2 虐げられる正妻の子 溺愛される側室の子
雪の中、跪かされてから、半日は経っている。
日も沈み、辺りに夕闇が落ちようとしていた。雪はやまず、冷たい風が吹く。けれどいまだ如琳の許しは貰えない。
如琳の部屋から暖かそうな光がこぼれ、楽しげに笑う声が聞こえた。
ご馳走のにおいがする。
朝から何も口にしていない雪蘭は、ぐうとお腹を鳴らした。
きっと、卓にはたくさんの料理が並んでいるのだろう。
この日は如琳の娘、慈桂の誕辰祝いで政務に忙しい父も、この日ばかりは仕事を早めに切り上げ祝いの席にやって来た。
正妻であるにもかかわらず、如琳は母に屋敷の隅々をきれいに磨くよう命じた。その時、母は如琳が娘のために新調した衣にうっかり水をかけてしまい、罰として庭にひざまずかされたのだ。
「母上、お腹が空いた。寒いよ」
「これを着なさい」
母は自分の上着を脱ぎ、雪蘭に羽織らせた。
「母上が風邪をひいてしまいます」
にこりと微笑む母の手が、雪蘭の頭をなでる。
「私は大丈夫」
「だって、母上のお腹には」
雪蘭にはもうすぐ妹か弟ができる。しかし、母は人差し指を唇にあて、首を横に振る。母のお腹に赤ちゃんがいることを、側女の如琳は快く思っていない。
「もう少し待ちましょうね。如琳さまのお許しがでるまで、もう少し」
「もう少しって、いつまで?」
「雪蘭、おいで」
伸ばしてきた母の手に身体を包まれ、抱きしめられる。
徐家の正妻は母なのに、どうして側女の如琳が我が物顔で屋敷を仕切っているのか不思議に思っていた。
家の差配も黄渓は如琳に任せている。だから、屋敷の皆は母ではなく如琳に従い頭を下げる。
黄渓も如琳を特別に扱い、母をかえりみることはない。そのため、母も雪蘭も肩身の狭い思いをしてきた。それをいいことに、如琳は母と雪蘭を虐げた。
こうして庭先でひざまずかされることは日常茶飯事だ。食事もまともに与えてもらえず、いつもひもじい思いをし、じゅうぶんな暖をとれず寒さに震えた。
如琳の部屋の扉が開き、父が現れる。
「父上!」
雪蘭は目を輝かせ、父の元に走ろうとして母に引き止められる。
「だめよ」
「どうして? 父上に話して許してもらおうよ」
この頃はまだ、父に本当のことを話せば、母の境遇も変わると信じていた。だが、父はちらりと母に視線をやり、あろうことか不愉快な顔をする。
「妓女にでもなるつもりか? 化粧が濃い。見苦しい」
それだけを言い、ふいと視線を逸らし政務室に戻って行く。
「父上!」
立ち上がり、父の後を追いかけようとした雪蘭をとどめる声がした。
「誰が立っていいと言ったの? 跪きなさい」
部屋から如琳が現れたのだ。
反論しようとした雪蘭を、母に止められる。
「雪蘭、如琳さまのいいつけを守りなさい」
母に言われ、雪蘭は渋々従う。
「ふふ、あたしがあげた化粧品、ちゃんと使ってくれているようね。とてもお似合いよ」
「はい、如琳さまのお心遣い、感謝いたしております」
「あなたの美しさを損なわないためにも、眠る時も白粉をつけて寝るのよ。いいわね」
「はい」
如琳は口元に手を当て高らかに笑う。
「ねえ、見て」
如琳の背後からひょっこりと慈桂が姿を現した。彼女は新しく仕立てた衣を雪蘭に見せつけるように、腕を広げくるりと回る。
衣の裾が花びらのようにひるがえり、袖がひらひらと舞う。この日のために特別に作った髪飾りが踊るように揺れた。
それらを慈桂は自慢げに雪蘭に見せびらかす。
「ふふ、これ全部父上からの誕辰祝いよ。都で流行の絹の生地で仕立てたのよ。飾りも、お化粧品も全部父が買ってくれたわ。卓には珍しい菓子もあるの。とても甘くて可愛くておいしいのよ」
雪蘭はごくりと喉を鳴らした。
食事すらまともに食べられないのに、甘い菓子などもう何年も口にしていない。
ふと、母を見ると苦しそうに息をしている。
「母上、どうしたの? 苦しそうだわ」
母がお腹を押さえ唇を噛みしめている。寒いのに、ひたいには汗が滲んでいた。
「なんなの? 同情をかおうとするなんてわざとらしい」
如琳がふんと鼻を鳴らし口元を歪める。
「如琳さま、申し訳……」
突如、母がその場にうずくまる。
「母上!」




