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なくしてしまったものは――

 林檎は遺跡の中を慎重に探っていく。そんな林檎の後ろでフェリナと紗羅が喋っていた。

「そう言えば紗羅ちゃん、何でこんな所に来たのか私に教えてくれませんか?」

「ティン姉ちゃんを探しに来たんだよ」

「ティン、姉ちゃん? お姉さんを探しに来たの?」

「うん」

 フェリナの言葉に紗羅は頷く。

「でも、何で此処にいると思ったの?」

「それっぽい人がこっちに来たって言ってたから」

 実際は『冒険者なら遺跡でも見に行ったのでは』と言われただけである。思い込みの激しい子である。

「だから、それはあり得ないといっているだろう。此処は立ち入り禁止指定されて居る。どう足掻いても此処には居ない」

「で、でも」

「紗羅ちゃん、林檎さんの言い方は問題あると思いますが彼女のいう通りです。此処に観光目的の冒険者は居ないと思います。彼らに関わり合いになるような何かでも無い限りは」

 と、そこで林檎の舌を打つ声がする。フェリナは急な反応に反応出来ず、一体なんの事かと思った瞬間、紗羅がフェリナに飛び付く。

「じゃあ、ティン姉ちゃんも何かあったから此処に居る可能性もあるってこと!?」

「あ、えっと、確かにそうですが……でも居たら居たで彼らももっと大騒ぎになってると思うんですが」

 紗羅の様子を見てフェリナは自分が余計な事を言ったのだと気づいた。こうなっては紗羅は止まらない。林檎は偵察をやめて紗羅と向き合う。

「なあ紗羅。何でそいつを探している?」

「いなくなったの。家出しちゃったの! きっと皆に嫌われたと思って、勘違いして、家出しちゃったと思うの! だから探して言わなきゃ、皆怒っていないから帰ってきて良いよって」

「で? それでどうする気だ?」

 林檎の視線も態度もあくまで冷たい。対する紗羅は。

「どうって、連れて」

「じゃあ何で帰ってこない?」

「え、っと……きっと迷子になってるんだよ!」

「そいつ、歳は?」

「え、あえっと、十九だよ? それが一体なんだって言うの?」

 紗羅は林檎の問いかけが見えない。この空気にフェリナはおろおろと対応するだけだ。

「じゃあその内帰ってくんだろ、放っておけ。相手だってもう餓鬼じゃないんだ、いつか帰ってくる」

「ま、迷ってるかも知れない」

 林檎は軽く息を吐き、紗羅と静かに呟くと。

「そんな奴、もう忘れとけ」

「な、何でそんなこと言うの!?」

「旅立った人間は、死んだもんとして扱うのが普通だ。余程のことでもない限り、そう扱うのが筋ってもんだ。帰ってこなくて、音信不通ならそれが普通だ。お前の両親もそう思ってるだろ?」

「しゃ、紗羅、両親居ない」

「……何?」

 林檎は返す。紗羅は搾り出すように言った。

「紗羅、孤児、親、いない」

「はっ、なら余計だ。そんな姉ちゃんなんて最初から居なかったんだよ」

 林檎の言葉に紗羅は一歩詰め寄って叫んだ。こう――。

「違う! ティン姉ちゃんは」

「違うって、何が。そもそもお前、孤児ってものがどう言うものなのか知っているのか?」

「え……?」

 林檎はただ淡々と口を動かす。

「孤児ってもんはな、居なくなるのが当たり前だ。誰かに引き取られて、大人になって巣立って、結局そういうもんだ。孤児院に住んでるんだろ? あそこはとどのつまる所、一次凌ぎに過ぎない」

「そ、そんなことはないよ!」

「じゃぁお前、もしも孤児院の家族が引き取られたら如何する気だ」

 林檎は紗羅に問いを投げる。紗羅はうろたえながら。

「そ、そんなの駄目だよ! 孤児院の皆は家族だ! 捨てたのに、何で」

「愚か者、世継ぎを生みべき人間が世継ぎを作れなかったとき、如何すると思う? 簡単だよ、世継ぎを買えばいい。女や男を買って作るより確実だ。産んだ子供が優秀とも限らないし、買った方が得だ」

 林檎の言葉に紗羅はより追い詰められる。

「で、でも、そんなことは普通ありえないって、何処の生まれか分からない子供を買う人は早々居ないってばー様が」

「お前、ノルメイア社を知ってるか?」

 紗羅は一瞬林檎の言葉が分からなかった。林檎はそんな紗羅を置いて語る。

「あそこは幼子を率先して買取、武器制作の技術を幼少期に教え込む。そうすることで職人の技術を後世まで残すんだ。教えられた子供はそれしか知らないから、結局育ってもノルメイア社から逃げられない。もしかしたら、お前の所にも来るかもしれない」

「で、でも、うちにそんな幼い子はいないよ?」

「だが結局の所、孤児院ってのは何時誰が引き取りに来るのか分からない場所だ。誰が親族を名乗って引き取られるか分からない」

 林檎は話は終わったと言わんばかりに踵を返す。

「そう言う事だ、そんな奴は忘れろ。どうせ向うも――忘れてる」

「そんな事無い! そんな事無い! そんなこと、あるもんか! ティン姉ちゃんは、いつか、きっと帰って来る!」

「じゃあそりゃいつだ」

 林檎は呆れた口調で返し続ける。紗羅は食い入る様に叫び返す。そんな事無いと。あの、黄昏が好きな彼女は、いつか帰ってくると。盲目的に信じ続けてる。だが林檎は嘲笑うように乾いた口調で。

「お前もとっとと現実を見ろ。帰って来ないのは帰りたくないか、死んでるかのどっちかだろ。お前はそんな奴を探し出す気か」

「死んだなんて勝手に決めないでよ! 何でそんなこと言うの!? 何でそんな、希望を折る様なことばかり言うの!?」

「――お前さ、無くしたもんって、如何するか知ってるか?」

 林檎は首だけを回して紗羅の方を向ける。

「なくしたものは、帰ってこない。だから人はなくしたら新しいものをそろえるんだ。適当に、なくしたものの代わりを。皆そうやって生きる」

「ティン姉ちゃんの代わりなんて居ない! 皆、ティン姉ちゃんの帰りを待ってる!」

「皆、ね。そいつら、お前の何なんだ?」

「妹達だ!」

 林檎は目を細め、より攻撃的な意思を目にこめる。

「つまり、お前は、姉ってことか」

「そうだよ! 皆待ってるんだ!」

「じゃあお前が代われば良い」

「あたしはティン姉ちゃんじゃない! ティン姉ちゃんの代わりなんて出来ない!」

 林檎の言葉に紗羅は反発を続ける。

「お前、さぁ……姉って、何だと思う」

「え?」

 林檎の言葉に紗羅は一瞬言葉を詰まらせながらも。

「妹達を守る人だ!」

「そんなもん、やろうと思えば誰だって出来る。お前さ、姉って単語舐めてるだろ」

「な、何を」

「姉ってのはな、役職でもなけりゃ順番でもなんでもない! 妹や弟と言った人間を、全てを賭して守れる人間にだけ送られる称号だ! 決して、ただ義務的に遅く生まれた人間を守る奴のことじゃない!」

 林檎は紗羅を睨み。

「お前にそれがあるか? 全てを賭して妹を守る覚悟が? こんなところで無責任な姉ちゃん探してる、お前がか!? 冗談言うな」

「林檎さん……」

 フェリナは声を漏らす。林檎は言い終えると首を前に戻す。

「そう言う事だ、お前は此処を抜けることだけを考えろ」

「何で……」

 それでも紗羅は林檎に反抗の意思を見せる。

「何で、取り戻そうとするのは駄目なの? 何で、取り戻しちゃ駄目なの? なくしたものを、取り戻そうとするのはいけないことなの?」

「ああ。なくしたものは決して戻ってこない。探した所で、出てくるのは戻って来ないと言う現実だけだ。なあ、紗羅。幸せってのはなくすものなんだよ。握り締めていても、ちょっと手の力を抜いた途端にすり抜けていく」

「だから、諦めろって言うの? なくしたものは、新しい何かで補うしかないから?」

「ああ、そうだ。誰だってそう生きる」

 林檎は背中でそう言い切った。紗羅はその断ち切る様な物言いに何も言い返せなかった。そんな時。

「林檎さん、分かっているんですか?」

 フェリナが、口を開く。今まで沈黙を貫いていた彼女が、だ。

「貴方のその言葉、それは間違えようもなく何かをなくし、そして取り戻そうとした人の言葉ですよ?」

「え……?」

 紗羅は耳を疑った。林檎の語る言葉は、つまり先駆者の言葉で、だからこそその言葉に力が宿るのだと。

「貴方の過去に何があったのは分かりません。ですが、その言葉は、その重さは、何かをとり戻そうとして取り戻せずに絶望した人間の言葉……一体貴方は何を失い、取り戻そうと足掻いて……絶望したのですか?」

「知ってどうする。今はそんなことは如何でもいい」

 林檎はそう言ってフェリナの質問を切裂く。紗羅はフェリナの言葉で気付く。彼女の言葉は気迫なんて宿っていなく、ただただ納得せざるを得ないほどに、そして首を縦に振るしかないほどの重みしかないことに。つまり彼女の言葉に在るのは――優しさであった。どうしようもないほど不器用な、優しさ。先駆者だからこそ、彼女に言うのだ。先に待っているのは絶望だけだと。だからこそ――。

 ――紗羅には、林檎の背中が、とても遠くに、大きく感じる。

 その背中は正しく、姉と呼ぶに相応しいものと感じた。華梨の様に厳しさと同時に優しさを持ったものでもなく、ティンの様に自由と優しさが混ざったものでもなく、厳しさの中に僅かばかりの優しさを持った背中。間違いない、それこそ彼女が追い続けた背中であった。憧れる、背中であった。

 故に問いを投げたい。何故、貴方は。

「何で、紗羅にそこまで」

「年上が年下の面倒を見るのは当然だからな。別に大したことじゃない」

 そう言って彼女は振り返ることも無く、周囲を風で探っていく。

 ――そう、年上が年下を守り、導くのは当然のこと。そして彼女は口にしたことを決して曲げずに貫く女、それが森林林檎と言う人間だ。

 じゃ、またねー。

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