攻めろ!攻めろ!攻めろ!
前半は30分を超えて、試合は動いていなかった。しかし、ペースはトリノにあった。ユヴェントスはチームの息が合わず、レンのパスに反応しきれていない場面が続いていた。ジョージにはつながる、そのため右サイドにボールが集中するため、チャンスができても簡単に防がれてしまう。
レンは苛立っていた。自分に、ではない。不甲斐ないチームメイトにだ。元来、エリート街道をひた走ってきた彼は佳境に立たされることに慣れていない。今も左サイドの選手にパスを出すものの、パスはとおりはしたがフォン・マッテオによってボールを奪われてしまった。
(ちっ、今のがゴヌエスならあの17番もスピードで抜けていた、だろうな)
そんな風に内心でチームメイトへの不平を世界一の司令塔とまで言われるゴヌエスと比べて言うが、すぐに守備へと切り替える。
フォンはアダンに預け、ポジション調整へと戻って行く。ボールを預かったアダンはアンドレとのワン・ツーパスで相手を避け、少し長めのパスをキョウヤに出す。
(良いパス!さすがアダン)
キョウヤはパスを受けると、相手へ勝負をかける。相手選手の股にボールを通し、自分はスピードで相手を抜き去る。そして真ん中で待つルイスへパスをだし、自分はサイドバックの裏を取るように走り出した。
「んー、キョウヤはさっきパス出したし、次はこっち♪」
キョウヤのフリーランで引き出されたDF、その真ん中にポッカリとスペースが空いた。ルイスは自分より前に走っているバッフォンと目が合う。目があった瞬間、バッフォンが走り出す、と同時にルイスのッ右足が振り抜かれた。もちろん、オフサイドはなく、バッフォンはDFの裏に抜け出すことに成功した。
「オラァ!!」
そのままバッフォンがシュートを打つ。シュートはGKの伸ばした手にかすりもせず、ゴールのうちからサイドネットを揺らした。
「っ、ヨシ!」
バッフォンがガッツポーズを見せ、トリノの選手たちが駆け寄ってくる。そんな様子を見ながら、レンは一人の選手を見ていた。
ルイス・ファルコである。今の場面、彼のスルーパスがあったからこそバッフォンのシュートは決まったようなものだった。左側から少し巻いて、ちょうど右利きのバッフォンの打ちやすい位置で止まるようなパス。見ている観客、トリノサポーターはもちろんユヴェントスのサポーターでさえ息を吐くような美しいパスだった。
(これが監督の言う特記戦力、ルイス・ファルコ……か。なるほど、別次元の選手だな。僕も、コイツ以上にならなくては)
レンにとって、ルイスはライバルといって差し支えない相手だった。自分と同じ年代であり、U-23代表ではエースである10番を背負っている、強豪国の未来を背負うところも同じだった。しかし、レンは味方ありきの選手である。彼の手となり足となるFWやMFがいなければそのパスは生きない。だからこそ、ルイスに対して、羨望、そして嫉妬の感情を持っていたのである。
ここで、ホムロムが動いた。前半終了までおよそあと10分ほどで2点ビハインドという事態を何とかせねばならない。そう思った彼はまずディエロを投入した。
「すまない、ディエロ。思ったよりも早く君の力を借りねばならなくなってしまった」
「いーや、構わないさ。ボス。今季の俺たちに負けていい試合なんてない、たとえ相手が格下であってもトリノはライバル、なおさら負けるわけにはいかない」
「あぁその通りだ。ブラウンには負けるわけにはいかんしな」
そんな対話を終えるころにブリッツがピッチから戻ってくる。ディエロと軽いハイタッチを交わし、コーチからタオルを受け取ってホムロムのところに来た。
「ボス、今日の試合で俺の評価をするのはよしてくださいね。レンの野郎、サイドにばっかり目がいってますぜ」
「ああ、分かってる。彼もまだ若い、だが今季はゼノやアマンダに代わって働いてもらわねばならんからな。経験を積ませたいんだ、わかるだろう?ブリッツ」
「……まあ、分かってますよ」
ホムロムはよく選手と対話する監督だった。どんな選手とも会話し、時には議論を交わすことも稀ではない。その理由はデータを多くとるためだ。現役時代からデータを重んじる選手であったホムロムは、特段有名なプレイヤーでもなかったが、そのデータ収集能力は監督によく重宝された。
そのまま何の実績もなく監督業を目指した彼は、データ収集に会話を用いるようになった。選手と多く会話をすることでその選手のさまざまなことを知りうることができた。そしてそのデータに一番合った戦術を用いることで、ホムロムはまずセリエC(イタリアリーグ三部)で結果を出した。続いて、チャンピオンリーグ(イングランドリーグ二部)、そしてセリエBと次々と結果を残していった。
そしてついに彼はセリエAでの監督業を営むこととなる。当時昨年度7位と低迷していたユヴェントスに加入した彼は選手の特徴を知りつくし、活用し、彼らに一番合う戦術、攻撃的なパスサッカーを展開し、名将となった。
そんな彼も今年でユヴェントスの監督としてシーズンを迎えるのは4年目であった。チームは熟練度を増していき、ヨーロッパ制覇の目標を掲げている。トリノ相手に、プレシーズンマッチとはいえ負けるわけにはいかなかった。
(少し大人気ない選択とはいえ、ブラウン、君も本気の我々を求めているのだろう?ならば全力で潰して差し上げるよ)
不敵な笑みを浮かべ、ホムロムは顎をさする。試合はディエロが投入されたものの、何の動きもなくハーフタイムへと進むのだった。