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見上げた空の色は

 あの背中だけを追いかけて来た。

 でも、憧れに押し潰されそうで。それでも走り続けてきた。

 知らなかったんだ。

 見上げなければ見えなかったあの空の色が。

 だから。

 さあ。

 空を見上げて。行こうよ、あの彼方へと。この思いを抱いて駆け抜けよう。

 貴方の言った言葉はちゃんと胸に届いてる、叩き続けている。だから、大丈夫だよ。あたしは、ちゃんと前を向いていける。

 正直な話、林檎が気絶してから意識が回復するのに、大体一秒くらいだった。曲がりなりにも彼女は歴戦の勇士であり、この程度の気絶なら例え疲労が重なっていようと一気に回復できる。ただ、気絶から復活したことと脳が正常に活動しているかどうかは別問題だ。状況を詳しく述べるなら、寝ぼけていると言う感じである。こんな芸当が出来るのも、ひとえに彼女のプライドゆえだ。本来なら気を失うことさえ彼女にとって憤死しかねないほどの屈辱なのだ、これほどの醜態を晒すなど怒りが限界を超えてもうどうにかなりそうだ。

 今、林檎は頭が痛いが、思考がぐちゃぐちゃで真っ当に頭を動かせない。こうなったら頭を刺激している痛みに集中してまず脳を活性化させるしかないと思う。だが、そんな彼女に面白い言葉が飛び込んだ。

「あの人を笑うなああああああああああああああ!」

 瞬間、林檎は脳を焼き切った。

 一瞬で目が覚める、意識が元に戻る。無理矢理身体を起こす。そう言えば何か言った気がする。きちんと伝わっただろうか? フェリナを頼むと言ったと思うのだが。端折り過ぎて勘違いされたか? ならば。

「勘違い……するなよ。くそ、がき」

 気合と根性で呟いた言葉を噛み締め、林檎はまた身体を動かす。

「もう、泣かない」

 ふざけるなよがき。大人だって、泣くときは泣くんだ。言ったよな、私は。

「無闇に成長しないがきは嫌いだがな――無理に大人演じるがきはもっと嫌いなんだよっ」



 紗羅は何処かの誰かのように前だけを見据える。その先には数千の軍勢。幾ら半数以上は疲弊していようとも、未だにその桁は四桁を不動。誰がどう見たとしても、紗羅が無事で済む確立など皆無、いやそもそも勝てるかいなか等もっと有り得ない状況であろう。

「行くぞぉっ!」

 紗羅は恐れることもなく、真っ向から激突する。当然迎え撃つは幾戦の軍勢達。紗羅の純粋な突撃を難なく受け止めた。が、返す刃で即座に首を切裂き烈風が巻き起こって切裂いた者達を薙ぎ払っていく。

 風を纏った双剣は普段以上の切れ味と更なる攻撃の境地へと剣を至らせている。劣化しているとは言えども彼女が目指し、修めた剣術は腐ってもかの黄昏の舞剣士のものなのだ。その極意はヒットアンドアウェイ。即座に距離を詰めて一撃で相手を仕留め、高速移動を持って回避する。しかし、これだけの大人数を相手に一人でやれと言うのは些か無茶が過ぎるとも思えるが。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」

 本当に。本当に、何処かの誰かのように。即座に近付き、急所を穿ってまだ武器を構えていない敵の懐に潜り込んで回避してまた一人二人、三人四人と切裂いていく。

「こ、いつ!?」

 槍が突き出るが紗羅は左で逆手に握った短剣で受け流すとそのまま滑らせる様に胸を切裂き、兵士の頭に飛び乗ると風を纏って炎を突き出しながら敵大将目掛けて飛び込んだ。炸裂する爆音、舞い散る火花、霧散する衝撃。それが一気に重なり合う。

「お前、がっ!」

「こ、の! 薄汚い溝鼠如きがあっ!」

 リーダー格の男は魔力を纏わせた拳を紗羅に叩き込むが紗羅はその衝撃に乗って後方に下がると同時に身体を捻って後ろの兵士を薙ぎ払う。

「こんなもので、英雄になれるとでも!?」

 男は紗羅を指差し、直後色取り取りの魔法が舞う。紗羅は疾風となって駆け抜け、近寄るもの全てを切り払う。

「貴様の様な、溝鼠風情が、本物に触れて自分も輝けるとでも思ったのか!? 思い上がりも甚だしいぞ!」

 紗羅は纏う風を渦巻きながら再び男に肉薄し、衝撃波が生み出される。

「英雄の後を追えば自分も英雄になれるとでも思ったか!? 暗殺者風情が!? 笑わせるな!」

 その言葉は紛れも無く彼なりの英雄へ尊敬の念を払っているからこその憤怒。ああ、そうだ。彼女を笑ったものは正直気に食わないが、何より彼が気に食わないのはこの少女だ。

「所詮、貴様なぞただの石くれ! その辺に転がっている砂利と同じだ! 磨き上げられた宝石に憧れた程度でその域に辿り着けると思ったのか!? 貴様こそ彼女を笑うな!」

 そう言って男もまた魔法を解き放つが紗羅はそれを風と炎の剣で打ち砕く。

「お前が」

「私は確かに武人は好かぬさ。だがそれにも尊敬の念を払うに値する人物は大勢い居る! だが貴様の様な薄汚い石くれがそういった者達の後を我が物顔で付いていこうというその厚顔無恥さが気に入らん!! 所詮、暗殺者は暗殺者に過ぎぬ! そんなものが今更剣士気取りで正面から挑むとは、思い上がりも甚だしいぞ!」

 男は魔力を拳に込め、紗羅もまた正面剣を構えて。

「あの人を」

「貴様如き偽者なぞ、我らが軍勢で叩き潰してくれる! 二度とその様な妄想を抱かぬようにな! 消えうせろ、勘違いした暗殺者如きがあああああああああああああああああああああああッッ!!」

「我が物顔で語るなあアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 響く絶叫、爆ぜる轟音、正に世界は二人を中心としていた。共に叫ぶは己が信念と敬意。共に同じ女へと捧げた思いだった。魅入られたのだ、純粋に。妥協を許さないその生き方に、ただ真っ直ぐに立ち上がるその意思の固さに。

 しかし紗羅の敵は一人だけではない。男を慕う者達が一斉に襲い掛かる。

「図が高い、控えろ小娘!」

「貴様なんぞに、我らを敗れる訳が無い! 分を弁えろ!」

 剣を振るう、槍を突き出す。しかし紗羅は背後からの攻撃に対して回避と同時に銃撃と斬撃を加える。だが彼女の周囲は敵だらけだ。それに彼女は英雄と呼べるようなものを何一つもっていない。言い方を変えるなら、この軍勢を一人で叩き潰せるほどの実力を何一つ持っていない。

 かの黄金の舞剣士なら彼女を越える繊細かつ大胆な機動力を持つがゆえ、この状況でも無傷で無双を続けるだろう。だが、紗羅はそこまでの極地へと至らないが故、銃弾と近接武器と魔法と物量の前には限界が来る。何より、実際に彼女は魔法の乱舞の前に撃墜されている、本人も覚えているし対処法も本能で思い付いてる。しかしフェリナの様に魔法に対して呼吸をしているだけで魔法を弾くような魔法抵抗力を持っているならまだしも、紗羅が魔法を防ぐには体内魔力抵抗力を上げるテクニック――マジックガードを使うしかないのだが、紗羅はその使い方を知らないのだ。そうである以上、魔法への対処法など相殺しか知らない。先程林檎がそうしたように。

 だがそれにも限界が来る。そもそも林檎を真似るならまず絶対的に必要な(ぞくせい)を持って無ければいけない。言うならば、薄青(こおり)薄緑(かぜ)だ。前者は防壁として、後者は攻撃回避と周囲へのレーダーとして。紗羅は確かにこの内風を持ってはいるし錬度は林檎を大きく越えている。が、問題は氷だ。或いは地か。防御向きの属性を持っていない彼女に林檎の様な一騎当千を行えと言うのは無理があり過ぎる。

 生憎と彼女の(ぞくせい)薄緑(かぜ)(ほのお)のみ。特に炎は攻撃色としてあまりに強過ぎる。防御にも使えなくはないが流石に林檎ほどの錬度を持たないが故に防御には出来ない。

 だからこそ紗羅の狙いは徹頭徹尾。

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」

「まだ来るか、小娘ぇッ!!」

 指揮官と思わしきこの男のみ。圧倒的カリスマと言うのは一種の爆弾だ。強過ぎる光はその光に慣れていれば居るほど光を失った時の衝撃も激しいの。紗羅はそれを教えられていた。潰すは指揮官、大勢対大勢を行うならこうせよと彼女は教え込まれたのだ。誰にとは言わないが。だが、だからこそ紗羅が狙うのはこの男一人。周りを気にしては何も出来ないと知っているから。

 故に紗羅は空間を飛び回りまた男目掛けて跳躍する。だがそうはさせぬと彼を取り囲む兵士達が槍を掲げてその特攻を防いだ。が、紗羅はその直後にその槍を壁として弾かれた様に、陽炎で分散させながら霧散する。

「――そこかぁっ!?」

 男は叫んで真後ろに振向くと魔法の嵐を生み出させる。そこには確かに紗羅が居た。居た、筈――なのだが。魔法の嵐を受けると同時、それは影と消え失せる。

「な、に?」

 男は周囲を見渡し。

「らあああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!」

「な、んだと……?」

 男の口から驚愕の声が漏れていた。当然であろう、何せ紗羅は真正面から打ち込んできたのだから。双剣を手繰り、風を操り、炎をくべて周りの兵士達を一掃して突撃する彼女の姿があった。その特攻は間違えようも無くこちらに向かっており。

「お下がりぐおっ!?」

 彼を守る為に数人の魔導師が前に出るが、接近戦となれば幾ら大勢の魔導師がいようと関係も無く紗羅は切裂ける。この程度の壁など紗羅にとっては。

「退けよ、お前等ああああああああああッッ!!」

 紙も同然であると言わんばかりに、障壁を飛び越えて魔導師の背後を短剣で裂き周りの魔導師を刀剣で引き裂いて道を切り開く。それはフェリナでも、林檎でも作れなかったあの男への道。紗羅はまさかの正攻法――真っ向から突撃すると言う強引な方法で道を切り開く。

「な、この小娘がぁぁぁッッ!!」

「止めろ貴様! あの方に当ったらどうする!?」

 誰かが槍を投げようと構えるが誰かが止める。誰も彼もが紗羅への攻撃を戸惑った。あらゆる兵士達を蹴散らし、男へと肉薄した紗羅に誰も手が出せない。正しくこの瞬間だけ、息が掛かりそうなほどに二人が接近した瞬間だけ、誰もが紗羅に手が出せなかった。その瞬間、正しく彼女は英雄と呼べるほどのものを見せていた。

「貴っ、様ぁぁぁッ!?」

 轟く爆音、正しく爆炎を纏った紗羅の短剣が男の身体を引き裂いた音であった。続くように突き出す刀剣は打ち出された男の拳と交差して火花を散らす。

「評価を、改めよう――勇者(ぐしゃ)よ」

 紗羅は目の前から消え去ると同時にまた目の前から現われて斬りかかり、男は両腕を交差させて防ぐ。

「その勇猛果敢さ、もはや暗殺者のそれではない。なるほど、貴様も曲がりなりにも原石であったという事か。彼女の代わりに褒めてやろう、やれば出来るではないか。よくやった」

 男はそう言うと両腕を払う様に開くと紗羅を弾き飛ばす。紗羅は再び疾走を始めるが同時に攻撃が舞う。槍が飛び銃弾が飛び魔法が飛ぶ。誰もが待ち望んでいた瞬間だ、遠慮せずに攻撃を加えるが。

「邪魔だああああああああああああああッッ!!」

「貴様がなぁぁぁっっ!!」

 突如、熱風が巻き起こる。巨大な熱風は壁となって紗羅を押し出す。紗羅は双剣に風を纏わせ壁に向けてそれを叩き付ける。結果、巨大な熱風と小規模の爆風が重なり合って衝撃波を生み出す。紗羅のマフラーはバサバサとはためいているが、紗羅は自身の持つ魔力を総動員させて此処に留まり、その上で打ち砕かんと耐えている。激突の優劣は無い。信じ難い事にどちらも押し出し、押し負けている。このままではどちらかが折れるまで激突しあうだろう。が、突如として風が消え去る。紗羅は着地すると男から少し離れたことを理解し、何が起きたのかと思えば男の周りの魔導師達が数人片膝を付いている。

 しかし紗羅の周りにも相変わらず敵が兵士達が蠢いている。紗羅は再び疾走の構えを見せるが――その瞬間、紗羅の背後からぬっと腕が飛び出た。

「待たせた」

「――――っ」

 その声に、その言葉に、紗羅は泣きそうになった涙を堪えた。その腕の持ち主は。

「林檎、お姉ちゃん……」

 そう、林檎。さきほど気を失った筈の彼女が此処に立っている。何故、と思う前にただただ、彼女が此処にいること自体が嬉しかった。だから、次の言葉を待った。後は彼女に任せて自分は下がれば――そう、思っていると。

一緒に(・・・)行くぞ(・・・)、紗羅」

「――え?」

「何度も言わせるな、愚者が。一緒に行くと言った、なら全力で」

 と、そこで林檎は動きを止めた。何故なら――有り得ない現象が起きたゆえだ。そう、それは有り得ないこと。でも届いた。そう、届いたのだ。りんごが送ったメッセージが、帰って来たメッセージが。こう。

 ――林檎……頑張って……。

 消えそうな程の小さくも弱い、だけどでも確かな声。届け響けと願って放たれた声。知らず、林檎の頬に熱いものが流れるのを感じる。

「林檎、お姉ちゃん?」

「――いや、何でもない」

 ぐしっと右腕で拭うと林檎は炎を纏う。ソウルオブヒートは魔力供給者である林檎の意識が完全に途絶えた為機能を停止している。林檎にとっては今の状態が都合が良いのだろう。

「行くぞ紗羅ぁッ!」

「うんッ!!」

 二人は頷くと彼女達を取り囲む軍勢を睨む。その数はまだに圧倒的、だが二人に燈された焔はそんなものを気にはしていない。さあ、行こう。喜劇の向こう側へと。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!」

 遺跡を振動させかねないほどの絶叫を轟かせた。



 戦場の端。戦場から切り離された場所で。彼女はそれを見ていた。

「良いなぁ」

 魔法の嵐の中そう呟く。ただただ、そう呟く。だって、あんなにも熱くなれる思いがあるなんて。でもフェリナは駄目だ。だって、彼女は地獄の住民。姫に魅せられ、自身から奈落に落ちた彼女に、林檎達に混ざる事は出来ない。だから――。

Zum(どうか) Augen(この)blicke(瞬間へ) duerft(私に) ich(言わせ) sagen(下さい)

 あの方への変わらぬ友情(ちゅうせい)を、もう一度誓います。

 では、次はフェリナさんの厨弐病クラスの忠誠を見せましょう。

 じゃ、また。

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