20 秀女選抜試験
そんなある日、雪蘭の人生を大きく変える出来事が起きた。
突然、父に呼ばれ、雪蘭は政務室に向かった。
扉を開けると、いつものごとく、父が難しい顔で山積みになった書類に目を通している。
「ご用でしょうか、父上」
こうして父と顔を合わせるのは、いつ以来だろう。
そう、先日禁足を言い渡された時からだ。それきり父の顔を見ていなかった。
今日はどんな用事で呼ばれたのだろう。
もしかしたら、優しい言葉をかけてくれるかも。
そんな期待を胸に抱いたが、父はもこちらを見ることなく、抑揚のない声で告げた。
「今回の秀女選抜試験に、我が徐家の娘が選ばれることになった」
「はい」
雪蘭は人ごとのように返事をする。
よもや自分が選抜試験に選ばれるとは思っていなかったからだ。しかし、次の父の言葉に雪蘭は目を見開く。
「おまえが試験を受けるのだ。そのつもりでいるように」
「試験」
と、雪蘭はその言葉を噛みしめるように呟く。
つまり、三年に一度行われる秀女選定に雪蘭が選ばれた。
次第に雪蘭の顔が青ざめていく。
一気に絶望の底に叩きのめされる。
「試験の日までに準備を整えるのだ」
「いえ、私は……」
「それだけだ。さがりなさい」
もう用はない、下がれというように黄渓は手を振る。
雪蘭の脳裏に黎飛との約束がよぎっていく。
大人になったら夫婦になろう。幸せな家庭を築いていこうという約束の言葉を。
「ま、待ってください! 私が秀女に選ばれた? 嘘ですよね。私なんか……無理です。それに、私は皇宮には行きたくありません」
だって、黎飛との約束があるもの。将来夫婦になろうと誓った約束が。秀女に選ばれ後宮に入ることになれば、黎飛とは一緒になれなくなる。
そんなのは嫌!
だが、無情にも雪蘭の願いははねつけられた。
黄渓はようやく顔をあげた。
「おまえは何を勘違いしている。おまえに拒否する権利はない。意見を言うことも許されない。試験を受けろと命じられたら、おまえはただ命令に従うだけ。いいか、これは王命なのだ」
王命という言葉に雪蘭は言葉をなくす。
王命に背いたらどうなるのだろう。処罰をうけるのか。最悪の場合、処刑。
皇宮に行きたくないと言える立場ではない。だが、従えば黎飛と二度と会えなくなる。
「父上!」
そこへ、慈桂が泣きながら部屋に飛び込んできた。
「選抜試験を受けるのは私です! 雪蘭の代わりに私が皇宮に行きます。徐家の未来のために役立ちたいです」
慈桂が黄渓にすがりつき、試験を受けさせて欲しいと懇願する。
雪蘭は唾を飲み込んだ。
昔から慈桂は華やかな場所に行くのが好きだった。いつか都に行きたいと言っていた。皇宮とはどんなところだろう。そこで華やかな暮らしをしたいと。
都に行ける。それは慈桂にとってもまたとない機会。そして、慈桂が選抜試験を引き受けてくれたら、雪蘭は皇宮に行かずに済む。しかし、黄渓はため息交じりに首を横に振る。
「慈桂よ、残念だが今回選ばれたのは正妻の子である雪蘭なのだ」
「どうしてよ!」
慈桂は悔しそうに雪蘭を睨みつけた。
側室の子なのに、正妻の子以上に父に可愛がられている慈桂。正妻の子なのに徐家では使用人以下の扱いを受けている雪蘭。
「父上、私は皇宮には行きません!」
瞬間、強い衝撃とともに目の前がちかちかした。頭がくらくらする。何が起こったのか分からず雪蘭は呻く。
「……う」
受けた衝撃で床に倒れたのだ。
雪蘭は左頬を手で押さえる。ようやく焦点が結んだ目の前に、鬼の形相をした父が立ちこちらを見下ろしていた。
「おまえは親に逆らうのか!」
さらに足蹴にされ雪蘭は床に転がる。
くすりと慈桂の笑い声が耳に入った。
雪蘭は頬を真っ赤にする。
義姉の前で、こんな恥ずかしい思いをさせられるとは。
側にいた家職が黄渓を止めに入る。
「旦那さま、お身体に障りますゆえ、どうかお気を鎮めてください。それに雪蘭さまに怪我をさせては試験に差し支えがございましょう」
黄渓は雪蘭を睨みつけた。
「今まで徐家のためになんの役にも立たなかったお前が幸運にも選抜試験を受けられることになったのだ。試験に受かり陛下に気に入られ、徐家のために貢献しろ」
父の政務室から去って行く雪蘭を、慈桂は上目遣いで睨みつけていた。
奥歯を噛み、悔しそうにギリギリと鳴らす。
「なによ! どうして私ではダメなの!」
妃になりたかった。
後宮に行き陛下の寵妃となり、ここでは得ることのない華々しく豪華な生活に憧れた。側室の子だといってバカにしてきた周りを見返してやりたかった。だが、このままでは試験を受けるのは雪蘭だ。
子どもの頃から側室の子というだけで、周りから蔑まれる目で見られてきた。側室の子であるがために、今まで悔しい思いを抱いてきた。
父に一番愛され、使用人たちからも敬われているのに、正室の子でないためにそんな思いを抱いてきた。
だからこれは絶好の機会だった。
「皇宮に行き陛下の妃になれば、周りを見返せる。皇宮に行くのはこの私よ。側女の子というだけで……私が正妻の子だったら」
そこで慈桂ははっとなる。
ならば、正妻の子がいなくなればいいではないか。
慈桂はニヤリと笑った。
そう、雪蘭がいなくなれば。




