太陽の如く燃え上がれ
「鬱だ」
開口一番、闇騎士は暗黒の大剣で逃げ惑う敵集団を薙ぎ払う。騎士の癖に敵の背を問答無用で切裂くのは問題だろうが、生憎と彼女は正規の騎士ではない。故、騎士道とは無縁なのだから一々正々堂々とか考えないし自分には関係もない。
「鬱だ」
言って更に敵を切裂く。闇のオーラを纏う大剣は更に輝きを増し――いや、この場合は闇が濃くなったと言うべきか、どちらにせよ彼女の言葉に反応してより大剣は存在感を増す。
それが彼女の術式。姫と一緒に組み上げた闇の術式。
闇の真髄とは何か? 影、無明、不変、そんな所か。誰かの後ろにあるもので、全く見えず、全く変わらず、それが闇と言う静のもの。しかし、闇と言うものにはもっと直接的なモノが存在する。それは、負。不安と恐怖。それらが闇と言うものである。人は誰も闇と言うものに恐怖を抱く。得体も知れぬものに抱く嫌悪感、それを人は恐怖と言う。ようはそれを操るのが闇の魔法。
そしてフェリナの術式の正体は、分かり易く言うなら『鬱と言うキーワードに起動して彼女の不満を吸収して魔力に変換する』と言うもの。つまり、今まで彼女は『鬱』と言えば言うほど彼女の精神状態は安定し、いやそれどころか良好な状態へと変化している。しかも鬱な感情は別に今でなくても良い。そう、昔の嫌な記憶を思い出して嫌な気分になっても術式が機動さえすればすっきり爽快。闇はフェリナの負を食らって肥大化し、彼女の力となり、彼女は嫌な思いを闇に放り込むことで一気に軽くなる。つまり彼女が振るってるのは彼女の中のストレスだったもの。それも一朝一夕に溜まったものではなく術式を組み上げてからずっと溜め続けて来たものであろう。しかも、今でも鬱と連呼すればがんがん溜まる。ある意味究極のエネルギー機関とも言える。
「鬱だ」
さて、一つ問おう。彼女が此処に来て、一体どれくらい鬱と言った?
一言や二言なんてレベルではない。心内で何度も、或いはぼそぼそと呟き続けた物も含めれば恐らく三桁に届くだろう。それだけの出力はもはや化物と呼ぶのに相応しいであろう。
さて、今この戦場で最も輝いてる太陽に目を移そう。誰かと言えばそんなものはもはや無粋だ。何故なら――。
「焼き尽くせぇぇぇッ!」
この場に置いて、彼女ほど太陽と呼ぶに相応しいものはいない。彼女の足元に顕現する『アポロン』と言う太陽神の名を刻まれし巨人を行使するその姿は間違えようも無く灼熱の太陽であろう。
林檎の叫びに応じて太陽神の豪腕が地面を叩いて全てを灼く光を放つ。
「ただ暴れるだけの巨像如きに恐れるなあッ! 隙を見て崩せぇッ!」
「――は、言うじゃないか。こいつの真の力を見ればそんな台詞を吐けると思うなよおッ!?」
林檎は猛ると指を鳴らす。すると炎の巨人が霧散して濃縮を始める。
そもそも、疑問に思わなかっただろうか。これほどの者が、何故こんな炎の巨人を生み出す程度のものなのか?
無論、そんなものではない。
彼女の意思に応えるように炎が金属的な硬質を持って新生する。その姿は――正しく太陽。偽り無く太陽神の名に相応しい姿となっている。直後、太陽神の身体より吹き上がる輝きと炎。それは言うならばプロミネンス。太陽の周りで舞う極炎。林檎は風を纏って宙に浮き、彼女の四・五倍程度の大きさに収縮した太陽神の傍らに立っている。
「はは、は――この姿に組み直すのは実に久しぶりだ。何せかの魔王と戦った時に初めて使ってから使ってないからな。尤も、使おうと思った相手もいはしなかったが」
言ってる間に太陽神がそこに浮いているだけで眼下には焦熱地獄が広がる。撒き散らす灼熱と阿鼻叫喚。林檎は見下ろし、鼻で笑うと。
「全く、たまに使っておかないと切り札の調子が分からないからな。しかし、どうしてくれる? これではただの虐めとなるじゃないか」
「す、凄い、お姉ちゃん」
紗羅は近寄る者達を不意を討つ様に敵を撃ち続ける。そんな中にいながらも彼女は林檎の勇姿を目にする。地獄を顕現する彼女を羨望の目で見つめ続ける――が。
「ふん、大したことはない」
誰かが、そう言った。
「貴様、さっきから変わっておらぬ。ああ、確かに術式の補助で幾らか火力と効率の補助を行った様だが、結局省力で戦っていることに一切変わりはないッ! 時間稼ぎか!? そこの子供に取りこぼしを倒させる為か!? 何を狙っている!?」
「……目的を教えてやろうか? じゃあ逆に問おう」
林檎は風を纏ってゆっくりと下りていく。そして仁王立ちでを相手を見据えると。
「――後衛の仕事とは、何だ?」
「そういう事か貴っ様ぁぁぁぁぁぁッッ!」
林檎の言葉に叫ぶ敵将。これだけ彼は林檎の目的を全て把握した。後衛の仕事と言うのは、総じて結果的に言うと、用は前衛の援護。つまり彼女の行動は全て前衛となる者達の為になる事だ。
本来後衛と言うのは後ろで仕事をするのが当然と思うかもしれないが、何も後ろで魔法や銃に弓矢を乱射するのが後衛の仕事と言う訳ではない。しかし他の前衛が防御に向かない以上、彼女がどうにかするより他に無い。故にこう言う事になる。そう、つまり彼女は周囲の視線を一点に集めているのだ。つまり太陽となって此処に居る。全ては前衛達を補助する為。しかし。
「ああ、そうか。お前、この一言で気付くのか」
「貴様が嵐となり、周囲の者達を引き寄せていたのか!」
「今更気付いたのか。お前、遅いよ」
言って指を鳴らす。直後に巻き上がる旋風が苦しむ兵士達を巻き上げる。
「本当に、むかつくな。お前」
「何?」
林檎の言葉に男は眉を顰める。林檎の目に宿るは変わらぬ怒り、変わらぬ憎悪。いや、その思いはよりいっそう深みを増して男を睨む。
「そこまでの目があって、そこまでの器があって」
それほどの器量と頭を持ちながら、その程度の椅子に座っている。それが何に変えても許せない。
「お前は、結局その程度のことしか出来ないのか」
林檎の内に渦巻く怒りと憎悪は相も変わらず男に向いている。何故ならば、さっきの彼女の激昂。
「結局貴様は、それだけのモノを持っていながら――」
思い出すは紗羅の顔。泣いてるあいつを寄って集って攻撃する奴ら。そしてそいつはそれを――。
「大を生かして小を殺す様なやり方しかできねぇのか……ッッ!」
そこだ。この男は、結局これほどのものを持っていながらどこぞの誰でも出来る様なことしかしない。つまりこいつは偽善者だと林檎は判断する。
「ふん、その程度のことか。一々下らないことに拘るのだな」
「――そうか、じゃあもういい。貴様は燃やす」
林檎は冷たく言い切った。その目には間違い無く怒りの炎が燃えている。
「つくづく、惜しい。この様な策を考案した挙句、それを実行に移すだけの度量……貴様は何故我らに歯向かう?」
「だから、言ってんだろうが……」
林檎は自分の周囲を爆発させて薙ぎ払うように周囲を吹き飛ばす。
「お前らは、あいつを泣かしておいて、それで良いと。ふざけんなよ手前らッ! 餓鬼一人泣かしてもいいような世界なんて出来る必要はないし、んなもん私がぶっ壊す!」
「たわけが、同じことを言わせるな。玉砕覚悟で此処に居ることは既に分かっている。もうやめては如何かね?」
「は、愚者が。誰が玉砕覚悟だと言った。もっと増援を寄越してみろよ、そいつらも蹴散らしてやるよ」
「そうか、ではそのようにしよう」
男はそういうと隣に立っていた魔導師に視線を向けると。
「増援の要請を行え。彼女もそれをお望みのようだ」
「しっ、しかし!? 我が軍の損害も酷く、これ以上は」
「問題ない。彼女は出力を抑えて戦っている。それが指し示す意味は一つ、ただの時間稼ぎに過ぎない。つまり、彼女は此処の全軍を叩くつもりらしい。しかも自分からではなく周囲の仲間達の手によってだ。ならば望みどおりにさせてやろう。彼女が何処まで足掻けるのか、非常に気になる」
「は、はっ!」
「同士諸君! 我々は負けぬ! 例えどの様な敵が来ようと、この手で必ず打ち砕く! 例え我々が負ける事があったとしてもそれらは必ず未来に繋がるであろう! 皆、奮起せよ!」
轟く男達の声。そして戦場に変化が起きる。正確に言うなら林檎の居る中央付近だ。そこに兵士が集中していく。それを見ていた紗羅は慌ててそっちへと向かうが、怪我をしていた兵士に無傷な兵士達が紗羅の前に立つ。
「林檎姉ちゃん!」
「林檎さん!」
「うろたえるな愚か者!」
悲鳴の様な声に対し、林檎は怒声を持って返す。
「あいつらの言葉なんぞ聞いた所でどうにもならん、気にするな! お前たちはお前たちのやれることをやれ! 私のことは気にするな!」
「で、ですが」
「ふん。奴らの言うことなど所詮戯言だ。それとも、私が負けるとでも? 私が貴様らを守る為の囮程度で終ると思っているのか?」
林檎の声は空間全体に響く。これだけの大きな音が声が出ていると言うのに林檎の声は
この空間全体響き渡り、フェリナと紗羅に届いている。
「安心しろ、貴様らが心配せずとも私は負けんし、こんな所で倒れもしない! お前は自分のやることを認識して動け!」
林檎の言葉に、二人は黙って頷くと行動を再開する。男はその様子に、その光景に目から雫を零す。
「――これほどとは。私は今、君に対してただただ敬意を示して頭を垂れるだけだ」
そう言って男は林檎に向けて腰を折る。
「な、何をなさっているのですか!?」
「彼女の覚悟、しかと見た。本当に惜しい、これほどの人物が我々の理想を解せずに歯向かうとは。だが、これも運命なら仕方あるまい。総員、魔導師の少女を集中的に叩け!」
「は、はっ!」
男の言葉に反応して兵士達が動く。林檎は前衛も後衛も纏めて焼き尽くすが、未だに林檎は誰も打倒していなかった。そう、まだ誰一人も。ある意味凄まじいさじ加減だ。しかし、それが彼女の目的が一掃でない事を示している。林檎の前に居た魔導師部隊は殆ど折らず、男の近衛と思わしき集団が居るだけだ。他の者達は林檎に焼かれているかフェリナへの対処へと向かっている。その間にも林檎への兵士の密集度が高まっていく。当然攻撃の手も緩む事無く続いている。故に。
「ぶぉっ」
「林檎姉ちゃん!?」
「林檎さん!?」
林檎が敵の攻撃を受けるのは、ある意味必然であろう。
紗羅は林檎に群がる敵兵士に向かって駆け、その中央へと向かって疾走を始めるが。
「来るなぁっ! 誰が来いと言ったぁっ!?」
林檎の叫びに紗羅の足は止まった。気のせいであろうか、林檎の炎が先程よりも燃え上がっている様な感じがする。
「言っただろう、紗羅。お前は、お前の仕事をしろと! 私のことは心配要らん、お前は自分の心配ことだけしていろ!」
叫んで腕を組み、仁王立ちで林檎は立ちはだかる。その姿は太陽と言うより――熱く燃え上がる炎だった。
じゃ、また。




