『グランビーノ』の奇跡
2014年、5月3日。
この日、イタリアサッカーリーグ、セリエAのトリノFCが伝説となった。
イタリア、ラツィオ州のローマのある一つのスタジアム、オリンピコ・ディ・ローマでは開幕100年以上の歴史を持つカップ戦『コッパ・イタリア』の決勝戦が行われた。
その場に立つのは、ピエモンテ州トリノの2つのサッカークラブ。
一方は白と黒の縞模様のユニフォーム姿で、1897年に結成された『ユヴェントスFC』。セリエA最多の優勝経験29回の記録を持ち、エンブレムの上には2つの星が輝く。今季のメンバーは『世界最強』の異名をとったほどで、特に1トップのエースストライカー、イタリア代表『アレクダンドロ・ディエロ』は驚異的な決定力を有しており、今季のセリエAの得点ランキングトップに立っている。
もう一方はえんじ色、クリムゾンレッドのユニフォーム姿で、どの選手もが若々しい。トリノのもう一つのクラブ『トリノFC』。このクラブは過去7回の優勝経験を持つものの、ここ20年ほどは屈辱的な記録を残していた。しかし今季は平均年齢24歳の若いメンバーで、セリエA開催以前は酷い言われようだった。
しかし、この若いメンバーが躍動し――――
この日の伝説に繋がるのである。
ユーヴェのMFが右サイドを駆け上がる。そのスピードはまるでチーターのようで、テクニックも読み取れるようなものではない。
しかし、トリノのDF、今では『未来のネスタ』と呼ばれるようになった厳ついがどこか愛嬌のある顔をしたこげ茶の髪の大男のCB『キャンディ・ベルバーロ』は完全に相手の動きを読み、ボールを奪い去った。
トリノのサポーターたちは今季よく見た光景に歓声を上げる。弱冠20歳にしてトリノのディフェンスリーダーを務める男の豪快で少し雑なロングフィードがラインを割ると、サポーターたちの笑い声が出た。ライン際のキャンディも厳つい顔を照れくさそうに歪めていた。
ユーヴェ側のスローインから再開し、次は中央から『世界最高の司令塔』、オランダ代表の『ファル・オン・ゴヌエス』がドリブルで突破を図る。正確なドリブルで中央を切り裂き、瞬く間にGKと一対一になってしまう。
しかし、トリノの守護神であり、ドイツU-23の守護神でもある金髪を三つ編みにしている美男子GK『フェルゼン・マオアー』の果敢な飛び出しで防がれ、ゴヌエスは悔しそうな顔を浮かべた。
マオアーはそれを見てニヤリと不敵に笑い、パントキックでボールを前線へと運んだ。
ボールを受け取ったのはトリノの右サイドの攻撃の一翼、真っ黒の長髪を後ろで縛ったクールな伊達男、日本の若武者サイドアタッカー『東鏡夜』が、まずファーストタッチで相手を抜き去る。
そのドリブルは刀のように鋭く、何より鏡夜の発する気迫は相手を怯ませ、小柄ながら強引に突破した。その人斬りのような気迫と、鋭いドリブルから彼は『人斬り鏡夜』と呼ばれている。
右サイドを駆け上がった鏡夜だったが、次に対峙したのはイタリア代表の不動のCB『パウロ』で、さすがに分が悪いと判断したのか、中央にショートパスを送った。
パスを受けたのは、今季途中に若くしてブラジルA代表のユニフォームに袖を通した、トリノのファンタジスタ。子供のような童顔で小柄だが、その目は他の誰よりも貪欲にぎらつく天然パーマのトップ下『ルイス・ファルコ』。
ファルコは目の前の選手をまた抜きで抜くと、いきなりボールを浮かせバイシクルシュートを放った。この奇抜さこそが彼の真骨頂である。
ファルコの放ったバイシクルシュートは確かにユーヴェ守備陣の意表をついたが、この男は冷静だった。イタリアのゴールを長きにおいて守ってきた今世紀最高のGKとの呼び声高いユーヴェ一筋の守護神、『ジャン・ジ・ブッフォ』がゴール右隅ギリギリのシュートを片手一本で弾きだす。
しかし、そのボールを拾ったのはユーヴェの守備陣ではなかった。
「グラシアース!」
そこにいたのはスペインU-23のエースであり、『ハイエナ』と呼ばれるトリノのエースストライカー、端正な顔立ちと純茶髪のソフトモヒカンの陽気なFW『ジュリエ・ダビド・ア-リー』であった。
こぼれ球をダイレクトで無人のゴールに叩き込む。その簡単な作業に何故か見惚れてしまう。人を惹きつける才能を持ち、ボールへの嗅覚が鋭く、尚且つ異次元のドリブルテクニックを持つ、『ハイエナ』の名前に相応しいFW。それがアーリーであった。
その彼にトリノの選手たちが駆け足で集まり、一気に押し倒した。と同時に、サポーターたちの大歓声がスタジアムをとどろかせた。
この日、いやこの一年のことをのちにサポーターはこう呼ぶ。
“『グランビーノ』の奇跡”と。