2 対立する娘たち
確かに、優雅に歩く姿は名家の令嬢としての品格が備わっている。容姿も申し分ない。幼い頃から厳しい教育を受けているはず。すべては、やがて後宮の頂点に立つために。
彼女が貴人として選ばれるのも納得だ。他の娘たちとは格が違うのは一目瞭然。
そんな彼女の元に、周りの娘たちが群がるのは当然のこと。秀女試験に選ばれた娘たちは、いっせいに麗蓮の側に集まっていく。
麗蓮の父と兄は高官として陛下に仕えているため、誰もが彼女に気に入られ、親しくなりたいと思っている。さらに、あわよくば麗蓮の側にいれば、陛下と会う機会があるかもしれない。
「素敵だわ。劉麗蓮さん! 麗蓮さんの美しさが引き立つわ! さすが陛下の寵妃ね」
一人の少女が麗蓮のご機嫌を取るため褒め称えるが、ここは後宮。階級がすべてだということを失念していたようだ。
劉麗蓮は馴れ馴れしく接してきたその娘を半眼で見つめ返す。
「失礼よ、麗貴人さまとお呼びしなければ」
親しげに麗蓮に接した娘は、あっと口元に手を当て、青ざめた顔でお辞儀をする。
「申し訳ございません! 麗貴人さまにご挨拶をいたします」
「ふふ、いいのよ。それに堅苦しい挨拶は嫌いなの。楽にしてちょうだい」
「あ、ありがとうございます」
「麗貴人さま、素敵な簪ですね」
麗蓮は簪に手を当てた。
「ええ、貴人になったお祝いにと陛下から賜ったのよ。腕輪も耳飾りもね」
娘たちは、羨ましそうに麗蓮を見る。
「そういえば、簪を賜ったのは焔貴人もよね」
「え?」
と、声を落とし劉麗蓮は眉を寄せ、みんなが見る方向に視線を向けた。視線の先には慈桂の姿があった。
慈桂は得意そうに、簪をみんなに見せびらかしていた。
「あの子も貴人の位を授かったですって? 嘘でしょう……」
劉麗蓮は低い声で言う。
「泣き倒して妃にしてくださいと陛下に訴えかけたの。陛下も物珍しさであの子を選んだんだわ」
「そうよ。卑しい身分の子よ。麗貴人さまの足元にも及ばない」
娘たちはクスクスと笑いながら慈桂を見やった。
「あら、麗貴人さま」
みんながの視線に気づいた慈桂は、得意満面な顔で麗蓮の元にやって来た。
「あなたも貴人になったそうね、焔貴人」
「そうよ。麗蓮さんと同じ階級ね」
劉麗蓮はちらりと慈桂の髪に挿した簪を見やる。
「ああこれ? 陛下からいただいたのよ」
麗蓮の取り巻きたちは、苦笑いを浮かた。
「陛下から高級品を贈られても、田舎者で卑しい身分のあなたには似合わないわ。まるで豚に真珠」
「なんですって!」
「だって、泣き落としで試験に合格するなんて前例がないもの。ねえ?」
「そうそう、見ているこちらが恥ずかしかったわ」
慈桂をこき落とす娘たちに、麗蓮は片手をあげとどめる。
「あなたたち、おやめなさい」
「ですが、麗貴人さま。こんな女が麗貴人さまと同じ貴人だなんて、私たち納得がいかないわ!」
「おまえたち! いつまで無駄口を叩いているの。ここは後宮だということを忘れたわけではあるまい?」
女官長の言葉に、娘たちは口をつぐむ。
「ではおまえたち、指導女官に従い、割り当てられた宮殿に行きなさい」
「はい」
女官に従い、それぞれの宮に向かうべく歩き出そうとしたその時。
「きゃ」
突然、慈桂が悲鳴をあげ転んだ。
娘たちはクスクスと嘲笑う。
麗蓮の取り巻きのひとりが、わざと慈桂の衣の裾を踏んだのだ。
慈桂は凄まじい目でその娘を睨みつけた。
「あら、慣れない衣装でつまずいたのね。大丈夫?」
「よくもやってくれたわね!」
「あらあら、威勢がいいこと。粗野丸だしですわ」
「ほんと、同じ姉妹だというのに、雪蘭さんとおまえとでは天と地ほども差があるわ」
「あら、慈桂は側女の子だもの」
まあ、とその場にいる者は口を揃えて言う。
「側女の子が私たちと同じ場所にいるなんて考えられない」
慈桂は悔しげに唇を噛みしめる。
これまで側女の子として周りから蔑まれてきた。それゆえ、それを言われるのを一番嫌った。
「あなたたちやめなさい。これから私たちは姉妹になるのよ。陛下のお心を乱すような争いはだめ。陛下のために尽くす。それが私たちの役目よ。階級なんて関係ないの。みんな仲良く協力しあわなければ」
麗蓮は分かった風なことを言い、この場をおさめる。しかし、この言葉が後に自滅することになろうとは麗蓮は気づかない。
「さすが麗貴人さま!」
「ふふ、当然のことを言ったまでよ」
麗蓮はにこやかな笑みを浮かべ慈桂を見る。
「だから焔貴人も、些細なことで言い争いをしてはいけないわ」
「ふん!」
慈桂が唇を噛み、麗蓮を睨みつけた。
「やだわ、本当に礼儀がなっていない人だこと」
「ねえ麗貴人さま、焔貴人もそうだけれど、彼女の妹の雪蘭の封号も意味ありげよね」
「かつて皇帝陛下の寵姫だった雪貴妃と同じ封号だなんて縁起が悪いわ」
「雪蘭もいずれ不通の罪で処刑されたりして」
娘たちは肩を揺らして嘲笑う。
「雪蘭さん……」
気づかうように明林が声をかけてくる。
慧雪は肩をすくめる。
「気にしていないわ。杏常在さまも……」
明林は首を振る。
「私のことは明林と呼んで。その方が嬉しいわ」
慧雪はふっと笑う。
「なら私のことも雪蘭と」
明林は嬉しそうな表情を浮かべ頷く。
「明林、覚えておいて。ここはこういうところよ。いちいち気にしていたらやっていけない。権力を持つ者だけが強い立場でいられる。逆らえばよけい立場を悪くするだけ」
「分かったわ、雪蘭。ねえこの後時間があるなら私の部屋でお茶でもどうかしら。もっと雪蘭とお話がしたいわ」
明林がくったくのない笑顔でお茶に誘ってきた。
慧雪は首を横に振る。
「ありがとう。けれど疲れたから今日は部屋で休むわ。それに私の宮は、紅貴妃さまがいらっしゃるの。ご挨拶をしなければ」
「紅貴妃さま」
辺りがざわついた。
「まさか、あの紅貴妃さまの宮殿に住まうなんて」
お気の毒、と声が聞こえてきた。
「確か焔貴人もそうなのよね?」
そう、義姉の慈桂も、自分と同じ紅貴妃が住まう宮殿、暁月宮に住むことになったのだ。
もはや、波乱の予感しかない。




