシ=キョウヤ。
この5人が元黄金の卵だ。
イエディ・ラシンは今季のユーヴェの少し頼りなかった守備陣において素晴らしい活躍を見せた。特にその献身的な守備は幾度もピンチを防いだ。まだ21歳の若人が、アフリカ系の選手らしいフィジカルの強さで敵を弾き飛ばし、サポーターたちには『ファール王』と呼ばれるほどだった。ファールは確かに多かったが、中盤の守備を支えたのは紛れもなくこのラシンであろう。
フェリペ・ドロイトは言うまでもなく、一線級のプレイヤーへ様変わりした。彼の主戦場である右サイドをスピードとテクニックで蹂躙し、正確無比なクロスをあげる。それだけではなく、運動量も豊富でパスセンスも非凡なため、選択肢を多く持っている選手だ。サッカー王国から飛び出した20歳の青年は、今季のインテルの攻撃をけん引した一人に間違いない。
ネドリャン・ボエロは、2年前、18歳のころから『未完の大器』の呼び声高く最も期待されていたストライカーであった、今季はその評判を良い意味で覆した。最前線での彼はストライカー、ではなくポストプレイヤーと言う方があっているだろう。今季のアシスト数トップをゴヌエスと争ったのは彼一人のみだ。身長194㎝の身体を惜しげもなく駆使したポストプレーでボールをキープし、恵まれたフィジカルでタメを作り、味方のために奔走した。何よりも闘志あふれるプレーがナポリの今季の結果につながった。
ドリアノ・ドドリアン。世間からは『ドド』の愛称で慕われる彼もイタリア国内ではボエロと同様に有名な若手であった。しかし、温厚な性格からか競り合いに弱く、大型のDFには珍しい足元の安定したDFだった。今季、その印象はガラリと変わった。23歳となったシーズン序盤にA代表合宿に選出され、ユーヴェのキエルニ、マンUのディニとのレギュラー争いは他国のものとはまるで違う。世界最高の選手たちと切磋琢磨した彼は、代表合宿後のパレルモ戦でエースのガジェットを封殺、特にガジェット得意の空中戦でも競り合いで彼をものともしなかった。ヴィオラの守護神が今年、覚醒したと言ってよいだろう。
最後はトリノの救世主、ヒガシ=キョウヤ。18歳のときにニッポンのアディスタ福岡でキャリアをスタートさせたニッポンの若武者は、昨季途中、今季での解任が決まっていたチュ・オンハ監督が育ち故郷のニッポンでの視察に訪れたときに目に留まった選手であった。昨季は持ち味を発揮できなかったものの、今季は低迷するクラブの中で孤軍奮闘。持ち味の刀のような切れ味鋭いドリブルでサイドを支配し、トップスピードのままで足に吸い付くようなドリブルをする姿は、とても日本人には見えなかった。来季のトリノは大きな動きがありそうだ、彼の今後が気になる。
彼らのように才能あふれる若い選手が台頭していき、今を生きる選手たちが熟練度を増す、そういったことでセリエAは昔のような世界最高のリーグになるのかもしれない。
著、ガエレル・シモン