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キョウヤの大声と反撃

 これで何度目になるだろうか、後半始まって30分が経過した。またもボールはセンターサークルに戻され、トリノのボールから試合が再開された。

 スコアは、6-2と後半ですでに6失点を喫している。立て続けの3失点で完全に心の折れたトリノ守備陣は、素早すぎるフォアチェックの前になす術もなく、12分にゴヌエスのスルーパスに抜け出したディエロがこの日2点目を決めると、18分にはキャンディの不用意なファウルでフリーキックをもらい、これをゴヌエスが無回転シュートで技ありゴール。28分、レンの完璧なパスに、リクを翻弄する動きで抜け出したディエロがマオアーをも躱してダメ押し弾。ハットトリックを達成する。


 と、このように殴られ続けたトリノはもうほとんど戦意喪失していた。3点目を喫したシーンからブラウンは積極的に選手たちに声をかけ続けたが、声は届かず、ただむなしく響くのみとなった。

「くそっ、アイツら全然俺の声が届いていないな」

「監督、選手交代で意図をつたえましょう。そうですね、ガートとズラーカを代えて、サンタとフォッジを入れましょう」

「いや、ズラーカは代えない。彼はピッチ上の誰より経験が豊富だ。見ろ、ボヌ。あのルイスでさえビアンコネロのフォアチェックにやられている」

 後半から、ルイスの存在は完全に消えていた。それもそのはず、ユヴェントスのフォアチェックの前では、ルイスにボールが回る前に奪われてしまっているのだ。特に、アンドレやガート、キョウヤは奪われやすかった。

「おそらく、ビアンコネロのフォアチェックの最も優れているところはそのプレッシャーだ。フォアチェックをやっているチームなんざゴロにいる、しかし、ビアンコネロのソレの圧は俺たちが見ているよりもひどく恐ろしいものだろう。冷静に処理できる選手は少ないね。それこそ、ケイトやアーリーなら耐えられるはずさ。だから、アンドレに代えてリピッドを出す」

 そのブラウンの言葉にボヌは驚いた。

「えぇっ!?DFのリピッドをボランチですか!?」

「あぁ、アダンに1ボランチになってもらって、リピッドを下げる。リピッドはそのままSBに移動、キャンディもだ。リクとマッテオはそのままCBをやる。前線もポジションを変える。2トップはそのままだが、ガートの位置にルイス、真ん中にサンタだ。

 4バックにしてサイド攻撃への対策を取るのと、キャンディにゴヌエスを止めてもらいたいってのが守備への作戦。攻撃陣へは、ルイスを右に据えることでボールを回しやすい場所へ移動することで彼を自由に、サンタならあの二人のイノシシの手綱を握れる、そう伝えてくれ」

「わ、わかりました。とりあえず、サンタにそれをつたえましょう」

 そうしてトリノのスローインとなり、選手交代が認められる。ブラウンの伝言を聞いたサンタは少し戸惑っていたが、ブラウンの言葉に少し揺らされていたからか、何も言わず快諾し、ピッチの選手たちに伝えた。



「えー!僕、トップ下じゃないの!?」

「つか、イノシシって俺のことかよ。あのボケ監督」

 驚きの表情を隠さないルイスに、監督に悪態をつくキョウヤ。しかし、素直に伝達通りにポジションを移動しており、その信頼度がうかがえる。

 DFもすぐにポジションを変えた。最初こそ戸惑いはあったものの、逆転の望みもない今の状況ではとにかく失点しないことを目的としていただけあって、全員すんなり受け入れた。

 だが、問題は解決していない。

「ポジションを変えたからといって、俺らの守備を躱せるのかい?」

 試合が再開し、トリノのスローインで、右サイドバックに入ったキャンディからルイスにボールが渡る。そこにゴヌエスがボールを奪いに来る。

「んー、まあさっきよりはマシになると思うよ、おじさん!」

「お、俺はまだおじさんって言われる年じゃ……っ!」

 完全に油断しきっているゴヌエスの股にボールを通して、ルイスが抜ける。それに呼応するように前線の4人が動き始めた。

「点……とる」

「いっぺん俺に渡せ!サイド攻めるぞ!」

「オラ、ルイス!俺に寄越せ、やり返す!」

「んん~いい感じにギラギラしてきたねぇ。俺も乗らなきゃ」

 ケイト、サンタ、キョウヤ、アーリーがユヴェントス陣内へ次々と侵入していく。さすがのユヴェントスの守備陣も少し混乱し始めた。

「アハッ、これ面白いね!」

 ルイスの笑顔が炸裂する。と同時に素早いパスがサンタへと渡る。サンタが前を向くと、ボランチのヤンが恐ろしい形相で迫ってきていた。

「オーこわいこわい、さっさと捌くか、ね!」

 ヤンのプレッシャーもものともせずにサンタは左サイドのキョウヤにパスを出した。バイタルエリアまでボールを運ぶことに成功したトリノイレブンだが、ここからが鬼門だった。

(……ユーヴェの新戦力、ブラジル人SBドド。この人を抜かなきゃ一矢報いるのは無理だ)

 そう、この試合、キョウヤはこのドドに抑えられていた。前半こそドドが試合に入りきれなかったせいもあってキョウヤに分があったものの、ディエロの投入からはドドの激しい当たりと慎重になったプレイングに苦戦していた。

「……来いよ、ジャパニーズ。お前より俺の方が上だ」

「言ってくれるぜ。見せてやるよ、大和魂!」

 キョウヤが勝負に出る。何度もまたぎフェイントを交わし、最後は右に切り込む。しかし、読まれていた。ドドに体を入れられ、ボールを奪われる。

「ふん、この程度じゃあ、今年こそジャパンに逆輸入だな!」

 そのまま力のままに反転したドドに弾き飛ばされ、まんまとロングボールを出された。思わずしりもちをつかされたキョウヤの眼が今まで以上にギラリと光る。

「てめぇ……次、切り殺してやるよ」

 その眼光の鋭さにドドの背筋に寒気が走る。彼の眼には殺意が見えた、おそらくピッチ上では見ることのないはずの感情が。

 スラム街で育ち、裏社会のことも知っていて殺意も経験したことのあるだろう。だがそれでもドドの背筋は凍りついた。

(次は……抜かれる!)

 そしてドドの脳裏に、キョウヤに抜き去られるイメージが確実にしみついてしまった。これがキョウヤが『人斬り』と呼ばれる所以なのだろうか。



 ドドから出されたロングボールをジョージが落とし、レンに渡る。これは何度も喰らったカウンターのパターンで、ここからレンのパスで翻弄されるのが今日の失点パターンだった。しかし、今は彼がいた。

「さて、ここからは簡単にパスを出させやしないよ?レン・シュタイン」

 リピッド・アンゴラ。途中出場とはいえ、昨季の守備陣でリクと共にほとんどの試合に出場した彼の存在感は大きかった。レンは試合前に相手選手のデータを集める、それもあってか、リピッドのことはかなり警戒していた。

(この人がいたから昨季のトリノは残留した、とまで言わせる選手だ。油断大敵、だ)

 この警戒が、ピンチをしのいだ。リピッドは鋭いパスを出させたが、そのパスを受けたゴヌエスの足元に上手く入らずゴヌエスのシュートは枠内に飛んだものの、マオアーがパンチングで弾きコーナーキックになった。

「このコーナー、しのいでカウンターよ!リピ、3番警戒!キャンディはジョージを混戦に入れないで!」

 マオアーのコーチングの甲斐もあり、ゴヌエスのクロスはファーサイドに飛び、そこにはディエロがドンピシャのタイミングで跳んでいた。しかし、ここでリクが最後の踏ん張りを見せ、やっとディエロへのボールをシャットアウトする。

 弾いたボールはキャンディが拾い、サンタにつなぐ。ここで、審判が時計を見る。それに反応したサンタの足が自然と止まる。

(ここまで…か)

 彼の足が止まるのを見ると、チーム全体が下を向き始めた。ユヴェントスの選手たちの表情もほころび始める。確実に敗戦は決まっていたとはいえ、選手交代を経ても得点できなかったというのは精神的にもきついものがあったのだろう。トリノは再び戦意喪失に陥ろうとしていた。

 しかし、諦めていない男はいた。



「下を向くな!時計は関係ねえ、前だけ見てろ!」



 その大声にサンタの顔が前を向く。左サイドの長髪の男はそう言いながらも前だけ向いてすでに駈け出していた。

「ま、諦めてないけどね☆」

 右サイドにも走り出す音がする。そして、トップにも。

「ここであきらめるような馬鹿なら、スクデットは一生無理だぜ。ましてや、レアルでレギュラーなんてのもな!」

 キョウヤ、ルイス、アーリーの諦めない精神に、トリノの選手たちが前を向く。

「ったく、このピンチのきっかけを作ったのは君だろうに。借りは返さないとね!」

 サンタは悪態をつきながらも、左サイドのキョウヤにパスを出す。トップスピードで走るキョウヤの足元にぴったり収まり、キョウヤはそのまま加速した。

「行かせねぇぞ!!」

 その前にドドが立ちふさがる。キョウヤよりも少し速いその足は確実にキョウヤをサイドラインに押し込んでいく。

「もう、負けねぇよ」

 その一言を言った瞬間、キョウヤはトップスピードにブレーキを掛けた。急停止のような切り返しにドドの足も止まる。だがそれだけでは終わらなかった。ドドの足が止まり、ボールを奪いに来たその瞬間、キョウヤは再び切り返した。そして瞬時にトップスピードへと加速した。これにはさすがのドドも足をもつれさせ、こけてしまう。

「切り殺したぁぁ!!」

 雄たけびを上げながら猛スピードでサイドを上がっていく。そして中を確認する。ゴール前にはケイトとアーリー、ルイスがファーにいた。それを見たキョウヤの狙いは決まっていた。

 キョウヤがストップし、クロスを出す。クロスはファーぎみに飛ぶが、それをケイトがDFに競り勝ちヘディングを撃つ。しかしこれはキーパーが弾いた。

「……ちっ!」

 だが、弾いた先がいけなかった。ボールは肉食獣の縄張りを知らない愚かなシマウマのように、ハイエナの前へ落とされた。

「グラシアス!ケイト!」

 これをハイエナが打ち損じるはずもなく、ボールは勢いそのままゴールに蹴りこまれた。アーリーが喜びを爆発させ、それを追いすがるようにケイト、ルイスが続く。と同時に、ピッチに試合終了を告げる笛が鳴り響いた。

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