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「空の魔女」シリーズ

月光のホープス

作者: 人鳥

 その人物は空に浮かんでいた。箒にまたがり、箒の先端には古びたランタンをかけている。箒をつかむ手と体の間には、鋭い眼光を放つ黒猫が一匹。箒にまたがり空を駆ける人物は、月のない空に少しだけ寂しそうな笑みを浮かべた。

「こんな日は、星が良く見えるわこんな場所を見つけるなんて。これも何かの縁かしらね」

箒にまたがる人物は呟いた。呟きは歌うような、軽やかで鈴のような声だ。黒猫が主を見上げて「にゃあ」と鳴く。

「石の町の次は森の集落よ。ふふ、良い感じじゃない」

 それに応えるように、もう一度、にゃあ、と声がした。


 森は静かに少女を迎えた。少女はもう一度月のない空を見上げ、森の中へ踏み込んだ。その二歩ほど後ろには、鋭い眼光を放つ黒猫が続いている。その姿は主君を護る騎士の風格を漂わせている。

 夜の森は不気味なほどに静まり返っていた。少女の耳に届くのは、自分と黒猫の足音だけだ。取り折り木の枝を踏んで折り、そのパキッ、という音に肩を震わせている。

「これじゃまるでトラップハウス――いえ、トラップフォレストね」

 黒猫は首を傾げた。言い直した理由がよくわからなかったのだ。少女は構わずに続ける。

「わたしを驚かそうっていう罠がランダムかつ大量に仕掛けられているわ」森はそんなに暇ではない。

 黒猫は興味がないと言わんばかりに、間延びした声を出した。少女は肩を竦めて、そっとため息をついた。

 当然のことではあるが、夜の森の視界は良くない。端的に言えば悪い。夜の闇に慣れていても、環境が違えば闇の種類も異なる。少女が心細くなるのも無理のない話である。主を励ますような黒猫の声がした。

「わたしは怖がってなんかないわ。驚いただけよ。それに――」

 少女は箒の柄の先で、先の見えない森の奥を指した。

「――この奥には森の住人がいるわ。笑い者になるのはごめんよ」

 空から見た印象では、集落は森の中心に近い位置にあった。少女がこの森に踏み込んでから、それほど時間は経っていない。大きな森ではないが、それでもまだ時間がかかるだろう。時間はかかるだろうが、どこでその住人と出会うかはわからない。もしかしたら村に着くまで出会わないかもしれないし、この後すぐに出会うのかもしれない。

 少女は立ち止まり、木の葉の屋根を見上げた。そこには夜に生きるものたちの息づかいが感じられ、少女につられて見上げていた黒猫は、警戒の眼差しを向けている。

知らない土地は危険が多い。町ならば相手は人であるからまだ対処のしようはあるが、森での危険は獣であったり人外の民であったりする。そういう危険は常に警戒をしていなければならない。

「にゃあ」

 黒猫が少女の前に出て、闇の先に向かって鳴いた。その声にはわずかに威嚇の意思が含まれている。少女は怪訝そうな目で森の闇と黒猫を交互に見た。

「何かいるの?」

 黒猫の後ろで立ち止まり、少女は静かにそれを待った。息を潜めて気配を殺し、暗闇を見るでもなく眺める。森に向ける警戒とは違った中途半端な警戒を続けていると、足音が少女の耳に届いた。

 足音はゆっくりと近づいてきている。足音のリズムから、音の主が二足歩行をしていることだけがわかる。だが、獣だろうが人外の民だろうが人間だろうが、二足歩行をする。二足歩行の相手だからといって、安易に気を抜くわけにはいかない。

 やがて息づかいまで感じられるようになると、その息づかいが獣や人外のそれではないとわかった。落ち着いた呼吸が近づいてくる。

「……」

 現れたのは――夜の森で少女を迎えたのは、ひとりの少年だった。少年は毛皮のマントを纏い、腰には革袋を吊るしている。手には何も持っていない。どうやらこの少年、ランタンひとつも持たずに歩いていたようだ。その証拠に、少年は少女の持つランタンの明かりに眩しそうに目を細め、右腕で目をおおっている。

 少年は立ち止まり、身の丈ほどの箒を持つ少女を珍しものを見るような目で見た。少年に敵意が感じられないとわかると、少女は「何かしら?」と問いかけた。

「誰?」

 マントを着た少年は少女を見、期待と不安が入り交じった表情で言った。この少年は少女の素性を確かめるために、こうして出迎えに寄こされたのかもしれない。子どもに任せるには酷な役割のようにも思えるが。

「わたしは魔女よ。空に生きる魔女。あなたは?」

「ぼくは……」

 少年は複雑な表情でうつむいた。少女は怪訝そうに少年の顔を覗きこむ。

「どうしたのかしら? まさか答えられないというわけでもないのでしょう?」

「ぼくは……自分のことが、わからないんだ」

 悔しそうに、辛そうに言った。冗談でもなんでもなく、本当にわからないようだ。この少年はこの森の住民ではなかったのか。もしそうならば、その出自だけでも言えばそれで事足りるのだ。しかし、少年はそれさえもしようとしない――否、できない。

 少女はますますわからなくなって、「どういうことかしら?」と問いかけた。少年は辺りをきょろきょろと確認してから答えた。

「ぼくはこの森で生まれたんじゃないんだ。親に捨てられて、ここのみんなに育てられた」

「よくある話――ではあるのかしらね」少女は肩をすくめた。「それを知らずに育ち、自分を見失った、ということかしら」

 少年は曖昧にうなずく。

「そのこと自体は小さな頃から知ってた。でも今でも……まだわからない」

「あらそう。それはつらいわね。でもだからといって、手ぶらで、しかもこんな夜中に家を出るのはいただけないわ」

 少年の肩がぴくり、と動いた。驚きに満ちた表情で少女を見る。

「なんでわかった?」

「なんとなく、よ」

 少女は苦笑する。

「で、今からどうするつもりなのかしら」

「帰らない、と言いたいけど本当は迷ってる」

 少年は肩をすくめた。手近にあった石に腰掛け、少女に倒木を勧めた。少女は小さく笑って、勧められた倒木に少年と向かい合いように座った。黒猫がその隣に姿勢よく座る。

「怖いんだ」

 少年は言った。

「村に残って村を束ねることも、外に出て旅をすることも」

「村を束ねる? 村長――族長になるの?」

「そうだよ。ぼくは外から来た人間だけど、どうやら今の族長の目に敵ったらしい。このままだとぼくはずっと村に縛られる」

 縛られる。

 そう言った少年の声は暗く、重苦しい何かを背負っていた。

「村は嫌い?」

 少女の問いに、少年は首を振った。

「村は好きだ」

「ならいいじゃない――と言えるほど単純でもないわね。他人には些細で単純でも、当人にとっては切実だものね」

 わかるわ。

 どこか寂しげな響きのある声だった。少年はうなずく。

 重くなく、けれども何かを口にするのは躊躇われるような、そんな曖昧な沈黙がおりた。 

 少女は遠い目をしてどこを見るでもなく見、少年はそんな少女を見つめている。

 ふたりは沈黙を守り、身動ぎもあまりしなかった。ランタンの火が揺れ、ふたりと一人の影が不規則に踊る程度である。黒猫も欠伸を堪えて沈黙を守る。さながら一枚の絵のように、彼らの在り方は完成していた。

 曖昧に包まれた沈黙はしかし、ひとつの足音によって霧散した。それを残念に思ったのかいなかったのか、少女はため息を漏らして「誰かしら?」と、おそらくは木に隠れているであろう人物に言った。

「あなたこそ誰ですか? この森では見ない顔です」

 声は少女のもののようだ。おそらくこの少年と同じくらいの年齢だろう――魔女はそう考えた。

「あなた、この森に住んでいるのね。申し遅れたわ。わたしは空に生きる魔女よ。よろしく」

 名乗った瞬間、木に隠れる気配が強張ったのを感じた。

 空に生きる魔女はその原因に思い至り、またため息をついた。

「憑いたの?」

 控えめな声でその人物は言う。

「どういうことかしら?」

 推測はできているが、あえて理解できていない風に装った。少女の隣で剣呑な眼光を放つ黒猫が、静かに立ち上がった。魔女は黒猫の前に手をかざし、待つように指示を出した。

「彼に憑いたの?」

「馬鹿なこと言うな」

 気配の問いに答えたのは、しかし、少年のほうだった。厳しい口調で気配を責める。

「ぼくは憑かれてなんかないし、この人はきっとそんなことをしない」

 気配が息を飲んだのが、少女には伝わってきた。少年の言動と気配の声から、ふたりが顔見知りであることも察した。

「もういいわ。魔女なんかやっていたら、そんな反応は慣れっこよ」

「でも……」

「いいのよ。さあ、あなたも出ていらっしゃい。お話は顔を見てするのが楽しいわ」

「……」

 少し間があって、木の陰からひとりの少女が怯えた様子で顔をだした。「わたしに怯えているのかしら?」と、魔女は対して気にした風もなく言った。

 少女は答えず、おずおずと少年に視線を移す。

「安心していいわ。ほら、彼にも何ら問題ないでしょう? わたしは空に生きる魔女。嘘偽りないことをこの空に光る月――は今日はないわね。しかたないから無数の星々に誓うわ」

「……ま、まあいいですよ」

 今度は顔だけではなくて、全身をふたりの前に晒した。この少女も少年と同じく毛皮のマントを身に付け、長い髪を白い石の髪飾りで纏めている。

「心配したんだよ」

 少女は少年に言う。

「こんな夜に村から出ていくなんて、何してたの?」

「前に話しただろ? ぼくは村から出ていく。今日はその日だ」

「行かないでよ」

「止めないでくれ」

「どうして? どうして出ていくの?」

 少女は少年に詰め寄り、両肩を強くつかむ。少年は痛そうな表情を見せたが、その手を振り払いはしなかった。

「ぼくは、ぼくが生まれた世界を見たい」

「でもきみはここで育って、ここで今まで生きてきたんだよ」

「だからこそ、さ。ぼくは本来ならここの民じゃない。外の人間だ」

「でもっ――」

 少女は涙で頬を濡らした。それを拭おうともせず、ひたすら少年を引き止めようと言葉を重ねる。だんだんとそれは嗚咽に呑まれ、意味を成す言葉ではなくなっていった。

「やめてくれ。ぼくだって考えたんだ。考えて考えて、そして決めたんだ。ぼくの決意を揺るがさないでくれ」

 残って村を束ねることも、外の世界を知ることも怖いと、少年は言っていた。

 彼は自分が臆病であることを知っている。知っているからこそ、彼は村を出ようとしている。

「約束! わたしとの約束はどうなるの?」

「ごめん」

 少年は本当に申し訳なさそうに頭を下げた。

「――っ、もう好きにしなよ!」

 少女は悲痛な声で叫び、森の奥へと消えた。少年は黙ってそれを見送り、重いため息をついた。そして脱力してまた石に座る。

「厳しいのね」

 その厳しさは自分に向いているのか、それとも他人に向いているのか。少女はそこには触れなかった。

「ズルいだけさ。どちらを選ぶのも怖いから逃げてるだけだ」

「逃げる? わたしにはそうは見えないわ」

「逃げてるさ。さっきもそうだ。考えることを放棄してる」

 少年は沈鬱な表情で深緑の天井を見上げた。

「ぼくに勇気があれば、もしかしたら別の選択ができたかもしれない」

 少女は神妙な面持ちでうなずくと、「大丈夫よ」と微笑んだ。ランタンの明かりに照らされたその微笑みは、少年の心を高ぶらせた。少女は隣に騎士のごとく腰を下ろしている相棒を撫でながら、懐かしいものを語るように言う。

「勇気がないのは悪いことじゃないわ。勇気は経験の積み重ねなの」

「経験」

「そうよ。経験のない勇気は勇気じゃなくて――無謀というの。あなたはこれから経験を積み重ねることになるわ。だからこそ――」少女は一度言葉を切って、黒猫を撫でる手を止めた。「――だからこそ、あなたはこれから選べるわ。どちらでも、何事でも」


 翌日の夜。

 月のない夜。

 獣皮のマントを纏った少年と、箒とランタンを持った少女が森の入り口に立っていた。よく見れば少女の足元には、黒猫が一匹座っている。およそ森で、しかもこんな夜に集まるような面子ではないが、そこにはそのふたりと一匹がいる。

「決めたのかしら?」

「ああ。ぼくは森を出る。無謀でも逃避でもなく、怠惰でも甘えでもなく、純然たるぼくの意思で決めた」

 決意に満ちた、昨夜とは全く違う目で少年はうなずいた。まるで人が変わったかのように、その目からは自信が伝わってくる。

「ならいいのよ。自分の意思で覚悟を持って決めたのならば、それは無謀じゃないわ。それは経験よ」

 そしてそれは蓄積される。

 少女はそう締めくくった。

「それじゃあぼくは行くよ」

「ええ。縁があればまた会いましょう」

 少年はうなずいて、星が輝く空のもと、暗い平野に踏み出した。魔女はその姿を見送って、彼の姿が夜闇に飲まれるのを待ち、森へと視線を移した。

「あなたは……これからどうするのかしら?」

「別にどうもしません」

 魔女の問いかけに答え、昨夜の少女が森の中から姿を現した。昨日と同じように、獣皮のマントを身につけている。

「あらそう」

 魔女は興味なさげにうなずいた。

「わたしのことなんかより」森の少女は言う。「どうもあなたは彼を村から出したがっていた節がありますが」

「そうかしら。わたしは彼とは会って今日で二日目よ? そんな人の未来に干渉なんかしないわ」

 魔女は少し前の自分を思い出して苦笑した。干渉しないなんてとんでもない。魔女はいつも誰かに干渉している。それは自分が一番よくわかっていた。

 それはある種の呪いのようなもので、彼女が出会った人は何かしらの変化をきたす。これは彼女――空に生きる魔女だけに限らず、彼女と同じような人外の民たちも同じ性質を持っている。

 人外が人と交り合うこと、それはそれだけの現象がある。

「はあ……」

 少女は諦めたようにため息をついた。この魔女に何を言ってもそれは水を掴むようなもので、きっと意味も形もなさない。自分が気に入った対象にしか興味を示さず、興味を示しても自らを明らかにしない。

「いいですよ、もう」

「わかればいいのよ」

「何一つわかってませんけどね。わかったふりをしてるだけです」

「それでもわたしは一向に構わないわ。わたしが困るわけじゃないもの」

 魔女の物言いに少女はムッとしたが、敢えて何かを言うようなことはしなかった。こんなに近くにいるが、その距離は計り知れないほど離れていることをすでに知っているからだ。この少女――この魔女に対して何か非難めいたことを言うことは、あまり生産的な意味を持たないだろう。

「ところでうかがいたいことが」

「何かしら? わたしの個人的な趣味嗜好、身体的特徴などについては返答しかねるわよ?」

 魔女は至って真面目な顔で言った。魔女はこの少女をなんだと思っているのか。

「わたしをなんだと思ってるんですか? いいですけど。そうじゃなくてですね、結局、あなたはこの森に何をしに来たんですか? 森には入ってきたのに里には来なかった」

「ああ、そのこと」

 魔女は納得したとうなずいて、とぼけるように弧を歩いて描く。長いスカートがゆらゆらと揺れた。

「散歩よ、散歩」

「散歩?」

「ええ。空は退屈なの。素敵で素晴らしい場所なのだけど、わたしくらい空で生きることに慣れてしまえば、それはもう日常でしかないの。慣れてくれば刺激は鈍化するし、退屈にもなるわ」

 本当は退屈なのではなく、もっと子どもじみた理由ではあるのだが。魔女はこの少女に対し、その手の弱さを見せることに抵抗があった。少女もきっとそれを望んでいない、そんな風に感じている。

「そんなものですか? 空は自由で気ままで、縛りもなければ苦しみもない――そんな世界だと思っていましたが」

「そんなものなのよ。あなたもいずれわかるわ。物事には様々な側面があり、それはそれぞれ相反しながらも同調していることがね。もっとも、わかっところで意味なんてないから、今のうちに忘れておくことをお勧めするわ」

「わざと難しそうに言ってません?」

「ばれた? まあ、そこら辺はいいわ。とにかく、わたしがここに来たのはただの偶然よ。本当はあなたの里にも観光で行こうかと思ったのだけど、その前に彼と出会ったから延期することにしたわ」

「延期ってことは、来るんですか?」

「ええ。すぐにではないけれど、いずれ」

「そうですか」

 冗談で言ったつもりだったが、魔女はそれが冗談にならないのだろうとなんとなく思った。こうやって少しずつ約束を増やしてしまっていいものなのだろうか、それは魔女にもよくわからない。

「ま、その時になってあなたが生きているかは疑問だけれども。気が向いたら来るってだけの話だから、もしかしたら百年後くらいかもしれないわね」

「……一体何歳なんですか?」

「言ったでしょう? 秘密よ、秘密」

 魔女は人差し指を自分の唇に当て、しっ、ウィンクをしてみせた。にこりともしないそのウィンクは、お世辞にもかわいさもかっこよさもなかった。

「あの……」

「まだ、何かあるのかしら?」

 努めて――努めて魔女は淡白に問い返した。自分の中に芽生えてきたある種の感情が、彼女にそうさせるのである。けれども魔女はそれに応えない。魔女であるということは、そういうことだ――魔女はそう結論づけた。

「もうひとつだけ、聞きたいことがあるんです」

「言ってごらんなさい」

「あなたは彼が外の世界で生きていけると思いますか?」

 それは――森の少女にとっては切実な問いなのだろう。

 外を知らない森の民。

 そこで育った外の住人。

 突然の旅立ちが危険であることは、彼も、結果的にとはいえ背を押す形になった魔女も理解している。

 だからこそ――

「知らないし、わからないわ」

 魔女は誠実に答える。

「無責任ではないですか?」

「そうかしら? そうかもしれないわね。けれどもわたしは選択することを勧めただけ、彼は自分の意思で決めただけ。それがどのような結果に終ろうとも、わたしたちはそれを悔やんだりはしないわ」

「それはあなたが実害こうむるわけじゃないから、ではないんですか?」

「それもないとは言わないわ。でも自分の選択には責任を持たなければいけない。そうでなければ自分自身に対して誠実ではいられないわ」

「自分自身に?」

「そうよ、自分自身……そうね、あなたには言っておこうかしら。忘れても構わないけれど、一応聞いておくといいわ」

「なんです?」

「人外の民は嘘をつかない。あなたにしても、わたしにしても、他の世界で生きる民であっても、人外の民は嘘をつかない。生来が人間とはいえ、人外の民と生きてきた彼もきっと嘘はつかない。そうでなければ自分に対する謀反だし、人外の民の名折れだわ」

 黒猫が「にゃあ」と鳴いて、魔女の言葉に追従した。

「でもまあ、きっと大丈夫でしょう」魔女は月のない空を見上げる。「自分の知らない世界に飛び出すことは勇気がいることだけれど、飛び出してしまえば案外どうとでもなるものよ」

「知っているような口ぶりですね」

「知っているのよ」

「え?」

「まあいいわ、そんなことはどうでも良いことよ。そんなことよりも――」魔女は少女の双眸を見つめる。「――これからあなたはどうするのかしら?」

「……」

 少女は答えない。

 あるいは、答えられないのか。

「そう。それなら頑張りなさいな。時間は有限だけれど、その時間をどのように消費しようがあなた次第よ。せいぜい有意義に使いなさい」

「――っ」

「それでは、縁があればまた会いましょう」

 魔女は箒にまたがり、黒猫を足の間に座らせた。ランタンを箒の先にぶら下げて、何かを呟く。少女にはその言葉が聞こえなかったが、それはきっと魔法の言葉なのだろう。

「ありがとう」

 森の少女は空の魔女に言う。

「礼を言われる覚えがないわ。わたしは散歩に来ただけだもの」

 空の魔女は少女を見ることなくそう答え、夜闇へと消えた。


 星々が輝く月のない空、そこに小さいながらも緩やかに移動する赤い点がひとつ。森に住む少女はその明かりを寂しそうに見つめていた。

シリーズ名は仮題です。正式名が決定しましたら、そのタイトルに変更します。


読了ありがとうございます。

感想等を頂けると嬉しいです。


また縁がありましたらよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] 悠久の時を生きる魔女は、たくさんの人生を見てきたんでしょうね。 辿り着く先は結局自分の無力さ。 だから見守るのが彼女の役目なのかもしれませんね。 素敵な時間をありがとうございました。
2012/02/04 11:27 退会済み
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