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復讐の後宮妃 この恨み絶対に忘れない  私を殺した悪徳妃に復讐を ー処刑された貴妃は、二度目の人生で牙を剥く―  作者: 島崎紗都子
第2章 後宮の頂点に登り詰めるために

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10 忠実な宦官と大切な侍女

 部屋に戻った慧雪に、小鈴は頭を下げ出迎える。

「おかえりなさいませ、慧雪さま。お食事の用意が整っております」

 慧雪は席につき箸をとると、先程小鈴がつまみ食いをした料理に手を伸ばした。慧雪の横で、小鈴は吹き出しそうになるのをこらえている。他の侍女たちも口元に笑いを刻んでいる。

 明らかに皿の料理には、誰かが手をつけた形跡があった。それでも慧雪は、気づかないふりをし、無言で食事をとり続ける。

 文句は言わない。今は少しでも力を蓄えておきたい。食事も食べられる時に食べなければ。この先、いつどうなるか分からないのだから。

「雪答応さま、お酒もどうぞ」

 小鈴は自分が口をつけた酒杯を慧雪にすすめる。

 酒杯を手にした慧雪は、扉の向こうで唇を噛みしめながら佇む燕子の姿を見る。

「おまえたち、下がっていいわ」

「ですが……」

「下がりなさいと言ったの」

 小鈴はムッとしたように唇を尖らせる。

「分かりました!」

 不遜な態度で小鈴たちが出て行くのを見届け、慧雪は燕子に手招きをして呼び寄せる。

「雪答応さま、申し訳ございません」

 燕子は深々と頭を下げる。

「なぜ、謝るの?」

「今召し上がっているその皿は……だから、雪答応さまに、新しい食事を用意したいと思い御膳房に行ったのですが……」

 けんもほろろに御膳房で断られたのだろう。それだけではない。よく見れば、燕子の頬が赤黒く腫れ、口の端に血が滲んでいた。おそらく、御膳房でひと悶着を起こし、他の太監たちに暴力を受けたのだ。

 慧雪は立ち上がった。棚から小瓶を取り出し、燕子に差し出す。

「腫れが引く薬よ、よく塗り込んで。それからこれは痛み止め」

「いいえ……大丈夫です。このくらいたいしたことではありませんから」

 たかが奴婢ごときに薬は不相応だと思っているのだ。

「いいから受け取りなさい」

 頑なに拒否をする燕子の手に、慧雪は小瓶を押し込んだ。

「申し訳……もっと私の要領がよければ」

「いいえ、私が不甲斐ないからだわ」

 燕子は激しく首を横に振る。

「違います! 雪答応さまは決して、不甲斐ないなんてことはないです!」

 慧雪は笑った。

 この後宮で、こんなにも心が真っ直ぐで素直な者がいるとは貴重だ。

「燕子、あなたに頼みがあるの」

「はい! なんなりとお申し付けください」

「御膳房に行って桂花糕を作ってもらいたいの。頼めるかしら」

「かしこまりました。今度こそ用意いたします!」

 慧雪は二つの銀子を燕子に渡す。

「一つは御膳房の太監に渡しなさい。そして、もう一つはあなたによ。迷惑をかけてしまうわ」

 しかし、燕子は自分の分の銀子を返してきた。

「雪答応さまのお心遣いに感謝いたします。ですが、私は褒美をいただかなくても、雪答応さまに忠誠を誓う所存です。これからも、答応さまに尽くすよう精一杯努力いたします」

 ひざまずく燕子を、慧雪は見下ろした。

 演技でもなんでもなく、彼の忠誠は本物だと信じていい。

「燕子、顔をあげて」

「はい」

「桂花糕が用意できたら、あなたに付き合ってもらいたいところがあるの。頼めるかしら」

「かしこまりました。ですが、これから雨が降ります。冷たい風に当たられてはお身体によくありません」

 慧雪は空を見上げる。確かに、雲行きが怪しくなってきた。

「用事はすぐに終わるわ」

「では、急いで御膳房に行って参ります!」



―――――― ‥―― ‥――‥



 周りの音を消すくらい、激しい雨が降っている。すでに夜遅い時間だ。みな寝静まり辺りはしんとしていた。

 なのに、一人だけ暗闇の中、雨に打たれ雑務をこなす下女がいる。

 再び辛者庫を訪れた慧雪は、淡々と仕事をこなす常夜の姿を見る。

 先日、常夜に差し入れを渡した時も雨が降っていた。


 いいえ、思えば幼い頃、あなたと初めて出会った時も雨が降っていたわね。


「あの方に、この桂花糕をお渡しすればいいのですね」

 余計なことは聞かず、そして言わず、燕子は命じたことに従う。

 燕子の後に慧雪も続く。

 こちらの気配に気づいた常夜は仕事の手を止め、その場にひざまずいた。

「顔を上げて」

 慧雪は常夜を立たせようと手を伸ばす。しかし、常夜が首を振り身を引いた。

「私のような卑しい者に触れてはいけません。それに、きれいな衣が汚れてしまいます」

 常夜の着ている服は汚れていた。鼻をつく饐えた臭いもする。それでもかまわず慧雪は常夜の手を取り立たせた。

 常夜は恐縮したように頭を下げ顔を伏せる。

「雪答応さまですね。先日は菓子と食事をありがとうございました。感謝の言葉もありません。ですが、辛者庫(ここ)は高貴な方が来るような場所ではありません。どうかお引き取りを。それに、夜も遅い時間です。後宮内とはいえ、何があってもおかしくないですから」

 そう言って常夜は燕子を見る。

「はやく、答応さまを宮殿に送ってさしあげなさい。何かあってからでは済まないのよ」

 はい、と燕子は頷き、手にした提盆を常夜に渡す。

「雪答応さまからです」

 提盆の蓋をあけ、中身が自分の好物だと知ったものの、常夜は不思議そうに眉根を寄せる。

「雪答応さまのご厚意に感謝いたします。ですが、見ず知らずの私にここまでしてくださる理由が分かりません」

 見ず知らずではないのだ。

「雪答応さま?」

 慧雪は泣きそうになった。

 子どもの頃から、姉妹同然に育ってきた常夜。


 常夜、あなたは幼い頃からともに育った大切な侍女。いいえ、妹だと思っている。

 明夜がいない今、あなたまで失うわけにはいかない。


「常夜、今まで辛い思いをしてきたわね。けれど、辛者庫での務めは終わりよ」

「はい?」

「今日から暁月宮の、私の女官として働きなさい」

「え? ですが……私は罪人です」

「あなたが罪人だと私は思っていないわ。それとも私の宮に来るのは嫌?」

「と、とんでもございません! 私などでいいのでしょうか」

「もちろん」

 常夜はその場にひれ伏した。

「雪答応さまに感謝いたします」

 慧雪はそっと荒れた常夜の手をなでる。

 慧雪の流した涙が、常夜の手の甲に落ちた。

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