1 すべてを取り戻すための一歩
死ぬ間際、来世では二度と後宮には来たくない、貧しくても普通の身分の女子に生まれ、好きな男性と一生添い遂げたいと願った。
だが私は、再び後宮へ戻って来た。
秀女試験で選ばれた女子たちの封号が決まった。
雪蘭となった慧雪に与えられたのは、答応であった。
封号は雪。雪答応だ。
呼ばれたら常に答えるという意味で答応という。
後宮では女たちの位を皇后、皇貴妃、貴妃、妃、貴人、常在、答応と決められている。そして、階級によって衣食住すべてにおいて、与えられるものの差が違う。
答応はもっとも格下の位だ。
一方、義姉の慈桂は、慧雪よりも位が二つ上の、貴人。
封号は焔。
選抜試験の時に見せた、慈桂の苛烈な行動から、炎のように激しい気性だと陛下が直々に封号を与えた。
後宮に入ったばかりの者が貴人の封号を与えられるのは珍しい。それだけで、慈桂に対する印象が陛下にとって強かったのだろう。
後宮に入ってたちまち、慈桂は妃嬪たちの羨望と嫉妬の的になった。
そして慈桂の他にもう一人、貴人に選ばれた者がいるが、今はまだこの場に現れていない。
今日は試験に合格した者がそれぞれに与えられた宮殿へ行くため、女官長に呼び出されたのだが、その者は指示された時間が過ぎても、まだやって来る気配がない。
「雪蘭さん、これからは一緒ね。仲良くしてくださると嬉しいわ」
一人の少女が慧雪に声をかけてきた。
人懐こい笑みを浮かべる少女。
そう、試験当日、慧雪に声をかけてきた許明林だ。
彼女の封号は杏。杏常在だ。
常在は常に陛下の側に使えるという意味である。
「親しい人がいないから心細いと思っていたけれど、雪蘭さんがいてくれたら、後宮で暮らしていく不安もなくなりそう」
言って、明林は遠くを見つめる。
「けれど、二度とここからは出られないのね」
その目は、故郷にいる家族に思いを馳せているのか。
この先の一生を後宮で過ごす。後宮を出る時は死ぬ時。その覚悟でここへ来たはず。
明林の実家は裕福ではない。家族のために後宮にやって来た明林も、本心から望んで来たわけではないようだ。
慧雪も最初に後宮に入った時はそうであった。愛しい人と引き離され、後宮という鳥籠、いや、牢獄に囚われた。そこからの毎日は、不安と孤独に苛まれた。
ここは抜け出すことのできない地獄。
落ちれば底なし。
「もう、父や母にも会えないのね。弟たちにも……」
明林は寂しげな表情を浮かべながら言う。
後宮で生きていくには二つの方法しかない。
おとなしく、目立たなく生きるか。
陛下の寵愛を得て、階級をかけあがっていくか。
平穏に一生を過ごしていきたいなら前者だ。だが、それなりの暮らしを望み、生きているという充実感に満たされるなら、後者にならなければならない。果たして彼女はどちらを選ぶのか。
馴れ合うつもりはないが、明林を見ると、昔の自分と重なり心がざわついた。
慧雪はため息を落とす。
「努力しだいで、家族に会う機会はいくらでも作れるわ」
そして、明林自身の運があれば。
「え?」
明林は首を傾げる。
「上を目指すの」
「上……って?」
現時点で何も持たない明林が後宮で上を狙うには、皇帝陛下に目をかけて貰うしかない。それは並大抵のことではないのは慧雪はよく知っている。
「いつか家族に会えるといいわね」
そう呟いたと同時に、女官長がやって来て集まった試験合格者の娘たちを見渡した。
「全員集まったか」
女官長の言葉に、側にいた太監がいいえ、と首を振る。
「まだひとり、来ておりません」
女官長は厳しい表情で太監を叱りつける。
「いったい誰なのだ。後宮の規律を乱す者は! その者に厳重な罰を」
「それが……」
太監は女官長の側に寄り、まだやって来ない者の名をこそりと告げる。たちまち女官長の顔色が変わった。
「ふん……まあよい」
女官長はコホンと咳払いをし、この場にいる娘たちに言う。
「これからおまえたちは与えられた宮殿に行ってもらう。各自、そこで指示をもらうように」
「まあ、すでに集まっていたのね。ふふ、支度に時間がかかって遅れたわ」
そこへ、慈桂と同じく貴人に選ばれた、もう一人の娘がようやく現れた。
劉麗蓮、試験の日にひときわ目立っていた娘であった。
遅れたことに対して悪びれた様子もみせず、謝ることもなく、麗蓮はゆっくりとした足取りでみんなの元に歩み寄る。
周りにいる者たちの口から感嘆の声があがった。
「劉麗蓮さんよ」
「さすが貴人に選ばれるだけあって、威厳があるわ」
「それに見て。素敵な衣装! 美しいわ」
「貴人のお祝いにと陛下から贈られたそうよ」
「羨ましい」




