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先制点はいただいた。

 キックオフの笛が鳴り、ユヴェントスボールから試合が始まる。FWの選手が後ろに下げ、レンがボールを捌き、右にはたく。右サイドのジョージはそこで少しタメを作ると一気に加速し、対応するガートを抜き去り、同時にユーヴェの攻撃陣がトリノ陣地に侵入を開始した。

「ハハッ、風に乗るぜぇ!」

 マンチェスターCが育て上げた最高傑作でイングランド期待のサイドアタッカー、イングランドの黄金時代に活躍したエド・タッカーの再来、さまざまな異名で呼ばれるジョージは、圧倒的なスピードと多彩なテクニックを武器としている。今も右サイドをその速さだけで蹂躙している。

 いきなりピッチの端まで走り抜け、更にそこからぺナルティエリアへと切り込んだ。しかし、そこはキャンディがぴったりとくっつくディフェンスで簡単には抜けさせない。

 キャンディはこの時、『スピードタイプのアフリカ系か、そういうやつは大抵まあまあテクニックもあるからな。気を付けなければ』と考えていた。だが、目の前のジョージはまあまあというレベルで手におえるほどではない。

 まず、ジョージはキャンディがスピードだけでは抜けないと考えると、何度かまたぎフェイントを織り交ぜ、それに引っかからないのを見て止まる。そして目線だけをゴール前のFWに向ける。キャンディがそれにつられて少し目線をそちらに向けた。その時点でこの1vs1はジョージに軍配が上がった。エラシコでキャンディの左に抜け、抜かれたキャンディは行かせまいと足を伸ばす。

「動かないで!」

 後方から聞こえる大声、キャンディの動きが止まる。しめた、と完全にフリーになったジョージが右足を振り抜く。しかし――


「ハイ、ゲッチュ」


 シュートはマオアーにがっしりとキャッチされた。マオアーは読めていたのだ。キャンディがジョージに抜かれることも、そしてその大柄な体と、左から詰めてきているリクのおかげでシュートコースが限定されていたことも。簡単に止めてニヤッと笑うマオアー、パントキックで前線にボールを蹴りこみ、流れを変える。

「ヒューッ、やるじゃん。思ったより楽しめそうかも」

 止められたものの軽口をたたくジョージ、彼の表情には未だ余裕の色が映っていた。



 前線に蹴りこまれたボールは、アダンがヘディングでアンドレに落とし、アンドレが右にはたいた。素晴らしい精度に心の中で「マーベラス!」とつぶやくサンタ。サンタの目の前には左サイドバックの選手がいたが、サンタは勝負することなく左にはたく。左にはルイスがいた。

 ルイスは先ほど、中盤からジョージを見て思っていた。

(うわー速いなー!僕もあれやろうっと!)

 その思惑通り、ボールを受けるとすぐに加速し、ボランチの選手を抜き去った。

「なっ、速い!」

「お、キョウヤ!」

 そしてスペースに走りこむキョウヤにドンピシャのスルーパスを出す。観客たちが思わずおぉと声をもらすレベルのパスで抜け出したキョウヤは、スピードを上げてサイドへ切り込んでいく。

 その危険性を理解している相手右サイドバックは果敢にもスライディングタックルを仕掛けるが、とんで避けられユヴェントスはピンチを迎えてしまう。キョウヤが右サイドバックの選手を避けた瞬間、ユヴェントスのサポーターの悲鳴が響いた。

 キョウヤはピッチの線ギリギリまで行くとゴール前を見る。中には数人の相手選手、ケイトがゴールに一番近く、バッフォンが少し離れたところにいる、ルイスとサンタもゴール前へ入ってきていた。

(とりあえず上げてみるか、目標はケイトさんだ)

 キョウヤが右足で少しマイナス気味にカーブがかったクロスを上げる。ボールはちょうどケイトが飛べばヘディングでシュートできる軌道であった。

(ナイスクロス……打つ)

 ケイトが腰を低くし、跳ぶ体勢をつけたその瞬間、彼はルイスと目があった。ゴール前の混戦の中、自分の目の前に少しのスペースがあった、そこに向かって走りこんでいた。目があったその時、ケイトは一つのヴィジョンが頭に浮かぶのが分かった。自分がポストプレーで落としたボールを、ルイスがダイレクトでゴール左隅にシュートを決めるヴィジョンだ。

(……このガキ、生意気、だ)

 ケイトが跳ぶ。そして、クロスを滅多にしないポストプレーで目の前のスペースに落とした。

「貸し、1、だぜ」

「オブリガード、ケイト!」

 そしてルイスはケイトが見たヴィジョン通りのシュートを決めた。トリノが試合開始して間もなく先制したのだ。数少ないトリノサポーターの歓喜の叫びが聞こえる。ルイスは右手の人差し指で天を差し、観客席へ走っていった。



「……ルイス・ファルコか。あのケイト・ズラーカにポストプレイをさせるとは」

 そう呟くのは、歓喜して飛び跳ねているブラウンたちのいるベンチ、その隣のベンチで顎をさするホムロムだ。大人とは思えないほどはしゃぐブラウンを横目に、彼はケイト・ズラーカ、そしてルイス・ファルコについてのデータに目を通していた。


 ケイト・ズラーカ、大型ストライカーでシュート力とその弾速に定評のあるイタリア人の選手だ。ジェノアでプロ人生をスタートさせ、そこからはイタリア二部のセリエBを転々としていたが、三年前に当時のトリノFC監督トーリ・ジモロたっての希望で獲得し、それからはコンスタントに出場を続けている。シュートをすることがFWの仕事という考えを持っており、とにかく打ちたがる選手で、ポストプレイはめったにしない。寡黙で途切れ途切れに喋る、記者泣かせの選手。

 ルイス・ファルコ、『ブラカール・コンドル』の愛称を持つ、ブラジルの英雄モセ・ファビアンをして千年に一度の逸材とまで言わしめた天才児。味方さえも欺くトリッキーな動き、誰も思いつかないようなアイデア、非凡なパス技術、本場仕込みのテクニック、とファンタジスタと呼ぶにふさわしい選手である。サンパウロで昨年デビュー、20得点20アシストの離れ業をやってのけた。今季からトリノFCに所属。ブラジルの五輪代表にも選ばれている。


「見れば見るほどデタラメな選手だな、ルイス・ファルコ」

 データを見終えたホムロムは、思わずため息をつく。今季は30回目の優勝を狙う彼にとってルイスのような化け物じみた選手が、ダービーの相手クラブに移籍してきたのはストレスの種でしかなかった。

 今、目の前で見せられたプレーを見れば、彼がいかに脅威であるかがよく分かった。ポストプレイを嫌うケイトに落とさせ、それを何事もないように決める。他人にも影響する力というものは非常に厄介である、とホムロムは思う。世界にそれができる選手は非常に少ない。

(まあ、うちにもソレがいるわけだが……どうも噛みあわんようだね)

 ホムロムは視線をデータからピッチへ移した。ピッチ上ではレンのスルーパスに、今季移籍してきたFWのブリッチが反応しきれずふかしてしまっていた。ホムロムは溜息をつきながら時計を見る。前半はまだ25分以上ある。

「まだ変えられんぞ……、追加点を許すな!相手の攻めを遅らせろ!」

 ホムロムが選手たちに大声で指示を出す。それで先制され攻め急いでた選手たちが少し落ち着く。その様子を見ながら、ホムロムはまた溜息をつくのだった。

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