29 あなたとは一緒になれない
自室に戻る途中、側の植木がガサリと音が鳴った。立ち止まると、周りを見渡しながら黎飛が姿を現す。
雪蘭を心配した彼が屋敷に忍び込んだのだ。
「雪蘭、無事か?」
「ええ」
「選抜試験を受けるために宮廷に行くと聞いた。本当か?」
黎飛は慌てた表情であった。
「なぜだ! 宮廷に行けば、二度とそこから出られなくなる。一生、後宮で暮らすことに。そうなれば、俺たちは夫婦になれない。雪蘭を幸せにするのは俺だ!」
黎飛の両手が雪蘭の肩を掴んで揺さぶる。
「痛いわ黎飛、離して」
「ごめん」
黎飛はぱっと手を離した。
切実な表情を浮かべる黎飛の顔を見て、申し訳なさに胸が痛んだ。
「安心して、試験を受けるのは慈桂お義姉さまだと父上はおっしゃったわ」
「そ、そうなのか?」
「ええ」
「それならいいんだ。よかった」
黎飛はほっとした顔をする。
雪蘭はにこりと笑った。
黎飛、あの時私を助けてくれてありがとう。感謝しているわ。
あなたは本当に雪蘭が好きだったのね。けれど、私は雪蘭ではない。
あなたの愛した雪蘭はもういない。
ごめんなさい。私はあなたと一緒になれない。
復讐のために、どうしても後宮に行く。一緒に暮らそうと言ったあなたとの約束は果たせない。
だから、あなたとはお別れ。
黎飛は真剣な顔でこちらを見つめる。
「雪蘭、驚かないで聞いて欲しい。あの時、黒装束の男を捕まえ問い詰めた。相手は答えたよ。君を殺そうとしたのは慈桂だと。自分が宮廷に行きたいがために、慈桂はならず者を雇い、君を殺すよう依頼した」
「そう」
慧雪は静かに答えた。
「驚かないのか……?」
「いいえ、驚いたわ」
だが、後宮にいた慧雪にとって、自分がのし上がるために他人を蹴落とし、必要とあらば命を狙い、狙われるのは日常茶飯事であった。だから、特別驚くことではない。
「雪蘭、ここにいれば殺される。だから、いっこくもはやく屋敷を出よう。二人で幸せになるんだ」
その時、離れた場所から人の声が聞こえてきた。
「いけない、人が来るわ。はやく行って。私が姿を消した間、父上はあなたと一緒にいたことを知り怒っているの」
「ごめん、俺のせいで」
「どうして謝るの? 黎飛は私を助けてくれたわ。感謝している。だけど、今は状況が悪いわ。落ち着いたら、また会いましょう」
「分かった。雪蘭、必ず迎えに来る」
「ええ、待っているわ」
その時には私はもうここにはいないけれど。
去って行く黎飛の後ろ姿を見つめる慧雪の心が痛んだ。それはこの身体である雪蘭の奥底に潜む思いか。




