逃亡
著者初のオリジナル作品。よろしくお願いします。
西暦2106年、高度に文明を発展させ、種族発祥の星である地球を飛び出した人類は、それまで想像上、架空の存在という認識でしかなかった異星起源知的種族――即ちエイリアンと公的な接触を果たした。
それは人類史において極めて大きな事件であり、歴史の節目だとされ、暦が西暦から”星歴”へと改められることとなった。
その後、約3000年にも渡って人類は多くの知的種族と遭遇し、交わり、時には戦いながら急速に銀河全域へと生活圏と勢力を広げていった。
そして星歴3594年。人類版図の拡大がある程度収束してより6世紀が経過した現在において、人類は汎銀河知的種族連合(以下略”連合”)という銀河の約1/4を占める広大な勢力圏を形成するに至り、連合の盟主として単一惑星国家や星系国家群に支配力を有し、宇宙の覇者たる三大列強種族の一つとして繁栄を極めていた。
そんな時代における銀河の外縁部、言わば辺境といえる宙域。無数の恒星の輝きと、静謐に満ちた宇宙空間に幾つもの光が瞬いていた。
もし近くに生物が存在できる惑星があり、その地上から宇宙を見上げたなら、直線的な光が幾条も現れては消え、という光景が見えたに違いない。
その光芒は夜空に尾を引く流星のような情緒を感じさせるものとは違い、知性ある者が見たならば無機質で冷たい印象を受けただろう。なぜならそれは、形あるものを砕き、焼き尽くさんとする暴威を孕みながらも、そこに殺意どころか意思のひとかけらも宿せぬ兵器が放った閃光であったから。
惑星の地表に直撃すれば直径数キロメートル級のクレーターを作るであろうほどの暴力的なエネルギーが乱舞する宇宙空間において、光芒の隙間をかいくぐって飛び回り、まさしく孤軍奮闘という表現が相応しい戦闘を行っている存在がいた。
それは背中から1対の光り輝く翼を生やした1個の有機体。外見的な特徴を一言で表すなら、まさしく”天使”の似姿といえる存在だ。
しかしながらその天使と交戦している相手は醜悪な容貌の悪魔などではなく、人間大サイズの天使に較べて何百倍もの大きさを持つ無機質な鋼鉄の船。
連合に属する多くの国家では標準的な規格である600メートル級宇宙戦艦である。しかも1隻ではなく、700隻を超える数の戦艦がある程度の距離と規則性を維持しながら紡錘形の陣形を組み、ビーム兵器による遠距離攻撃を加えながら天使を、正確にはその背後に守られている三角形に似た鋭角的なフォルムの宇宙船を追撃していた。
『マスター! 現在の出力では最短92秒でエーテル許容量が残存5%を切ります! このままでは生命維持に支障が! 光体武装を帰還させ、同調を解除してください!』
女性の悲鳴のような、甲高い声で危急の警告が船内に響く。
「っ、ダメだ!! 応戦を止めたらどのみち長くはもたない! アーシア、逃走プランの演算結果は出たか!?」
宇宙船の管制を務めているプライベートAI【アーシア】の警告に応じて、唯一の生身の乗員である青年が切迫した怒声の如き思念による通信をアーシアへと送る。
青年は宇宙船の管理操縦を行う為のインターフェースであるコンソールポッドに身を横たえており、天使の似姿を持つ生体兵器、光体武装に意識と五感を同期させて操っていた。
ちなみに船の操縦はアーシアが全てを担っている。この時代において宇宙船の操縦はAI任せが普通であり、通常、乗員は航行の方針をAIに指示するだけに留まる(光体武装と同期した状態で船の操縦は行えないという理由もあるが)。
『あらゆる航路選択、回避プログラム構築にて1266億回の試行演算を行いましたが、光体武装による継戦限界を考慮しても最長117秒で撃墜されます!』
「ちっ……!」
舌打ちし、クッ、と唇の端を歪めて焦燥の表情を浮かべた光体武装は、己の残り少ない保有エーテルを消費して牽制を兼ねた敵戦艦への反撃を行う。
バサリ、と宇宙空間ゆえに音もなく翼が一度大きく羽ばたいたかと思うと、光体武装の目の前に白光の線で編まれた直径2メートルほどの直円型の平面図が浮かび上がった。文字というよりは幾何学的な模様でデザインされたそれは、見る者に魔法陣という単語を連想される。その正体はエーテルに物理的な属性や指向性を与え、物理法則すら捻じ曲げる超自然現象を顕現させるための回路だ。便宜的に魔法陣と称して差し支えないそれは、1枚目から前面に向けて一定の間隔を空けて平行に2枚目3枚目と次々に出現してゆき、最終的に8枚もの魔法陣が積層して円柱型の仮想砲身を形成する。その直後、仮想砲身がひときわ強く輝き、バヂッ、と先触れのような紫電が迸ったかと思うと、膨大な光熱エネルギーに変換されたエーテルが光の柱となって発射された。刹那の間もなく標的へと到達した光柱は戦艦前面に展開されたフィールドバリアを易々と貫通、上から見た場合「山」の文字のような形をした戦艦の右翼付け根に命中し、大爆発が起こった。
構造上、弱点とも言える部位に直撃を受けたことで右翼がぽっきりと折れた戦艦は、破損部位から誘爆を起こし、乗員約600人の命を諸共に爆散して果てる。
敵艦隊の待ち伏せによる奇襲を受け、必死の逃走を開始してからこちら、同様の攻撃で既に500隻近い戦艦を葬っている。彼我の圧倒的な質量差、数の差を鑑みればまさしく一騎当千という表現が相応しい非常識なほどの無双振りと言えたが、青年が横たわる宇宙船防衛のため敵艦隊の射線に陣取り、エーテル消費効率の悪い遠距離戦闘に徹せざるを得なかった結果、ついに残存エーテルが底を尽きつつあった。このまま戦いを続け、エーテル切れにより光体武装が行動不能になってしまえばもはや撃墜を免れる術はない。砕けた鋼鉄の塊を墓標として、遠からず宇宙の藻屑と化すだろう。
僚艦がまた一隻破壊されたことで、敵意と恐怖を深めた敵艦隊からの攻撃がよりいっそう苛烈さを増す。
逃れ難い死の顎が近づきつつあることを受け容れた青年は覚悟を決める。それは己が生存のため、何を犠牲にしても構わないという決意であり、己が善性を擲つ選択。
襲いかかる光の奔流を回避し、直撃を避けられぬものに対してはエーテルによって展開したシールドによって防ぎながら、青年は切迫感に満ちた口調でアーシアへと指示を飛ばす。
「アーシア、空間跳躍シークエンス起動! 座標検索プロセスは飛ばせ! フィールドバリア解除、ジャンプユニットにエネルギーを回して40秒以内にタスクを終わらせろ!」
『!? ランダムジャンプは連合法にも抵触する重大な航星法違反です! 何より危険すぎます!!』
「生死の瀬戸際に法なんざ律儀に守ってられるか! 四の五の言わずにさっさとやれ!!」
青年はアーシアの反論を乱暴な理屈で却下し、指示を実行するよう重ねて命じる。
アーシアの反論は実に常識的で当然のことと言えた。戦闘中に防御の要たるフィールドバリアを解除するなど自殺行為に等しいだけでなく、法的な問題はさておくにせよ、座標検索により空間跳躍後の出現位置を特定しないというのは、即ち宇宙のどこに転移するかわからないということであり(ある程度距離的な制約は存在する)、致命的かつ重大な空間跳躍事故を引き起こす可能性にも直結するからだ。
とはいえ、無茶な命令を下した青年とて、それら諸々の危険性を考慮しなかったわけではない。ただ、絶望的な状況を打破し、己が生存するためにはもはやこの方法しか残されていないと判断した上での、いわば苦肉の策だった。
ちなみにこの時代に確立されている空間跳躍技術は、”エーテル”と呼ばれるエネルギーを特殊な波長に変換し、指向性を与えて超空間に投射することで転移先座標の割り出しや走査を可能としているが、この技術には致命的な欠陥があった。具体的にどういうことかというと、一定範囲内に存在する第三者が座標検索のエーテル波を傍受することが技術的に容易であり、隠密性、秘匿性が皆無というものである。通常、エーテル波の投射を何度も行うことにより転移先座標を絞り込むのだが、それら一連の行為と結果が近傍他者には筒抜けであり、もしそれが敵性存在であれば妨害や追跡といった手を打ってくるだろうことは論を待たない。そもそも莫大なエネルギーを必要とする空間跳躍を戦闘中に行うこと自体が現実的ではない。ましてや|座標検索を行わない空間跳躍など論外である。だからこそ、戦闘中の空間跳躍は戦術上でも常識的にもナンセンスであり、誰しもが想像の埒外にあった。
『……イエス、マスター。42秒後にランダムジャンプを行います。空間跳躍シークエンス開始。フィールドバリア解除、対消滅機関臨界運転。ディメンジョンシフター起動、コンジット接続します』
主人の意志が揺るがぬことを悟ったアーシアは命令を受諾し、空間跳躍の準備を開始する。
「……いい子だ」
青年の情動そのままに、ニィ、と光体武装の貌が微笑に変わる。
もしアーシアが通常のAIモジュールから生み出した人工知能だったとしたらこうはいかない。ランダムジャンプはAI倫理規定に抵触する行為のため、本来であればたとえマスターの命令であっても従わないからだ。青年が一から作り上げた完全オリジナルのAIであり、プログラムコアに倫理規定のような縛りが一切存在しないアーシアだからこそ無茶な命令に対しても融通が利く。
『こんなときまで子供扱いしないで下さい! それより、現状プランでは光体武装の回収ができません。いかがしますか?』
「光体武装による防衛はこのまま維持する」
『しかしそれでは……』
「わかってる。置き去りにして鹵獲されるわけにはいかない。空間跳躍直前に自爆させて処分するしかないな」
逃走手段の目処をつけたことである程度余裕を取り戻した青年が落ち着いた口調で説明する。
空間跳躍のエネルギー確保のため、フィールドバリアを解除してる状態で光体武装を回収すれば当然船の防御力は皆無となる。大出力の陽電子ビーム砲による弾幕に晒されている現状でそんな真似をすれば10秒ともたず撃墜されるのがオチだ。必然、空間跳躍起動まで光体武装で船を護り続けなければならず、回収も不可能という結論になる。
『背に腹は変えられない、ということですねマスター。了解しました』
「さすがに勿体ないけどな! ま、そういうこと、だッ!」
冗句を交えたアーシアの台詞に、光体武装は被弾コースの光芒だけを選別してシールドで捌きながら返答する。
(くくっ、アーシアのやつ、最近ますます人間くささが増してきたな)
精神的に余裕が生まれた分、余所事に思考を割く青年。アーシアの人がましい物言いが可笑しく、同時に彼女の成長を感じられて嬉しかったからである。
そうこうしているうちに30秒ほどの時間が経過し、アーシアが空間跳躍のカウントダウンを開始する。
『空間跳躍シークエンス完了まであと12秒。カウントダウン開始します。10、9、8……』
「了解、こちらもカウント2で自爆させる。可能性は低いが直後の被弾に備えておいてくれ」
『……4、3……』
青年が自爆直後の対応を伝えた時点で予定カウント直前である。そして次の瞬間。
予め高めておいたエーテルの内圧がついに光体武装の真髄たる霊核の耐久力を超え、内から弾けた。
カッ、と巨大な光球が宇宙船の背後に出現し、宇宙空間を莫大な光量で染め上げた。
光体武装の消滅により強制的に意識の接続を切られた反動で思考を激しく揺さぶられながらも、目論見が上手くいったと青年が内心ほくそ笑んだ直後。一条の光芒が光球を突き抜け、宇宙船の側面を舐めるように掠る。
『……1、――ジャンプ・イン!』
致命的な被弾ではないと判断したのか、アーシアは予定どおりカウントダウンの終わりを告げ、宇宙船は光の尾を残して超空間へと飛び込んだ。
SF設定とかかなりやっつけです。気になる点がありましたらご指摘いただけると嬉しいです。