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陽炎の暗殺者

 諸事情により今回は前書き。今回は長くかけたよ、イエーイ。ちなみに神剣の舞手に紗羅は出ません。ついでにこの話にティンも出ません。あしからず、と言う訳でまた次回にー。

 林檎は下まで降り立つと岩陰に隠れて集団を見詰める。続いて降りて来た紗羅も降りて来る。

「何をしてるの、林檎姉ちゃん」

「黙れ紗羅。後、私を姉と呼ぶな」

 林檎はそう言うと紗羅に目をくべる事も無く集団を見続ける。

「……ちっ、部隊の整列だけか……思った程良いもんはない、か」

 林檎はそう言って立ち上がってその場を歩き去る。

「ねえ、ねえ、林檎姉ちゃん」

「手前は人の話きいてんのか……まあいい、行くぞ」

 林檎はあくまで不機嫌そうになるべく岩陰を歩いていく。歩き方自体堂々としてるのは風による防音処理を行っているからだ。物音が響かなければ気が付く訳も無い訳で。

「大変だ! この遺跡に侵入者だそうだ!」

 満ちる緊迫感。林檎は舌を打ち紗羅に振り返り。

「おい走れ! 連中に見られると厄介だ!」

「おい、そっちに強力な魔力反応あるぞ!」

「ん? そこの餓鬼共、止まれ!」

 林檎は苦虫を噛み潰したような表情で立ち止まり、紗羅の手を引いて走り出す――そもそもばれたのはある意味紗羅が原因とも言える。つまり、風の防音障壁を広げ過ぎたのが原因だ。それによって魔導師の魔力感知に引っ掛かって今に至る。広げ過ぎた原因は言うまでもなく、紗羅と自分を巻き込んだ為。故にだ。

 だが林檎的には別に問題の無い展開でもある。元から戦闘など視野に入っていたし、そもそも逃げるつもりも端からない。それに、だからこその紗羅だ。こいつの撹乱力はさっき見た。ならばそれを有効に使うだけ。連携力が無いのが問題と言えば問題だが、それくらい利用できずして何を持ってしての後衛(さんぼう)か。

「紗羅、一旦逃げ」

 そう言った矢先、手を引いた筈紗羅が影となって消えた――影分身、つまり熱制御によってあたかも一瞬何かに(・・・)触って(・・・)いる様な(・・・・)感覚(・・)になる(・・・)。流石の林檎も精密な熱制御と風で生み出されたそれには気付くのに一瞬遅れ。

「ぐあっ!?」

「なっ、何処からだ!?」

「ま、ま!?」

 気が付けば、紗羅は身を隠して動き回っていた。同時に起きる先制攻撃。魔導師の一人が上を指差して何かを言うが、口を封じる様に一瞬で頭部を撃ち抜かれる。

「上か!」

 誰かが叫んだが、叫んだ直後に後頭部を撃ち抜かれて意識を失う。誰もが上を睨み、攻撃を行うが。

「待て! 上は」

 そう言った誰かも斬られて口を閉じ。

「さ、探せぇっ!」

 彼女は動き回ってると手短に伝えた誰かも斬られ。

「ど、何処だ! 何処にいる!?」

 人々は見えぬ狩人を探して見渡す。が何処にもいない。まるで幻の様に。彼女の姿は何処にも見えない。が。

「くそったれ、あの馬鹿が!」

 林檎は叫んで戦場に躍り出る。だがそれでも誰も気が付かない。当然だ、まだ彼女は何もしていない。嵐の中心で動いてるのは結局紗羅なのだから。いくら紗羅が撹乱と暗殺に長けていようとものには限度というものが存在する。いつまでもそんな大道芸が通じる筈も無く。

「落ち着け! 互いに背を合わせて回り」

「指示はこご」

「えではな」

「互いに」

「守り合」

 彼らは紗羅が『指示を出す人間を叩いて居る』という事を把握すると徐々に動きが変わってくる。断片的に指示を出し合い、互いに背を合わせ、隙間を多くし、視野を広げ、指示を出すものを注視する。そうすれば自然と。

「い、居たぞ!」

「撃てぇぇぇぇッ!」

 紗羅は大勢が見ている前で躍り出る事になる。そうすれば当然集中砲火も受けるわけで。紗羅は風のシールドを展開することで放たれる機関銃の掃射を流して移動を行うが。

「そっちに行ったぞ! 見失うな!」

 既にバレてるネタなのだ。対策も済んでいる。ならばこれ以上は単なる悪あがきである。紗羅に向けて銃剣が飛び出し、魔法の追撃が来る。属性は色取り取り、そんなものを風と火だけで、しかも魔法の知識が足りない紗羅にこれを払えと言う方が無理に等しく。

「捕まえたぞ、うろちょろと!」

 魔法の乱舞により吹き飛ばされた紗羅は地面に転がった瞬間に頭を踏みつけられる。

「は、ははははァッ! やっと捕まえたぞこの餓鬼!」

 紗羅はもがく様に暴れるがその度に強く頭を踏みつけられる。

「いた、痛い! 痛い!」

「やかましい、この餓鬼!」

 男は紗羅の頭を踏み付けながら背中も踏み付ける。紗羅は更に苦しそうに呻く。

「ティン、姉ちゃん……助け、て……」

「観念するんだな、このくそ餓鬼が! お前のせいで、お前のせいで!」

 周囲に居た者たちも紗羅に近付き、蹴り付け砂をかける。

「見ればちびじゃねえか、こいつ」

「くそ、こんな奴にあれだけやられるなんて……!」

「たっぷり礼をしてやるぜ、このくそがき!」

 と、此処で林檎は無視されてると分かった瞬間に物陰に隠れて様子を見ていた。そもそも彼女に紗羅を助けてやる義理も義務も無いのだ。はっきり言って、もうこの時点で見捨ててやったっていい。何故なら、人の言うことも聞かずに勝手に突っ込んでこうなったのだ。庇ってやる理由も義理も存在しないし、林檎はそもそもそんなに優しくも無ければ義理堅くも無ければ酔狂でもない。だが。

「はーっはははは! あれだけ暴れまわってたがきもこうなっちゃお仕舞いってか!」

「こいつ、よく見りゃ良い顔してんじゃねえか」

「おいおい、こんな餓鬼に何させようってんだよお前」

「良いじゃねえか、この餓鬼に大人に歯向かうとどうなるか、とことん教えてやろうぜ」

 ぶちっと、林檎の中で何かが切れた。

 ああ、そうだ。助ける必要も義理も義務も一切無い。だが。

「おい」

 だからと言って、大人が寄ってたかって子供を泣かせてる様な場面、胸糞悪いにも程があると言うものだ。故に。

「何がき一人虐めて」

 林檎は魔力を練ってから男達の前に躍り出ると片手を振り被り、ふり上げた炎の魔力を槍の様な形に整えると。

「悦に浸ってんだ、殺すぞこの糞野郎ッ!」

 それを思いっきり集団の中心部へと叩き込む。投げられた爆炎の槍は真っ直ぐ集団を薙ぎ払って中央へと飛び込み、紗羅の周囲に居た人間を一気に薙ぎ払う。

「な、な、仲間だとッ!?」

「ぁ……林檎、姉ちゃん……?」

「ちっ、手間取らせんな、愚者」

 林檎は悠々と紗羅の下へと歩み寄る。紗羅は咳き込みながらも剣を杖に立ち上がる。武器まで取られなかったのが唯一のひろいもんだ。

「う、撃て」

「なあ」

 林檎はマシンガンの掃射と同時に指を鳴らして氷壁を展開し。

「今、ちょっと頭に来てんだ。少し失せてくんねえかな?」

 同時、氷壁を飛び越える勢いで炎の槍を投げる。炎の槍は氷壁を飛び越えると重力に従って敵集団へと向かうが、阻害する様に水や氷の魔法が飛び交う。だが。

「見えてるぞ」

 言った瞬間、空中で着弾した炎の槍は爆散し、雨の様に降り注ぐ。流石にこの様に散弾となってしまわれては防御壁を展開するしかないが、不意打ちでやられたら直ぐに対応できるわけも無く、氷壁の向こう側へ居た者共は一気に真っ赤な炎に彩られる。

「わ、わぁ」

「教えてやるよ、紗羅。これが戦術だ」

 林檎は棒立ちの状態でピッと指を前に突き出す。すると指先に紫電が募り、肥大化して収縮すると雷電の光線となって氷壁を貫いて炎に焼かれてる者も、奥で起こった事態を把握してないものも纏めて貫き、薙ぎ払う。当然氷壁は真正面が砕かれ、開き。

「い、今」

「落ち着けよ愚か者。その愚考を如何にかしてから挑んで来い」

 そこから攻撃しようとした途端に炎の弾丸が飛翔し、再び氷の壁が展開する。飛翔する炎の弾丸は一定距離飛ぶと地面近くで盛大な花火へとその身を変え、更に焼き払う。

「良いか、紗羅。魔導師の弱点は魔法を使うのに魔力を練る事だ。その際、どうしても魔法の発動にタイムラグが存在し、即興で作っても威力なんて大したことがない。ならば、魔導師にとって何より必要なのは準備時間だ。何気ない日常の中である程度の術式を備えて置くのが好ましい。まあ、前衛がいればいいんだがな」

「しゃ、紗羅に言われても」

「ああ、そうだな。私が言いたいのはな、単純に動く前に状況確認と手前の腕前を分かれってことだ。戦場で生きる残る為に必要なものは冷静さだ。それを覚えておけ、他にも必要なものはまだあるぞ」

 林檎は言うだけ言うと視線を周囲に回す。元々この氷壁は一番後ろだけががら空きなのだ。いい加減気付いた連中も居るらしくそちらに集まるが。

「あのさぁ」

 林檎はそちらへと振向くと心底呆れ返った様に。

「これ、単純な釣りって普通気付くだろう? 対策できてんのか見てやるよ!」

 言うと氷の槍を集団目掛けて投げ込む。真っ直ぐ飛翔する槍は集団へと吸い込まれる様に突き刺さるが、流石に魔導師の生み出す水流の壁に阻まれ――続いて叩き込まれる電流が氷を砕き、水流の壁に感電する。

「おいおい、水の壁出すならせめて純水クラスにしろよ。感電するぞ? さっき私は電気魔法撃ったの見てないのか愚か者? 全くたった一人の魔導師に踊らされてるなんて情けなくないのかね?」

 林檎は短い後ろ髪をかき上げて此処に来て余裕の表情を見せる。

 そもそも此処まで林檎が活躍できるのも、今まで貯蓄した術式をふんだんに使って――いない。寧ろ林檎は準備と呼べる事は何一つとしてしていないのだ。全て即興で作り、放った魔法のみ。一種類たりとも貯蓄していたものは無く、その場で魔力を練って生成しているのだ。何故、それだけで此処まで戦えるのか? と言われれば単純にタイミングが良すぎただけである。紗羅を囮にし、絶妙なタイミングで不意を撃ち、そして要塞を作り、そこを軸に砲台となって暴れまわる。実に卑怯卑劣な戦術である。が、林檎が最初に考え出した紗羅を囮にした戦法としては実に有効な手段である。紗羅と言う目立つ光に周囲の視線をかき集めさせ、自分は隠れて絶妙なタイミングで一気に焼き払う。実に、素晴らしいほど合理的で、そして非情な手口だ。

 林檎は自己分析を終えると心内で漏らす。

(外道、此処に極まれり、か。いや、この場合はしょうがない。紗羅が余計な事さえしなけりゃこいつを無傷で居させる事も出来た)

 言い訳の様に、状況分析を終えると林檎は結論として紗羅のミスであり、自分の落ち度はあまり無いと判断する。そして林檎は前髪を弄りながら風の魔力で周囲の音を耳に掻き入れ、それら全てを聞き分ける。

(……増援の要請に、到着時間の報告……潮時か)

 林檎は心内で判断すると小声で紗羅に耳を打つ。

「良いか、今から周りの氷壁を一気に蒸発させる」

「え」

「お前は何処か適当な所へ逃げろ。後は私がお前を追う。大丈夫だ、お前の匂いと声は覚えた。遺跡の中に居れば探し出してやる。分かったな? 返事は首を上下に振れば良い」

 言われた紗羅はこくんと動かすと林檎は両手に魔力を溜め、地面に叩き付ける。瞬間更に現れる氷塊。更に林檎は両手を合わせて振り上げ、振り下ろして地面を叩くと同時に一気に氷が一気に液体から気体へと変化し、真っ白な蒸気にへと成り代わる。同時に林檎は風を纏って上空へと舞い上がり、この部屋に来た時と同じ場所へと降り立つ。

 周囲の空気を感じ取って此処の安全性を確認し、林檎は眼下へと目を向ける。もくもくと広がる蒸気はこの状況なら十分過ぎるほどに紗羅を逃がせる。普通の者なら無理があるかも知れないが、壁があれば飛蝗の如く飛翔し、蜘蛛の如く這い回る彼女には十分すぎる。そう、十分過ぎる、と林檎は計算している。いや、していた、か。

 林檎は眼下で起きた誤算に気付き始める。それは。

「――紗羅が、動かない?」

 変だと気づき、思うには十分過ぎる異変である。



 此処で一つ、紗羅について語ろう。

 紗羅は山凪孤児院の住民だ。そう――住民、正確には孤児院の子供、つまるところ彼女は孤児だ。孤児、である。言いかえれば昔から華梨とティンの背中を見て育ったのである。華梨と、ティンの、である。彼女の戦法がティンの物と酷似しているのはそういう事が関係しているのだ。

 その始まり――紗羅が孤児になった時。

 あれは雨が降りしきる日。紗羅は二歳で、当時最近歩ける様になって、つい最近言葉と呼べるものを発せる様になった。そんな彼女は母親の手によって引かれ、そして橋の下に連れて行かれ、手紙を手渡され。

「これを、貴方に話しかけた人に渡しなさい」

 そう言われて紗羅の母はきっと戻るていって立ち去った。それからどれぐらい経っただろう? 何時までも止まぬ雨、何時までも戻らぬ母。紗羅は怖くなって、きっと母が戻ると信じて、いつも自分との約束は守ってくれた母だから、と。紗羅は泣きそうになって、静かに泣きながら母の帰りを待った。何時までも戻らぬ母親。おなかも減った。最近、食べたものもよく分からない物だらけで、食べ物を食べていた気もしなかったから、紗羅はお腹が空いて、寂しくて、泣いていた。そんな時へ。

「どうした」

 誰かが、話し掛けてきた。見上げれば、黒髪を短くカットしたガタイの良い男が立っている。紗羅は急いで母の言い付け通りに手紙を渡す。渡された男はそれを読むとぐしゃっと手紙を握る潰す。

「……くそったれ、ふざけやがって」

 手紙の内容は単純。

“心優しい誰かへ、この子をお願いします”

 これだけ。そう、ただこれだけ。何らかの理由があって、この親はこの子供を捨てたのだ。男は親への言葉に出来ぬ怒りを覚え、子供に問いかける。

「お前、名前は」

「しゃぁ」

 幼女はそう返した。男の耳にはこんな感じに響いたが、実際は違うのかもしれない。だから男は。

「そうか、しゃらか」

「あぅ」

 幼女はこくりと頷く。男は出来るだけ優しさを表す顔で、同じくらい優しげな声で。

「此処に居たら風邪引くぞ? 俺と一緒に行こう。大丈夫、美味しい食いもんもあったかい布団もあるぞー? きっと、俺と一緒に来ればママもお前に会いに来てくれる」

「まま、ぁ?」

 幼女はたどたどしく、言葉を紡ぐ。すると男は頭を撫でながら笑って。

「ああ。だから、俺と来いよ」

「あぅ」

 そう言って幼女は男の手に引かれて歩きだし、男は彼女を肩に乗せて歩き出す。彼女がこれから住む孤児院、山凪孤児院へ。

 そしてこの幼女は紗羅と名づけられ、今に至る。

 


 紗羅は一人、水蒸気の中で戸惑う。林檎に威圧されるよう頷いたが、紗羅はこの状況に戸惑っていた。

 いや、違う。

 怖いのだ。一人にされるのが。また捨てられる。また置いてきぼりにされる。信じていた母に裏切られた紗羅は、どうしようもないほどに、孤独に脅えてしまう様になった。

 怖い、怖い、怖いよお姉ちゃん。助けてよ、一人にしないでよ、紗羅を置いてけぼりにしないでよ、ティン姉ちゃん、華梨姉ちゃん、紗羅、此処だよ、此処に居るよ、置いていかないで。

「やだ……」

 寂しくて、怖くて、恐ろしくて、置いて行かれたくなくて。

「やだよ……」

 気付けば、涙を撒いて何処にでもなく走り出す。自分は此処だと。何処にも置いて行かないでよ、と。

「林檎姉ちゃん、何処?」

 そうだ、一緒に居た彼女は。手を引いて、紗羅を置いていかないで、一緒に居てよ、一人にしないで。

 泣いて泣いて、誰もこの涙を止めてくれなくて、紗羅はやがて動くのを止める。はらはらと落ちる涙。そして。

「うっ……ぇぇ……」

 紗羅の涙は余計に勢いを増していく。悲しくて、寂しくて、一緒に居たくて、わんわんと泣き出した。一緒に居てよ、置いてかないでよ、一人はやだよ、と。そこへ。

「お姉、ちゃん?」

 紗羅はこの水蒸気の中、近づいて来る誰かの影を見つける。きっと林檎姉ちゃんが心配して来てくれたのだと思って、その人影に飛びついた。

「お姉ちゃんっ!」

「わわっ!?」

 紗羅は泣きながら彼女に抱き付き、胸に顔を埋める。柔らかいクッションが紗羅を包み、不安をほどよく解いて行くように。そう、豊満(・・)な胸(・・)に顔を埋めて。

「え、な、え、な、何?」

「うっく、ひっく……お姉ちゃん、お姉ちゃん……うっ、ぅああああああああああああああああああああああああああっっ!」

 紗羅は思いをぶちまけるように泣き喚く。

「え、え、えっと、な、泣かないで、如何して泣いてるの? え、えと、その如何して泣いてるのかお姉ちゃんに教えてくれると、嬉しいですん、が……ううっ、こんな水蒸気だらけじゃ何処に誰が居るのか分からないし……」

 女は困り果てた表情で泣き続ける紗羅を見る。これではいかんと何とか紗羅を慰めようとするが一向に泣き止む気配のしない紗羅を見て女はあせる。徐々にあせっていき、涙目となっていく。

「お、お願いっ……落ち、付いて下さい、うっうう……」

 ぽろりぽろりと、徐々に落ちて行く雫。やがて女も天井を仰いで。

「うっ、うわあああああああああああああああああああああああああああああんッッ! ぜっ、全然泣き止んでくれないよおおおおおおおおおおおおおおおおっっ! 鬱だあああああああああああああああああああああああああああああああッッ!」

 ついに貰い泣きをする女――フェリナは紗羅と抱き合いながら大泣きしだす。

 それを上から見下ろし、水蒸気の中から響く声を聞く林檎は、ただただ呆然としていた。何だこれと。一体この茶番は一体何なんだと。あいつ等年いくつだ、餓鬼か? 呆れ返って物が言えなかった。林檎は紗羅の事情を知らないとは言えども、この結果に憤慨どころではない騒ぎだ。更に追い討ちをかける様に。

「――チッ、増援か。こんな時に」

 一方、下の方では二人が抱き合って相変わらずわんわん泣き叫んでると周囲の水蒸気が一気に風に流されて消えていく。それに気付いたフェリナは泣くのを止めて周囲を見渡し、紗羅も同じ反応を見せる。そして消える水蒸気に続いて現れる魔導師部隊。

「む、フェリナ殿! おお、侵入者を確保してくれたのか」

「侵、入者……?」

 フェリナが問い返すと同時、真上から雷が降り注いで魔導師達を薙ぎ払う。

「ったく、手間とらせんな」

 言いながら風を纏って舞い降りるのは勿論。

「林檎姉ちゃん!」

「え、え、え?」

 フェリナは目の前で起きた現象やら何やらが理解出来ない。晴れた視界から周囲の視線がフェリナに集まる。林檎も含めて。

「フェリナ殿、侵入者を此方へ渡してください!」

「え」

「おい、そこのお前。お前が何しようと勝手だ――が、一つ言っておく。一応、そいつの保護者は私だ」

 林檎は区切ってから、手を焼き尽くすほどの炎を生み出し。

「下手な真似をすれば、焼き尽くす」

「え、ええー……」

 林檎の物言いにフェリナは肩を落とす。そして別方向からも。

「よもやフェリナ殿、我らを裏切ろうと?」

「我らと敵対すると言うことは貴公の敬愛する姫にも害が及ぶと分かっておられるか?」

「え、その……」

 相互に挟まれ、目下の紗羅を見る。涙目で、目が赤い少女を見る。そしてフェリナは決意した様に鬱だと呟くと。

「私は、この子の味方です!」

 フェリナの声が、遺跡中に響く。

「こんな小さい子達をよってたかって虐めて、貴方達は大人として恥ずかしくないんですか!?」

「おい、喧嘩売ってるなら買うぞ愚か者」

 林檎は額に軽い青筋を浮かべた。紗羅の身長は百四十八cmで林檎に至っては百五十cm、百六十三cmのフェリナからすれば確かに二人は小さい子だ。一応、フェリナはこの三人の中では一番年若いのだが。

 フェリナは怖い声が聞こえた気がしたが、一切無視して紗羅を守る様に立つと腰に下げた双剣を構え。

「そんな人達と今、手なんて組めません! 姫様に用があるのなら、後日直接言いに行って下さい! この謝罪はその時でもさせて貰います!」

 フェリナはそう言って完全な敵対を宣言する。一先ず、自分だけの、此処だけの決定であると言うことを宣言するが。

「な、何だ、あれは!?」

「――映像再生術式? 一体、何が」

 フェリナの背中から展開される魔法陣。それは一つの映像を映し出す。薄暗い部屋に黒いゴシックロリータの服装を纏った少女が椅子に座っている画像。部屋は暗く、丁度少女の顔だけが隠れてる。

『ごきげんよう』

 響く声は幼くも妖艶さが付いた声。そこから響くのは肉声では決してあり得ない濁った音。フェリナは振り返ってその映像を仰ぎ見、驚くように叫ぶ。

「ひ、姫様!? こ、これは」

『そこの下僕が言ったとおりよ。ええ、そいつの言葉は全て私の言葉、そいつの行動決定は全て私の意志。そいつには全てそう任せているわ』

 僅かに見える口が吊り上るのが微かに見える。そのしぐさ、演出は見事過ぎるほどに悪魔的で。

「あの、そんなこと全く聞いてないんですが……欝だー」

『そう言う事だから、後は勝手にやって頂戴。じゃあね』

 言うと術式が消え去り、映像も消え去る。そしてこの場に渦巻くものは――憤怒。

「そうか、そう言う事か……魔女め!」

「所詮は餓鬼か、我らの大儀も理解出来ぬ小童が!」

「悪魔め! 貴様の主人は人ではない、悪魔だ!」

「聞いたとおりだ……奴は幸福の代わりに魂を要求する悪魔、メフィストフェレス! 見ろ! 奴の騎士が証人だ! 奴は悪魔に魂を売った女だ!」

 フェリナは言いたい放題な台詞を背中に受ける。気にせず本人の胸中は。

(わー……あれって映像再生の術式だっけ? 何時の間に付けられたんだろう? もしかして転移の時? もーりえちゃん、おかげですっごいことになってるよー。と言うか、メフィストフェレスなんて誰が言い出したんだろ? 確かに私の境遇見ると合ってる様な、無い様な)

 フェリナが肩を落として落ち込んでる誰かが肩を叩いて来る。後ろを見ると林檎が哀れむような顔で無言で肩を叩いていた。

 街の中、黒く長い髪を靡かせて駆け回る女が一人。

「紗羅、何処に行ったの、紗羅!」

 言いながら女―-華梨は駆ける。二つ下の妹分を探して。

「すいません! 黒い髪のセミロングで、マフラーを付けた女の子を見ませんでしたか!?」

「え、あ、ああ……さっき見たね。なんか遺跡に行くとか」

「何処のですか!?」

 華梨は鬼気迫る表情で男に迫る。男は気圧される様に。

「ち、近くにある遺跡だよ。最近立ち入り禁止指定された奴。街の北門から行けば直ぐに」

「ありがとうございます!」

 華梨は頭を下げると走り出す。

「駄目なのよ、あのこ」

 華梨は思いだす。紗羅とかくれんぼしたあの日の事。一人ぼっちにされた途端に泣き出した事を。そう、彼女は。

「親に捨てられたトラウマが、抜け切っていないのよ!」

 ティンが居なくなって、自分が不安になったからって、妹達が心配になって、紗羅が探してくると飛び出して。全部自分のせいだ。自分が不安定になったから、妹達まで不安が移ったのだ。

「ったく、何処にいるのよ……!」

 居なくなった幼馴染に、喧嘩別れしたあいつにぐちる。

「あんたの大事な妹が、あんたに会いたいって泣いてるのに」

 聖騎士となり、自分に課せられた運命の渦中に居るあいつに。

「何処に居るのよ、ティン……!」

 華梨は走る。紗羅が泣いてるだろうから。その涙を止めたいと思うから。

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