3 落ちぶれた、かつての侍女
答応の位を賜った慧雪に新たな侍女がつくことになった。特に実家から頼りになる侍女を連れてきたわけではないため、宮中で働いている女官が慧雪の担当となった。
「雪答応さまにお仕えさせていただく孫小鈴です」
両手を身体の左側に置き、小鈴は膝を少し曲げてお辞儀をする。
年若い侍女であった。
おそらく後宮で勤めるようになって数年。後宮に慣れ、狡いことも、要領よく立ち回ることも覚え始める頃。
一番やっかいだ。
事実、愛想良く笑っているが、瞳の奥に小狡い光がチラリと見え隠れしているのを慧雪は見逃さなかった。
「あなたが私の側仕えの侍女?」
「はい!」
「そう、よろしく」
慧雪は淡々と答える。すると案の定、小鈴はわずかだが、不服そうな表情を浮かべた。
褒美を欲しがっているのだ。だが、ここで甘い顔をしては、この先侍女に侮られる可能性がある。
それは、長く後宮で暮らしていた慧雪もよく知っている。
「あなたの働きに期待しているわ。よく仕えてくれたら、褒美を弾むから」
「はい! 身を粉にして答応さまに仕えさせていただきます!」
慧雪はふっと笑った。
こういう調子のいい侍女こそ、警戒しなければならない。
慧雪はふっと息をつく。
ここで生きていくにはまず、信用できる者を側に置かなければならない。
「では参りましょう、雪答応さま。暁月宮はこちらですよ」
差し出してきた小鈴の手に、慧雪は手を添えた。
頼んでもいないのに、歩きながら小鈴が後宮の案内をする。
「後宮はとても広いので、最初は迷うかもしれないけれど。すぐに慣れますわ。分からないことがあれば、何でもこの私に聞いてください、雪答応さま」
「親切にありがとう、小鈴。頼りになるわ」
「雪答応さまのためですもの。さあ、こちらですよ」
本当は後宮の案内など必要ないが、何も知らない、分からない振りをしなければならない。
慧雪は遠い目で暁月宮のある方角を見やる。
暁月宮、それは雪貴妃だった頃、自分が住んでいた宮殿だ。皇帝陛下の寝殿から近く、代々の皇帝が寵妃のために建設した豪奢な宮殿。
暁月宮の本殿に住まうことはすなわち、陛下の一番の寵妃である証。ゆえに、誰もが暁月宮で暮らすことを羨み望んだ。
その宮に、今は自分を殺した憎き女、紅貴妃がいる。
「もうすぐ尽きますよ、雪答応さま」
小鈴に案内され暁月宮へ向かう途中、ふと慧雪は足を止め目を見張らせた。
常夜!
視線の先に、かつての側仕えの侍女、常夜の姿を見かけたからだ。
常夜、生きていたのね!
立ち止まった慧雪の様子を見た小鈴は、不愉快そうな声を落とす。
「ああ……ここは辛者庫です、雪答応さま。寒い日も暑い日も、朝から晩まで宮中の雑務をこなす部署」
「そう……」
わざわざ説明されなくても、もちろん知っている。
小鈴の言葉に、側にいた別の女官がにたりと笑いながら言う。
「そう、あそこは辛者庫。いいかい、自分たちには無縁な場所だと思わないことだよ。失態や罪を犯したらここに送り込まれることだってある。実際、以前後宮で陛下に寵愛され権威を振るっていた貴妃さまが罪人となり、その侍女がここに送り込まれた。明日は我が身だってことを覚えておきなさい」
皇帝陛下の寵愛を得た雪貴妃の、側仕えの侍女として宮中で華やかな生活を送っていた常夜が、今やすり切れた宮女服を着て、辛い下働きをしている。
美しく手入れをされていた肌も指も爪も、今では荒れていた。
ごめんなさい常夜、私のせいでこんな場所で、辛い目にあっているなんて。
でも、あなたが生きていてよかった。
「雪答応さま? どうなさったのですか」
「いいえ、なんでもないわ」
こぼれそうになる涙を、慧雪は唇を噛んでこらえた。




