8 夜伽
「陛下」
御前太監の許吝雲は李鶯陛下の側に近づき、耳打ちをする。
「ほう」
李鶯陛下は眉をあげ、顎に手をあてた。
「あの娘がそのようなことを」
太監ははい、と答え頭を下げる。
「嫌がらせをしてきた麗貴人に、仕返しをしたようです」
皇帝陛下ははは、と笑い膝を叩く。
「選抜試験で会った時から、気骨のある女子だと思ったが、後宮に入ったばかりだというのに大胆なことをする。それで麗貴人はどうした?」
太監はかしこまる。
「紅貴妃さまによって20回の丈刑を受けました」
「死んだか?」
「死んではおりません。ですが……」
「よい」
それ以上は聞きたくないというように、李鶯陛下は手を振る。
「麗貴人のお見舞いに行かれますか?」
「放っておけ。後宮のことは紅貴妃に任せている」
たとえ、生き延びたとしても、この先麗貴人が陛下に目をかけられ、後宮の頂きに登りつめることは、よほどのことがない限り無理であろう。
「ところで、劉家には何と伝えましょう」
「麗貴人は後宮を乱した。劉家は娘をきちんと教育しなかったのか、とでも言っておけ」
李鶯陛下は肩をすくめる。明らかに、これ以上この件を話題にするのはうんざりという様子だ。そんな陛下の心情を察するのも御前太監の役目。
「かしこまりました。麗貴人さまは、紅貴妃さまに後宮のしきたりを学んでいると伝えましょう」
紅貴妃に関わる。それがどういう意味か劉家も察するだろう。後日、劉家が泣きついてくるかもしれないが、それはその時。
そこへ、閨房係の太監がやって来た。
太監は盆を差し出す。
そこには、妃嬪たちの名が書かれた木札が並べられていた。
「陛下、今宵はどの妃にいたしましょう?」
「うむ」
李鶯陛下はさっと盆の上の札を右から左へと流し見る。その中で一番左端にある妃の名が書かれた札に目を留めた。
「これだ」
「焔貴人でございますね。かしこまりました」
「焔貴人さま!」
慈桂の侍女、羌桐梨は血相を変え、慈桂が暮らす宮に飛び込んできた。
「そんなに慌ててどうしたの」
慈桂はお茶を飲み、慌てふためく侍女を一瞥する。
「たった今、御前太監から知らせが入りました」
「だからなに?」
慈桂の声が尖る。
「今宵の夜伽を、焔貴人さまにとのことです」
思わず慈桂は立ち上がる。
「私が夜伽?」
「はい、急いで支度をしなければ」
慈桂の側仕えの侍女は慌てて周りの女官たちに命じる。
「はやく湯浴みの準備をして」
「はい!」
「焔貴人さま、夜伽のお支度をいたしましょう」
「そうね……」
慈桂は頬を紅潮させた。
心臓の鼓動が早い。
後宮に来て、さっそく皇帝陛下の夜伽を命じられた。これは好機。何という幸運。ここで陛下の寵愛を得られれば、後宮での立場も安定する。だが、それを不動のものにするためには。
慈桂はお腹のあたりに手をあてた。
「桐梨、あれを持ってきて」
慈桂は侍女を見やる。
「もちろん、用意してあります」
桐梨は盆に乗せた椀を慈桂に差し出す。
「子ができやすくなる薬湯です」
慈桂は椀を受け取り、薬湯を一気に飲み干した。口の端からこぼれた薬湯を手の甲で拭う。
なんとしてでも、陛下の子を身ごもらなければ。




