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届いたものはありますか?

 なあ、紗羅。私を姉と呼ぶが、私は……そんな人間じゃないんだ。だって、私は、最低だから。

 私が立つのは、全部自分の為。自分の為以外の何でもない。

 お前らを守るのは、さっき言った自分の言葉を貫くため。年下は年上を守り導くものだといった。ならば貫く、自分の言った言葉を貫けない人間になんかなりたくない。

 そう、お前やフェリナを守るのはただ自分を貫くため。自分の為にお前らを利用してるといっても言い。ほら、本当に最低だ。

 だから、さ。頼むよ――私を、姉と呼ばないでくれ。

「っ、は、ぁっ!」

 林檎ははっと目を覚ますとそこには相も変わらずもそこには水の大玉が迫っている。当然、林檎の頭には疑問が出るが、そんなものを感じるよりも早く林檎の体は行動していた。まず自分の顔を――左頬を左手で手早く殴り、その反動で身体を右に反らし、右手で身体を支えて右に投げる様に回避する。

 結果、林檎は地面をゴロゴロ転がり、直後に大きな水の破裂音が響く。林檎はその瞬間からまるで時間が加速していく感じになっていく――いや、恐らくあの瞬間だけ林檎の感覚が沈滞していたのだろう。

「な、に? かわしただと? あのタイミングで、まだそんな体力があったのか?」

 林檎はそんな声にも意を解さずに周りを見る。

 誰もいない。ああ、やっぱりと林檎は思う。そうだろうな、とも。だって、居るわけが無い居ちゃいけない。あいつが勝手に解体したパーティだ、そう簡単に戻る訳が無い。そうだ、分かっていた筈、なのに……何を浮かれていたのだろう? まさか、かつてのパーティが戻って喜んだと? 馬鹿馬鹿しい。

 だから、林檎は、名残惜しくて。叫んだ。いたら、絶対に答えてくれる奴に。

「浅美ぃぃぃぃぃぃーーッッ!!」

 遺跡中に響く絶叫。だが、何も起きない。声が響き轟き誰かの耳を刺激するだけに終る。もしかしたら、近くに居たら、間違いなく来る女。たぶん『呼んだー?』と言いながら来る、筈だ。だが、来ない。

「く、くく……」

 だが、来ない。あれほど馬鹿馬鹿しく、けれども頼もしい奴等が来ない。自分でやっていて見事以上に情けない。これは何だ? ギャグかコメディか? 酷い茶番、笑いが漏れて仕方が無いと言うものだ。

「くく、はは、ははは……」

 ああ、もういい。どうでもいい。笑わせてくれよこの道化(わたし)を。

「あっはっはっは! はーっはっはっは! あは、あは、あっははははははははははははははははははははははっ!!」

 林檎は顔を抑えながら天井を仰いで笑い上げる。その様子を見ていた回りは一体何事かと見ているだけだ。やがて、林檎は笑いながら指を敵陣の方に指先をむけ。

「燃えろ」

 直後、林檎の指先から電流染みた何かが走って爆炎が舞う。林檎の頭は未だに熱く燃え滾っている。いやもっと、もっと。限界知らずに頭が燃えてる。心が、魂が。どんどん思考がぐちゃぐちゃになっていくのを感じる。心臓が高鳴る、体が軽くなっていくのを感じる。

「は、ははは、あははは」

 林檎は笑うと敵を確りと見る。

「馬鹿馬鹿しい」

 思い出す。どうして自分が一人で――アレと一緒に旅してるのかを思い出す。どうして分かれることを良しとしたのか。心の何処かで、仲間(ゆうじん)と思っていたのではないか。では何故分かれたのか。

 だって、ずっと心は、一緒だから。離れていても一緒に居ると信じている。

「誰か、名を知りたいって言ったな」

 林檎の魔力に黄緑(かぜ)がある。その特性は空気への干渉。だから空気に乗って響く声が聞こえたのだ。今、林檎は自覚しているほどにありえない思考をしている。普通の自分じゃまず有り得ない。

「氷結瑞穂」

 口にしていく。共に歩いた仲間達

「燃焼火憐」

 そう言えばこう言われるの嫌がてったっけ。気にしないが。

「結城浅美」

 例え離れていても、繋がっていると信じているから。

深林(しんりん)メイリフ」

 愉快で、一緒に居ると疲れけども。

「森林美奈」

 それ以上に頼もしい仲間達の名。

「銅島刃燈」

 正直どうでもいい奴とかも居るが、皆林檎にとっては何よりも頼れる仲間達だ。

「我こそ漆黒の氷姫、氷結瑞穂が戦友。森林林檎!」

 だからは林檎は、既に限界を超えた体で叫び、疾走を始めた。


 思い浮かべる。敵と戦うときはどうするか?

 基礎として行うことは、まず相手を超えること。何か一点で良い、予想でも動きでも相手の中で越えれば隙が出来る。そこを付いて敵を切る。これが紗羅の基本戦略。裏をかき、先手を取り、気付かれぬ間に敵を倒す。これを戦闘でやるのが紗羅だ。

 はっきり言えばそれはもはや暗殺の所業だ。しかし、それも一種の剣術の究極点とも言える。先手を取り、目にも留まらぬ速度で敵を切裂いていく。それを不意を討つ形で行うか正面から挑むかの違いだろう。

 故に、紗羅が選んだのは前者だ。身を隠し、気配を殺し、息を潜めて手早く敵を斬る。しかし最大の矛盾は、それを戦闘で行う所が最も矛盾している。暗殺は戦闘で行うものではない、寧ろ戦闘にする前に終らせるのが暗殺だ。その時点で既に暗殺と言う行動に矛盾が発生している。

「くっ、この卑怯者めが!」

 正面から挑む紗羅に男はそんな事を返す。直後、紗羅の手によって切裂いていく。そもそも此処に居るのは全て林檎が蹴散らした者達だ。満身創痍の者達だ。紗羅は何故彼らの相手を負かされているのか分かっては居ないが、妄信的に彼女の言葉を信じているがゆえに。

 実際、紗羅のこの行動が林檎を助けている。彼女の行動が――フェリナを助けている。林檎が蹴散らし、残ったものを戦場の端から紗羅が潰す。このおかげで現状彼らがフェリナの元へと前衛部隊を送り込めない。林檎と紗羅が動いてる以上、それが全く出来ない。

 紗羅はそんなことも知らずに、マフラーを深く巻いて、マフラーで口元を隠して駆け出す。正面から、対峙する。

 突如、人の呻き声と共に爆発音が響く。ふと、何だか気になって一瞬後ろへ振り返る。林檎が、此方に背中を見せていた。紗羅はそれを見て偶然にも林檎と同時に疾走を始める。

 銃弾を撃ち、足を切り首を狩り背を切裂き胴を薙ぎ胸を抉り腹を引き裂き、四方八方へと飛び交い、影さえ絶つ様に。彼女が跳躍し、舞う場所は正に舞踏会でも始まっていた。言い換えれば、死のダンスだろうか。であるなら、此処は宛ら生贄の舞とでも言うべきか。

 刹那の間、或いは数時間の後か、生贄の舞(サクリファイスダンス)を終えた紗羅が舞った生贄たちを背に立つ。次々に上がる断末魔(はくしゅかっさい)、紗羅は思わず林檎を見る。

 林檎は――正直、酷かった。

 体力なんてとっくに枯れて、意地一つだけ。それだけで立っていた事自体異常とも言える。足取りはほぼふらふらしている。術式が動いてるが故、放つ魔法の威力は少量でも人を吹飛ばすほどの威力を持っている。息も絶え絶えで、左腕は壊れた様にだらんとぶら下げてふらふらと歩く。当然彼女に襲って来るが魔法を盛大にばら撒いて歩いている。目的地は恐らくリーダー格の男の下へであろう。

「その様で、貴公はまだ戦うって言うのか」

「うるせぇよ……頭が熱くてもう全部どーでもいーんだよ」

 そう言って林檎の身体を炎が覆っていく。その勢いは発火源である林檎自身を燃やす勢いで。

「ただ、なぁ……気にくわねえ手前ら全員を焼き尽くしたいだけなんだよッッ!」

 林檎は叫ぶと同時に炎を解き放つ。炎は壁となり、確かな質量を持って敵を焼き尽くす。

「これだけの炎を、その怪我でその疲労で放つか」

 その炎の壁を見て男は感嘆の声を上げる。その壁は迫るも男には届かずに消え去る。林檎のほうはと言うと。

「ぜぇっ……ぜぇ……っ」

 雨の様に汗を流して撒き散らし、息も絶え絶えで、今にも崩れそうで、それでも目だけは変わらずに前だけを睨んでいる。脚は本当にふらふらで、ちょっと小突けば倒れそうな程にぼろぼろで、それでも立っている。

「お姉ちゃん!」

 紗羅は側に行こうとしても必死に踏ん張る。だって彼女は来るなと言うから。だから、紗羅は。

「だから、言ってんだろ……」

「林檎、お姉ちゃん?」

「私を、姉と、呼ぶな……私は、最低、だから」

 林檎は静かに、返した。紗羅は一体どういうことなのか分からない。

「私は――姉と呼ばれるべきじゃない」

「林檎姉ちゃん!?」

 ぐらり、と林檎が揺らぐ。何故か。見えてしまったからだ、あの背中が。林檎の中で、見えてしまった。あの背中が。彼女が姉と呼び続けた、あの背中が。

「お姉、ちゃん……」

 林檎が生涯唯一、姉と認めた人物。その背中が見えてしまった。ああ、なら自分はもう頑張ったのだろう。行くところまで、行ったの、だろう。ああ、ならば。もう、崩れても、良いのかも知れない。だが。

「いら、ない」

 林檎はその背中を根性一つで押し退けた。だって、まだ要らない。まだ、私も折れていない。そんな手が、誰かに触れた。

「え――」

「林檎、姉ちゃん?」

 気付けば近くにやって来た紗羅を押し退けていた。

「林檎、姉ちゃん……大丈夫?」

「おまぇ、紗羅、愚か者、誰が来いと」

 林檎はそう言って林檎はふらつくが倒れそうになって爆炎で無理矢理自分を立たせる。

「林檎姉ちゃん!? 何してるの!? そんなボロボロでふらふらで」

「うる、さい。お前は、下がってろ」

「林檎姉ちゃ」

 直後、林檎の周りで爆発が起きる。色取り取りでカラフルな爆発を全てを炎で薙ぎ払う。

「きゃっ」

 その衝撃で紗羅は吹飛ばされていく。林檎はその姿を傍目に見て舌を打つも更に前をへと突き進む。

「手前……っ!」

 その言葉は誰へ向けたものか。紗羅か、それとも敵か。

 林檎は足に力を込める。ずっと動かなかった左腕を動かす。風を纏って疾走を開始する。

「林檎姉ちゃん!」

 紗羅はもう見てられないといわんばかりに駆け出すが。

「何処を、見ている!?」

「貴様の、相手は……我々、だ!」

 そう言って身体を引き摺るように紗羅に襲い掛かる。瞬間、彼らはまるで幻にでもであった様に紗羅の存在が消え去り、彼らが逆に一掃される。男達が倒れた箇所の近くに現われた紗羅は林檎の方を見ようと首を回すと途端に歓声が上がる。

「林檎、姉ちゃん?」

 見れば息も絶え絶えで、魔法の嵐の中に林檎が居た。

「林檎姉ちゃん!」

「瑞、穂……」

 林檎が、何かを呟いた。

「林檎姉ちゃん!」

「折れる、かよ……折れ、ない。絶対に」

「林檎姉ちゃん!」

 紗羅は林檎に届けと願って叫ぶ。だが――。

「紗、羅――?」

「林檎姉ちゃん!」

 紗羅は突如漏れた言葉に反応して最前線へと行くがまだ兵士だの何だのが出張って来る。

「退けよお前ら!」

「紗羅……後は、頼む」

 そう言った直後、林檎は額に槍を受けて、後ろに仰け反る様に、倒れた。奇しくも、その姿は膝も付いてない、倒れもしていない、本人の宣言通りの格好であった。

「や、やった! やったぞっはははっ! あの魔王を、氷姫の盟友を打倒せしめた! あっははは」

「笑うなああああああああああああああッッ!!」

 直後、紗羅は目に溜めた涙を拭って笑う誰かに切りかかり相手も篭手で防ぐが直後に短剣で首を切裂く。

「くっ、貴様如きに何が出来る!?」

「五月蝿い、この腐れ頭どもが!」

 紗羅は右手の刀剣で次に来た敵の顔を貫き。

「蛆でも沸いたような頭で」

 次の敵を撃ち抜いて切裂き。

「何よりも熱く駆け抜けたあの人を、笑うなあああああああああああああああッッ!!」

 叫んで、紗羅は二人同時に切裂く。

「暗殺者如きに何が出来る? この薄汚いこそ泥風情が、英雄の後を追えると思ったのか!?」

 指導者の男は紗羅の言葉に返す。紗羅は口元に深く巻いていたマフラーを織り込み、口を露出させ、腕を組み仁王立ちする。その姿は、まるで、太陽に輝いた誰かの様で。

「届いてるよ」

 紗羅は、ふと口にする。

「ちゃんと、届いてる」

 そう言って、胸を叩いて、きちんと、前だけ睨んで。

「大丈夫だよ、林檎姉ちゃん。後は、紗羅が――」

 紗羅は、堂々と言い放った。

あたし(・・・)が、頑張る。もう、泣かない。絶対、あたし、前へ進むからだから――!」

 そう言って紗羅は、目から、これで最後と言わんばかりに雫を落とした。

 願えば届く。

 届かぬなら届くまで響かせる。どこまでも、何処までも。響け、届けと願って。

 だから、ね。ほら。

 届いたよ。

 感じたよ。

 祈ったことは、無駄なんかじゃなかった。



「っ!?」

「あれ、どうしたの?」

 何処かの森の中。月が照らす夜、長い金髪の少女は背後を振り返り、桃色の髪をサイドテールに結い上げた少女が振り返って問いを投げる。

「どうしたの、浅美?」

「……誰か、わたしを呼んだ」

「いえ? 誰も呼んでいないはずよ?」

 続いて口を開いたのは長い黒い髪の少女であった。名を呼ばれた長い金髪の少女――浅美は背中に白い翼を展開すると空高くへと舞い上がる。聞こえたんだ、声が。わたしを呼ぶ(こえ)が。その色は何処か聞き覚えがあって、そうだ。この、色は――。

「林檎……!」

 聞こえたんだ。ホントに、ホントに、ほんとに聞こえたんだ。こう。

 ――浅美ぃ、って。消えそうな色だけど、確かに聞こえたんだ。わたしには。

 悲しみに満ちていて、期待に満ちている。何があったのだろうか? あの強い子が、太陽どころか炎の様なあの子が、一体何故? だから、浅美は疑問だらけだけど。こう、返した。



「林檎おおおおおおおおおおおおおおッッ! 頑張ってええええええええええええええええええええええええッッ!!」



 森中に響く声。誰かに届けと。自分は行かないから、言ったらきっと怒られるから。だから頑張って、負けないで。貴方には優しくしないほうが嬉しいって、昔から知ってるから――だから。

「また、会おうね。林檎」

 そう言って、浅美は夜の森へと消えた。

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