熱くなれ
熱くなれ。
夢にまで見た明日はあるか? 夢に見る程焦がれた彼方は? 体中の底から高鳴る憧れは?
それらを手にしたいと、思う気持ちがあるのだろう? 目指し、己が物としたいのだろう? ならばこそ、だ。
熱くなれ。
炎を越えるように燃え上がり、焼き焦げる程に手を伸ばし、いつか必ず掴み取る為に。
ならば、だ。そうであるのなら。
熱くなれ。
――あいつらに会う前の自分をよく覚えていないように、あいつらと一緒に居た頃の自分を捨てられたら、どんなに楽だろう。楽な道を選ぼうとする度にあいつらの顔がちらつく。ああちくしょう、何で私はこんなにも、こんなに、面倒なことをしているのだろう?
あの餓鬼どもを切り捨てようとするとあの背中がちらつく、あの笑顔が『駄目だよ』と言うと思うだけでその選択が出来なくなる。あいつらを捨て駒の様に扱おうと思うと隣の人間が冷たい視線を投げてくると思うだけで自分が矢面に立ちたくなる。ああ、くそ。何で、何で……なんで私は、こんなにも。
――熱く、燃えている?
熱く、何よりも、炎の様に、熱く燃え滾るものが、胸を過ぎる?
ああ、もう、いい。
そうだ、それでいい。面倒なら、それでいい。忘れられない、忘れる訳が無い、我武者羅過ぎるあの生き方。そうだ、ただ血潮が燃え上がるなら、それだけで何も――。
「――何も、いらない」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
林檎は自身に傷をつけた兵士を爆炎で弾き飛ばし腹に突き刺さった剣を引き抜くと風を纏わせて投げつける。直後、自分を心配して近寄ろうとする紗羅に向け。
「来るなぁっ! 誰が来いと言ったぁっ!?」
とだけ叫ぶ。その波動さえ生み出していそうなほどの迫力を持った叫びは紗羅の足を止めるのに十分過ぎるほどの勢いがあった。
「言っただろう、紗羅。お前は、お前の仕事をしろと! 私のことは心配要らん、お前は自分の心配ことだけしていろ!」
言うだけ言うと林檎は太陽神を消して前を見据える。術式を展開し、何かが鼓動を始める。
『――熱くなれ。炎よりも熱く、世界を焦がし、己を焦がし、魂を焦がし、心を焦がし、全てを焼き尽くせ』
林檎の詠唱に合わせて彼女の足元で鼓動する魔法陣。同時に上がっていく周囲の熱気。
『そう、何故ならば他には要らないから。ただ、この熱が。この血潮さえ――』
詠うような林檎の言葉はまるで油の様で、枯れ木の様で、炎は更に勢いを増し燃え上がり、
『燃え上がるのであれば――』
そのは自身を太陽などと言うものとは違うものだと言う事の証明。そう、林檎は太陽ではない。彼女は――炎だ。全てを焼き払い、自身さえ燃やし尽くす熱くて赤い紅い、焔。
『――何も、要らない』
林檎がついに炎と化す。その熱気に兵士達は知らずじり、じり、と少しずつ下がり始める。それは一睨みするだけで鋼鉄さえ溶かす炎。林檎は一息つくと時計を見る。
「――制限時間は大体一時間、か。まあ、十分だ」
そう言うと林檎は時計を仕舞う。
「さあ行くぞ、術式ソウルオブヒート……遠慮なく」
林檎が腕を一振りすると同時に踊る炎。踊る、とは言うものの勢いは爆炎となんら変わりない炎が暴れ尽くす。それを後ろで眺める紗羅はふと疑問が浮かぶ。
「時間、制限? 一時間過ぎるとどうなるの?」
「ああ、お前には一応言っておくか。単純だよ、こいつはな発動者の心に火をつける。熱血って知ってるか? ようはな、心に、魂に火を付ける事でより火へと自身を近づける。術式の特性上、火以外の魔力の練りが悪くなるがな。そして、時間経過と共に発動者を強制的に単純思考しか出来なくなる。その限界が一時間、もってそれくらい。それを過ぎれば――」
林檎は一旦切ると紗羅に向け、ニヒルに笑うと。
「私は、正気を失う。あまりの熱血具合に頭が沸騰して酷い泥酔状態に陥るからな、何をしでかすか私でも分からん。分からんなら、親とかがべろんべろんに酔っ払った状態でも想像しろ。ああ、悪い。お前には居なかったな」
「え、それって」
言うだけ言うと林檎は振り返る。その姿はまるで灰へと向かう炎の様で――。
「――林檎姉ちゃん! 紗羅、頑張るからぁっ! だからぁっ!」
今直ぐ、燃え尽きそうな彼女の背を、見送るしかなかった。紗羅の涙交じりの声に林檎は軽く手を振るだけであった。
直後、林檎は炎の渦を巻き起こして一気に巻き上げる。炎が爆発する様に噴出し、渦を巻いて吹き上がる。
「総員、物理攻撃部隊を早く闇姫の騎士の元に送り魔導師部隊を此方に回せ! 囮に専念して省力で戦っている彼女には」
「んなもん」
林檎は右手に生み出した炎を握ると払う様に投げつける。炎は巨大な球体となり突進むが。
「舐めるなぁッ!」
「手前がなッッ!!」
一人の兵士が盾を突き出して林檎の炎を弾き、炎は霧散するものの散った炎は炎の槍となり、周囲へと飛翔して周りを焼き尽くす。爆ぜる炎に周囲に居る者達は焼き払われて行き、誰も逃れる事は出来はしないだろう。
がそこに。
「ッガ!?」
林檎の腹に、投槍が突き刺さる。誰かが苦し紛れに投げたのだろう。今の林檎の状態なら鉄製の武器なら睨んだだけで融解する。流石に投槍を一瞬で蒸発、と言う訳には行かないが全くダメージが発生しないほどの状態まで溶かすことなど造作も無い。しかし、余力を残しながら戦うことを強要されている状態の彼女にそんな真似は出来ない。そんな真似をしていれば一時間所か十分で魔力が枯渇し、ジリ貧となるだろう。もっと仲間がいる状態でバックアップが確実に期待できる状態か、短時間戦闘を目的としていなければ遠慮なく実行しているのだが、状況が状況故にこんな醜態を晒している。
何より、ソウルオブヒートを発動中は先程も言ったように火属性以外の魔法が使いにくく――いや、正直言って一切使えない。故、銃で撃たれれば氷壁で防ぐことも風で反らしたり弾くことなどは一切出来ないのだ。故に、この醜態。
林檎は槍を握り締めると真っ赤に染まり、鉄が焦げる臭いを撒き散らして投槍は融解を初める。それを林檎は引き抜くと融解を始め、真っ赤に染まった槍だった鉄屑を撒き散らす。それだけで近くに居た者達が焼き払われていく。直後、今度はと言う様に銃弾の疾風が彼女の体を駆け抜けていく。それさえも彼女は歯を食い縛り、笑う様に過ごす。
痛いか? ああ、痛い、痛いさ。だが痛がったところで何も無い。なによりも――彼女のプライドが、許さない。
思い出せ、自分の背には誰が居る?
残された年下連中を誰が守る?
自分が守らずに、誰が守ると言う?
そうだ、思い出せ。それだけは命に代えても魂に代えても忘れる事は許されない。例えこの頭が焼き切れようと忘れるわけにはいかない。何故ならば、言っただろう。
(年上は、年下を守り、導くものだ)
自分で言った、自分で言い放った。ならば貫き通さねばならない。あいつらは十七で、林檎は十八。自分が年上で、彼女達が年下なら自分で言ったとおりに守らねばならない。此処までして守らねばならぬ理由はあるかと言えば、正しくその通りだ。林檎は、ただこう思う。
(自分で言った事も果たせない大人になんてなりたくない)
自分で口にしたことも貫けない様な、駄目な人間に成り下がりたくは無い。だから林檎は立つのだ。彼女の激しく燃え上がるプライドと共に。
林檎は一歩前に進むと次は斧の一撃が来るが林檎は裏拳で斧の刀身を殴りつける。その細腕に似合う程度の腕力しかない彼女の殴打に意味は無いが、今の状態の林檎が殴れば腕力ではない部分で効果がある。端的に言えば、さっきの投槍と同じだ。
「あ、あぢぃっ!?」
相手はそう言って真っ赤に染まり、煙を上げ始めた斧を手放す。直後に林檎は地面を殴りつけることで爆発を巻き起こる。それによって周りが吹き飛ぶが同時に銃弾が槍が斧が飛翔するが林檎はそれらを甘んじて受け止め槍や斧は炎で真っ赤に染め上げてから返却する。ついでと言わんばかりに炎のビームを解き放つ。真っ赤な閃光が敵陣を貫き弾き飛ばす。入れ替わるように貫くのは銃弾の風。続いて追い討ちと言わんばかりに炎を纏いながら槍や剣を林檎に向かって突っ込む。
「グァァゥッ! こん、のッ!」
槍に剣に貫かれた林檎は炎を全身から吹き出し周囲の者達を焼き払う。
「離しはッ! しないッ!」
「我らのッ! この聖戦はッ! 決して負けぬッ!」
「っるせえっよっ!」
兵士達は高温の炎の中でも怯む所か更に踏み込んでも食い下がる。だが彼らの着ている鎧も、林檎の体を貫く武器も真っ赤に染まり、融解を始めている。鎧も篭手もどろりと崩れ始め、林檎の身体を貫く武器に至っては既に蝋のように溶け落ちている。
「愚者が、そんなものでこの私を――」
林檎は炎の大玉を投げ込み、目の前の集団を焼き払い、吹き飛ばすが狙いを定めた様に直後に銃弾の一斉狙撃が林檎の体を貫く。よろけ、膝を折って座りそうになるも林檎はもう一度強く地面を踏み付けて持ち直す。
「な、何故だ!? 何故立つ!? もう満身創痍の身体で」
「黙れよ」
林檎はよろけながらも前だけは確りと睨む。今の彼女の支えてるのは、たった一つの感情。それは、プライド。人にとってはゴミにも等しい、下らない感情。ただ折れたくない、折れてしまったら……あの肩が前に行ってしまう。
「林檎、お姉ちゃん?」
紗羅はふと林檎の方を見る。林檎は横を見ていた。そこに何があるのか分からない。だが確かに林檎には見えるのだ。その肩が。決して先にはいけないその肩。でも、後に置いていかれたくない肩。その肩の隣に居たいのだ。抜かせもしない、かといって抜かされもしない。唯一、彼女が人生の中で唯一自身と対等だと認めた人物。
林檎の親友。
「私が何故立つのかって? ああ、いいよ。教えてやる」
その肩を見て、同じ目線を並べる様に前を見る。では教えて進ぜよう、この森林林檎の親友を。そして自分がどんな人物かを。
「私は漆黒の氷姫、氷結瑞穂の――仲間だッッ!!」
空間全体に響き渡る林檎の声。その声に一瞬に空間中が停止する。
当然であろう、彼女の台詞が正しいのであればそれはつまり、彼女は世界にたった八人しか与えられていない姫の内の一人、氷結瑞穂の仲間なのなら時期次第では彼女も――。
「彼女も、英雄だというのか?」
誰かが言った。
「だから、か? 世界を救った英雄の一人だからか? 故に、立つのか? 英雄だからこそ?」
「英雄、ね」
林檎はまたにやりと笑う。ああ、確かにそう呼ばれるべきは瑞穂ではなく自分であると言う自負がある。何故なら、彼女が魔王を倒したのは実際の所良いところを持っていっただけなのだから。
「はっきり言えば、瑞穂があの魔王を倒せたのは私のおかげだよ。ああ、実際あの戦いのMVPは私だ。本人に聞いてみろ、肯定するから」
林檎は両手を前に出し、両の掌の間で炎が渦巻く。その間に斧と銃弾が林檎の体を蹂躙するが、林檎は全く動じる事無く魔力を溜め続け。
「インフェルノォォォォォォッッ!!」
肥大化し、輝きを始めるを炎をその手で翳し続ける。それは小さな太陽と化している。その間にも更に林檎の身体に傷が増える。それを、根性でねじ伏せる。歯を食い縛って耐え抜く。
「サァァァァァァンッッ!!」
太陽は輝き、林檎は更に燃え上がる。今の彼女は正しく身体の芯から炎と化している。その熱さ、既に千の値を越えており更に温度は徐々に、そして確かに上がっていく。こうなった林檎は本当に誰も止められない。何故かと言えば彼女はもう炎だから。自身を燃やし心を燃やし魂を燃やし付くし、最後には燃え尽きるだけの運命。それが彼女の選んだ道である。
「スフィアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」
渦巻く炎が輝く球体となって飛翔していき、兵士を巻き込むだけ巻き込む様に突き進むと爆発が巻き起こる。続くように飛んで来るのは魔法の弾幕が舞う。属性は――色取り取り。
林檎は流石に腕を組んで防御の体制を取る。
「くっ、ぐっ!? へえ、火以外で攻めるか」
「ああ、今の君にはこれが一番だ。徐々に魔力消費が激しくなった様だな。ならば今度は魔法で攻めるべきだ。魔導師の、それも一人の体力を削るならそれが一番だ」
「そうかい……ああ、確かになあ。下手に魔導師へ物理攻撃を加えるより属性魔法を送り込むなら一番だ。それも強化されてるのが炎なら、だろう? 炎の特性は攻撃に特化している分、防御に乏しい属性だ。私も、お前と同じ立場なら同じ手を使うよ。しかも本来なら厄介な四色魔導師が、単色で勝負してくれるんだ。最高だろう?」
言ってる間に林檎達の猛攻の応酬が始まっている。銃弾に魔法、それらに対して林檎は炎を手に撒き散らす。炎が渦を巻き、地中からマグマが噴出す様に炎が舞い上がる。
空間に満ちる熱気が更に勢いを上げていく。炎が舞い、爆発が乱舞する。その中心に怪物の様に暴れまわるのが林檎だ。一人入り乱れた戦場の中央に立っている。息も荒く、周囲にはついに焼き切れた様に倒れた者達がちらほら居る。
そんな中、フェリナの。
「林檎さん逃げっいや避けてええええええええええええッッ!!」
「えっなっ!?」
直後、林檎の立っていた位置が大爆発を起こす。属性は電、林檎の立っていた場所には小さい電気が舞う。ただ林檎は何処にもいない。が、少し遠くに落ちてたぼろい布切れが動いた。いや……布切れ等ではない、それは林檎だ。必死に歯を食い縛って膝を付かぬ様に必死に腕で支えている。
「ほう、面白い体勢だな。大人しく倒れればいいものを」
(ざけんな)
林檎は歯を食いしばって心内で返事を返す。しかし、そうだこれでいい。不恰好で良い、自分はこうでいいのだ。
誰かがよく言うだろう。倒れる時は前のめりだとか、常に前を向けと。
違うな。
林檎は違う。例え倒れる時も膝を付かない最後まで前だけ確り睨んで、絶対に、倒れない。膝も付かない。たとえ倒れる時だって。
「私は、立ち続ける」
そう言って、ふらふらになりながらも立ち上がる。直後、今度は水の砲弾が林檎を飲み込んだ。
「林檎さああああああああああああああん!!」
フェリナは泣く様に叫ぶが、ずぶ濡れの状態で林檎は炎を杖代わりに立ち上がる。今の林檎に水、それも冷水ならもっと効果的だ。つまり、身体の芯が炎となっているなら攻撃を加えるなら炎を消す魔法を送るのが一番だ。今の林檎は、正しく臨死体験の真っ最中だろう。骨の芯まで炎一色だった所に消火されているのだ。つまり、炎が消えると言う事は火が死ぬことと同意であり……。
「どうかね? 長時間君の為だけに威力増加の詠唱をさせた魔法の味は? それが相反属性となれば銃弾や斧なんぞ寄りも遥かに凄まじい衝撃だろう?」
「もう良いです! 林檎さん、もう良いですから! 撤退を!」
「うるせえよ愚か者……つか、誰が見逃すんだこの状況……」
林檎はニヒルに笑いながら周囲を見る。身体からはまだまだ炎が燃え盛っていると言う証しを示す様に体中から水蒸気が上がっていく。直後、銃弾の洗礼が林檎の体を蹂躙する。千を越えていた熱気が一気に千を下回り、更には冷水の弾丸に流された直後だ。鉄を溶かすほどの熱量を生み出すには時間が要る。直には出来ない。
「これが、魔王と倒した英傑と言うものか。此処まで倒れないか。本当に頭が下がる思いだよ」
「つうか、どうやって詠唱させたよ。一応後ろは潰したし目を光らせていたつもりだが」
「ああ、それは随分と苦労した。今なお後衛部隊で無双状態の彼女に君を抑えての砲台を用意するのはね。ああ、方法かね? 簡単だよ。こうしてフードを目深に被らせ、口元を隠すだけだ。単純な術式の詠唱なら、大仰な服装をしていれば意外と分からない物だよ。ローブと言うのは、本当に便利だ」
「はっ、騙まし討ちを嬉々として語るたぁ外道此処に極まれりだなあおい」
林檎は言うだけ言うと地面を踏み付け炎を纏う。
「二撃目だ」
「いえ、魔力のチャージが」
「撃て、構わん」
「いえしかし」
「撃て、と言っている。その程度の威力で十分だ。水属性の魔法……そうだな、ハイドロキャノンを撃て。無理ならハイドロランチャーでも良い」
男は無言の威圧を側に居る魔導師に向けると相手は言葉を発する事無く魔法陣を浮かばせ、水圧の塊を林檎目掛け放出される。
「林檎さんッ!」
フェリナは位置的に林檎の様子が見え始め、林檎に向かって撃ち出されたその砲弾を目にし、そちらへと駆けるが魔導師部隊が一斉に肉壁として立ちはだかる。
「退いて下さい!!」
フェリナは叫ぶと同時、林檎を呑む込む水の砲弾が目に飛び込み――水蒸気と共に水圧砲弾が霧散し、あっと言う間に全てが気化して消え去る。
「油断さえしてなきゃこんなもん消し飛ばすことくらい訳ねえよ」
が、直後に電撃と光線が林檎を襲い、彼女は壁に叩きつけられ、更に銃弾の暴風が林檎を襲う。
「では、火でどうにも出来ないものをどうするのかね?」
林檎は息も絶え絶えになりながら真っ直ぐ前だけ睨む。
「では終わりだ。水と氷の魔法で攻撃だ。即時発動できるもので、全力で撃ちたまえ。それが英雄への手向けとなるだろう」
男の声に応える様に術式が展開される。色は薄青と蒼。どちらもソウルオブヒートの影響下にある林檎には骨まで染みるものだ。林檎は歯を食い縛って立ち上がるが脚は目に見えて分かるほどに振るえ、膝は何度もかくかくと動いてる。限界などは既に超越し、今彼女を立たせているのはプライドただ一つのみ。
「さらばだ、かつての英雄よ。せめて名を知りたかった……」
男が目を閉じると同時に放たれる水と氷。それは空中で重なり一つに重なり、巨大な冷水となって林檎に襲う。
「林檎さん、避けてっ避けて下さい!」
フェリナは立ちはだかる魔導師達を薙ぎ払って近付こうとするが、徐々に前衛部隊も混ざってきておりよりフェリナの進行速度が遅くなる。
「――林檎姉ちゃん?」
林檎が蹴散らした残りの一人を打ち抜いた紗羅はふと林檎の方を見る。襲い来る水の大玉を見て紗羅は一気に駆け出す。林檎の方ではなく、敵の方へ。だって言われたから。自分の仕事をしろと。だから、行っちゃ駄目だ。きっと大丈夫、あの人は絶対大丈夫。だって、あの人は――姉、だから。だから――。
「うおおおおおおおおおおおおああああああああああああああああああああああっっ!!」
故に、紗羅は疾風となる。絶対大丈夫だと信じているから。
林檎の前に迫る。水の大玉。それを見て林檎はただ、静かに身体を燃やす。いや、頭の方もすっかり出来上がっている。冷えた身体に対し、内部は沸騰しそうなほどに熱く燃え上がっている様で少し気持ちが良いほどだ。丁度水が欲しいと思っていたところだよ、と林檎は心内で思う。
そう思うと言う事は余裕があるのではなく、相当に頭が燃えていると言うことだろう。自分が何を考えてるのかさえよく分からない。だから、決して諦めることは無く、体内に負けてたまるかと言わんばかりに身体を燃やし――。
その瞬間だった。
突如、水の大玉に氷杭が数本突き刺さり林檎の目前で砕かれる。
「何ッ!?」
その言葉を発したの誰だろうか、林檎でさえ驚愕に彩られる。
――いや、彼女には分かっていた。
こんな真似をするのは林檎の知る限り一人しか居ない。何でわざわざ氷魔法が使えるのに防御魔法を使わないのだ。当人曰く、それが効率がいいと言うが外したらどうするのやら。
だからだろうか。そんな訳無いと思った声が上から降り注ぐ。
「大丈夫、林檎?」
同時に響く誰かの着地音。視線を動かせば、そこにはずっと幻視していた肩。その肩の持ち主の名は。
「瑞、穂!? 何で、お前此処に」
「おいおい林檎お前、来たのが瑞穂一人と思うなよ!」
更なる声が上から降ってくる。同時に振ってくる別の熱量。紅い朱い炎が走る。その剣閃は間違いなく。
「火憐もか!? お前まで何故」
「あのさあ林檎ちゃん」
そう言って今度はぽむっと頭の上に手を置いてぐしゃっと撫で回される。イラっとしながらこんなふざけた真似する奴を思い出す。ああ、こんな事する奴は一人だけだ。見上げれば銀髪ショートの女が立っていて。
「メイリフ、お前」
「あたしらが来たくらい別に些細なこったろ? 久しぶりの再会を祝おーじゃないか。なあ?」
そう言ってメイリフは林檎の頭に腕を置いて楽な体勢を取る。そんなメイリフを押しのけると次は白い翼が舞い降りる。
「浅美……お前」
「やっほー林檎ー! 久しぶりだね、元気ー?」
見て分からんのかこの天然鳥女。絶賛ボロボロだよ、お前動くの速いんだから来るならさっさと来いと林檎は目に文句を込めて浅美を睨む。当人は何でこっちを見てるのだろう、と疑問符を撒き散らしていた。ああ、あまりの変わらなさに逆に安心すると林檎は浅美を見て微笑む。
「悪い、遅くなった」
「いや本当に」
林檎は更に降りて来る地味な青年――刃燈に振り返ることも無くそう言った。
「来るなら速く来い。お前は本当にトロイ」
「もう、林檎ちゃんは何時もそう言う。そういうことは言っちゃ駄目だよ?」
林檎は目を見開く。その背後に振り返れば、そこには黒い髪を長く伸ばした女大剣士が立っていた。彼女は林檎の前に立ち、屈んで背を合わせると鼻先をつんと押し出す。
「刃燈君だって此処まで来るのに大変だったんだよ? ちゃんと労ってあげなきゃ駄目だよ」
「あ、う、うん……で、でもね美奈お姉ちゃん」
「でもも何にも無いの。林檎ちゃん、刃燈君にお礼、何時もちゃんと言ってないでしょう? もう、いっつも皆して刃燈君に嫌な役を押し付けて」
女大剣士――美奈は背を伸ばすと腰に手を当てて小さい子供をあやす様にりんごに語る。林檎はその姿に思わず頬を緩めて呟いた。
「――変わって、無いね。美奈お姉ちゃん」
「……林檎ちゃんも。よく頑張ったね」
「こんなの何でもない。まだ私は」
「大丈夫。これ以上は私達はやる。林檎は下がって」
林檎の言葉に瑞穂が割ってはいる。続くようにメイリフが。
「そういうこった。こっからはあたしら、最強の瑞穂パーティが暴れてやるよ」
「行くよ、皆!」
瑞穂の声に続く声。林檎は負けじと彼女の隣に立ち――。
じゃーねー。後、神剣の舞手を読みながらこの話読むのは勧めません。ではでは。




