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安息と経緯

すごく……短いです……


 遠回りの散歩を終え、約半年ぶりに己の屋敷に帰宅したアークと、約1年半ぶりに兄の住まいへと訪れたカレンは、夕食や入浴を挟みながら実に様々な事を話し合った。大半はカレンが話題を提供してアークは相槌を打ちながら聞き役に回っていた。アークが不在にしていた間に起きた皇都の事件、皇族の誰それに子供が生まれた等々、カレンの話の種は尽きず会話は二人が就寝するまで続いた。そのほとんどが他愛のないものだったが、その最中で一つだけアークが違和感を抱いた話題があった。




「そういえばアーク兄様、今回の出撃は艦隊を率いて行くのですか?」


 二人きりながらも会話の弾んだ夕食を終え、円形のテーブルを囲んでお互い飲み物を片手にまったりとした雰囲気で寛いでいたとき。カレンが蜂蜜入りホットミルクの注がれたマグカップを両手で持って口元へと運び、コクリと可愛らしい音を立てて嚥下し喉を潤してから、何気ない口調で話を切り出した。


「ん? いや、艦隊は編成中でそうすぐには動かせないし、現地入りを急ぐ必要もあるから護衛艦を何隻か伴う程度かな」


 例え皇族相手とはいえ、軍事機密に抵触する情報を本来おいそれと話してよいことではないが、軽くアルコールも入り、気分の良かったアークはこれくらいなら、と鷹揚に判断して打ち明けた。あまり戦争関係の話題を好まないカレンから珍しく話を振ってきたので興味をひかれたという理由もあったが。


「ということは、皇族専用艦(インペリアルシップ)を使われるんですか?」

「ああ。付き合いのある技術局の連中が新しいのを作ったから試しに乗ってくれと頼まれてな。稼動試験済とはいえ、実証用試作機をそのまま寄越すとか皇族舐めてんのかとも思ったが、連中にはとある件で借りがあるものだから断れなかった」


 アークはかつてアーシアを組み上げた際、専用のCPUを作る為に軍の技術者たちから物資の補給という名目で機材や部品の横流しをしてもらったことがあった。


「ふむむ、何だか色々しがらみがあって大変そうですね」

「ま、皇族だろうが一般人だろうが渡世の仁義を軽んずべからずってところだな」


 癖ともいえる特徴的な感嘆詞で唸ったカレンが兄に同情的な眼差しを向け、アークは小さく肩を竦めて苦笑した。

 本来なら記憶にも残らない、些細といえば些細な会話であったが、なんとなくカレンの意図が気になったアークは水を向ける。


「カレンは今度の戦争が気になるのか?」

「……アーク兄様の参加する戦争は何であれ気になります。それに……光体武装(エーテリオン)を駆るアーク兄様が不覚を取ることは万が一つにもありえないと皆は言いますが、それでも私は不安を捨て切れない。戦争に行ったらもう二度と帰ってきてくれないかもしれない、再びアーク兄様の顔を見ることは叶わないかもしれない……。自分でもどうかしてると思うくらいに、予感めいた不安が日に日に強くなってきているんです」


 アークがさりげない口調で質問すると、カレンはやや陰のある表情で声のトーンを落とし、悩みを打ち明けるようにして答えた。

 カレンの告白に、アークは意外の念を禁じえなかった。これまでアークの前では常に明るく振舞ってきた少女が初めて見せた陰のある表情。それを目にしたアークの胸中に正体のわからない情動が湧き上がり、ドクン、と一際強い心臓の鼓動が耳を打った。


 ――いや、本当に初めてなのだろうか。これまで俺が気付けなかっただけで、カレンは長い間ずっと不安に苛まれていたのかもしれない。思いおこせば軍人になって以来、カレンとそれほど長い時間を共有してきたわけではない。一年に十日も会えてはいないだろう。そんな短い時間で俺はカレンの何を知ったつもりになっていたのだ。


 これまでの思慮の至らなさを自省したものの、咄嗟にかける言葉が見つからず黙り込むアークを、カレンは後悔の色を滲ませた瞳で見つめながら口を開く。


「……ごめんなさい。出発前に不吉な話をしてしまって。突然、こんなことを言われても困りますよね。アーク兄様には申し訳ないですけれど、打ち明けられて少しすっきりしましたし、元よりただの考えすぎでしょうから、今のお話は忘れてください」


 アークはカレンの苦悩を単なる杞憂や心配性だと看過するつもりはなかったが、さりとて彼女の抱いている不安を全て払拭できる万能薬のような言葉は思いつかない。それでも今は何か声をかけてやらねばならないだろうと察したアークは席を立ち、カレンの隣の椅子に腰を下ろした。そしてカレンの白くたおやかな肩に片手を回して抱き寄せ、耳元に囁くような姿勢で語りかける。


「戦争だから、何があっても俺は死なないなどと無責任な約束はできない。ただ、今度の戦争でもこれまでと同じように軍功を積めば、恐らく次の選帝会議で俺は継承権第二位を与えられるはずだ。そうなれば高位継承権者保護法に則って軍務の選択的拒否権を得られるから、今よりはずっと自由が利くようになって皇都にも長くいられるようになる。それまでもう少しの間だけ耐えてくれないか、カレン」


 スルト皇国における軍部の旗手にして国民の英雄と言っても差し支えのない声望を持つアークは、二十歳で軍人となってから怒涛の勢いで実績を積み上げ、社会的地位を高めてきた。かつて与えられていた皇位継承権第十位は第三位に、任官した際の中尉という階級は少将へと変わっている。アーク自身は特に帝位だの軍での栄達にさして興味や欲があったわけではなく、光体武装を扱える適性があったために軍籍に身を置くことを強制され、その後は状況に流されるまま戦争に参加してきた結果として今がある。本人の希望としては星霊子(エーテル)工学関連の研究者か技術者の職に就きたかったのだが、ままならない皇族の身でそれを実現するのは後半生の課題だとアークは考えていた。それを実現する過程に皇族法で定めるところの高位継承権者保護法の存在があり、とりあえずそこまで辿り着くことを前半生の目標としていたのだった。ここ数年来スルト皇国を取り巻く国際情勢が荒れており、戦争や小規模な紛争が多発し、軍功を上げる機会もまた多かったのを幸いだったと正直に言うのは良識的に憚られるが、おかげで想定していたより遥かに早く目標が達成できそうなのはアークにとって嬉しい見込み違いであった。


「……はい」


 アークの実直な台詞と、肌が触れ合うことで安堵を得たのか、カレンはリラックスした表情で答えると、アークの肩に体を預ける。身長差がありすぎてアークの肩に頭を預けられなかったことにささやかな不満と、大きな安らぎを感じながら。

 そんな二人の世界はアーシアが入浴の用意が整ったと告げるまで続き、入浴を経て就寝する頃には先ほど抱いた小さな違和感をアークはすっかり忘れてしまったのだった。

 ちなみに就寝にあたってカレンは控えめに同衾を希望したが、さすがにそれは叶わなかった。


 そして一夜が明けた翌日。

 軽めの朝食を済ませ、カレンを後宮まで送り届けた後、アークは皇府にある軍の施設内に与えられた私室でいくつかの案件を事務処理してから軍港に赴き、予定よりは若干遅れたもののそれ以外は支障なく新型皇族専用艦の受領を終えて皇都を出立。成層圏を抜けたところで護衛艦4隻と合流し、数度の空間跳躍を行って戦場となる紛争星域に出たところで恐るべき事態に直面することとなる。

 ジャンプアウトした直後、その星域がスルト皇国の勢力圏内であるにも関わらず、どのような手段で位置を察知したのか敵国の艦隊が行く手を阻むようにジャンプアウトしてきたのだ。敵艦隊の数、約千二百隻。この時代、率いる提督の階級によって多少前後するものの、基本的には三千隻をもって一個艦隊と見なされる。その基準から言えば半個艦隊にも満たぬ敵艦隊とはいえ、こちらは艦隊と言うにもおこがましい、護衛艦含めて僅か五隻の少数戦力。その絶望的なまでの戦力差に当然アークたちは交戦を検討することなく即座に撤退を選択した。

 位置を特定された理由は不明であっても、自国の勢力圏に敵艦隊がジャンプアウトしてきた理由が偶然のはずはない。敵艦隊の戦略目標が光体武装という厄介極まりない単体戦力及びその担い手であるアークの殺害にあるのは誰の目にも明白であった。アークは護衛艦にひたすら防御を行わせつつ光体武装で出撃、後退しつつの交戦を開始したが、衆寡敵せず、護衛艦はあっという間に沈められてしまい、母艦防衛の為に遠距離の砲撃戦を余儀なくされてしまう。

 本来、光体武装の戦い方は遠距離戦ではない。艦隊対艦隊の大規模戦闘において、母艦の防衛は味方に任せて敵艦隊の真っ只中に切り込み、近接格闘戦で敵艦を沈めていくのが最も効率的で火力の高い戦い方なのだ。近接ならまず間違いなく一撃で大型戦艦を沈められる攻撃力、そして被弾しにくい人間大サイズの機動力、強固なシールド(対物理障壁)による鉄壁の防御力を備えた稀有にして暴猛な戦場の軍神(マルス)。それがスルト皇国の誇る決戦兵器の正体である。

 ちなみに光体武装一体を擁するスルト皇国の一個艦隊で敵の四個艦隊程度までなら軽く圧倒できると言えばその恐ろしさがわかるだろうか。実際、四年前に勃発したとある敵国との総力戦においては、二度の出撃で戦艦撃墜総数10846隻という凄まじい戦績を残している。また、光体武装の火力による単純被害もあるにせよ、敵艦隊にとって最悪なのが、反撃すれば同士打ち(フレンドリファイア)を誘発しかねない近接で暴れられること、旗艦を直接狙われ撃墜されかねないこと、前者二つの理由で艦隊行動を妨害、混乱させられて集団としての戦闘力が大幅に落ちることなどが挙げられる。しかしながらスルト皇国と敵対した国家とて光体武装に対してこれまで無策だったわけではない。艦隊の陣形を工夫したり、ダミーの旗艦を増やしたり、小型艦載機やエーテル兵装を有した特機などで対抗しようとするなど様々な試みがなされてきたが、結局は光体武装の圧倒的優位性を証明しただけの結果に終わっている。

 以上の特性上から、せめて二百隻程度の艦隊をアークが有していたならば、数倍の数相手とはいえ敵を殲滅するなり撃退するなりして切り抜けられたかもしれないが、味方がたった四隻の護衛艦だけでは如何とも出来なかった。アークの操る光体武装は遠距離の防衛戦を強いられた結果、何とか五百隻程度は撃墜したものの、体力(エーテル)切れによってランダムジャンプという非常に危険な賭けを行うことになり、スルト皇国は巨大な戦力を失うこととなる。


実質的にプロローグ半ばといったところですが、初期投稿はここまでとなります。あらすじ通りのお話に至るまでまだしばらくかかりそうです。

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