7 初顔合わせと見せしめ
後宮では妃嬪たちが皇后の元に集まり挨拶をするのが毎朝の日課だ。だが、現在皇后がいないため、次の位である茗皇貴妃が皇后の代わりを務めている。
新しく後宮に入った妃たちにとって、茗皇貴妃とはこれが初顔合わせとなる。
部屋に入ると、目の前には、後宮の頂点に立つ妃にしては控えめな衣を纏う茗皇貴妃の姿があった。
茗皇貴妃は普段から質素倹約を心がけていて、周りから賢妃だと称えられている。
「茗皇貴妃さまにご挨拶を」
妃嬪たちが恭しく茗皇貴妃に挨拶をする。
腰をかがめて礼をする妃嬪たちを、茗皇貴妃は見渡し微笑んだ。
「みんな、楽にして」
「感謝いたします」
茗皇貴妃のお許しが出ると、妃嬪たちはそれぞれ自分の席に座る。後宮に入ったばかりの、さらに位が一番低い慧雪は、末端の席であった。
茗皇貴妃は侍女に視線を向ける。その合図とともに、侍女たちは茶を乗せた盆を手にそれぞれの妃の元に運ぶ。
「陛下からお茶をいただいたの。よい香りのお茶なので、みんなにもぜひお裾分けをしたいと思ったの」
茗皇貴妃の言葉に、妃嬪たちはまあ、と声をもらす。
茶器を手にした妃嬪たちは、陛下が皇貴妃のために贈った茶を味わう。
「本当によい香りね」
「さすが、陛下からの賜り物だわ」
慧雪も椅子に座り茶を一口飲む。爽やかな香りの茶が口の中で広がっていく。申し分のないお茶であった。下位の妃など滅多に口にできない銘茶。
貴妃だった頃は、茶に限らず貴重な品々を陛下から賜ったものだ。
「こんなおいしいお茶をいただけるなんて、茗皇貴妃さまにお礼を申し上げます」
慈桂があらためて茗皇貴妃に拝礼をする。そして、続けて言う。
「茗皇貴妃さまは、私のような下位の者にまでこうして気づかってくださる優しいお方。本当の姉のようにお慕い申し上げます」
「焔貴人だったわね。そう言ってくれて嬉しいわ」
「はい! 私も茗皇貴妃さまのように、気配りのできる女性になるように見習いたいですわ。そうですよね、麗貴人?」
慈桂は麗貴人に同意を求める。
「え?」
茶を飲んでいた麗貴人は、突然自分に話を振られ驚いた顔をする。
「あら、もともとは麗貴人がおっしゃったのですよ」
「私が?」
「まあ、麗貴人は何と言ったのかしら?」
茗皇貴妃は慈桂の話の先を促す。
「ええ、麗貴人はこう言いました。後宮で暮らす私たちは姉妹も同然。みんなと仲良く、陛下のためにお仕えしなければだめだと」
上位の妃嬪たちは、揃って麗貴人に注目する。
漂う気配がたちまち一変した。冷えた空気がじわりと漂う。
妃嬪たちの冷たい視線の意図が分からず、麗貴人は戸惑いを見せる。
「まあ、麗貴人は後宮のことをよく分かっているのね」
紅貴妃は麗貴人に微笑みを向けた。だが、目は笑っていない。
「とんでもありません。陛下のために尽くすことは当然です」
紅貴妃に褒められ、ほっと息をもらす麗貴人だが、次の瞬間、顔を強ばらせた。
「偉そうに。後宮に入ったばかりの下位の妃が、知った風な口をきくな、という意味よ。ねえ、おまえはいつから後宮の指南役になったのかしら」
紅貴妃は冷ややかな目を麗貴人に向けた。
そこでようやく麗貴人は、周りの空気の異変に気づく。
「そんなつもりは……」
「あら、みんなと仲良くしなさいと説教をしたのでしょう? 茗皇貴妃さまや私を差し置いてそんなことを言うなんて、まるで指南役である私が後宮を乱していると批判しているみたいだわ。私の立場が形無しね」
「も、申し訳ございません。決してそんなつもりでは! 茗皇貴妃さまも紅貴妃さまも、よく後宮をおさめていらっしゃいます!」
「よくおさめている? ここに来たばかりのおまえに言われるとは、私はバカにされているのかしら」
「申し訳ございません! 本当にそんなつもりでは……」
麗貴妃の言葉が弱々しくなる。
「そんなつもり? では、どういうつもりだったの? これでは示しがつきませんわ。茗皇貴妃さま、この女に罰を与えなければいけませんね。いかがいたしましょう?」
「およしなさい、紅貴妃。麗貴人も口が過ぎたと反省しているようよ。新人なのだから大目にみてあげましょう」
「けれど、このままでは妃嬪たちの示しがつきませんわ。誰か! この者に丈刑20回の罰を与えなさい」
紅貴妃の命令とともに、数名の太監たちが部屋に入って来て麗貴妃の腕を取る。
「どうかお許しを! 20回も打たれたら死んでしまいます!」
麗貴人は顔を青ざめさせながら身を震わせた。
「そうね、20回も打たれたら死ぬかもしれないわね。あるいは運良く生き延びたとしても内臓はボロボロになるかも。そうねえ」
紅貴妃は真っ赤な唇に笑みを刻む。
「条件によっては、おまえを許してあげてもよくてよ」
紅貴妃は妃嬪たちを見渡す。
「誰か、この者の代わりに罰を受ける者はいて?」
紅貴妃の言葉に、妃たちはいっせいに顔を背けた。
「誰もいないの? 私たちは姉妹。だからみんなと仲良くしましょうと、この女に言われたのでしょう? 身代わりになる者がいればこの女に罰を与えるのは許してあげる。誰か、助けてあげようとする者はいない?」
誰も一言も言葉を発しない。それどころか、うつむいたまま、顔をあげようとすらしない。
「あらあら、残念ね。誰もあなたと仲良くしたいと思う者はいないみたいよ」
「どうか、どうか、お許しを!」
麗貴人は涙を流し、床にひたいを打ち付け非礼を詫びる。
「この女を連れていけ」
紅貴妃はうっとうしいとばかりに右手を振る。まるで、汚いノラ犬でも追い払うように。
悲鳴をあげ、麗貴人は太監に引きずられ部屋から連れ出された。
「紅貴妃、あまりにも厳しいのでは?」
「たかが貴人のくせに、分をわきまえないあの女が悪いのよ」
困ったわね、というように茗皇貴妃は眉尻を下げて笑う。
「ふふ」
引きずられていく麗貴人の姿を見ながら、慈桂は口の端を吊り上げ笑った。
慈桂は自分を見下した麗貴人に仕返しをしたのだ。
それも自分の手を汚さず、上位の貴妃の手によって始末させた。おそらく、麗貴人は二度と後宮には戻って来られないだろう。
これは見せしめでもある。
後宮ではよくあることだ。
紅貴妃に逆らえば、こうなることを思い知らせた。
慧雪は目を細めて慈桂を見やる。
ただの無鉄砲な女だと思ったが、ますます慈桂を侮ることはできないと思った。




