33 一家の命運を背負う少女
「あなた、あの方の妹さんよね」
試験を受ける一人の少女が、慧雪に声をかけてきた。
柔和な雰囲気の少女だ。年の頃は十四、五歳。愛らしい顔立ちをしている。控えめの化粧に、華やかすぎない装飾嬪。だが、それは良く言えばだ。
周りにいる着飾った娘たちよりも、見劣りがする。着ている衣装もよく見れば地味で時代遅れだ。
「ええ」
「驚いたわ。大胆な行動をとるお姉さまね」
「お騒がせをして申し訳ございません」
慧雪は静かに答え、頭を下げた。少女はいいえ、と首を振る。
正直、慧雪でさえ慈桂の行動に度肝を抜いたのだから。
「少し羨ましいと思ったの。度胸があって、意志の強い人だと」
「度胸……ね」
慧雪は苦笑いを浮かべる。
慧雪から見れば、たんなる無鉄砲。
いや、ただのバカ。
しかし、気まぐれでも皇太后の一言で、後宮の規則を覆し試験を受ける資格を得られたのだから、それは凄いことだ。運を味方につけるのも、後宮で生き抜くためのすべ。
「あ、私は明林よ。許明林」
「徐雪蘭」
「雪蘭さんは、これから試験だというのに、落ち着いているのね。私はさっきから心臓がバクバク。緊張で倒れそうだわ」
明林は胸のあたりに手をあてる。その顔はひどく青ざめていた。
慧雪は静かに笑う。
落ち着いているのではない。慧雪が秀女選抜を受けるのは二度目。
宮廷のこともよく知っている。
それに、皇帝陛下の寵妃だった慧雪は、陛下の好みを知り尽くしている。だから問題はない。他の女子たちのように、緊張することもない。
「私、試験に合格できるかしら」
何度も深呼吸をする明林を見る。
彼女は、本気で後宮に行きたいと思っているのだろうか。
好きな人はいないのか。添い遂げたいと思う相手は。
「ねえ見てあの娘、髪に花を挿しているわ」
「あらほんと。簪、持っていないのかしら」
「許明林よね、家が落ちぶれて貧しいのよ。簪を買う余裕なんてないのだわ」
そんな声が聞こえてきた。
明林は恥ずかしそうにうつむく。
「笑わないで。この衣装もお金をかき集めて反物を買い、母が繕ってくれたの。私の実家は裕福ではないから。家柄が低いから、私が宮廷に行って後宮で少しでもよい位を得て、家族に楽をさせたと思っているの。私が頑張れば、弟たちの将来も明るいものになると思って。だけど、ここにいる人たちは綺麗な方ばかりで、私、自信がなくなってきたわ。きっと無理ね」
そんな弱気で、彼女が試験に受かり後宮に入ったとしても、やっていけるか。
皇宮にやって来た女子たちの目的はただ一つ。
誰もが皇帝陛下に選ばれ、後宮に入り寵愛を競うようになる。
最初は仲の良い友人だったとしても、いずれ陛下の寵愛を競うために互いにいがみ合うのだ。
しかし、それは後宮ではよくある光景だから珍しくない。
彼女のためにも、試験に落ちた方がよいのかもしれない。ごく普通の女子としての人生を歩んだ方が幸せなのかも。
もっとも、そんなことを本人に言えるわけがないが。
先程の劉麗蓮の言葉ではないが、後宮に入れば地獄。そこでのし上がるには本人の努力と、まさに運。栄華を極めるのは、ほんの一握り。
「私、頑張らなければ」
か弱い少女の背に、一家の命運がかかっている。選ばれずに家に戻れば、家族はどんなに落胆するだろう。ようやく家族が金を工面して繕った衣装も、無駄になる。
「安心して」
「え?」
「あなたは選ばれるわ」
明林は目をパチパチする。
華やかに着飾った女たちなど陛下は見飽きている。そんな陛下にとって、おとなしく従順、控えめな性格の明林は物珍しく、癒やしとなり、男の保護欲をかき立てるはず。そしてなにより、実家には勢力がない。それはつまり陛下自身を脅かす存在ではない。明林に対して気を遣う必要がない。
慧雪は己の簪を抜き、明林の髪に挿した。薄紅色の小花を模した簪だ。
「え? あ、あの」
「気にしないで、私には似合わないものだから」
「でも……」
「自信を持ちなさい。行くわよ」
歩き出す慧雪の後を、明林が小走りでついてくる。
「は、はい!」




