夏だ、シーズン前だ、練習試合だ!
イタリアは日本とよく似た気候をしている。夏は暑く、冬は寒い。もちろんそれはイタリア北部に位置するトリノも似たようなもので、この日はかなり蒸し暑かった。
「おいおい、熱すぎやしないか?本当に今はまだ6月か!?」
そう文句をたれながらも、相変わらず少し楽しげな顔で座っているブラウンの周りは、選手たちが正に死屍累々といった感じでへばって倒れていた。現在の時刻は18時36分。朝6時から昼休憩ありのハードな練習メニューを終えた彼らにブラウンのジョークに付き合う気力はない。しかし、そんな中でもキョウヤとルイスはまた1対1を始めていた。2人とも目が爛々として、おそらくあまり寝ていないようだ。
「この勝負はボクが勝たせてもらうよ!キョウヤ!今朝のトランプはボロ負けだったしね!」
「ふん、サッカーでなら勝てると思ったか、ルイス!お前にゃまけねぇぞ!」
若い2人が恐ろしいレベルの1対1を繰り広げているのを見てゾッとしながらも余裕な顔をしているのはサンタ・テレシアだ。彼の他にも、キャンディやアーリー、マオアー、シャンジュ、ジジ、フォッジはそれぞれのやりたいことをしていた。
「ひゅー、若いってのはいいねぇ。あの2人を見てると、自分も年を食ったなんて思っちゃうな」
サンタがへたくそな口笛を鳴らす。
「な~にふざけたこと言ってんのよ。貴方キョウヤと一つしか年違わないじゃない」
オカマ口調で答えたのはマオアーだ。彼はシャワーを浴びに行くようでタオルを持っていた。
「おや、マオアー。君は混ざらないのかい?」
「それこそジョークね。アタシにはあんな馬鹿げたテクニックないわよ。一瞬でダシにされちゃうわ」
「ハハッ、それもそうなのかな。一つ質問しよう。天才キーパーから見てあの2人と同じレベルでやれそうなのは?」
マオアーは少し考えるそぶりを見せ、思いついたように答えた。
「このチームだと、アーリーと全盛期のアンドレかしらね……それと、貴方」
それだけ答えると、マオアーはすぐにシャワールームへと去っていった。残されたサンタは困ったような笑みを浮かべて呟いた。
「悪い…ジョークだ」
「全員集合したかい?ボヌ」
時間は進み、夕食を終えた彼らはミーティングルームに集まっていた。現在20時18分。すでに全選手がそこに集合をしていた。
「ええ、では始めましょうか。ミーティング」
スクリーンに動画が映し出される。動画のタイトルは『ビアンコネーロ!』、おそらくボヌが編集したと思われる動画のタイトル画面には、白と黒のタイトルと、これまた白と黒の世界で今一番有名なクラブのエンブレムが表示されていた。
「えー、一週間後、我々トリノFCは宿敵であるユヴェントスとの練習試合を行う。今日はそのためのミーティングだ。ここまで、質問あるか?」
誰も手を上げない。質問はないらしいので、ボヌは何も言わず続けた。
「では、まずユヴェントスのサッカーというものを説明する。えー、ユーヴェは――」
「その前にだ!!諸君!!」
ミーティングルームに大きな声が響く。ボヌの言葉を遮った声の主はもちろんブラウンだ。彼は不敵な笑みと共に椅子から立ち上がると、スクリーンの前に立ち、深呼吸をするとこう言った。
「我々トリノFCの宿敵、ユヴェントス。我々は同じ州、都市に住まう隣人である彼らに、いつも苦渋を飲まされてきた!彼らは強大で、我々が弱かったからだ!ここ数年、特にこの10年間!我々はダービーマッチで一度も彼らに勝ってはいない!それどころか!引き分けすらない!僕はこの状態が酷く悲しい。どこかであきらめていないか?彼らは金もあり、サポーターもいて、世界的に有名、だから僕らは勝てないんだと。所詮、この世は弱肉強食だと。そんな考えを持っている奴は今すぐユニフォームを脱いだ方がいい。いいか、僕はこう言いたいんだ。
勝てない敵などいない。
たぎる血を抑えるな、勝てないなどと諦める必要はない、暴虐な彼らを許すな、敗北を我慢するな、君たちはサッカー選手だ。勝てない敵などいない。練習試合とはいえ容赦するな。ユヴェントスを打ち負かしたとき、我々は初めて!
リーグ戦を戦い抜く権利を持てるのだ、そういう気概で戦え。いいね?」
いつになく険しい顔だった。そこにはいつも不敵な笑みを絶やさず、ジョークばかり言う能天気なブラウンの姿はなかった。紛れもない勝負師。そこにいたのは現役時代、その鋭い牙で強者に立ち向かった獣、ビアレロ・ブラウンそのものだった。
この演説は、若い選手、特に移籍組にとって監督を信じる価値を生み出したきっかけだった。そしてそんな彼を知っていた4人、アーリー、マオアー、キャンディ、ルイスはいつものように自信たっぷりの顔で笑った。
(やっぱり、この人にならついていける!)
そう確信したのだった。
本当に遅れて申し訳ありません!
これからも気まぐれな投稿ではありますが、どうかよろしくお願いします。