5 希少な薬草を求めて
母を救いたい一心で屋敷を飛び出した。だが、準備もなく身一つで山に入るのは最初から無謀であったのだ。
辺りに夕闇が落ち始めようとしていた。じき、進むのも戻るのも困難となるであろう。そうなれば、自分がどこにいるのかさえ分からなくなる。たとえ月明かりが差そうとも、それだけで暗い山の中を歩き回るのは心もとない。
「薬草を見つけなければ。母上を助けられるのは私しかいない。絶対に見つけてみせる」
その思いだけを胸に、雪蘭は山の中を歩き回った。
木の根につまずき何度も転んでは起き上がり、木の枝で衣服が破け、足や腕が傷ついてもあきらめなかった。だが、夜の闇が落ち始め、不安と心細さに泣きそうになった。それに、夜ともなればいっそう冷え込み、軽装の雪蘭は寒さに凍えた。すでに手足の感覚もない。
空を見上げる。
遠くで獣の遠吠えが聞こえ、身体を震わせた。
「狼?」
身を丸め側の木に寄りかかる。
草木ががさりと音がした。
「山賊? 狼?」
雪蘭はごくりと喉を鳴らし、地面に手を這わせた。一本の木の枝を掴み身がまえる。
再び草木が揺れ、そこから何かが現れた。暗くてそれがなにか分からない。
「やーっ!」
声を上げ、握った木の枝を振り上げる。
「ま、待て! 俺だ、俺。黎飛だ!」
雪蘭は目を丸くする。
「黎飛? どうして、黎飛がここに」
草むらから現れたのは、幼なじみの黎飛であった。
「雪蘭が薬草を探しに山に入ったと聞いて探しに来たんだ。とりあえず、それをおろして」
「あ……」
雪蘭は慌てて手を下げ、木の枝を地面に落とす。
「大丈夫だったか? 怪我はないか?」
差し出された黎飛の手を雪蘭は取る。寒さで凍えた手に、黎飛の温もりが心に染みた。
「山賊か、狼が出たのかと思って……」
黎飛に抱き寄せられ、背中をポンポンと叩かれる。
「怖かったな。だけど、俺がいるからもう大丈夫だ。安心しろ」
雪蘭はうん、と頷いた。頬に熱いものが落ちる。そこでようやく、雪蘭は自分が泣いていたことに気づく。
「雪蘭?」
張り詰めていた緊張が一気に解け、涙が止まらない。黎飛の胸に顔をうずめ、雪蘭は肩を震わせ泣いた。
「泣くな。何があっても俺が必ず雪蘭を守る」
守ると胸を張って言う黎飛は、武術が達者で頼りになる幼なじみだ。子どもの頃に両親を亡くした彼は、今は叔父の家に引き取られ暮らしている。
叔父が経営している反物店で店子として働いているが、接客にはまったく向いていない、剣を握る方が自分には合っていると、黎飛は苦笑いを浮かべて言う。
黎飛は雪蘭に思いを寄せていて、雪蘭が如琳や慈桂に嫌がらせを受けると、いつもかばってくれた。
もちろんそんな黎飛を、雪蘭も好いている。
「お母さんが大変だってこと聞いた。だけど、一人で山に入るのは無謀すぎる」
「分かってる。でも、母を救うには薬草を見つけなければいけなかったの」
「せめて俺に声をかけてくれたら、一緒についてきたのに」
そこまで考える余裕がなかった。
「ごめんなさい」
頭の上でかすかに笑う声が聞こえ、黎飛の手に頭を撫でられる。
不思議なことに、先程までの怖さも不安も涙も、すっと消えていく気がした。
「それで、薬草は見つかったのか」
「ううん……」
「そうか。だが今日はもう遅い。屋敷まで送るよ」
しかし、雪蘭はいいえと首を振る。
「薬草を見つけなければ、母上が危ない状態なの!」
「落ち着いて。これ以上山を歩き回るのは危険だ。明日、明るくなってから探そう、俺も手伝うから」
確かに黎飛の言う通りだ。暗い山の中を歩くのも困難な状況だ。これでは目当ての薬草を見つけるのも難しい。
「ありがとう、黎飛」
黎飛の手が頬に伸び、涙のあとを指先でぬぐってくれた。
剣を握る手なのに、黎飛の指は長く、女性のようにしなやかできれいだった。
雪蘭はそろりと顔を上げ、黎飛を見上げる。しばし、二人は見つめ合う。先に視線を逸らしたのは黎飛であった。
「か、身体が冷えてるじゃないか! これを羽織れ」
視線を泳がせながら自分の上着を脱いだ黎飛は、雪蘭の肩に羽織らせた。
「だめよ。黎飛が風邪をひくわ」
「俺は鍛えているから大丈夫だ」
「ごめんなさい……」
「なんで謝るんだ? 大丈夫、そんな顔をするな。明日こそ絶対に薬草を見つけよう」
黎飛の言葉に雪蘭はうんと頷いた。黎飛がそう言えば、大丈夫な気がした。




