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復讐の後宮妃 この恨み絶対に忘れない  私を殺した悪徳妃に復讐を ー処刑された貴妃は、二度目の人生で牙を剥く―  作者: 島崎紗都子
序 廃された貴妃は毒酒を賜う

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2 牢獄の中の絶望

 投獄された雪貴妃は、藁が敷かれた寝台の上に座っていた。

 寵妃として着飾っていた時とは違い、髪は乱れ、着ている衣も囚人が着るボロの衣服だ。饐えた臭いがする。それでも雪貴妃は後宮の妃らしく、背筋を伸ばし毅然としていた。

 閉じ込められた牢は狭くて暗く異臭が漂う。その臭いは拷問され身体を痛めつけられた罪人が放つ腐臭。あるいは朽ち果てた骸から漂う死臭か。

 チチチッ。

 牢の端をネズミが走り隣の牢へと消えていった。その直後。

「捕まえたぞ!」

 まともな食事を与えられない罪人はネズミを捕らえて食らう。隣の牢から肉と骨を咀嚼する音が聞こえ、雪貴妃は口元を手で押さえ、眉根を寄せた。


 大丈夫。必ず誤解は解けるわ。陛下は私のことを信じてここから出してくださる。そう、あなたのためにも。


 雪貴妃は腹のあたりに手を添えた。

 お腹に陛下の子がいる。三ヶ月だ。陛下が我が子を見捨てるはずがない。

 大丈夫と心の中で繰り返し、お腹をさすったその時。

「雪貴妃さま、ご無事ですか! 雪貴妃さま!」

明夜(ミンイェ)!」

 叫び声をあげる侍女の声を聞き、雪貴妃は立ち上がり牢の格子まで駆け寄る。向かいの牢に側仕えの侍女、明夜が放り込まれた。

「明夜、なぜあなたがここに」

 さっと風が吹き抜けていった。牢の出入り口から吹く風に乗り、再び伽羅の香りが鼻孔を刺す。

 牢獄に染みついた腐臭と、禍々しい伽羅の香りに、雪貴妃は吐き気を覚え口元に手を当てた。

「ふ、主も主なら、侍女も侍女」

 やって来たのは、言わずもがな紅妃だ。

「明夜が何をしたというの。私の大切な彼女に危害を与えるのは許しません。今すぐ解放しなさい」

「それは無理ね。言ったでしょう。主も主なら、侍女も侍女。この女も太監とただならぬ関係にあったことが発覚したの。ふふ、子をなすこともできない宦官と情を通じるなんて、よほど男に飢えていたのね」

「違います。太監と関係だなんて、あり得ません!」

 明夜は涙を流し首を横に振る。

「分かっているわ明夜、あなたがそんな子ではないのは私がよく知っているから。大丈夫、心配しないで。すぐにここから出してあげる」

 雪貴妃は紅妃に視線を向ける。

「陛下に会わせて。雪貴妃が……いいえ、慧雪(けいせつ)が陛下に話があると伝えて」

 紅妃は口元に手を当て笑う。

「残念ね。他の男と不義を働いたおまえの顔など、陛下は見たくないとおっしゃったわ」

「だから、それは誤解だと言ったでしょう。陛下に会わせて!」

 直接陛下に会って説明をすれば、必ず誤解は解ける。

 この時の慧雪は、強く信じていた。

 とにかく陛下にお目通りを願わなければ。

「宮女と太監の私通は御法度。処罰は何だったかしら?」

 紅妃は側にいる獄吏に問う。

「お答えします娘娘(ニャンニャン)。姦通した女は子が産めないよう腹を叩いて子宮を潰し、性器を縫い付けます」

「ひ!」

 明夜は引きつった声をもらす。

 紅妃はニヤリと嗤った。

「後宮の乱れを正す者として、この事態は見過ごせないわね。そう、では掟通りその女の刑を執行しなさい。今すぐ、この場で」

「は!」

「やめて! 明夜は私の侍女。手を出すことは許しません! いいえ、皇后さまの判断もなく勝手に処罰を決めることは許されないわ」

 手足が冷たく震えた。

 もう一人、幼い頃から仕えてくれた側仕えの侍女常夜(チャンイェ)がいる。彼女はどうしたのだろう。無事だろうか。この窮地から逃れたのだろうか。何事もなければいい。


 どうか、無事でいて。


「皇后?」

 ふふ、と紅妃は含み笑う。

「こんな些細なことで、お忙しい皇后さまの手を煩わせるわけにはいかないでしょう。私でじゅうぶん」

「それより、侍女の心配よりも自分の心配をしなさい。おまえの処刑は明日よ。陛下から毒酒を賜ることになったわ。ありがたく思いなさい」

「処刑」

 慧雪の顔が青ざめる。身体が震えた。

 力が抜けたようにその場に座りこむ。

 陛下なら分かってくださると信じていた。誤解が解け、牢から解放されると思っていた。それなのに、処刑を言い渡されることになろうとは。

「雪貴妃さま、助けてください。お願いです。助けてーーーーっ! いやああああーーーーーーーーー!」

 真向かいの牢で、明夜の刑が始まった。殴打する音が牢屋に響く。

「やめて! 痛い。やめてーーーー! うあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーーーー!」

 明夜が悲鳴をあげる。

「許可なく私の侍女に手を出すことは許さない! やめなさい。明夜!」

 それでも、刑の執行は続けられた。

 容赦なく身体を板打たれ皮膚が裂け、しだいに叩かれる音に湿った音が混じるようになった。

 ビチャ。

 辺りに血が飛び散る。

「ぎゃーーーーー!」

「もう、やめて……お願い……」

 慧雪の目の前で、獄吏の手によって脚を無理矢理広げられた明夜の局部が縫い付けられる。

 明夜の叫び声が耳にこびりついて離れない。

 その夜、明夜は牢で首を吊り自害した。




 向かいの牢で、明夜の身体がぶらんぶらんと振り子のように揺れていた。

 ピチャ――。

 ピチャ……。

 板打ちの刑によって肉が裂け、破裂した内臓から血が流れ、床に血だまりを作った。

 慧雪は地べたに座り、虚ろな目で変わり果てた明夜の姿を牢の格子越しに見上げる。


 これは悪い夢?


 幼い頃から仕えてくれた明夜は、姉妹同様に育ってきた大切な侍女であった。慧雪が宮中にあがると分かった時も、側を離れないと言い、実家からついてきてくれた。

 明るく屈託のない明夜の笑顔と心遣いは、後宮という名の牢獄で、鬱々と過ごしていた慧雪の心を和らげてくれた。

 年頃になったらよい縁談を見つけ、たくさんの嫁荷を持たせ送り出そうと思った。


 それなのに。


「ごめんなさい、明夜。あなたを守ることができなくて。私のせいであなたを巻き込んでしまった。ごめんなさい。許して明夜。許して」

 慧雪は口元に手を当て、肩を震わせ泣いた。


 常夜、どうかあなたは無事でいて。


 慧雪はもう一人の侍女の身を案じた。

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