ユヴェントスの反撃
そして後半が開始する。トリノ、ユヴェントスともに選手を交代、トリノはバッフォンの代わりにアーリーが入り、ユヴェントスは左サイドの選手をゴヌエスに変えてきた。
「ったく、今日はオフになると思ってたのにヨォ。レン、オメー、ホムロムも言ってたけどサイドにこだわりすぎだぜ。相手のサイドは厄介な選手が多い。特にあの左にいる日本人、アイツは守備も惜しみなく走りやがる。ああいうのは避けるべきだ。まあでもパスは良かった。後半はもっと中央も意識して、サイド、中央に散らしな。俺も走ってやるからよ」
ゴヌエスは息を整えながらレンに叱咤激励をする。レンは一度だけ頷くと、そのまま円陣の輪に加わっていった。ゴヌエスは呆れ顔で思う。
(ったく、叱りがいのないルーキーだぜ。ま、それがアイツの恐ろしい所でもあるがね)
ユヴェントスでキャプテンマークを巻くのはディエロ、普段はブッフォが巻いているのだが、今日はメンバー入りしておらず、そこで副キャプテンのディエロがキャプテンを務めているのだ。
「さぁ、僕らが王者だってこと、生意気なトリノに知らせてあげようじゃないか」
『おおっ!!』
一方、トリノももちろん円陣を組んでいた。キャプテンはもちろんアダン。
「ブラウンの策、というか考えではボロボロにやられるらしい。そんなブラウンの憂鬱、吹き飛ばしてやるくらいの力を見せようじゃないか。行くぞ!!」
『おうっ!!』
後半が始まる。今度はトリノからのボールで、アーリーからケイトにボールが渡る。そこにいきなりユヴェントスの猛襲が始まった。
「……!?」
「ハハッ、もらうよ!そのボール!」
最前線からの前衛守備、いきなり仕掛けられたケイトは咄嗟のことで反応できず、ボールを奪われてしまう。奪ったディエロは後ろに戻し、レンにボールはわたる。レンは先ほどゴヌエスに言われたことを反芻しながら、左のゴヌエスに短いパスを送り、自分は前線へと上がっていく。
ゴヌエスはボールを受けると、まずガートを加速でかわすと、サイドを変える。右サイドのジョージはトラップで中に落とし、キョウヤを躱し、3バックのマッテオとリクの中間くらいに走りこむレンにパスを出す。
レンはそのパスをダイレクトでディエロに渡し、自分はそのまま目の前のスペースに切り込む。もちろん、ディエロはレンへパスを返す。レンは簡単にDFラインを抜け出す。オフサイドはない。そのままシュートを撃った。
「るあぁぁ!!」
「っ!」
マオアーも反応はするものの、完全にフリーになったレンのゴール隅ギリギリのシュートは捕えられず、簡単に1点を献上してしまった。
「っよし!」
ガッツポーズを作り、サポーターの方へ走り出すレン。それを追うユヴェントスの選手。残されたトリノの面々は何が起きたかわからない、そんな顔で呆然としていた。
「そんな……、たった2分程度で失点だと」
リクがボソリとつぶやくが、それを皮切りにしたかのように、マオアーの不満が爆発した。
「ちょっと!簡単にDF抜け出されてんじゃないわよ!レンに簡単に出させてどうすんのよ。体あてていけば防げたでしょ」
「オイオイ、オカマキーパー。全部俺らのせいかよ!てめぇがもっと声だしゃあよかったんじゃねぇか!ただでさえディエロのマークで精一杯だってのに、そこまで気づけるかよ!」
「すまないな、それは俺の仕事だったにも関わらず、俺がディエロにつられてしまったせいで7番が抜け出すスペースを与えてしまったよ。DFリーダーである俺の責任だ」
マオアーに食って下がったキャンディだったが、先輩であるリクが謝ってしまったので立つ瀬がなくなってしまった。
「んー、まあ分かってくれればいいんだけど。私もちょっと声掛けが足りなかったことは認める。これ以上の失点は防ぎましょう」
「あぁ、後ろは頼むぞ」
「けっ、やってやりますよ!」
リクとキャンディが意気込み、守備陣が気合を入れなおした。しかし、現実はそう甘くはなかった。
「10番マークよ!リク!キャンディはライン上げて!7番から目を逸らさないで!」
マオアーの声がこだまする。ユヴェントスの攻勢はとどまるところを知らなかった。今もバイタルエリアでディエロにボールをキープさせてしまっていた。
「ぬかせん!」
「ハハッ、ゆるいチャージだな」
アダンのチャージをものともせず、ディエロがシュートモーションに入る。リクがシュートコースを消そうと体を広げる。
「そんな三次元の守り方、壁にもならないよ!」
しかし、シュートかと思われたそのモーションからディエロはチップキックでリクの頭上を越えるボールを出す。キーパーとDFのちょうど間に出されたボールに、いち早く反応したのはジョージ・ダイアンだった。マークについていたキャンディを背負いながらも倒れない。重戦車のような力強さで抜け出した。
「さすがディエロ!行くぞオラァ!!」
ジョージがフリーでゴール右隅に鋭いシュートを撃つ。なんとか防いだマオアーだったが、こぼれ球に追いついていたのは無情にも白と黒のユニフォームの7番だった。
何も言わず流し込むその姿に、前半のような若々しさは感じられない。熟練の老兵のような落ち着きもレン・シュタインがイタリアの至宝たる証なのかもしれない。
これでスコアは同点となった。トリノは後半開始10分で同点にされてしまったのだ。
「クソッ、これがビアンコネロ……セリエの覇者ってわけね」
マオアーは呟く。その表情に前半の余裕は感じられない。それはトリノの選手全員から感じ取れた。前半終了時の余裕は全く感じられなくなり、選手全員が必死な形相をしている。
(もう一点とられたら完全に心が折れる!ここは死守だ…)
DFのリーダーであるリクはそう思い、同じDFのマッテオに目くばせする。マッテオもうなずき、DFの意識は統一された。しかし、全体が統一されたわけではなかった。
(同点、か。俺様がポジションを上げて、パスを回さねえとな。とにかくまずはあのフォアチェックを何とかしないと)
逆に攻撃にシフトしようと考えていたのがアンドレだ。中盤の底の位置でパスを散らせる自分の役割を忘れ、フォアチェックをどうにかしようと考えていた。この意識のズレはさらにトリノをピンチへと追い込んでいく。
試合が再開され、ボールがセンターサークルから離れる。その瞬間からユヴェントスのフォアチェックが始まるのだが、ボールを受け取ったアンドレは前に突っかかった。ドリブルを仕掛け、テクニックで翻弄して流れを変えようとしたのだろう。
「俺様の力、見せてやるよ!」
「ケッ、てめえバカかよ」
そう言い捨てたセントラルMFの選手にアンドレはあっさりボールを奪われた。
「なっ!?」
「格がちげーよ。三下が!」
その選手の名前は、今年レンと共にユースから昇格してきたばかりのセントラルMF、ヤン・マコスキー。セルビア国籍の選手で小柄な体で相手の懐に潜り込みボールを奪取することと、キック精度に定評のある選手だ。
しかし、この時点ではほとんどの選手がそのことを知らない。彼はいずれゴヌエス、レン、ジョージ、イエディ・ラシンとともに五芒星と言われる五角形を構成する選手だ。
ヤンは奪ったボールを右へと大きく蹴りこんだ。もちろん、走りこむのはジョージだ。
「ケッ、ヤンの割に良いボール出すじゃねぇかよ!」
ジョージが笑いながらボールへと駆けだす。もちろん、キャンディも追いすがるが、トップスピードに乗ったジョージのスピードになかなか追いつけない。
「コイツ!本当に速すぎる!」
ジョージの抜け出しに呼応してディエロとレンに加え、ゴヌエスも中に切り込んできたため、DFラインがずるずると後ろに下がっていく。
ジョージがボールをトラップし、一瞬中を見た。中にはすでに人数がそろっていた。しかし――
「アンタなら、関係ないでしょ!!」
中の人数を確認することなくクロスを上げる。高めのクロス、誰も合わせられないような高さだった。
「これならアタシが奪った方がはや……!?」
マオアーが飛び出そうと体勢を整えたその刹那、そのクロスにビアンコネロの10番の右足が振り下ろされた。飛ぼうとしていたマオアーの脇にえぐりこむように落ちていき、バウンドしてゴール上に突き刺さった。
アレクダンドロ・ディエロ、狩人のオーバーヘッドシュートがゴールに突き刺さり、ユヴェントスのサポーターのボルテージは最高潮に跳ね上がる。
サポーターの方へ駆けていく白黒のユニフォームの背中を、トリノの面々は呆然と見つめていた。